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第26話 風の神殿




 エフィロディア連合王国、北東――。

 そこは世界の中でも一番標高が高い山があり、その高さは雲を突き抜けるほどだ。


 『世界の壁』と称されるそこは、嘗て風神ラファートが己の楽園を作ろうとした場所であり、世界の風が始まる場所ともされている。


 壁と言われる通り、山を登るにはあまりにも直角で、その山を登ることは不可能とされている。それ故、山の頂上を目にした者は誰一人としていない。


 そう、勇者一行以外は――。


「いやっっっほぉぉぉぉお!」

「うわぁぁぁぁぁ!?」


 俺は五年ぶりの空をテンション高く駆け抜け、俺の背中ではララが必死に俺にしがみ付いて悲鳴を上げる。


 手綱を引き、天を真っ直ぐ上に駆け上らせていく。


「ララ! 大丈夫だ! 魔法で俺とくっ付けてるから、俺が落ちない限りお前は落ちないよ!」

「そ、そうは言っても怖いってぇ!!」

「せっかくの空だ! 楽しまなきゃ損だろ!」


 俺は空を駆け上がる速度を上げる。

 ララは更に悲鳴を上げてしがみ付いてくる。


 今、俺とララは世界の壁と呼ばれるカエルムという山を登る為に空を飛んでいる。


 勿論、飛んでいるのは俺達ではなく、俺達が乗っている聖獣だ。

 聖獣ペガサス、馬に天使の羽根が生えた魔法生物であり、ユーリが使役する聖獣の一つだ。


 ペガサスはどんな空でも飛行することができる能力を持っており、風の神殿に辿り着くにはピッタリの存在だ。


 ユーリはペガサスの他にも聖獣を使役することができる。風の勇者としての能力ではなく、本人が生まれ持った特別な力だ。


 シンクをユーリに預けた後、ユーリに一頭のペガサスを召喚してもらい、背中に乗って空を飛んだのだ。


 ララも最初は好奇心でワクワクしていたのだが、今では御覧の通り悲鳴を上げて折角の空を楽しめないでいる。


「センセぇ! もっとゆっくり飛んでぇ!」

「ったく! 仕方ないな!」

『ヒヒィーン!』


 ペガサスの速度を緩め、空をゆっくり散歩するように飛行させる。

 もう大地は建物が豆粒に見える程下にあり、高所恐怖症の人が見たら一瞬で魂が口から抜け出るだろう。


「ハァ……ハァ……!」

「ほら、ララ。ゆっくり下を見てみろ」

「み、見れるか!」

「なんだよ、魔法で安全に飛行できるようにしてるんだから、少しは景色を味わえ」


 通常、此処まで高度を上げると風は強く、気温も低く、酸素も少ない。

 それを魔法で補助して長時間滞空しても平気なようにしている。

 これが飛行魔法には必要なもので、空を飛ぶ者達は皆これを習得している。


 ララには更に俺とペガサスから落ちないようにと、一種の拘束魔法で俺と縛って落ちないようにしている。


「せめてもっとゆっくり飛んでよ! そうすれば慣れるかもしれないのに!」

「スマン、スマン。確かにちょっと調子に乗り過ぎたかもな。何せ、五年ぶりに空を飛ぶんだ」

「センセのバカ! アホ!」

「ほら、あまりゆっくりはできないが、落ち着く速度で飛んでやるよ」


 ペガサスを操り、できるだけゆっくりと空を駆け上がる。

 ララも落ち着きを取り戻し始め、周りを見渡すことはできるようになってきた。


「うぅ……高い……」

「高いのは苦手か?」

「ここまで高ければ誰でも怖いだろ……」

「雲の上はもっと綺麗だぞ。ほら、しっかり掴まってろ」

「う、うん」


 俺達は雲の中へと突入した。

 地上では味わえない雲の中の感触を肌で感じ、真っ直ぐ上へと駆け上がる。

 やがて雲から飛び出し、何も遮る物が無くなった太陽の光が俺達を照らす。


「ほら、目を開けて見ろ」

「……っ!? うわぁ……!」


 その景色はまさに神秘的で幻想的だった。

 白い雲はまるで海のように広がり、その上に太陽だけが爛々と輝き続ける。

 雲海からはカエルムの上部が突き出し、その上に大きな神殿が存在していた。


 太陽、神殿、雲海、三つの要素が一つの絵に収まる美しい光景に、ララだけでなく俺も見蕩れてしまう。


「……っ! おい、ララ! アレを見てみろ!」

「え?」


 俺は太陽の下辺りを指した。

 そこには雲海を泳ぐ巨大な生物がいる。


「何あれ!?」

「空鯨だ! 雲の中だけに棲息する魔法生物だよ! お目にかかれるなんてラッキーだ!」


 空鯨は絶滅危惧種に認定されている魔法生物であり、その個体は百にも満たないとされている。

 巨大な雲を空で見付けたら、その中には空鯨がいるんだと、人族の子供達は聞いて育つ。


「お、襲ってこない?」

「大丈夫だ。空鯨は温厚で、雲の中に充満する魔力しか食べない」

「……センセ、世界にはあんなのが沢山存在するの?」

「ああ。学校じゃ教えきれない程にな」

「……私、もっと世界を見てみたい」

「……そうだな」


 少しの間空鯨を眺めた後、俺はペガサスを操りカエルムの頂上へと向かった。


 カエルムの頂上は平地であり、ちょっとした草原地帯になっている。気候も気流も神殿に掛けられている魔法で整えられており、俺達が降り立っても問題無くいられる。


 心地良い風が頬と髪を撫で、太陽の温度が身体をじんわりと温めてくれる。


 ペガサスに跨がったまま頂上におり、目の前に建つ神殿へと近寄る。

 神殿の入り口には翼が生えた男性の石像があり、手には二叉の槍を携えている。

 これは風神ラファートを模した石像であり、彼が握っている槍が聖槍フレスヴェルグである。


 尤も、これはただの石像だが。


 神殿はただの四角い建物だが、見た目に騙されてはいけない。あの中はこのポーチと同じ、空間拡大魔法で別空間となっている。


 ペガサスから降りると、彼は地面に伏せて休む体勢に入った。


「さて……ララ、神殿の中では――」

「勝手な真似はしない、だろ?」

「――分かってるなら良い。行くぞ」


 俺達は風の神殿の入り口から中へと入った。


 中は雷の神殿と同じで明るく、歩くのに不自由はしない。ただ高低差がある道や、石柱が倒れて通りづらかったりと、不自由は無いが少し大変である。

 遺跡の内部の筈なのだが、川が流れていたり木が生えていたりと、外なのか中なのか時折分からなくなる光景は続く。


 今のところ、怪物の気配は無い。五年前には風の属性を取り込んだウォルフやら鳥形の怪物であるシルフバードとかいたものだが、不思議なことに影の一つさえ見つからない。

 姿を隠しているのか、それともいなくなったのか不明だが、襲ってこないことに越したことはない。


「っと……」


 俺は足を止めた。今まで道が続いていたが、此処に来て道が途切れたのだ。

 しかも、途切れた道の先は空が広がっていた。宙に道らしき残骸が浮かんでおり、まるで意図的に崩されたように散らばっている。


「道が無い……」

「……五年前と様子が違うな。前はこんなんじゃなかった」

「どうするんだ? まさか、飛び移るのか?」


 ララは顔を青くする。まだペガサスに乗ってきた時の恐怖が拭えていないようだ。


 確かに飛び移れないことはない。俺の脚力なら容易に届くだろうし、ララを抱えても問題は無い。

 だが、神殿の内部が以前に比べて変化しているのには何かしら理由があるはずだ。


 そう、例えば侵入者に対する防衛措置とか。


 落ちている掌サイズの石を拾い上げ、試しに空へと放り投げてみる。

 すると急激に突風が吹き、投げた石は空の彼方へと飛ばされてしまった。


「うわぁ……」

「飛び移るのは無しだな。となると、道を直すしかないか」


 さてさて、どの魔法なら適しているだろうか。

 修復魔法? 時間逆転魔法? それとも風魔法で瓦礫を移動させて道にするか?


 試しに修復魔法を道に掛けてみることにする。


「我、その姿を戻す者なり――レペアー」


 魔法を発動したが、道は修復されなかった。

 魔法を発動できなかったのではなく、何かに邪魔をされたような感覚があった。

 時間逆転魔法を掛けてみようとも考えたが、その魔法はごく短時間しか戻すことができない。この道がいつからこうなったのか不明だが、少なくともそのごく短時間内ではないことは確かだろう。


 なら、風魔法で瓦礫を操って道を作るしかないか。


「センセ、私がやってみる」

「ん? そうか、頼む」


 ララが杖を取り出し俺の前に出る。杖を振るい、風を起こして瓦礫を動かし始める。


 いい出力コントロールだ。力の維持加減も申し分ない。


 ララは一つ目の瓦礫を俺達の前まで運び、途切れている道に連結させた。


「上手いぞ」


 ララが連結させた瓦礫を、俺の氷魔法で凍結させて固定する。

 ララは次の瓦礫を動かし、また連結させては俺が氷で固定する。

 それを繰り返し、前にどんどん進んでいく。


「っ、ララ、ストップ!」


 俺はララを後ろから抱き締め、ナハトを道に突き刺す。


 直後、突風が俺達を襲い、道から吹き飛ばそうとしてくる。


 ナハトを掴んでその場で踏ん張り、何とか突風をやり過ごすことに成功した。


「ふぅ……」

「ありがとう、センセ」

「いいさ。さ、あともう少しだ」

「ああ」


 ララの風魔法で道を連結し、俺達は空を渡ることができた。道を渡りきり、少し歩いた先で待っていたのは、今度は瓦礫も何も無い空だった。


 行き止まり? そう考えたが、道を間違えたとは思えない。それに向こう側に通路が見える。


 また試しに石を投げ入れてみると、石は上に押し上げられるようにして飛んでいった。


 どうやら下から上に魔法の風が吹いているようで、これをどうにかして向こう側に渡るしかないらしい。


「センセ、どうする? 魔法で道を作るのか?」

「……いや、作ったところで壊されそうだ。たぶん、風を利用して渡れってことだろ」

「え?」


 俺はニヤリと笑い、ララの後ろからララの両手を手に取る。


「せ、センセ?」

「大丈夫、俺の言う通りに。ゆっくりと前に進め」


 ダンスを教えるような体勢になり、ララと一緒に前に進む。


 使う魔法は地属性と風属性の魔法。足下に風を操る魔法を展開し、頭上から重力を加える魔法を展開する。


「センセ? センセ? このままじゃ落ちる――」

「大丈夫――そらっ」

「きゃっ!?」


 途切れた道ギリギリで踏ん張っていたララを後ろから押し、俺とララは空に身体を放り出す。

 だが空から落ちることなく、また上に吹き飛んでいくこともなく、俺達はその場に滞空している。


「……あれ?」

「足下で風を調節して、上から重力を加えて宙に留まってるんだ。ほら、ゆっくり前に歩いてみろ」

「う、うん」


 ララは恐る恐ると足を前に出す。大地を歩くように空を歩き始め、ララは驚いた表情を浮かべて高揚する。


「す、凄い! 空を歩いてる!」

「下から吹く風のお陰だ。飛行魔法とはちょっと違うけどな」


 下から吹く風を魔法で微調整しながら、時折上から重力を加えて浮きすぎないようにする。


 言ってることは簡単だが、二つの魔法を同時に行うことは実は難しい。

 体内で魔力を二種類に変換しなければいけないし、魔法の操作も二つ同時に行う。


 俺は二つまでなら同時に行えるが、魔法力の高い者なら三つ四つと操ることができる。


 魔王は七つ同時に操れた。流石に七つ同時は魔王でも疲れるようで乱用はしなかったが、ララならそれも可能かもしれないな。


 空の散歩を終え、俺とララは道無き道を渡り終える。


「っと、どうだった? 空の散歩」

「すっごい楽しかった!」

「それは良かった。なんなら、お前なら一人で飛べるようになるさ」

「飛行魔法は難しいのか?」

「まぁ、複数の魔法を一度に発動して繰り返し使うようなもんだからな。だから基本的には物に主だった魔法を仕込んで自動的に発動させて、残りの魔法は自分で発動して調整するんだ。ただ、空を飛ぶ方法はそれだけじゃないからな。いつか、自分なりの飛び方を覚えるさ」


 例えばエリシアの雷や、ウルガ将軍が使っていた煙になって飛んでいくような方法がある。

 将軍の煙になる魔法は知らないが、そんな風に飛ぶに適した姿へと変える手段だ。


 だがその難しさは群を抜く。己の存在定義を改竄するようなものだからな。失敗すれば二度と元に戻れなくなることだってある。実際に、それで死亡した者だって何人も存在するのだから。


 ララの魔法力なら、いずれ一人で飛行できるようになるだろう。それも新しい方法を見付けるかもしれないな。


 その後も道を進んでいき、怪物と遭遇することなく、目的の試練の間まで到着した。


「ララ、どうだ? 何か感じるか?」

「……ああ。あの時にも感じた、引っ張られるような感覚だ」


 やはり、ララには感じ取れるものがあるようだ。

 俺には何も感じられない。


 試練の間は、雷の神殿と同じように円形のコロシアムのような形だ。

 此処も選ばれた者しか入れないようになっている。


「……先ずは俺が入る。もし試練が始まったら、お前は入らず防御魔法を展開しろ」

「でも……」

「ララ」

「……分かった」


 渋々と頷いたララの頭を撫で、俺はナハトを手に持った。


 見える範囲には何もない。怪物らしき姿も、試練で戦うであろう相手の姿も無い。

 ゴクリと唾を飲み込み、意を決して試練の間へと足を踏み入れた。


「……」


 ――何も、起きない。


 だが入ることはできた。つまり俺には試練を受ける資格があるが、俺だけでは始まらない、ということなのかもしれない。


 後ろに控えているララに顔を向け、こっちに来るようにと伝える。


 ララは頷いて、杖をギュッと握り締めて足を踏み出した。


 ララが試練の間に入った瞬間、試練の間がゴゴゴッと音を立て始める。


 試練が始まったのだ。


 やはりララの存在が試練には必要不可欠のようだ。


 鍵はララ、剣は俺、という具合か。


「ララ! 常に防御を忘れるな!」

「あ、ああ!」


 ララを後ろにし、ナハトを両手で構える。


 試練の間に小さな竜巻が幾つも現れ、壁に沿って動き出す。


 そして俺達の正面に風が一つに集まっていき、超巨大な緑色の獅子が姿を見せた。




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