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第106話 復活

長らくお待たせしました。

あと二、三話以内に第四章は完結します。

第五章からは一度物語の原点に戻り、新たなる旅が始まります。


それまでもう暫くお付き合いくださいませ。



「アァァァァァァァァァァサァァァァァッ!!」

『ッ――』


 目の前を雷が過ぎた。アーサーが雷に連れて行かれ、目の前からいなくなる。

 全身から力が抜けていき、地面へと倒れ込む。

 地面に激突する直前、誰かが俺を受け止めた。


「兄さん!」


 ユーリだった。額から血を流し、慌てた様子で俺を見下ろす。突き刺さっている剣をどうにかしようとしているのか、触っては離してを繰り返しては悪態を吐く。


「クソッ! このまま抜いたら出血が……! 俺は治癒魔法が使えないのに!」

「大兄上!」

「クソ兄……!?」


 カイとシオンも駆け寄ってきた。


 馬鹿野郎……今は俺なんかよりもアーサーに注意しろよ……。


 剣を抜かなきゃ……いや、今の俺じゃ心臓を貫かれた時点で終わりだ。抜いたところで超再生はできない。今生きてるのも、半魔だから即死していないだけだ。


 くそ……ララに帰るって約束したのに……これじゃ……。


「カイ! 水鏡の魔法で兄さんを王都へ運ぶんだ!」

「そんな……大兄上……!」

「カイ! カイ! おい、しっかり――」

『兄さんに触れるな』

「っ――!?」


 カイが風の障壁を張る。その障壁に変身したアーサーの拳が叩き込まれる。拳を叩き込まれただけで障壁が破れかける。


『まだ最後のピースを埋め込んでいない。父の欠片をもう一度埋め込まなければ』

「まさか……アーサーなのか……!? そうはさせない!」


 ユーリが風を噴射させてアーサーを吹き飛ばそうとする。だがアーサーの身体に風が直撃する手前で風は何かに弾かれたように四散してしまう。

 アーサーはユーリに手を向け、純粋な魔力衝撃波だけで吹き飛ばす。シオンがアーサーを氷漬けにしようとするが、氷は形成されるより早く溶けていく。シオンを片腕で殴り飛ばし、カイの首を掴んで放り投げる。


 アーサーは俺の頭を掴んで持ち上げ、俺に突き刺さっている剣を握り締める。何の戸惑いも無く剣が抜かれ、大量の血が噴き出す。


 これでもまだ死なないか――ほんっと、魔族の生命力はどうかしてる。


 アーサーは剣を捨て、右手に白い何かを出現させた。

 それは骨だった。前回と同様、俺に親父の骨を打ち込むつもりなのか。


『この遺骨は特別製。カイの力でこれに僅かに残っていた魂を刺激した。魂が弱っている今の兄さんなら、今度こそ抵抗できないだろう』


 アーサーが骨を打ち込もうとしたその時、アーサーの右腕が止まった。血だらけのエリシアがアーサーの腕に抱き着くようにして止めていた。雷を発しているが、アーサーの力の前に無力化されていく。


「ルドガーを――離せぇ……!」

『往生際の悪い』


 エリシアが再度魔力によって吹き飛ばされる。瓦礫に激突し、だがエリシアはボロボロになりながらも立ち上がる。血反吐を吐き、いくら傷が増えようとも、何度も何度もアーサーに体当たりする。


 ――エリシアが死ぬ――。


「――っ!!」


 霞む視界でそんなエリシアの姿を見て、俺は覚悟を決めた。


 アーサーが此方を見ていない内に左手で右腕の呪符を破いた。

 その直後、右腕に抑え込まれていた魂殺の呪いが一気に膨れ上がり、右半身全てを飲み込む。痛みはもう感じすぎて何も感じない。寧ろそれは好都合で、俺は口端を吊り上げる。

 魂殺の呪いに込められている闇属性の魔力を掴み取り、己のモノへと瞬時に変える。


『なにっ!?』


 右手をアーサーに向け、魔力を解き放つ。闇属性による強力な一撃によりアーサーを吹き飛ばし拘束から逃れる。


 魔力と呪いを全て喰らっていき、今この瞬間、この時だけでいい――アーサーを超える力へと変質させていく。


「――――ぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおッ!!」


 右半身だけが異形のモノになり、アーサーの白い鎧殻とは対の黒い鎧殻を纏う。右半身だけが内なる魔を剥き出しにし、俺に闇の魔法を扱わせてくれるようになった。


 命の灯火が一気に小さくなっていく。もって数秒――もう此処で終わらせるしかない。もう後は無く、俺の命は此処で潰える。


 あぁ、俺はララを裏切るのか……。ララだけじゃない、エリシア、ユーリ、カイ、シオン、アイリーン、リイン、シンク、フレイ……帰ると約束したのに、帰れないや。


 右腕に闇を集束させていく。もう視界も霞んで僅かな輪郭しか見えない。だがアーサーの魔力はしっかりと捉えている。そこに狙いを定めた。


 ――殺すんだ、弟を。

 ――僕達みたいに。

 ――家族だと思ってたのに。


 死んだ弟妹達の声が聞こえる。恨みがましい声で、俺を地獄へと引きずり落とそうとしてくる。


 あぁ、ごめんな皆――どうしようもない兄でごめん。

 ごめん――アーサー……ごめん……救ってやれなくてごめん――!


「うあああああああああああっ!!」


 闇の魔力を右半身から溢れさせながらアーサーへと飛び掛かる。ちょうど立ち上がったアーサーの身体目掛け、右腕を突き出す。闇の魔力を纏った拳がアーサーを守っていた障壁を砕き、そのまま身体を貫く。魔力が爆ぜ、アーサーの身体に大きな穴を空けた。


『――』


 アーサーは声を上げることもなく俺を見つめ、そのまま後ろへと倒れていった。

 赤い血が地面に広がり、アーサーの目の部分から光が消えた。


 そして俺も静かに後ろへと下がり、そして倒れた。


 もう何も聞こえない。何も見えない。何も感じない。


 静かだ――あんなにも俺を恨む声が聞こえていたというのに、呼吸の音一つ聞こえない。


 思えば、人生の中でこんなにも静かな時は無かったような気がする。


 戦いの中で生まれ育ち、殺し合いしかしてこなかった俺が教師の真似事をしても得られなかったこの静けさ……。


 ぁぁ……そうか――俺はやっと……剣を置くのか……。


 もう充分戦ったもんな………………。


「――――――――」


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。























『――センセ』


 ――――ドクッ。







「大兄上ッ!!」

「お兄ちゃん!!」

「兄さん!!」

「ルドガー!!」


 大兄上とアーサーが倒れ、僕達は身体を引き摺るようにして大兄上に駆け寄った。

 急いで大兄上の脈を測ると、そこにあるはずのものは無かった。呼吸も確かめてみるが完全に止まっていた。生きていれば感じるはずの魔力だって感じない。


 何も、何も感じない――。


「大兄上……?」

「何よ……どうしたのよカイ!? ルドガーは? まだ生きてるんでしょ!?」


 姉上に叫びに何て答えればいいか分からない。


 死んだ? 大兄上が? 僕達の兄が死んだ?

 何で? どうして? 大兄上達を此処で死なせない為に来たというのに?

 助けられたのは姉上とユーリ兄上だけ? 大兄上は……?


 泣き叫ぶ姉上に身体を揺さぶられながら、僕は現実を見られないでいた。


 その時、背後で何かが動く音がした。

 僕達が振り向くと、そこでは胸に大きな穴を空けたアーサーが右手を空に向けていた。


 その右手には、白い何かがあった。


『に、兄さん……し、死んじゃったら……だ、だめじゃないか。僕、と兄さんと、と、父さんの三人で暮らすはずだ、だったの、に』


 瞬間、僕の運命を視る力が発動した。

 僕の目に映った光景は、暗黒の空と赤く燃える大地、大勢の生命が死んでいく様。


 そして、その絶望を引き起こした存在――魔王の姿を。


「だめだ――アーサーを止めろォ!」


 僕の叫びに、姉上達は反応して動き出す。


 だけど遅かった。


『父さん――もう僕でいいよね?』


 アーサーは右手に掴むそれを自分の体内へと捻り込んだ。


 直後――黒き魔力が爆ぜた。黒い魔力がアーサーを呑み込んでいき、アーサーを違う存在へと創り変えていく。


 そして黒い魔力の中から生まれてきたその姿はアーサーではなかった。


 長く伸びた金髪に赤眼、一対の大きな黒い角に強靱で洗練された肉体、背中から生えた黒い翼――顔付きは嘗ての魔王に酷似していた。


 酷似なんかじゃない――魔王だ。見間違えるはずがない。


 アレは――魔王だ。


「ふぅ……」


 魔王が息を吐いた。

 たったそれだけのことなのに、僕達の心臓は凍り付いたように止まった。

 そんな錯覚をするほど、魔王から放たれる威圧感と恐怖が凄まじい。


 魔王は周囲を見渡し、目を閉じ顎に手を当てて何かを考え始める。


「ふむ……成る程、理解した」


 再び目を開くと、魔王はニタリと口を歪め、大きな笑い声を上げる。


「フハハハハハハ! そうか! 息子よ! よもや貴様が私を蘇らせたか! 我が真の息子ではなく、貴様がか! これは、魔王の私ですら見通せなんだ!」

「うそ……でしょ……!? 魔王が……!? 何でアーサーの身体で……!?」

「マズい……この状況でこれは、流石に無理ですよ……!」

「ハァ……!? ハァ……!?」


 姉上とユーリ兄上は驚愕しつつも何とか立ち上がって臨戦態勢を取ろうとする。だがシオンは魔王を目にして恐怖に呑み込まれかけているのか、身体をガタガタと震わせていた。


 魔王は一頻り笑った後、僕達へと目を向ける。

 僕達は固まって動けなくなった。

 魔法なんて掛けられていない。ただ睨まれたという恐怖で動けなくなった。


 万全の状態なら違っただろう。だけど今の僕達は体力的にも精神的に満身創痍だ。万全の状態でも恐怖を覚えていたのに、今の状態なら恐怖に何の抵抗も無く呑まれてしまう。


「息子達が一堂に……二人ほど姿が見えないが、良しとしよう。どれ、我が真の息子を父に差し出してくれんか? 死んだとしてもその身体は使える」


 だがその恐怖は、魔王自身の言葉によって解かれた。


 僕達の兄を差し出せ――それを聞いた僕達は恐怖よりも怒りが勝った。


 身体は簡単に動き、魔王から兄を守るため立ち塞がる。


 僕達は勇者だ。魔王を前にして屈する訳にはいかない。

 勇者はどんな時でも毅然と振る舞い、勇気を持って立ち上がり、勇気を与える一人の戦士。


 嘗て大兄上が僕達に語った理想の勇者。僕達はその理想を体現する者達だ。


 例え魔王に造られた存在だとしても、この意志は――魔王に造られた物なんかじゃない。


「ふむ……まぁ、そうなるな。では――再戦と行こう」


 魔王が片腕を振るった。飛んでいる虫を払うように、手についた汚れを払い落とすように、ただそれだけの所作を行った。それだけで、僕達は何の抵抗もできずに力に押されて吹き飛ばされた。


 僕とシオンはまだ魔力があって魔法で防御を取ることができた。だけど姉上とユーリ兄上は防御ができず、既にボロボロで血だらけだった身体に更に深い傷を負ってしまう。

 防御を取った僕とシオンも、それでも防御を破られて傷を負った。僕の腹は斬り裂かれ、そこから大量の血が流れ出ている。


「む……? ふぅん……この身体では力の扱いが難しいな。まだ私の魂と力が馴染んでいないようだし……やはり偽りの後継者では限度があるか」


 大兄上の身体も吹き飛ばされ、僕の目の前に転がっていた。


 大兄上……本当に死んでしまったのですか? あの大兄上が、どんな戦いでも必ず生きて帰ってきたあの大兄上が――僕達の兄が、こんな所で死んだというのですか?


「大兄上……っ!」


 その時、僕の力が大兄上を観測した。アーサーに奪われてから燃えカスのように燻っていた小さな小さな魂を視る力が、何の因果か此処で力を発揮した。


 大兄上の肉体の中に、ほんの僅かな小さな光が――針の先端が光るようなそんな小さな小さな光が、大兄上の肉体に結び付けられていた。


「ぁ……ぁぁ……っ!」


 何がそうさせているのだろうか。執念か、渇望か、奇跡か――。

 大兄上の魂は、まだ肉体に宿っている。


 まだ、大兄上は完全に死んではいない……!


「っ……」


 胸のクリスタルへと手を当てる。


 大兄上は神に力を奪われるまで、本来僕達にしか得られなかった力に適応していた。その力によって大兄上の身体は人知を超えたそれになっていた。


 もう一度その力を、もしくはそれに等しい力を手にすることができれば、大兄上は――。


 これは――何の保証も無い、何の確信も無い、ただそうであって欲しいという願望。


 だけどこれしかもう手は残されていない。元々、僕は此処に覚悟を持って来たのだ。


 僕は――この命を以て運命に抗いに来たのだから。


「……」

「おにい……さま……?」


 シオンと目が合う。


 僕の大事な妹。家族の中で一番近くにいて、一番長く一緒に過ごして、一番愛している家族。

 欲を言えば、もっと彼女と一緒に人生を歩みたかった。彼女の笑顔をもっと独り占めしたかった。


 それはもう――叶うことのない夢。だけど来世があるのならば、その時こそは――。


 僕は立ち上がり、転げるようにして大兄上へと近付く。

 シオンが僕を止めようと叫ぶ。

 それを無視して僕は、自分の胸からクリスタルを抉り出した――。


 このクリスタルは父が僕達に埋め込んだ各属性の源になる特殊なクリスタル。適合すれば強大な力を得るが、不適合なら身体を内側から破壊する危険な代物。


 僕は完全には適合していなかった。だけど大兄上なら、僕達の『勇者』なら!


「む? 何をするつもりだ!?」


 魔王が力を放ってくる。


 それよりも早く僕は――クリスタルを大兄上に打ち込んだ。


「目を覚まして! ルドガァーーーー!!」


 世界が一瞬だけ静止した。


 そして――僕達の勇者が戻ってくる。






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