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第104話 水と氷、覚悟と想い

お待たせしました。



 時は巻戻り、ルドガー達がアーサー達と戦闘を始めた頃、王都ガーランにて。


 カイは自室ではなく玉座に座って頭を抱えていた。今の今まで国王としての仕事を行っており、漸く一息吐いたところだ。身体が言うことを聞かない状態でも、アーサーらの所為で不安に陥っている民達を放っておく訳にはいかないと、無理を通して民達の前に出ていたのだ。


 それでも時折、目眩を起こし激痛が走り気を失いそうになったことが何度もあった。その度に魔法に精通しているエルフの賢者であるアイリーンの手助けを受け、何とか持ち堪えていた。


 今は玉座の上で暫しの休息に入っていたが、突然襲い掛かってきた頭痛に苦しんでいる。


「っく……!」


 カイはその頭痛の正体に勘付いていた。生まれながらにして持っていた、魂を視ることができる特殊な力に関係していると。魂を介して運命を垣間見る時にくる頭痛だった。


 アーサーに力を奪われたとしても、その力は本来の持ち主であるカイの魂に深く根付いている。きっと燃えカスのような小さな力の残影が発動し、カイに運命を視させているのだろう。


 カイは力が視せる運命に意識を集中させた。


 ――それは誰かの葬式だった。棺が三つ並んでいる。


 その内の一つに、白銀の髪をした少女が縋り付き泣いている。

 運命を視ているカイは、その棺の中を覗き込む。

 そこに横たわっているのは、自分が大兄上と呼んでいる人物だった。他二つの棺の中には、紫の髪をした女性に緑の髪をした男性が苦しそうな表情のまま横たわっていた。


 そこまで視て、カイは意識を現実に引っ張り戻した。

 今視たのはいずれ自分に訪れる運命の光景――即ち、ルドガー達が死んでしまう未来だった。


 嘘だと思いたい。力が視せた悪い冗談だと自分に言い聞かせようとするも、今まで力が嘘を吐いたことは無かったとカイは知っている。


 カイが未来を視ることは少なかった。時折、力が勝手に視せるだけで、自分では自由に視られないからだ。視る未来は決まって碌なものではなかった。そんな未来を勇者としての力を得る前は変えることはできなかったし、得てからも視るタイミングが不規則過ぎて変えようにも変えられなかったことが殆どだ。


 運良く変えられたとしても、運命は決まっていることをカイは知っている。多少、過程や形が変わるだけで結果は変わらない。定めからは逃れられないのだ。


 それをよく知っているからこそ、カイは今視た運命を受け入れられなかった。


「そんな……嘘だ……嘘だと言ってくれ……」


 玉座の上で項垂れ、最悪の結果に顔を青くしてしまう。この戦いにおいて、ルドガー達の死はそのまま世界の終わりを意味する。


 いや――そうではないかもしれない。少なくとも、魔王復活は阻止できているのではないだろうか。ルドガーを依り代にするのであれば、ルドガーが棺に横たわっている光景は視られないはずだ。ルドガーは己の命を犠牲にしてアーサー達を止めたのかもしれない。


 その時、カイは自分が何を考えているのかを自覚し、自己嫌悪に陥る。

 まるで兄姉の犠牲で世界が救われるのを望んでいるかのようだった。


「違う……そんなの望んじゃいない……!」

「失礼しますお兄様……お兄様? また具合が悪くなったのですか!?」


 カイが項垂れていると、シオンが駆け付けてきた。顔色が悪いカイを見て血相を変え、今にも泣きそうな表情を浮かべる。

 そんなシオンにカイは軽く微笑み、手を重ねてきたシオンの手に自分の手を重ねる。


「大丈夫……少し疲れただけだよ」

「……」


 シオンはカイの言葉を信じ切れていないようだ。瞳を潤ませ、何かを言いたげに唇をワナワナと震わせている。


 カイは玉座に座り直し、大きく深呼吸をした。


「……シオン。お客の方達はどうしてる?」

「……エルフの姉は精霊を介して故郷に連絡し、お兄様の身体を治す方法を探しています。妹のほうと魔族の子は半魔の子に付きっきりです」

「その彼女は何をしているんだい?」

「……ずっと落ち着きの無い様子です。霊薬を作って気を紛らわせているようですが」


 カイは思い浮かべる。ルドガーを水の神殿から連れ帰った後、ずっと側から離れようとしなかった半人半魔の少女。自分達を育てた父親の実の娘。


 随分とルドガーを慕い、大切にしているのが一目で分かった。生まれ故に自分達家族以外から疎まれてきた兄に、そんな相手ができたことを弟としてカイは嬉しく思っている。


 だが、運命は残酷だ。兄を想う彼女には大きな悲しみが待っている。そんなことがあっていいのだろうか。


 当然、よくないはずだ。そんな絶望を良しとする人など何処にいようか。可能ならば、運命を変えてやりたい。カイは強くそう望んだ。


 だがしかし――と、カイは己の胸に手を当てる。魔法で見えないようにはしているが、そこには体内から突き出たクリスタルがある。大きな力を使えば、クリスタルとの拒絶反応でギリギリ保てている身体が壊れてしまうだろう。


 命を保てない――良くて、今ならもしかすると治るかもしれない可能性は消える。


「……」


 カイは考える。


 もし――もし彼らの死を回避することができるのならば? できなくても、その運命を先延ばしにすることが可能ならば?

 この命を代償にそれができるのなら――それは、この消えゆく命に大きな意味と価値を与えてくれるのではないだろうか。


 それを決してルドガーは許さないだろう。カイの目の前にいるシオンも断固として認めないはずだ。


 だけど、どうしても――と、カイは思う。


 自分は最期の最期まで勇者でありたい。ライガット家の一員として、死する時も大きく胸を張っておきたいと。


 ――カイ、お前は選ばれし者だ。お前の生は、大いなる責任を伴う。


 カイは嘗て父親から言われた言葉を思い出す。勝手に勇者にしておいて何をと思ったことも多々あるが、力を得てからは勇者としての在り方を学び続けた。


 可笑しな話だと、カイは胸の内で苦笑する。

 あんなに苦しく怖い思いをさせられたというのに、自分達はすんなりと勇者としての自覚を持ち始めた。仲良くしていた他の兄妹達は死んでいったというのに、それを簡単に受け入れてしまった。


 埋め込まれたクリスタルがそうさせているのか、それとも別の要因なのか。それを知る術は無いが、ともかくカイは勇者になろうと気高く在り続けた。


 そのお手本となる人物が、ルドガーだった。勇者ではない彼だからこそ、勇者がどんな存在であってほしいのかを知っていた。気高き勇者の心は全て兄であるルドガーから学んだのだと、カイはルドガーを今でも尊敬している。


 その彼を――運命が決まっているからと言って見殺しにできるのか?


 カイには、それがどうしても許せないことだった。


「シオン」

「はい?」

「……僕は、行くよ」

「……? 何処へ行かれるのですか?」

「大兄上の下に」


 シオンの顔が凍り付いた。

 それも当然だ。これから死地に向かうと言っていることと同意義なのだから。

 シオンが何かを言う前に、カイが口を開く。


「視えたんだ。大兄上、姉上、ユーリ兄上が死ぬ運命が」

「そん――な……!?」

「だから、僕はそれを変えたい」

「ぁ――だ、駄目です! お兄様を戦わせる訳にはいきません! お兄様のお身体はもう……!」


 シオンはカイの身体のことを知っている。父親が埋め込んだクリスタルによって、他の兄姉達と同じ結末に向かおうとしていることを。


 シオンにとってカイは特別な兄だ。一番歳が近く、一番仲が良く、一番側にいた兄だ。半身と言っても良い。カイを失うことはシオンにとって考えられない苦痛であり絶望なのだ。


 ルドガーはシオンと約束した。必ずカイを救う方法を見付けてくると。だからシオンはそれまでカイを生かさなければならない。

 そのカイが、自ら死にに行こうとしているのだ。シオンは涙ぐみながらカイを押し止める。


「君が僕を大事に想ってくれていることは知っている。僕も君が大事だ。愛おしく想う。できることならもっと君と一緒にいたいと思う」

「何を……何を言っているのですか!? これからもずっと一緒にいられます! クソ兄がお兄様を救う方法を見付けて帰ってきます!」

「残念だけど、それは無理だ。このまま何もしなければ、大兄上達は物言わぬ姿になって戻ってくる。待っていても僕は……死ぬ」

「そんな……そんなこと……!」


 シオンはカイの言葉を否定する。否定するしかない。認めるはずもない。愛する者が死ぬ運命だと、誰しもが認めたくない。

 必ずルドガーがカイを救ってくれるのだと、またカイの元気な姿を見れるのだと自分に言い聞かせる。


 しかし、シオンもまたカイの力を知っている。カイが視た運命は必ずその通りになる。過程が変わっても、最終的なものは変えられないことをよく知っている。


 なら、ならばと……シオンは尚更カイを引き止める。


「なら、尚更です! お兄様は行ってはなりません! 行けば死んでしまいます! ですがここに残ればまだ生き長らえることができます!」


「それで僕が納得するとでも? それは君も良く分かっているはずだ。運命は変えられない。だけど流れは変えられる。それを知っているのに、それができる力があるのに何もしないのは、僕の矜持に反する。僕は最期まで勇者でありたい。君が誇れる兄でありたい。だから僕は行く。例えそこで死ぬことになろうとも、僕はこの力を使う」


 シオンは泣き崩れた。最愛の兄が死んでしまう。止めることすら許してもらえない。自分だって勇者のはずなのに、多くの人族を守ってきたというのに、兄一人を守れない。この身に宿る力で兄を守れないのだと、シオンは悟ってしまった。


 カイは床で泣き崩れるシオンの前に跪き、顔を上げさせる。シオンの顔は涙でボロボロだった。


「でもね、シオン。僕一人じゃ……流れを変えられるのか分からない。これはきっと、僕達家族が力を合わせなければいけないことなんだと思う。シオン……どうかこの哀れな兄に、力を貸してくれないだろうか?」


 カイはシオンに手を差し出した。


 拒めるはずがない――シオンは最愛の兄を、この時ばかりは恨んだ。


 だが同時にこれはひょっとすると、と一つの可能性を見出した。


 まだカイが死ぬとは決まっていない。確かに戦いになればカイは力を使って命を削っていくだろう。


 しかし、命を削りきる前に決着を付けることができれば――。

 身に宿るこの力でルドガー達の運命の流れを変え、アーサー達を倒すことができれば――。


 兄を死なせずに助け出すことができるかもしれない。

 己の力では兄を守ることができないと嘆いたが早計だった。


 シオンは差し出されたカイの手を取った。


 全ては兄を助ける為に――。


 カイは頷き、己が身とシオンの身体を魔法で生み出した水の中に沈めるのだった。





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