第103話 絶対なる牙
最初に技を放ってきたのはガイウスだった。ガイウスは全身から土色の魔力を溢れさせ、身体に更なる強化を施した。両腕を交差させ、巨体が砲弾のように迫ってくる。
地面を抉り、空気を断ち切りながら迫ってくるガイウスを前にして、俺とエリシアは全身に魔力を駆け巡らせる。俺はナハトに魔力を喰わせ、エリシアはカタナを鞘に収めて抜刀の体勢に入る。
ガイウスが目前に迫った瞬間、ナハトの魔力を一気に開放して振り払う。同時にエリシアもカタナを抜き放ち、紫電と共に振るう。ナハトとカタナがガイウスの巨体を受け止め、三人の魔力が衝突し合う。
ガイウスの勢いは止まらず、俺とエリシアは後ろに押し返されていく。踏ん張っている足が地面を抉っていく。脚の骨が粉々に折れてしまうのかと思ってしまうほど、強烈な衝撃が襲う。それでも力を振り絞り、ガイウスの突進を止めた。
『ヌゥ!?』
「ガイウス……本気を出すのならさっさと出すべきだったな!」
俺とエリシアは魔力を全開に上げる。ナハトとカタナを振り切り、ガイウスの両腕を外に大きく弾く。ガラ空きとなった胴体へ同時に突きを放ち、俺とエリシアの魔力を撃つ。魔力がガイウスの胴体を駆け抜け、背中から飛び出す。
ガイウスが後ろへ蹈鞴を踏んだところにエリシアが特大の雷を落とす。ガイウスは雷によって地面に押し倒され、巨体が地面に沈む。
「いっけええええええ!」
エリシアは更に雷を落とす。ガイウスの巨体がどんどん地面に沈んでいき、地中深く落ちていく。
その時、上空から炎を感じた。見上げれば、ライアが空を覆うほどの巨大な火球を生み出していた。
言うなれば、小さな太陽だ。
『行くぜ! 兄貴ィ!』
ライアはその太陽を操り、俺達に向かって落としてくる。
『ザ・サン!』
太陽が落ちてくる。
この技は昔に何度か見た。地上に落ちた瞬間太陽が爆ぜ、広範囲に渡って大地を焼き尽くす、ライアが持つ大技の一つ。これを防いだのはただ一人、魔王だけだ。
障壁で防ぐことは不可能、障壁ごと焼き尽くされる。魔法で防ぐことも不可能、今の俺は魔法が使えない。
なら、やれることはただ一つ――太陽を破壊する。
最後の霊薬を取り出し、全て飲み干す。人生でこれ以上感じたことの無い膨大な魔力が身体から沸き上がる。
「エリシア! 少しでいい! アレを受け止めろ!」
「無茶を言う!」
エリシアはカタナを地面に突き刺し、両腕を広げる。膨大な魔力がエリシアに集まり、それら全てが雷へと変わる。
「天を穿て――タケミカズチ!」
瞬間、太陽を支える雷柱が生まれた。エリシアが放った雷は巨大な束となり、ライアが落とした太陽を下から押し返す。太陽も負けじと雷柱を押し潰そうと押し返す。
俺はエリシアの雷の中で、ナハトに俺の全魔力を喰わせる。鍔の目が赤く光り、ナハトが脈打つ。
今から放つこの技は、親父が教えてくれた奥義。今まで一度たりとも放てたことは無かった。単純に必要な魔力が足りていなかったからだ。
だけど今ならその魔力も補える。改めて親父の凄さが解る。これ程までに強大な魔力を必要とする技を、親父は難無く片手で放てた。俺は今でもギリギリ放てる状態なのに。
この技でライアの鼻っ柱をへし折ってやる。説教はその後だ。
「っ――ルドガー! もう無理!」
エリシアの雷が止まった。支えを失った太陽が再び落ちてくる。
そして丁度、此方の準備も整った。
ナハトに喰らわせた魔力を完全開放させる。漆黒の魔力が暴風のように周囲を渦巻き、一瞬だけだが時を止めたような錯覚に囚われる。
――今だ、ルドガー。
誰かの声が聞こえた気がした。
俺はその技を叫ぶ――。
「絶牙――黑竜破!!」
ナハトを太陽に向けて薙ぎ払う。開放した全魔力が斬撃に乗って放たれ、強烈な衝撃波と共に太陽へと伸びていく。
一言で言えば、それは膨大な魔力に斬撃という特性を持たせた、集束斬撃砲。その究極は一振りで万の敵を葬り去る最強の技であり、魔剣ナハトだけが放てる唯一無二の技。
それは太陽に辿り着き、一瞬の拮抗があった後に太陽を貫き斬り裂いた。太陽はそのまま瓦解し、漆黒の斬撃に呑み込まれて消失していった。俺達を囲んでいた炎の壁も消え去った。
「マジかよ――!?」
ライアの焦った声が聞こえた。先程の大技を放った影響で炎化を解除されているライアが目に入り、エリシアに目配せする。俺の意図を察したエリシアは地面からカタナを抜き取り、愕然として太陽があった場所を眺めているライアの目の前へと移動する。
「ッ、やべ――」
「鳴神一閃!」
エリシアの一撃がライアの腕を捉える。ライアの右肘から下がカタナによって切断され、追撃の雷によって地面へと叩き落とされる。すぐに起き上がろうとするが、それより速くエリシアが落雷と共に降りてきて、ライアの右肩をカタナで貫き地面へと打ち付ける。
「グハァ――!?」
「これぐらいで済んで、ありがたく思いなさいよ……!」
カタナを更に刺し込み、ライアは苦悶の表情を浮かべる。
だがその直後、大きな揺れが俺達を襲う。エリシアの足下から何かが昇ってくる気配を察知し、慌ててエリシアに声をかける。
「エリシア! 下だ!」
助けに向かおうと脚を動かした途端、力が抜けてその場に倒れてしまう。
先程放った大技の反動か、それとも霊薬を飲んだ反動なのか、立ち上がることすらもできなくなってしまった。
エリシアがライアから離れた直後、巨大な手が地中から現れてライアを握り締めた。その手は更に昇り、腕を見せ、やがて身体を見せた。
それは岩の巨人だった。上半身だけで要塞よりも大きく、まさに山のように巨大なそれは大気を震わす咆哮を上げる。
『オオオオオオオ!!』
それはガイウスだった。ガイウスが更に巨人へと変身した姿だ。
ガイウスの本気は己の身体を巨体に変え、大地を踏み荒らす巨人になること。拳の一撃で大地が割れ、山を放り投げる姿こそが、ガイウスの勇者としての真の力だ。
だから俺はあの時ガイウスに本気を出すならさっさと出すべきだったと言った。この大型の巨人になられては俺とエリシアだけじゃ勝てなかったかもしれないから。
だがこの形態ですら、まだガイウスは余力を残している。彼の本気はもっとデカい。
ガイウスは掌を開き、ライアを右肩に乗せた。ライアは右腕の切断面を炎で焼いて塞ぎ、差された右肩を左手で押さえる。
『兄者、傷の具合は?』
「下手打っちまった……ザ・サンで充分だと思ったが、やられた」
『スマヌ、兄者。兄者の楽しみを奪いたくないが故に力を出さなかった。我の失態だ……』
「バーカ、こりゃ俺の失態だ。正直、最後まで兄貴を見くびってた。結局は俺達より下だってな……事実は違ったぜ」
震える身体で起き上がろうと藻掻くが、膝を突く状態まで持っていくだけで精一杯だった。エリシアが駆け寄ってきて、俺に肩を貸して立ち上がらせてくる。
まずい……このままじゃ俺がエリシアの足を引っ張ってしまう。霊薬の効果で魔力はまだ残っているが、如何せん身体に力が入らない。何とかして早く回復させなければ負けてしまう。
「兄さん! 姉さん!」
そこへユーリが駆け付けてきた。傷口を止血したのか出血は止まっているようだった。手には弾き飛ばされたもう一振りのエリシアのカタナが握られている。
「ユーリ! ルドガーをお願い!」
エリシアが俺をユーリに渡し、ユーリからカタナを受け取る。
一人で戦う気か? それは駄目だ。ライアが手負いとは言え、本気を出し始めたガイウスも相手だ。後ろにはアーサーも控えている。いくらエリシアでも一人では勝ち目は限りなく少ない。
俺はユーリの手を払い除け、ガクガクと震える脚を叩き起こして一人で立つ。
「駄目だ! お前一人で戦わせられるか!」
「そうは言っても、アンタもう限界じゃない! 私はまだ魔力が残ってるし、奥の手だってある! ここでアンタを守りながら戦うほうが無理よ!」
「ですが姉さん、一人でって言うのは流石に見過ごせません。ここは一度撤退したほうが……」
「それをアーサーが許すとは思えないわよ。ほら、噂をすれば……」
エリシアが向く方を見れば、澄ました顔のアーサーが歩いてくる。
アーサーは俺達とライア達の間までやって来ると、ライア達の方へと顔を向ける。
「……お前達はもう退け」
「アァ? こっからが本番だろうが!」
ライアが噛み付くが、その瞬間、アーサーの魔力が膨れ上がった。ライアとガイウスよりも大きく、誰よりも強い魔力を発揮し、ライアとガイウスを睨み付ける。
今までアーサーから強大な魔力を何度も感じてきた。だがそれ以上に強い魔力だ。まるで別物。今まで戦ってきたアーサーとは比べ物にならない魔力、俺は固唾を呑んだ。
何だこの魔力は……? ただの魔力じゃない。勇者の魔力とは明らかに違う別の何かだ。いったいアーサーの中で何が起こっている?
俺がアーサーに驚愕していると、睨まれていたライアは舌打ちをしてガイウスの肩に座り込む。
「チッ、わーったよ。退くぞ、ガイウス」
『……ウム。アーサーよ、油断するでないぞ?』
ガイウスの巨体が地面に沈んでいく。彼らを止めようにも、目の前に立ち塞がるアーサーがそれを許してくれそうにない。
やがてガイウスは地中へと姿を消し、完全に気配が無くなった。
二人がいなくなると、アーサーは軽く溜息を吐いた。
「まったく……調子に乗った結果がこれか。熟々無能な奴らだ」
「兄に向かってその口は無いんじゃないか?」
「黙れユーリ。勇者の中でも一番の役立たずが。貴様では病弱のカイですら倒せない」
「まぁ、俺はどっちかというと裏方が性に合っているからね。でも、俺だって勇者の一人だ。俺一人で国一つ相手取ることぐらいはできるさ。今ここで君を空の彼方へ飛ばすことも、お望みならってみせようか?」
そう言ってみせるユーリだが、僅かに身体が震えている。ユーリもアーサーの魔力を感じ取ったのだろう。口では強がっているが、内心はアーサーに恐れを抱いていることだろう。
ユーリは決して弱くない。口にしている通り、その気になれば国一つを滅ぼせる力を持つ。それは他の勇者達も同じことだ。
今回のライア達との戦いでは、本気と謳っておきながらその片鱗を見せるだけに留まった。本気の殺し合い、それこそ周りの被害を考えない戦いになっていたら、要塞の破壊だけじゃ済まなかった。
彼らの目的が俺を殺すことなら、俺は為す術も無く負けていただろう。
アーサーが剣を鞘から抜いた。
「もう茶番はいい。良い具合に兄さんの身体も弱っている。あとは兄さんの魂をもう少し削るだけ。その為に姉さん、ユーリ……死んでくれ」
アーサーの目が青く光る。それを見て、アレがカイから奪い取った力だと察する。まるで魂を見透かされているような感覚を味わう。
エリシアとユーリは武器を構えるが、俺はナハトを杖代わりにして立っていることしかできない。これではアーサーと戦えない。エリシアとユーリが戦う姿を眺めるだけになってしまう。
それだけは避けなければと、本能が俺に訴えてくる。このまま戦わせてしまえば、良くないことが起きてしまうと、警笛を鳴らしている。
アーサーが一歩前に踏み出した、その時――アーサーの足下に氷の剣が突き刺さった。
「……?」
アーサーが足を止め、空を見上げる。途端、アーサーが目の色を変えて後ろに跳び退く。アーサーが立っていた場所に何十本もの氷の剣が降り注ぎ、地面を凍て付かせた。
「これは……!?」
氷の剣が降り注いだ後、俺達の目の前に白髪の女性が降り立った。彼女が立つ場所が徐々に凍り付いていき、体感温度が下がっていく。
「お前は……っ!」
アーサーがその女性を見て口を開いた瞬間、アーサーの背後にあった要塞の壁を破壊して水の波が押し寄せる。その波を剣と光で斬り裂き、並みの向こう側に立っている男性を見付ける。
俺はその男性を見て目を見開く。
この場に来てはいけない、来てほしくなかった人物だ。
「……カイ。その身体でよく此処へ来たな?」
アーサーの前に立っているのはカイだった。水色のジャケットを着て、蒼い髪を靡かせるカイは、闘志が宿った瞳でアーサーを睨み付けている。
「アーサー、これ以上は好きにさせないよ。僕達が君を止めてみせる」
カイは足下を流れる水を操り、アーサーに向かって宣言した。




