第102話 怒れる雷
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雷雲から落とされた紫色の雷はライアとガイウスを貫き、アーサーは立っていた場所から跳び退くことで雷を避けた。
雷を受け、痺れて動けないライアに目掛けてエリシアは右手のカタナを振り上げる。上段から一切の手加減も無く振り下ろし、ライアの頭から下まで両断する。
だがライアは斬られた訳ではない。全身を炎に変えて斬られるのを逃れた。そのまま炎が四散してエリシアから離れていく。
離れていく炎に目もくれず、エリシアはライアの隣にいたガイウスへと狙いを変える。左手のカタナに紫電を纏わせ、ガイウスの腹へと薙ぎ払う。ガイウスは腹の防御を固めたようだが、エリシアの雷を纏った斬撃を受けて大きな傷を与えられる。
しかしこれもまた肉体が斬られた訳じゃない。ガイウスは肉体を強固な岩で覆っており、斬られたのは岩の部分だけだった。
エリシアは攻撃の手を緩めず、右手のカタナに雷を束ね、それをガイウスに向けて突き出す。途端にカタナから雷の集束砲が放たれる。耳を塞ぎたくなる轟音が鳴り響き、ガイウスを呑み込んでしまう。
エリシアの技である『アラストール』、それを零距離で放たれたガイウスは背後の要塞ごと吹き飛ばされる。大きな爆発が巻き起こり、雷が派手に飛び散る。
エリシアは既にその場から動いていた。雷速で一人離れていたアーサーの正面に移動し、二振りのカタナを上段から振り下ろす。アーサーは蒼い剣と光の剣で受け止めるが、落雷の追撃を受けて地面に片膝を突く。
アーサーは『フォトンランサー』を発動してエリシアへ光の槍を射出する。エリシアはアーサーから離れ、瞬きする間に全ての槍を斬り払った。その直後、エリシア目掛けて炎が襲い掛かる。エリシアがカタナを一振りすると稲妻が走り、炎を両断していく。その稲妻は炎の先にいたライアに迫り、ライアは稲妻を炎の腕で打ち払う。
エリシアの足下の地面が隆起し、岩の槍となってエリシアを貫こうとする。矛先をカタナで受け止め、そのまま上空へと押し出されていくが、稲妻が一瞬走ったと思いきや岩の槍が細切れにされる。
アーサーが地上から『光龍槍』を放ち、エリシアの左手のカタナを弾き飛ばす。その瞬間を狙ってライアがエリシアの正面に現れ、炎の拳を叩き込む。その拳をエリシアは紫電を纏った左手で受け止めた。ライアは何度も炎のエリシアに拳や蹴りを叩き込むが、エリシアのカタナによって全て捌かれる。終にはエリシアの蹴りがライアの首を捉え、雷と共に地面に蹴り落とされる。
エリシアはそのままライアを追いかけ、カタナを突き立ててライアを貫こうとする。それを阻んだのは崩れた要塞から呼び出してきたガイウスであり、彼の巨大な拳がエリシアのカタナを捉えていた。
ガイウスの怪力によって押し出されるエリシアは全身から雷を発し、ガイウスと同等の怪力を発揮して踏み止まる。空いている左手で拳を作り、ガイウスの腹に一撃、もう一撃、更に一撃を加えてガイウスの身体を雷が貫き、ガイウスを怯ませる。
エリシアはガイウスの拳を振り払い、左手でガイウスの顔を鷲掴みにする。そのまま地面に頭を叩き付け、雷撃を打ち込みながら引き摺り回し、起き上がろうとするライアに放り投げる。放り投げたガイウスがライアとぶつかって折り重なる。エリシアはカタナを鞘に収めて抜刀の体勢に入り、雷速でライアとガイウスに迫る。雷が二人と交差し、ライアとガイウスを纏めて斬り裂いた。
圧倒的――勇者三人を前にしてエリシアは退くことなく攻め手に回っている。
エリシアの実力は知っている。勇者の中でもアーサーに次ぐ猛者であり、どんな敵であろうとも雷とカタナで葬り去ってきた。
正直、俺の中では現勇者最強はアーサーじゃなくエリシアだと思っている。アーサーが最強と言われる所以は盾術にある。最強の攻撃と最強の防御を駆使した戦法を取っていたからこそ最強だった。
だが今のアーサーは盾を棄てている。最強の防御を失ったアーサーが、同じく最強の攻撃を持つエリシアを止められるとは思えない。
本気になったエリシアを止めることなんてできやしない。
だが止めなければ。今はまだアイツらの肉体を直接斬るようなことはしていないが、このままでは時間の問題だろう。いずれエリシアはアイツらの防御を完全に抜けて斬ってしまう。
「兄さん、俺に構わず行ってください」
肩を貸しているユーリが胸の傷を抑えながらそう言ってくれた。
「俺なら大丈夫です。もう少し傷を魔力で塞いでから向かいます」
エリシアは雷速でアーサーに迫り、激しい攻防を繰り広げる。目で追うのがやっとだ。
アーサーが光の技を放てばエリシアが雷の技を放ち、魔力と魔力が爆ぜて衝撃波を生む。アーサーが光速で動けばエリシアも雷速で追いかけ、白と紫の閃光だけが交差して激しい火花を散らしていく。戦線に復帰したライアとガイウスもそこに飛び込み、エリシアは三人を同時に相手取る。
俺はユーリを地面に降ろし、ナハトを握り締めて足を踏み出す。
その時、ユーリが待ったをかける。
「兄さん」
「……?」
「兄さんは……アーサー達を殺すつもりは無いんですよね?」
「当たり前だ。大切な弟達だ」
どんなに大きな罪を犯そうと、彼らは俺に遺された唯一の家族。その家族を殺すつもりは毛頭無い。
「……兄さん、この際だからはっきりと言っておきます。僕と姉さんは……勇者として彼らを殺す覚悟はできています」
その言葉は、俺の心を締め付けた。同時に、右腕の呪いが疼き始める。
「何を――」
「彼らがやろうとしていることは魔王と同じです。止めなければ世界は再び戦火に包まれる。家族なら分かるでしょう……彼らが止まることは無い。殺さなければ、彼らを止めることはできません」
それは、俺が無意識に目を逸らし続けてきた事実だ。
俺は知っている――理解している……アイツらは決して止まらない。どんなに言葉を投げようとも、どんなに拳を交えようとも、どんなに打ち負かそうとも、アイツらが企みを止めることはあり得ない。
このまま戦い続けたとしても、アイツらの考えが変わることは無い。それを一番理解しているのは兄である俺だ。
何度も止める、止めてみせると口にしてきたのは、その事実から目を逸らし、己に言い聞かせる為だったのかもしれない。
しかし、だが、それでも――俺の思いは変わらない。
ナハトを肩に担ぎ、ユーリの頭に軽く手を乗せる。
「それでも俺は――家族を殺さない」
「……なら、俺か姉さんが殺す前に止めてみてください。俺達だって……家族は殺したくない」
「おう、任せろ」
俺は駆け出した。ポーチから二つ目のアンプルを取り出し、中の霊薬を一気に飲み干した。
これで二つ目。身体にかかる負担は限界に限界を超えて襲い掛かってくる。空になりかけていた魔力が漲り、六感全てを研ぎ澄ませる。脚力を強化し、未だ斬り合いを続けているエリシア達の下へと向かう。
エリシアの背後から殴り掛かろうとしているガイウスの横顔を蹴り飛ばし、エリシアと背中合わせになってナハトを構える。
「ちょっとルドガー!? ユーリは!?」
キレて我を失っているのかと思ったが、存外冷静だったようだ。
魔力を練り上げながら周りを見渡し、俺とエリシアを囲んでいるアーサー達を確認する。
「ユーリなら大丈夫だ。それより、コイツらを止めるぞ」
「止めるって、アンタ手子摺ってたじゃない!」
「ハッ、手子摺ってなんかいねぇよ。ちょっと攻めあぐねてただけだ」
「それを手子摺るって言うのよ!」
炎が正面から飛んで来た。ナハトで斬り払い、炎を飛ばしてきたライアを睨み付ける。
「なァ、アーサー! もう『手加減』は止めようや!」
突然、ライアが声を上げた。
「このまま小さくやり合っても時間の無駄だ! 兄貴を弱らせるにァ、本気をぶつけるしかねぇ! 姉貴も混ざってるんだったら尚更なァ!」
「ウム、我も同感だ。それにこのままでは姉者に斬られてしまう」
ガイウスもライアに同意を示す。
コイツらが本気じゃなかったことぐらい分かる。特にライアは。勇者が本領を発揮すれば殲滅戦に切り替わって一帯を攻撃することになる。
基本的に対人戦向きじゃないのだ、勇者の力は。対軍向きであり、圧倒的力で殲滅するのが勇者の戦い方だった。剣術と盾術、格闘術を持つエリシアとアーサーとガイウスの三人だけが対人に切り替えられるだけだ。
その彼らが今までその力を使わなかったのは、手加減をしていたからだ。ガイウスも、本気を出せば殲滅戦を交えた圧倒的な力で立ち向かってくる。
その彼らが今までその力を使わなかったのは、手加減をしていたからだ。
エリシアの正面に立つアーサーは静かに溜息を吐いた。
「はぁ……良いだろう。ただし、僕は手を出さない。僕まで本気を出せば、二人とも死ぬ」
アーサーは剣を鞘に収め背中を向けた。離れていくアーサーを止めようとしたが、二つの魔力が急激に大きくなっていくのを感じ取り、そちらへと意識を向けた。
ライアとガイウスの魔力が膨れ上がっていき、大気が震え始める。
「ルドガー……!」
「ああ……!」
ライアの全身が炎に変わり、広場全域を炎の壁で包み込んだ。炎の壁はとても高く、空を飛ばない限り乗り越えられない程だ。温度が急激に高くなり、汗がボタボタと流れ落ちる。魔力で身を守っていなければ熱波で焼き殺されているだろう。
そしてガイウスは地面から地の魔力を吸収し始め、全身を岩に変えていく。ただ変わっていくだけじゃなく、大きく肥大化していき、最終的には岩の巨人へと姿を変えた。怪物のような形相をした巨人ガイウスが咆哮を上げる。
『行くぜ兄貴、姉貴! 一撃で死ぬんじゃねぇぞォ!』
『オオオオオオッ!』
ライアは上空に飛び上がり、ガイウスは巨体を走らせた。
「死なないでよ、ルドガー!」
「お前もな!」
ここが最初の正念場だ。ライアとガイウスを叩きのめす!




