第101話 風と炎
睨み合っていると、俺達の隣に緑と赤が降り立った。
厳密に言えば、降り立ったのは赤だけで、緑は落ちてきたが正しい。
「グッ……!?」
落ちてきたのはユーリだ。ユーリは地面に転がり苦悶の表情を浮かべ、口から赤い血を吐き出す。
「ユーリ!?」
「も、問題ありません……!」
ユーリはすぐに立ち上がると、俺の隣に立ち並ぶ。アーサーの隣には余裕の笑みを浮かべたライアが立っており、アーサーの肩に腕を置く。
「だらしねぇなァ、ユーリ……それでも勇者かァ?」
「ライア……!」
「おっと兄貴、そう睨むなよ。俺は今感激してんだぜ? 上から見てたが、よくその状態でアーサーと戦えてるなってな。やっぱ兄貴は凄ぇよなァ」
ライアは嬉しそうに笑い、アーサーの肩から腕を退ける。
ユーリと戦いながら俺達のことを観察する余裕があったという訳か。
ユーリが弱い訳では決してない。ただライアの火力はアーサーにも届く程だ。ユーリの力だけでは最終的に押されてしまう。
ユーリは悔しそうに歯を食いしばり、ダガーを構える。俺もナハトを肩に担ぎ、アーサーとライアを見据える。
「ガイウスはまだ姉貴とやってんのか……ならよォ、俺達は俺達で楽しもうや!」
ライアの全身が炎に変わる。その状態で両手を突き出し、炎を放ってきた。
その炎をナハトで受け止め、その間にユーリが風の魔法を発動する。
「駆けろ――風狼!」
風で構成された二体の狼が出現し、アーサーとライアを襲わせる。
「シャイニングブレード」
だがアーサーが剣を上に掲げると、巨大な光の剣が二振り頭上から飛来し、二体の風狼を串刺しにした。
「行くぜ兄貴ィ!」
ライアが拳を引き絞り、炎を急速に集束させていく。俺はユーリの前にナハトを突き出し、ユーリはナハトに風を渦巻かせた。その風と俺の魔力が合わさっていき、黒く染まっていく。
「一発でくたばんじゃねぇぞ――デッドフレイム!」
炎を集束された拳が振り抜かれると、超極太の炎が放たれた。地面が熔解していき、触れていないのに肌が火傷しそうになる。
「風牙・絶剣!」
その炎に向かって黒い風が渦巻くナハトを振り落とす。それと同時に魔力を解放し、暴風の斬撃を放った。それはライアの赤い炎を縦に斬り裂き、派手に炎を四散させる。
その炎の中からアーサーが斬り込んできた。アーサーの剣が振られるより早く、ユーリの風がアーサーに直撃する。アーサーは地面を転がり、そこへ更にユーリが竜巻を起こしてアーサーを攻撃する。アーサーを地面にめり込ませ、引き摺るようにしてアーサーを風で何度も殴り付けていく。
「余所見してんじゃねぇ!」
ライアがいつの間にか接近しており、炎の拳を放ってきた。ナハトの剣身で拳を受け止めると、ナハトがライアの拳から炎を喰らっていく。
ライアの炎は魔法で生み出された物だ。魔力を喰らい斬り裂く魔剣であるナハトであればその炎を無力化できる。
しかしライアの拳から炎が消えることはなかった。ナハトは確かにライアの炎を喰らっているが、無力化されるより先に魔法を再構築しているようだ。
「そらァ!」
ライアの拳と蹴りが連続で放たれる。一撃でも身体で受け止めてしまえば炎で焼かれてしまう。ナハトで攻撃を受け止めながら反撃の隙を窺う。
「その魔剣は厄介だなァ! だけど無敵じゃねぇ! 今みたいに小さな魔力なら一瞬で無力化できっけど、さっきのような大きすぎる力は一瞬でかき消せねぇ! 俺が連続で放てば対処しきれねぇよなァ!?」
「それを知って態々近接戦を挑むか!」
「すぐに終わっちまったらつまんねぇからよォ!」
正面から放たれたストレートをナハトで受け止めるが、そのまま背後へと吹き飛ばされる。
相変わらずの馬鹿力だ。ナハトが殴り砕かれたかと思ってしまった。
「そぉらァ!」
ライアが地面に炎の拳を叩き付けると炎柱が地面から噴き出し、それは俺に近付いてくる。
俺はすぐに立ち上がってその場から走り出す。俺がいた場所から炎柱が噴き出し、更に逃げる俺を追いかけてくる。
「逃げてばかりじゃ面白くねぇぞ!」
「だったらそっちに行ってやるよ!」
魔力を脚に集中させる。限界を超えた魔力で強化した脚力により、一瞬でライアの懐に潜り込む。そのままライアの横っ腹を蹴り抜き、吹き飛ばす。蹴った右脚がライアの炎によって焼かれるが、強化している魔力により無傷で済む。
ここで攻撃の手を緩める訳にもいかず、すかさずライアを追撃する。吹き飛んでいくライアに近付き、ナハトを振りかぶる。
殺すつもりは無い。だがアーサー達を止めるには大怪我を負ってもらうしかない。あくまでもナハトから放つ魔力そのもので攻撃して大打撃を与える。言うなれば刃引きした剣で叩くようなものだ。
下から振り上げたナハトが、交差したライアの両腕を跳ね上げる。返す刃でライアに叩き付けようとしたが、ライアは足から炎を噴射させて速度を出してその場から離脱した。
標的を失ったナハトが地面を叩き、叩き付けられた地面は大きく砕ける。
「ヒデぇな兄貴! 弟にそんな威力の一撃を叩き込むつもりだったのか!?」
俺の周りを旋回するライアが嬉しそうな声を上げる。
「信頼してるからな、お前達の頑丈さを」
「俺も信頼してるぜ! 兄貴が遠慮無くぶっ放してくれるってことをよ!」
旋回していたライアが飛翔し、上空で火球を生み出す。人一人よりも大きいその火球がライアの掌の上で輝き、攻撃の準備を整えた。
「燃え駆けろ――ルージュ!」
火球が爆ぜた。火花が散ったように見えたが、それは火の砲弾だった。火球から放たれる無数の火の砲弾が、まるで水の中を泳ぐ小魚のように宙を舞い、俺に迫ってくる。あれら全てがライアから生み出された強力な炎であり、一つ一つが鉄をも簡単に溶かす威力を持つ。
「兄さん!」
ユーリが俺の前に現れ、大きな風を巻き起こす。その風に火の砲弾が巻き込まれていき、風の中を泳ぎ始める。
火球から放たれる砲弾は止まることなく続き、やがてユーリの風を埋め尽くしていく。
「ユーリ! 風を上に伸ばせ!」
「やってます!」
火の砲弾を巻き込んだ風が上に上に伸びていき、雲の上へと飛んで消えていく。雲の上で砲弾が弾けていき、赤い光が雲を透けて輝く。
「隙ありだ」
「ッ――」
今度はアーサーがユーリの懐へと飛んで来た。ユーリの後ろからナハトを伸ばし、アーサーの剣を受け止める。
アーサーに気付かなければ今頃ユーリの身体は横に真っ二つになっていた。
「アーサー! お前……!」
「まだ僕が他の兄姉を殺さないと思ってるのかい?」
「家族だろ、俺達は!?」
「家族は――死んだ! だから取り戻す! 僕だけの……兄さんと父さんを!」
アーサーの動きを先読みし、ユーリを抱えてその場から離脱する。ユーリを上空へと投げ、斬りかかってくるアーサーと斬り結ぶ。
そろそろララの霊薬の効果が切れそうだ。限界を超えていた魔力がどんどん弱まってきている。このままじゃ魔力切れを起こす上に霊薬の反動で動けなくなりそうだ。
「兄さん! 離れてください!」
ユーリの声に従いアーサーから離れる。
直後、複数の巨大な竜巻が発生し、アーサーを呑み込んだ。
否、呑み込んだように見えた。
アーサーは光となって光速で移動し、上空にいるユーリの正面へと現れる。
「そろそろ――目障りだ」
「ッ――!?」
アーサーの蒼い剣が、ユーリに振るわれる。
斬られる寸前にところでユーリのダガーが剣を受け止めることができた。
しかし剣はダガーを砕き、ユーリの身体を斬り裂いてしまう。
鮮血が舞い、ユーリは飛行不能になり地面へと落ちてしまう。
「ユーリ!!」
地面に激突する前にユーリを受け止め、地面へと降ろす。
ユーリは倒れることはしなかったものの、袈裟切りされた傷口から血が地面に流れ落ちる。
「大丈夫かユーリ!?」
「痛手ですが……反射的に防御を挟んだので見た目ほど傷は深くありません……!」
俺はユーリの傷口に手を与え、光属性の魔力を練り上げる。簡易的な治癒魔法なら会得している。それを施せばと思い魔法を発動しようとしたが、途端に魔法が掻き消された。
魔法の工程は間違っていない。失敗したわけでもない。何かが強引に魔法を取り消した。
「くそっ……!」
やはり、七神に敵対したことで魔法が使えなくなってしまった。それぞれの属性に魔力を変換するところまでは可能だが、魔法の発動までいかなくなってしまったようだ。
それを察したのか、ユーリが俺の手を退かす。
「大丈夫ですよ、兄さん。これでも勇者、魔力だけで止血ぐらいできます」
痛いですが、そう言ってニヤリと笑うユーリの額からは脂汗が流れている。
くそっ、いつもなら回復用の魔法道具を持ち歩いてるのに、今回に限ってそんな用意をしていない。魔法のポーチを失ったのがこんなところで痛手になるなんて。
ユーリを支えながら自分の失態を悔やんでいると、アーサーとライアが正面に立つ。
少々分が悪いか、そう考えながらナハトを握り締める。
その時だ――要塞の方から雷の大爆発が起こった。要塞の上部が完全に吹き飛び、紫の雷が天を貫く柱となって聳え立つ。
「――ぬぉぉぉぉぉお!?」
野太い叫び声が聞こえると、要塞の方から巨体が降って落ちてきた。それは俺達の間に落ち、地面にクレーターを作る。
それはガイウスだった。ガイウスは全身から紫電をバチバチとさせて煙を噴かしている。
「ガイ――」
ズドォン――!!
俺がガイウスの名を口にしようとした瞬間、ガイウスに雷が落ちる。雷がガイウスに直撃する寸前に、ガイウスはその場から転がって移動し、雷は地面に落雷した。
その雷から姿を現したのは、紫の髪をユラユラと揺らしたエリシアであり、ガイウスが倒れていた場所を足で踏み抜いていた。
「ぬぅ……!?」
ガイウスは膝を着いた状態でライアの隣にいた。あの勇者一固い防御力を誇るガイウスの身体が傷付いている。
その様を見たライアが口笛を吹いて驚いた顔を浮かべる。
「マジか……? ガイウスの防御を抜いてんのか?」
「……」
地面から足を抜いたエリシアがアーサー達を見て、それから俺達に振り返る。傷を負っているユーリを見て目を見開き、またアーサー達に振り返る。
バチバチと紫電を放電し始め、空に雷雲が立ち籠める。エリシアの魔力がそうさせているのだ。
雷鳴が轟き、エリシアはカタナに紫電を帯電させる。
それに合わせてアーサーが剣に光を、ライアが四肢に炎を宿す。
彼女の背中を見るだけで分かる……エリシアは本気でキレている。
「叩っ斬る――」
三つの雷が、アーサー達を襲った。




