第99話 ブレイブ・ウォー
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ローマンダルフ王国とイルマキア共和国の国境付近にある要塞拠点。
元々はイルマキア共和国が建てた要塞であり、此処だけじゃなく他の国々との国境にも同じような要塞がある。
魔族の侵攻が本格的になり、領土が奪われたと同時に要塞も占領され、国を守る要塞が一転して人族にとって難攻不落の壁となってしまった。
俺達が降り立ったこの要塞は、毒素を扱う魔族が占領しており、その魔族を退けた今でもその毒素の影響で一般人は立ち入れなくなってしまった。
俺達は強い魔力によってその毒素の影響に抵抗できており、何の問題も無く行動できる。
スカイサイファーにはできるだけ遠くに離れてもらい、戦いの余波に巻き込まれないようにする。
俺とエリシアとユーリは警戒を緩めずに要塞の入り口へと歩いて行く。
閉じられているはずの城門は全開になっており、明らかにこの先でアーサー達が待っていることが分かる。
城門を潜り歩いた先は巨大な広場であり、多くの怪物の死骸が転がっている。焼き尽くされた死骸や破裂したようにバラバラになっている死骸を見て、これをやったのがライアとガイウスだと察した。
此処を巣にしていた怪物達だろう。戦いの邪魔になるから殺したのか、暇潰しで殺したのかは定かではない。
広場の中央までやって来たところで、俺達は足を止める。
赤い炎が風のように何処からともなく現れ、俺達の正面に降り立った。その炎の中から赤髪の男が現れ、嬉しそうにニヤけた顔を向けてくる。
「ライア……」
「ひっさしぶりだなぁ、兄貴! 元気してたかぁ?」
素肌の上から赤いジャケットを来たそいつは俺の弟、ライアだった。
ライアはゴキゴキと首を鳴らし、唾を地面に吐き捨てる。
「色々あったがな……それなりに元気さ。お前は?」
「こっちは退屈で仕方がねぇ……。大戦以来大暴れできなくて身体を鈍らせちまってる」
「退屈なのは良いことだろ。世界が平和な証拠だ」
「平和過ぎるのも考えようだけどなァ……なぁガイウス?」
ライアの隣に、巨漢が降って現れる。黄色のジャケットをライアと同じように着たスキンヘッドの男は、俺の弟であるガイウスだ。
ガイウスは舞った土埃を手で振り払い、礼儀正しく俺に頭を下げる。
「ご無沙汰しております、大兄者」
「おう、相変わらず固っ苦しいな」
「性分故……ご容赦を」
ガイウスの巨体にライアが背中を預けてもたれかかる。相変わらず仲の良いことだ。
まだ二人から戦闘を始める気配を感じず、話し合いを続けることにする。
五年ぶりの再会だ。色々積もる話もあるが、先ずはこれだろう。
「それで? お前達は何が望みなんだ?」
「いいね……回りくどいことは無しで本題に入る兄貴はやっぱ好きだわ」
「本当は世間話でも挟みたいところだがな」
ライアが「ハッ」と鼻で笑う。
「俺の性分じゃねぇ。それで、望みだったか? 俺の望みは一つだ。強ぇ奴と戦いてぇ」
「我の望みも同じく。兄者との最強の道」
「勇者のくせに争いを望むのか?」
「別に俺達は勇者になりたくてなった訳じゃねぇ。親父殿から力を授かったから、その礼として勇者をやってただけだ。勇者の役目が終わりゃ、次は俺の番だろ?」
さも当然のようにライアは言ってのける。
ライアの性格は理解していた。昔から好戦的で、己よりも強い奴に挑むのが好きな奴だった。弱きを助け強きを挫くを口にしては戦っていたが、それは単に力のある奴と戦いたかっただけで、結果的にそれが勇者としての務めを果たしていたに過ぎない。
大戦が終わって、暇を持て余しているとは耳にしていたが、まさかそれだけの理由でアーサーに手を貸しているなんて思いもしなかった。
「アーサーの望みが叶えば世界は再び混沌に呑み込まれるぞ?」
「それで良いじゃねぇか。そしたらまた世界は争いで溢れる。強ぇ奴だけが生き残れる世界になる。俺はそこで手前の力を証明したいのさ」
「それで犠牲になる命は?」
「弱ぇ奴は死ぬ、ただそれだけだろ?」
「アンタ……本気で言ってんの?」
ライアの発言にエリシアが怒りを見せる。腰に差している刀に左手を添え、バチバチと紫電が迸る。
ライアはニヤニヤと笑みを増し、手を叩いてエリシアを挑発する。
「良いねぇ姉貴! その殺気……弟に向けるもんじゃねぇだろ! 流石、アーサーを本気で殺そうとしただけはある!」
「ッ……!?」
エリシアがハッとした表情を見せ、下唇を噛む。
弟に殺気を向けてしまったことを悔やんでいるのだろう……だがそれも仕方が無いところはある。
ライアの発言は到底許しがたいものだ。戦争を引き起こし、それによって失われる命を何とも思っていない。勇者としてだけではなく、姉として、人としても許せないものだった。
ライアの在り方はもはや勇者ではない。争いを呼ぶ悪の権化、そう言っても差し支えないだろう。
ライアと同じ意見なのかと、視線でガイウスに問う。
ガイウスは澄ました顔をして、ライアの発言を訂正しようとしない。
それに俺は歯軋りを立てる。冷静さを欠かないように深呼吸をする。
「馬鹿な考えは止めろ。お前も知ってるだろ? 戦争で生み出される地獄を」
「ああ、知ってるぜ? 焼けた肉と腐った肉の臭い、雨が降ったと思えばそれは赤い血、生きる為ならばと友を殺す奴、飢餓の果てにやっと口にしたそれは親や子の肉。よーく知ってるぜ?」
大戦時代の光景が頭を過る。
食糧が無くガリガリに痩せ細った者達が、隣で死んでいる家族や友人の肉を貪っている姿。
泣き叫びながら敵軍に特攻していく兵士達の血が戦場を染めていく光景。
俺達が歩く道は遺体で積み上げられた肉の道。
そんな地獄を知っておきながら、どうしてライアは平然としていられる?
「ならどうしてそんな世界に戻そうとする?」
「言っただろ? 俺は強ぇ奴と戦いたい。真の強者はそんな地獄からしか生まれねぇ。俺達が良い例だ。だからもう一度親父殿を蘇らせて世界を絶望に沈める。そうすりゃ強ぇ奴が浮き彫りになる。俺はそいつらと戦いたいだけなんだ」
俺の言っていることは正しい、間違っちゃいないと、ライアの目は語る。
私情の為ならば他の命はどうなっても良い、俺の弟がそんなことを口にするなんて思いもよらなかった。
俺の両隣にいるエリシアとユーリも言葉を失っている。ライアのことが理解できなくなってしまっている。
「……ガイウスは? それで良いのか?」
いつまでも黙っているガイウスに、一抹の希望を抱いて問う。
ガイウスは腕を組み、平然と首を縦に振る。
「我らが最強になる為ならば、致し方なし」
ガイウス……お前はそんな奴じゃなかっただろう……?
お前は俺達兄弟の中でも一番義に厚くて、漢気のある奴だったじゃないか。
いったいお前達に何があったんだ……? どうしてそんな……残酷なことが言えるんだ?
「あれが……私達の弟だって言うの……?」
「どうやら俺達の知る二人じゃないようですね……勇者としての矜持を完全に棄てている。いや……もはや俺達と同じ人なんかじゃない……!」
エリシアは弟達の変わりように顔を青くし、ユーリは苦虫を噛み潰したような顔でライアとガイウスを睨み付ける。
かく言う俺は、呆れや怒りなんかよりも先に、虚無感が生まれていた。
兄として、勇者の心構えを必死に説いてきたつもりだった。篩の時に何もしてやれなかった俺を、それでも兄として慕ってくれた弟妹達を、せめて立派な勇者にしてやろうと弱い背中を大きく見せてきた。
それなのに、ライアとガイウスの二人にはその想いが届かなかったのか……。
正しい力の使い方を教えてやれることができなかったのか……。
だが、それでも……それでも俺はこいつらの兄だ。弟二人が間違った道に進もうとするのなら、俺は全身全霊でそれを正すまでだ。
俺が心の中でそう決心したその時、ライアとガイウスの後ろから金髪の青年が歩いてきた。
白銀の軽装と白いコートに身を包んだ彼は、二人の間を抜けて前に立つ。
「兄さん……半年ぶりだね」
「アーサー……」
アーサーは蒼い眼で俺を見据える。
俺もアーサーを見据え、沈黙の間が流れる。
「……呪いは順調に効いているようだね」
「お陰様でな」
「なら――そろそろ最後の工程に入ろう」
アーサーは腰から愛剣の蒼い剣を抜いた。それを皮切りに、ライアの全身から炎が溢れ、ガイアスは地属性の魔力を滾らせる。
俺もナハトを抜き、エリシアはカタナを二振り抜き、ユーリはダガーを構える。
火、土、光、雷、風、五つの強大な魔力がひしめき合う中、俺はナハトを眼前に構える。
己の中の魔力を高め、意識を戦いに集中させる。
右腕が痛み出す。この戦いの中で無惨に死ねと、呪いが俺に訴えかけてくる。
死んだ弟妹達が俺の後で囁く。
――また弟達を殺すんだ。
いいや殺さない。誰も死なせない。誰も間違った道に進ませやしない。
今度こそ俺は、兄として弟達を救ってみせる。
「――行くぞ、二人とも。俺達の家族を止めるぞ」
今此処に、勇者同士の戦いが始まった。




