王国お抱えの商人ギルドが談合によって不正恩賞を授与していたことを突き止めたら、口汚く罵られ国外追放まで追い込まれたので『傾国の美女』として徹底的に罪を暴いて地獄に叩き落としたいと思います♪
ヴァスクーダ王国は現在、先の戦争の名残による物資不足で困窮した民たちは今も貧困に喘いでいる。
そんな惨状を打破するべく、国外から物資を輸入する事が出来る商人達は重宝され、特に国への貢献が高い商人にはこの国最大級の名誉とされる【ヴァスクーダ王国第一級国民栄誉賞】と呼ばれる勲章を授与される。この勲章を持つ者は、先の戦争において一個師団を率いた歴戦の猛者"英雄ヴィントハイム・クラッセ"と肩を並べる事となり、王からの信頼は盤石な物となる
私は"カタリナ・ヴァスクーダ"このヴァスクーダ王国国王の一人娘である。私はこの国で最も信頼されている商人ギルド【月影】の団長"クライスファート"との婚姻を命じられている。本来であれば古くから懇意にしてくださっているヴィントハイム様との婚約が既定路線とされていたはずの私だが…父上はこの混迷とした時勢で王国の為に奔走しているクライスファートを痛く気に入り、勝手に縁談を決めてしまったのだ。
「ヴィントハイム様…」
「カタリナ様…お話は私の耳にも届いております」
「違うのですヴィントハイム様! あれは私の本意ではありません!」
「分かっております…しかし…お父上が決めた事」
――仕方が無い事に御座います
それだけ言って私と同じく、共に未来を歩むと夢想していたヴィントハイム様はこの国から姿を消した。父からの寵愛に応え、この国に尽くして来た戦士に対してあまりの仕打ちではありませんか?身分の前に、好き合っている男女の仲を引き裂く正当性がこの縁談には有るというのでしょうか?
この日から私の心は憎しみに支配されていた
許さない、私とあの人の仲を引き裂いたこの国を…あの男を
あれから一年。今日、私とクライスファートとの婚姻の儀が執り行われる
立派な式場に似つかわしくない醜悪なこの男を愛した日など一度も無かった。この日の為に虎視眈々とこの男の身辺を探り、周囲の人物を洗い出し私はこの商人ギルドの不正を暴き出した。何が物資不足か…この男が物資の供給を絶っていただけではないか。他国との貿易路に雇い入れた賊を配置し待ち伏せ、商人を惨殺した挙句その物資を自らの懐に忍ばせる。そして国外から必死の思いで手に入れて来た等と偽り相場の数倍の値段で一気に売り払う。悪質な転売商法だ
誰もがその身を投げ打ってまで国を支える英雄だと思っていたのだろう、とんでもない。金品の代わりに人身売買などにも手を染め、他人の手柄を横取りする下劣な豚。醜く膨らんだ腹の内にはそんな悪事がみっちりと覆い隠されているのだろう。私はそれを白日の下に曝すと決めたのだ
国の英雄と姫君のめでたい日だと、国民が見守る今日この日に――
「それではクライスファート様、あなたはこの日、神の名の下に伴侶であるカタリナ様を生涯愛し続けると誓いますか?」
「もちろん、どんな事が有ろうと愛し続けると誓います」
薄気味悪い微笑の奥にどれだけの人の涙が有るのか、本来死力を尽くして他国との貿易を行って来た商人達をその手にかけて、それで得た金と名誉に胡坐をかいてその結果が今日。こんな結末が許されるはずもない
「ではカタリナ様、あなたは夫となるクライスファート様に、永遠の愛を―――」
「誓いません」
「――ほ? いま、なんと…?」
「"誓いません"と申しましたの、神父様」
式場はどよめき国王である父は慌てて壇上に登って来た
「カタリナよ! 気でも触れたか!? 何を今更になって…」
「気が触れているのはお父様の方でなくて?」
「な、なにを申すか!! 国王であるこの父に向かって――」
「"裸の王様"が…恥を知りなさい」
侮蔑の籠った表情でかつての父を睨みつけるとカタリナは壇上を後にし群衆の元へ降りて行った。その態度と自らへの侮辱に堪忍袋の緒が切れたか、国王は当国の姫君"カタリナ・ヴァスクーダ"を国外追放に処すと声高に宣告した。しかし、カタリナはその顔に微笑を浮かべると、その歩みの先に見知った顔が居た
「お待たせいたしました、ヴィントハイム様」
「あぁ、そのドレス。とてもよく似合っているよ"カタリナ"」
「き、貴様はヴィントハイム!? おのれ、突然姿を消したかと思いきやこんな時に戻ってきおって!! 貴様がその"醜女"を誑かした元凶か!?」
「黙れ下郎がッ!!」
「んなっ…」
「この一年間、貴様の様なゲスを王だと崇め、忠義を尽くしたこの身を呪って生きた。カタリナから全て聞かせて貰った、商人ギルド月影の団長クライスファートとヴァスクーダ王国国王が談合を行っていた証拠を!!」
この場に集まったすべての国民に聞こえるよう、この国の中で秘密裏に行われてきた取引を暴露した。
国王は月影の悪事を知りながら咎める事をせず、裏で繋がり金品を不正に授受してきた事。月影並びに自らの立場を盤石とし、裏社会を通じて同盟諸国を出し抜きそれらの国を侵略しようとしていた事。そしてその足掛かりになるはずだったのがこの婚姻の儀だった事もだ
王族となったクライスファートが実権を握れば、この国で英雄とされている彼に逆らう者は居なくなる。その立場を利用して裏社会を牛耳り武器の流通を独占する事で、この国自体を武装国家とするつもりだったのだ。しかしその企みはこの場で潰えた…
この一年の間に同盟国へと移り住み、その地域でも持ち前の腕っぷしと心の清らかさで確固たる地位を築いた英雄ヴィントハイムとその妻カタリナの手によって
「この時を以ってヴァスクーダ王国との同盟を結ぶ五国は全て"同盟を破棄"並びに連合五国によるヴァスクーダ王国への宣戦を布告する!!」
「な、なんじゃとぉ~…!?」
「ふ、ふざけるな!! そんな事をしたら貴様らの国に潜んでいる月影の支援者が黙っては…」
「それはこの者たちの事ですの? クライスファート様♡」
「ぐぅ!?」
そこには月影の狼藉を支援していた賊達がカタリナの周りを囲み、クライスファートを恨めし気に睨んでいた。奴らの誤算と言えばヴィントハイムの"王たる資質"だろう。戦争の最中にありながら他国の民の事までも記憶していた彼の目を誤魔化す事は出来なかった。彼らは敗戦国から逃げ延び、食うに困っていた所を奴らに付け込まれ、賊として雇われたのだという。
しかしヴィントハイムはただの国民と身分を偽って潜み、暮らしていた彼らを一目見た瞬間に先の戦争での働きを労ったのだという。其方らの国を打ち負かしたのは自分だ、憎かろうが今は生きよと。散っていった者達の命を背負い自分も生きているのだから、それでも憎く思うならいつでもこの首狙いに来るがいい。と
汚い事に手を染めながら生きて、賊にまで堕ちた心が再び震えた。何と気高いのかと…そんな他愛のない会話が、賊だった彼らの心を日に日に蝕み、気付いた時には彼に今までの事を話していたのだという。
「彼らは我が国で兵士として雇う事とした。貴国と雌雄を決する日時は追って伝えるとしよう」
「ふっ…ふははっ…ヴィントハイムよ!! 貴様に出来るのか!? 貴様が愛したこの国の民達を討つ事が!? 出来る訳ないだろうなぁ!! あれだけ命を懸けてでも守りたかったこの国の――」
「あら、そういえば伝え忘れておりましたわ~」
「たった今より同盟五国、全ての国が難民の受け入れを始めましたの。もしも亡命をお望みの方がいらっしゃりましたら…」
「ぜひお早めに♡」
蜘蛛の子を散らす様に群衆は自らの家へと逃げ帰り、荷物をまとめるとこの国を後にした。英雄ヴィントハイムも居ないこの国が、先の戦争で疲弊したままに同盟五国を相手取って勝てる訳などないのだから。まさにこの国はもぬけの殻となって、残された国民は国王とクライスファートの縁者のみとなった
「ヒッ…そ、そうだ…金、金ならある! 今すぐ俺を…俺はこの国王に騙されていたんだ! 王族としての地位を分け与えるなんて言われて…だから助け――」
「貴様は…今まで同じことを言った人間を、どれだけ足蹴にしてきたというのだッ!」
「ヒィッ!?」
「それではご機嫌よう、"元"お父様――」
「き…キサマらぁ…必ず…必ず地獄から呪い殺して! わし以上の苦しみを!!」
「あら…他国の令嬢になった瞬間に酷い言い草ですこと」
「でもそうね、今まで育ててもらった分は感謝はしておきましょう」
「晒し首で容赦してあげますわ♡」
この年、地図上から一つの国が消えた。愛する妻を引き連れその国の跡地で新たな国を建てた一人の男がいる。後に百年以上も隆盛を極めその国の象徴として銅像も作られるほどに民からの信頼を一身に受けていた
"ヴィントハイム。クラッセ"
この地域で彼の名前を知らぬ者はいない、そしてその妻の名も――
"カタリナ・クラッセ"
過去、この地にあった国を一つ自らの裁量で滅ぼしてしまったほどの魔性を持つと言い伝えられている。そんなのは"よもやま話"だろうと思われているのだが…もしもそれが本当の話だとするならば
『傾国の美女』と言っても差し支えないだろう