こちら辺境、最も厳しいと言われる北の修道院 領主城前小聖堂 〜伝説の修道女 カメアリーナ・リョーツの軌跡〜
皆様こんにちは。わたくしは、「国一番厳しい」と言われている「北の修道院」の修道女カメアリーナ・リョーツと申します。
わたくしは普段、仮病という不治の病でよく寝込む院長のブーチョ・オウハラに代わって、修道院内の管理を行なっております。
表向きはオウハラが院長ではございますが、実質わたくしが院長のようなもの。北の影の実力者として、業界の機関誌「神に使える女達」にも度々インタビューが記載されており、また同誌の相談コーナーの回答役の一人として執筆に携わる事もございます。
修道女ネットワークでは「北のカメアリーナ」と少々知られた存在なのでございます。
現在わたくしが居りますこの「北の修道院」は、大罪を犯しながらも身分の故に極刑に処す事が出来ない罪人を、生涯神に使える者として祈りと修行と修行と修行の質素で厳しい人生を送らせる修道院として知られております。
ここでは日々、懲りない女達との果てしなき戦いが行われております。ですが、本日は、何故わたくしがこの北の修道院にやって来る事になったのかをお話ししたいと思います。
わたくしは自らが求めて神に使える修道女になったわけではございませんでした。身近な者の裏切り、そして冤罪により断罪され修道院に入る事になったのです。
リョーツ侯爵家の令嬢であったわたくしは、17歳の結婚直前の夜会の際に我が儘な妹に嵌められて婚約者を奪われ、ドレスを破いただの、教科書を池に捨てただの、果ては階段の三段目から妹を突き落として尻餅をつかせただの、謂れ無き冤罪によって衆人の前で断罪され修道院に追いやられたのです。
わたくしの話を聞こうともせず、ひたすら責め立てて来る両親や婚約者に未練はありませんでしたが、彼らの後ろでニヤニヤ笑うだけでなく変顔などをして見せる妹が許せず、自室に軟禁されていた時には、妹に会う機会があったら物理的にぶちのめしてやりたいと悔しく泣いたものでした。
今でもあのお尻ぺんぺんを思い出すと臓腑が沸騰するような怒りが湧いてきます。
そんなわたくしは、最初から北の修道院に送られたわけではありません。如何に陥れられたとはいえ、日頃の行いが良かった事をたくさんの方々がご存知でしたので、有難い事に罪を軽減してやって欲しいと言う嘆願がいくつかの貴族から上がったのだそうです。
おそらく、あの断罪の際に妹がやっていた煽るような変顔と、お尻ぺんぺんを目撃していた方々も声をあげてくださったのでしょう。
また、わたくしが手掛けていた「萌え道」の執筆活動による、愛好者の応援も多数あったと感謝しています。やはり人生は根回し…いえ、日々の己の正直さと人の情けに救われるものだと思いました。
そして、わたくしは修道院の中でも居心地の良い所に送られる事になったのでございます。
◇◇◇東の修道院◇◇◇
最初にわたくしが入った修道院は、王都から馬車で1日の街にある東の修道院、通称で「日の出修道院」と呼ばれる所でした。
東の修道院は王都に近い事もあり、また街が繁栄していて御領主様からの支援も多く、食事もおかわり自由、毛布などの寝具も追加で貸し出しあり、衣服も替えが豊富に揃えてあるので綻びのあるものを着続けなくても済む有難い所でした。
修道士の方々も比較的若く美しい方々が多くいらっしゃって、何と申しますか、色々な点において国内では人気ナンバーワンの修道院でございました。
貴族の女性には、万が一やむ得ない理由で出家しなければならない事になった場合、「修道女になるなら日の出修道院」と有名だったのです。恐らく平民の間でも同様でしょう。
修道士による神を讃える讃美歌も有名で、荘厳で美しい男声合唱は大変人気があり、聖堂の中に入り切れない人達が外で漏れ聞こえる歌に合わせて祈る姿が街の名物とも言われていました。
そこに目をつけ…、いえ、こんな素晴らしいものを放っておくのは神への冒涜。もっと沢山の方に味わい楽しみ敬虔な祈りを捧げて頂きたいと思ったわたくしは、東の修道院に入って早速プロデュース作業に取り掛かりました。結果、更に人気爆発。整理券を配らねばならなくなりました。
「限定版!修道士絵姿 今月のトップ8」を発行し、希望者には希望の修道士ご本人が「あなたのためだけに」一言祈願を記入してくれるサービス付き。お気持ちばかりのお布施でお配りしましたが、こちらは毎回争奪戦となりくじ引きが必須となったのでございます。
また、礼拝後に一人一人に直接道を示し共に祈ってくれるショート説教(1枠1分)などが売れすじ…、人気でございました。
更に目玉が「大天使の如し」と称される麗しの司教様のご協力による「限定プレミアム説法会」。こちらは、最前列を確保するために徹夜で並ぶ信者も多く、その様な信心深い方々の為に、明け方近くに「修道女の手料理一号店」という屋台を出して、あたたかい食事を提供したりも致しました。
元々繁栄していた街であった事もあるのでしょう。大変な話題になり、わずか数ヶ月で修道士、修道女になりたい方々、懺悔をしたい方々が近隣のみならず、遠方からもやって来るようになりました。
しかし、予想外の事も起こりました。
修道女も増え、部屋が足りなくなってしまったのです。そして偶々2年目に入る頃に冤罪が晴れたわたくしは院長達に呼ばれました。
「うちを盛り立ててくれて感謝はしているが、ちょっとやり過ぎの感もあり、実は上から注意が来てしまってやばい。既にノウハウは得たので後はゆるくやっていくつもりだ。貴女は冤罪も晴れた事だし、貴族籍に復帰する許可も届いているから実家に帰ってはどうか?それが嫌なら貴女の力を必要としている他の修道院に行って助けてやって欲しい」と言われ、異動か実家に帰るかの選択肢を突きつけられてしまったのです。
「何なら、平民として商売をやっていくのも向いているのではないか」とも言われましたが、商売などとても自信がありませんでした。
貴族籍に戻るとしても、今更、名誉回復を得たところで何になると言うのでしょう。結局はまともな嫁ぎ先もなく実家の厄介者となるだけではありませんか。
院長に渡された元婚約者からの手紙には、妹の言動や行動が嘘で塗り固められていたという真実に気付いた、と。「全てが誤解であった」とだけ書いてあり、それ以外の謝罪の言葉も補償もありませんでした。
妹は自分のした幼稚でくだらない事、下品で浅はかな行動を、全て姉であるてわたくしがしたと偽っていたものの、わたくしという隠れ蓑が無くなった事で、色々と誤魔化しがきかなくなったのでしょう。
逆によく1年も持ったなとは思いますが、結婚をしてしまう前に彼女の真実の姿に気付いたのは、元婚約者にとっては、そしてその家である王家にとっては幸運だったと言えるでしょう。
国からも正式に名誉回復と貴族籍への復帰を認める通達も届きましたが、わたくしはもう貴族社会に戻りたいとは思わなくなっておりました。
両親は体裁を整える為に一応迎えをよこしましたが、名目として「病気で婚約解消」となった妹が、わたくしが戻ってくるなら死ぬと暴れていると、遠回しに帰ってくるなという意図の手紙を迎えの者に持たせていました。
元より戻る気はなかったので迎えの者にそう伝えると、その返答を予想していたのか、迎えの者はすぐに別の手紙を差し出しました。そこには「では戻らなくても良い。後は自由にせよ」と書いてあり、こうやっていつも切り捨てる所は全く変わらないと呆れました。
東の修道院に居ずらくなったわたくしは、やはり還俗はせず、後を「東のナカガウァ」と呼ばれるようになった盟友修道女ナカガウァに任せ、人手を欲しているという西の修道院、通称「沈む太陽修道院」に異動を願い出て、東の修道院から乗合い馬車で5日の旅をし、寂れた西の修道院でお勤めをする事にしたのです。
◇◇◇西の修道院◇◇◇
西の修道院では、不当に他者を貶める事に喜びを見出していると思われる先輩修道女がいた為、迷惑行為をやめて頂く為に、彼女の秘密を暴き、通じていた修道士達を炙り出し、諸共に破戒を白日にさらして、丁寧に「意地悪をやめてください」とお願いをいたしました。
結果、彼女に絡んでいた数名が追放となりました。重い処罰が与えられたそうです。
その者たちが追放となってから、傾いていた修道院の台所事情が急激に回復をみせ、どうやら連中が金銭面でも不正を行なって私腹を肥していたことが判明したのです。
この事があって徐々に環境は良くなって行き、この西の修道院でも食事のおかわりが可能になり、併設されていた孤児院の子供達もちゃんと毎日3回の食事が可能となりました。
西の修道院が「沈む太陽修道院」と呼ばれていたのは過去の事となり、わたくしが来て1年が過ぎる頃には「一番星満腹修道院」と通称が変わったのです。
その後、衣食だけではなく心の栄養が必要と考え、出家してから休止していた「萌え(=生きる活力)」を育てる為の執筆を再開致しました。その為か、67歳だった院長の曲がった腰がピンと伸び、血色の良い素敵マダムが元気に院を取り仕切るようになったのです。
修道院のみならず、街の皆さんにが新たな生きる活力を取り戻す手伝いが叶ったと思います。きっと神もお喜びでしょう。
西の修道院には丸3年ほど居りました。
2年目に一人の少女が入って来ました。14歳で家族を亡くし行き場が無く修道女見習いになったウルスラです。とても賢い子で、読み書きを教えると瞬く間に文字を覚え、試しに思いついた事を何でも書いてごらんなさいと書かせてみると、彼女には溢れ出る豊かな想像力と文才がある事がわかりました。
わたくしは喜んで、彼女に原稿の書き方、投稿の仕方など教え得る限りの事を教え、わたくしが去った後も西の修道院から生き生きとした萌えを発信し続けてくれるように育てました。後に彼女は、わたくしと並び「西のウルスラ」と言われるようになるのです。
さて、図らずしも西の修道院の改革を行なったと評価されたわたくしは、南の修道院、通称「誰もいない渚修道院」から出向要請を受け南に向かう事になりました。
一体わたくしに何を期待しているのかと思いましたが、ただ二人だけで活動をしている修道女達からの「いつも愛読しています。握手と、あと院長室の壁にサインをお願いしたいです」という手紙が出向要請書に添えられていたので、求められては行かぬわけには行かないと、そのニーズに応えるべく南行きの馬車乗ったのです。
◇◇◇南の修道院◇◇◇
南の修道院までは馬車で20日かかりました。日に日に暖かくなって来て太陽が眩しく、わたくしの白い肌を日差しが突き刺すようになっていきます。
途中乗合馬車で一緒になった商人の奥さんがくれた、冷えた果物で喉を潤す度に生き返ったと思いました。
熱った顔に食べ終えた果物の皮を貼り付け冷やし、乗り合わせたみんなに笑われましたが、初めての南国の太陽は容赦がなく、わたくしは暑さを軽減させられるならばとなりふり構わず、皆さんの食べた後の皮をもらって首や腕にも貼り付けていたのです。
するとどうでしょう!明らかに私の肌だけが他の皆と違い日焼けが軽減され潤いを保ったままではありませんか!夜になってもヒリヒリもカサカサもせず、むちむちしっとりの柔肌。
もしやこれは!?と翌日も皆がおやつに食べた皮を貰っておいて貼り付けました。あまり長い時間貼っておくと痒くなるので、密かに大丈夫な時間も測りながら。
三日目になり、やはりもちもちしっとり白くてつるんな肌のままだった事に、わたくしは感じた事が確かなのではないかと自信を持ち始め、その果物を絞ったジュースを水で薄めて、日の当たる場所に出る前に塗るようにしました。そして馬車の中での皮パックはやめてみたのです。その代わりに体を洗う時には皮で洗うようにしました。
一週間が経ち、ずっと同じ馬車で旅をして来た商人の奥さんが言いました。
「修道女様、何だか全然日焼けしてないですよね?しかも前よりも肌が綺麗になってませんか?ねえ、あんたそう思わないかい?」
「ああ、あんまり若い女の人をジロジロ見ちゃ悪いと思ってはいたんだけど、でも、なんかどんどん綺麗になってくってか、透明感が出て来ててなあ。ほれ、日焼けした女が多くなって来てるから余計に気になってたんだよなあ」
「お母さん、あたしも思ってた!!お姉ちゃんがパパイヤーンの皮貼って面白かった時から白くなってるの知ってたよ!」
夫である商人と8歳になるという娘も言うのです。
やはり!とわたくしは思いました。
そしてわたくしは、気心も知れ信用出来ると踏んだこの商人達に、想定されるパパイヤーン(ここで初めてこの果物の名前を知りました)の効用について話をしたのです。
それからは奥さんの目の色が変わり、新たに乗り込んでくる人たちに笑われバカにされても「やかしゃあ!」と一蹴しながら、娘と夫と共にパパイヤーンの皮を顔に貼り続けておりました。…貼り続けると痒くなると言ったのですが、それでも構わず貼り続けているので、薄めた果汁を化粧水にとそっと差し出しました。
その夜、宿に着いてからパパイヤーン果汁の商品化についての会議を行い、薄める濃度やその他もろもろ話し合いを進め、彼らが住む街に着いた時には商品化にあたって、わたくしが発案&研究者としての正式な契約書を交わすに至ったのです。
日焼け止め化粧水「ヤーンの雫」と保湿洗浄剤「パパンウォッシュ」、姉妹品の洗髪剤「ママンもイヤーン」が誕生し、商いの神であるガッポガッポ神の御前で共に祈って契約を捧げました。そして、無事に神からの承認の光を得る事となりました。
ただ南の修道院に向かっていただけなのに、まさかのビジネスチャンスをゲットしてしまったわたくし。ついでにこれまでに書いていた萌文書も商人視点で意見をもらおうと読んでもらい、そちらもとんとん拍子で本として出版が決まったのでございます。これもガッポガッポ神の恩恵でしょうか。ありがたい事でございます。
そして、ウハウハになったわたくしは、商人一家に実務を丸投…任せ、ひとり旅を進めて南を目指しました。
商人一家と分かれてから7日、いよいよ南の「誰もいない渚修道院」に到着致しました。馬車を降りてから最初に出会った第一街人に修道院の場所を聞くと、「え?新しく赴任して来たのかい?よく来たな」と驚かれました。
「あそこは日差しが厳しくて暑いからなあ。なんで海辺に建てたのかって思うが、まあこのまま海に向かって行きゃすぐわかるよ。倒れそうな柱だけの海の家っぽい建物があったらそこだ」
柱だけの建物?それは東屋と言うのではないでしょうか?修道院内の東屋の事をおっしゃっている?
意味がわかりませんでしたが、とりあえず行ってみる事にしました。そうは思いましたがあまりにも日差しが厳しく目眩がしてしまい、少し休憩をして夕方になってから行く事に致しました。
まずはその辺の店で冷えた飲み物をキューっと、いえ、腹ごしらえを致しましょう。
外の明るさからすると暗く感じる店内に入り、冷風魔法でしょうか?涼しく心地よい風に吹かれながら、名物だと言うスットコロテンなる食べ物を食べました。何やら転びそうな名前ですが、味はさっぱりしていて喉越しもツルツルと良く、酢が効いていて疲労を回復させてくれるようです。
惜しむらくは腹にはたまらない事。腹にたまる程食べると胃が冷えて気持ち悪くなりそうです。
女将のオカミさんが「おにぎりサービスだよ。食べな。それだけじゃ腹減ってへたばっちまうよ!」とゲハゲハ笑いながら味噌が付いたおにぎりとシャケのおにぎりを出してくれました。ありがたい。
そんなあたたかい女将さんに、南の修道院についての話を聞こうと「あの、オカミさん」と声をかけると、振り返りにかっと笑って「やだよ、さんなんてさ。オカミちゃんって呼んでおくれ!」と言われ、オカミちゃんと呼ばせていただく事になりました。
「オカミちゃんはもうこの街は長いんですか?」
「20年くらいかねえ。旦那がここの生まれなのよ。元兵士でさ、伯爵令嬢だったあたしの警護をしてたんだけど、まあお決まりの身分違いの恋に落ちてね、駆け落ちで逃げて来て手探りで店を始めたのよ。ねえ、あんた!」
厨房の奥の方から「ああ」だか「うん」だか、低い返答が聞こえました。オカミちゃんは元伯爵令嬢だったようです。人は環境によってだいぶ変わるのだなと思いながら、そこには触れない事にしました。ゲハゲハ笑う豪快な女将のオカミちゃん。確かにちょっとした所作に洗練された優美さが見られます。
修道院の事を聞くと、「ああ、あそこは大変なんだよね。昔はもっと人も居たんだけどさ、次々とクラーケンに連れ去られちゃってねえ。いや、別に死にゃしないんだけどさ、クラーケンが面白がって修道院を壊してね。それで修道女を掴んで海に戻って行ってはどっかの国に置いて来ちゃうらしいのよ。もう新しく来る人もいないし、修道女になろうって人も他の街に行っちまうしねえ」
「クラーケン?」
「イカのバケモンだよ。あいつらにとっては船沈めるのも人を掴んで連れてくのもあそびなんだろうけどさ。普通はせいぜい5~6mのしか出ないんだけどね、10年くらい前から上位種のタカ・クラーケンってのが出るようになって、これがまあ頭が良い上に悪戯が半端ないんだよ。陸に上がって来て街で暴れたりもしてね。それをさせないために修道院が海辺で一手に引き受けようとしてくれてるんだよお」
タカ・クラーケン。何やら「不器用な男ですから」と低音で言いそうなイカですね。きっとオスでしょう。
休憩をしてリフレッシュしたわたくしは、オカミちゃんにパパイヤーンの果汁原液をお礼に渡し、これを10倍に薄めて朝晩、それと外に出る時に塗ると肌に良いと伝え、海辺の修道院に向かう事に致しました。
歩き始めて15分程で、本当に柱が立っていて屋根があるだけの東屋のような建物が見えて来ました。やはり休憩をして日が翳ってから来て正解でした。夕方になっても暑い。とても暑い。海辺にあるから砂が焼けていて下からも熱が襲って来ます。
ふらふらになってたどり着き、み、水と口にすると同時にバシャーン!と頭から水を掛けられました。通常であれば怒るところですが、今はありがたい。感謝しかない。もっと掛けて欲しい。
「あ、ありがとうございます」
そう言うと、修道女の服を…着ていない、ビキニに腰布を巻いた姿の妙齢の女性二人が「大丈夫でしたか?暑かったでしょう。あなたがカメアリーヌ様ですか?」と話しかけて来ました。
どうやら、この方達がこの南の修道院の修道女の方々のようです。
「はい。本日やっと到着いたしました。カメアリーヌ・リョーツと申します。よろしくお願いいたします」
わあ!と手を叩いて喜び、わたくしの手から荷物を受け取り東屋、いえ修道院に案内をしてくださいます。
「柱と屋根だけで驚いたでしょう?風が強いから壁がない方がいいんですよ。どうせいつもクラーケンに壊されるから、立て直しやすい様にこれだけにしているんです。でも大丈夫ですよ、地下に基地を作ってありますので。さ、こちらです。足元に気をつけて」
そう言って、足で砂を避けています。
「あれ?ここら辺じゃなかったかしら?」
「違いますよ。こっちよ、ほら」
「ああ!」
どうやら、砂に隠してあるスイッチがあるようです。何か印を付けておかなくて大丈夫ですか?東屋が飛んだりしたらスイッチを見失いませんか?
見ていると砂地が丸く浮き上がって来ました。地面に丸い扉があったようです。階段になっていて地下に降りられます。わたくしはお二人に着いて降りて行きました。
「暑いしね、地上に建てておくのやめたんですよ。クラーケンに壊されるし、攫われるしねえ。さあ、どうぞ、こちらが院長室になっています」
言われるままに案内された部屋に入ります。涼しい、そして暗くない。魔石灯でしょうか。随分と明るいように感じます。院長室に入ると、わたくしはまず本を差し出されサインを求められました。これは、わたくしがまだ侯爵令嬢として学園で「萌え道」を進んでいた時のもの…。なぜこれが?
「何故これが?と思っておいでなのでしょうね。私の姪がカメアリーヌ様と同じ学園の生徒だったのです。ご存知ではないと思いますが、まあ、パッとしない引っ込み思案な子で、何をしても楽しくないと暗い顔をしていて心配をしていたのです。その子がある日これを送って来ましてね、生まれて初めてワクワクしたと、生きる力が湧いて来る気がしたと手紙にありました。カメアリーヌ様というお姉様が作家さんなのだと」
そう言ってから、ノートを一冊出して来て、「これはあの子が自分で作ったお話を書いてまとめたものなのです。良かったらお時間がある時に読んでやってください。ふふふ、あの子は作家名をカメナシンゴと名乗っているです。カメアリーヌ様に憧れて、おばさま、私のことはカメちゃんと呼んでくださいませ、とそれはそれは楽しそうに…」
思い出すように優しい目で笑うビキニの修道女A、いや、お名前を伺ってなかったわ。
「ありがとうございます。読ませていただきますわ。あの、失礼ですがお二人のお名前を伺っておりませんでした」
「あら、ごめんなさい。私は院長のキャトリン・ダーバンです。こちらは副院長のカットリン・ドノバンですわ」
似たようなお名前で一度で覚えやすいですわね。キャット様&カット様と覚えておきましょう。
「早速ですが、クラーケンのことについてお話を聞かせていただけますか?こちらの修道院の大きな問題の元のように感じております」
「そうね。聞いていただきましょう。どうにかしてくれとは言いませんよ。相手は魔物ですからね」
ええ、わたくしも魔物を退治するのは出来ません。でも、何かお力になれればと思いました。
カット様がお茶を煎れてくださり、キャット様が上着を羽織ってから話し始めました。
「クラーケンが現れて修道院を壊したり、街に出て暴れるのを、みんなは魔物の悪戯だと思っているようなのですが、私達は違うのではないかと思っているのです。
あれはもう25年ほど前になるでしょうか。この修道院の修道女だったカトリーヌという娘がいつものように漁に出た時のことでした。いつにない大漁でホクホク岸に戻ってこようとしていた時、とても美しい光を見たのだそうです。
その光は淡く七色に輝く宝石のようだったそうです。ゆらゆらと波に揺られて漂っていたかと思うと、シュッと見えなくなったと言っていました」
「シュッと」
「ええ、シュッと。七色の宝石のような光…もうお分かりかもしれませんが、イカだったのです」
え?わかりませんでした。イカ?
「イカは海中を泳いでいるときは半透明の七色に光るのです。それはそれは美しい夢のような光なのですよ。ふふふ、それが見たくて産卵が終わって子イカが泳ぎ始めるこの時期になると、私もカットリンもたまらず海に潜りに行ってしまうのです」
「それは…見てみたいですね」
「小さな10cm程の子イカがね、群れで泳ぐのです。ふふふ、可愛くて美しくてご覧にいれたいわ。ああ、話が逸れてしまったわね。それで、カトリーヌはあまりに美しいその光を捕まえたくて探したのです。見つけて手を伸ばしたら、シュッと墨を吐かれてたそうでね」
「シュッと」
「ええ、シュッと。大した範囲ではなく、黒くなって居場所がバレてしまう程度の攻撃だったのだけれども、カトリーヌはそれがまた愛しくて、心から可愛いと思ったのだそうです。すると、脳内に声が聞こえて来て、『私を美しいと思うのか』、と。『私も貴女を美しいと思う』と伝わって来たのだそうですわ」
「イカが?」
「ええ、イカが。多分」
それはイカでは無く、クラーケンの幼体だったのではないかしら?魔物が語りかけて来るならわかるけど、イカは…。
「イカではなく、魔物ではないかと思っておいでのようね。そうね、それはクラーケンだったのでしょう。それからカトリーヌが海に漁に行くと、必ずそのイカが現れて毎日楽しく過ごしたのだそうよ。でもね…、ある時カトリーヌは帰らぬ人となってしまったのです。それを知らないクラーケンは、どんどん成長して大きくなりながら、毎年この浜辺にカトリーヌを探しに来るのではないかと思っているのよ」
何と言うことでしょう。切ないのかそうでもないのか、よくわからない話です。
「それで、カトリーヌ様が居なくて荒れたクラーケンが暴れていると?」
「どうなのかしら。暴れているのか、ただ探しているのか。これまで攫われた修道女は皆髪の色がカトリーヌと似ているのよ。探しに来て、建物の中も探そうとして壊して、見つけたと思って別の修道女を捕まえて、一緒に遊ぼうと海に連れて行き、違ったと気付いた瞬間に興味を無くしてその辺に放置する…。そんなところではないかと思っているのです」
その辺に放置。そこはやはりイカクオリティなのでしょうか。
「イカはね、知能が高いのです。人の6歳児くらいなのよ。だから子供が友達を探すように毎年暴れに、いえ、この浜辺に現れるのでしょう。最近ではイカの友達も連れて来るようになったので、人は困っているのだけれどもね」
「ここ10年で上位種が出るようになっていると聞きましたが」
「よくご存知ね。そうなのです、クラーケンの何倍もある大きなタカ・クラーケンが来るようになったのよ。でも、ねえ…」
キャトリン様とカットリン様が顔を見合わせて頷く。もしかすると?
「カトリーヌ様と遊んだ個体がタカ・クラーケンに変容した可能性はありますか?」
「あると思います。私たちもそう思っているの。お友達のクラーケン達は繁殖期の興奮で暴れているだけにも見えるのですが、タカ・クラーケンだけはずっと同じ行動なのです。カトリーヌを探しながら更に大きく育ったのかしらと思うと、もう彼女がいないのに何だか哀れで」
「そうですね。カトリーヌ様も伝えることが出来ないままにお亡くなりになって、とても無念だったでしょうね」
「いえ、彼女は生きているのですよ」
「え?」
「隣国に出向してね、その時に脚を負傷して不自由になってしまってね。そのままそちらの修道院で院長となっていらっしゃるの。よくお手紙も来ますわ。仲良しだったイカの事が気になっていると。ただ、なかなかこちらには戻っては来られなくなってしまって。隣国の海辺の修道院なのよ。でもあちらにはクラーケンが出ないんですって。
脚は不自由になったけれど、水中は自由に動けるのに、メガロドンという大きなサメがドーンといるので危ないから海に入れないのですって」
「そうなのですか。タカ・クラーケンに何とかカトリーヌ様はあっちの海にいると伝えられたら、万事が丸く収まりそうですわね」
「そうね。でも言葉が通じないからね…」
わたくし達は3人で黙り込んでしまいました。
制御出来る人が居るところに行った方がみんな助かるのに。そしてタカ・クラーケンが仲間と一緒にメガロドンをドーンとやっつけてくれてしまえば良いのに。
待って。カトリーヌ様は最初に言葉ではない言葉で対話をしたとおっしゃっていたのでは?もしかすると、心を落ち着けて語りかければ通じるのではないでしょうか?
「あの、皆さんはこれまでにタカ・クラーケンに意識で語りかけたことはございますか?」
「意識で?ないわね。大声で話してみたことはありますが、意識では…」
「キャトリン様、もしかしたらカトリーヌ様のように私たちも心で語りかければ…!?」
二人はハッとして「「いけるかもしれない!」」と言った。
これまで試した事がなかったのだから、やってみても良いのではないかとわたくしも思いました。どうせ大掛かりな事では無く、海に向かってむぅううんと念じてみるだけの事ですもの。
早速わたくし達は地上に出て、浜辺で祈る事に致しました。夕方とはいえ、まだ太陽は空にあり日差しが衰えたわけではありません。南国の太陽とは何と強いのでしょうか。
わたくしは、ヤーンの雫を顔や体に塗りました。キャトリン様とカットリン様にもたっぷりと使っていただきます。
そして、わたくし達は祈り始めました。正確には祈ってるわけではないのですが、そのスタイルでいる方が誰が見ても最も怪しくないからです。
思い思いに語りかけても良いのでしょうが、一応語りかける内容を合わせる事に致しました。
『イカさん、イカさん、聞こえますか。
今、あなたの頭の中に直接話しかけています。
隣国の海に行くのです。
仲間と共にここから北西に470海里行った辺りにいるメガロドンというサメをやっつけるのです。
そいつさえいなくなれば、その辺りの海の浅瀬で、あなたはカトリーヌ様に会えるのです。
メガロドンです。そいつが目印です』
「この「イカさん」の所は「クラーケンさん」にした方が良いんじゃないのかしら?」とカットリン様からダメ出しが出たので、そこだけ修正をする事に致します。
わたくし達は、この内容を一心不乱に念じました。
30分が経ち、1時間が経ち、陽が落ち掛けて来た頃、強い風が吹き始めました。カットリン様が「…来る!」と言ったその時です。
海面が大きく盛り上がり、ゆっくりと巨大なイカ、いえ、タカ・クラーケンが姿を現したのです!
何と言う大きさでしょう。聞いていたよりも大きいのではないでしょうか。悠に20mはあるように見えます。これがタカ・クラーケン!!
一夜干しが何人前作れるのだろうか?そんな事を思った時、わたくし達の頭の中で不思議な声が聞こえました。
「…きこえ…ます…か?…い…まあ…なたたちの…いしきに…ちょ…くせつ…話しか‥けていま…す…だれか…いま…おれを…くうこと…かんが…えた…ざけんな…よびだし…てお…いて…なんだ…こら……いて…まう…ど」
しまった!伝わってしまっていたようです。意識の対話だから全て筒抜けなのですね!!
「だれ?誰が食べようなんて!?」
「申し訳ございません」
「カメアリーヌ様!?なんて事を!」
「謝罪をし、メッセージを伝える事に専念いたしますわ!」
『クラーケンさん、聞こえますか。
大変失礼いたしました。来てくださって有難うございます。
カトリーヌ様に会いたいですか?もしそうであれば、隣国の海に行くのです。
仲間と共にここから北西に470海里行った辺りにいるメガロドンというサメをやっつけるのです。
そいつさえいなくなれば、その辺りの海の浅瀬で、あなたはきっとカトリーヌ様に会えるのです。
カトリーヌ様は、ずっとあなたの事を気にかけています。
会いたがっています。
ここにはいないのです。隣国です。隣国の海に行くのです。
メガロドンを見つけてください。そいつが目印です。
殺るのです。メガロドンを殺っちまうのです。
そいつが居る限りカトリーヌ様は海に入れないのです。
仲間と共にここから北西に470海里行った辺りで暮らすのです。
隣国です。ここから北西に470海里です』
再び一心不乱に念じていると、ぽちゃんと冷たい雫が落ちて来ました。
目を開けると、タカ・クラーケンが長く大きな触手を伸ばして、わたくし達の上から海水をぽちゃんと落としていました。伝わったのでしょうか?
「…わかっ…た…ほくせいの…うみ…で…めがろど…ん…やる…あいつ…めざわりだ…と…おも…っていた…
てか‥あなた…たち…くどい…1回い…えば…わか…る…おれ…ばかじゃ‥ない…で…も…あり…がとう…
かとりぬ…あいに…いく…もうこ…こにこない…いえ…こわして…ごめん…ぶきような…おとこ…ですから…
あ…ちなみに…りんごく…470かいり…じゃ…ないか…ら…428かいり…な……じゃ」
そして、波が来ないように気を使ったのか、ゆっくりとタカ・クラーケンは海に潜って行きました。どうやら普通のイカよりもずっと知能が高いようで、距離が間違っていた事を指摘されてしまいました。
「終わった?」
「終わったみたいですね」
「…オスでしたね」
「ふふふ、そうね。不器用な男って言ってたわね。建物を壊して悪かったと思ってたみたいね」
「そうだ、急いでカトリーヌに手紙を出さないと。メガロドンとクラーケンのバトルというスペクタクル巨篇を見逃さないようにって!」
わたくし達は、体の力が抜けて心が軽くなった気がして、3人で声を出して笑ったのです。いつの間にかすっかり陽は落ちて、空には月が登っていました。皮をむいて湯通ししたイカの身のような白く輝く美しい月が。
こうして、わたくしは東西南と修道院を渡り歩き、それからこの北の修道院に来る事になったのです。
手に負えない罪人である新人修道女達を何とかして欲しいというニーズに応える為に。
北の修道院の日々のお話、修道院の向かいの辺境伯さまとのあれこれも、機会がありましたらまたいつか聞いていただきましょう。
それでは、皆様、ごきげんよう。
3/24 追記 誤字報告を頂きました。ありがとうございます!感謝です!
_________
タイトルを変更しました
変更前タイトル 「こちら国の最果て、北の辺境伯城前修道院」
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タイトルを思い付いてしまって徹夜明けハイの勢いで書いたお話です。
語呂が良いというか、目や耳に馴染んだあの漫画のタイトルが浮かんで来て、あの感じのタイトルをつけるとしたらどういう話が出来るだろうか?と思い書きました。
書きながらの思いつきだけで進めたので、正直、眠気が襲って来てクラクラし始めた「南の修道院」パートでは、商品が生まれたエピソードだけで終わりと思っていたのに、女将のオカミちゃんがクラーケンなどと言い出して、まさかの巨大イカの出現に驚き、自分で書きながら「どうなるの?」と思いました。
とりあえず終わって眠れました。ありがとうございました。
現時点では続編は考えていません。が、何か思い付いたら書くかもしれません。
気を付けていますが、誤字などがありましたらお知らせいただけると助かります。