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銀狼の飼い猫  作者: 厚狭川五和
第一部「はじまりの物語」
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4章 作られた者にこそ命は宿る

     0

 誰にでも出自はある。

 どんな存在にも産まれた時があり、育まれた時期が存在しているはずで無いのではなく忘れているだけか、それとも記憶から自ずと消し去っただけ。

 俺だってそのはずだった。

 親がいて、幼い頃があって、今に至るはずだった。

 でも知ろうとしていた俺の過去は…………その願いを虚しくも覆してしまうものだ。

 産まれたんじゃなくて、作られた?

 あの紙切れを……………………薄っぺらい内容しか書かれてないただの紙切れなのに、あれを見ただけで諦めがついてしまった。

 俺は、生き物ですら無かったのだろう。

 化け物なんて優しい表現だよ。

 だって人間の死体をあれこれして作られたのが俺で、それはつまり言葉で表現しようのない哀れな存在ってことだろ?

 でもさ、思うんだよ。

 あれを見てしまったのが俺で良かった。

 エルや、シオンが読んでいたら何て言うんだろう。

 だから忘れない。絶対に成し遂げてやる。

 俺を、俺と同じように寂しさに嘆き、出自を誰かによって操作された誰かの元凶を………………この手で(ほうむ)ってやる。

「ガルルォォォォォォオオッ!」

 これは真実を知ってしまった俺だけか背負うべき業なんだ。

 絶対に、他の奴等を苦しませない。あいつの掌中から解放して、自由に生きさせてやるんだ。

 この叫びは月への誓い。

 応える者はいなくていい。俺だけが知っていればいいんだ。


     1


「旅だぁ?」

 間抜けな声を出したのは他でもない俺だ。

 面子としてはいつもと変わらず、レクセルは俺に指示を飛ばしていて俺は作業中。危険なことは絶対にさせないと決めたからエルはカウンターで大人しく温かいミルクを飲んでいる。

 ほんと、こうやって見るとペットというより子供のように考えてしまう。

 で、本題だが間抜けな声を出した理由で……、

「そう、旅だ。君に言われて色々と情報を仕入れていたんだけどキナ臭い話があってね」

「キナ臭い?」

「不自然なことが起きているらしいんだ」

 いや、説明しろよ。もう一回聞かなきゃいけないのか?

「ルインズという国では死者が出た次の日には新しい命が産まれているらしい」

「どっかの盛んな雄と雌が子作りしてタイミング悪く産まれたんじゃねえのか?」

「……………………人間が子供を授かってから産むまでの期間は知らないのかい?」

 うざい言い方しなくても知ってる。

 たしか暦で考えるなら一年には満たないけど同じくらい長い時間がかかるんだよな?

「偶然にも死者が出た次の日に出産をした。それが一回だけ起きたなら僕も違和感を覚えたりしないよ。毎回だって言ったら?」

 それなら確かにおかしいな。

 世界単位で考えるなら数えきれないだけの人間がいるから偶然と言わずどこかで命が終わればどこかで新しい命が芽吹いていても何ら変なことはない。

 でも、国とか狭い範囲なら?

 しかも毎回死者が出た当日ではなく次の日に産まれているとなると?

 あえて何者かが操作している可能性がある。もっと悪く言えば神様の真似事なんかしてる連中がいるかもしれないという考えに至ってもおかしくないだろう。

 つまり?

 違和感はそこにある。

 新しい命が死者の出た当日ではなく確実に次の日に産まれているというのが偶然か、それとも操作できる人間か技術が存在しているのか。

 どちらでもなければ、俺の探してるものに近い。

 この世界にはありえない役割を与えられた奴がルインにいるかもしれない。

「調べる価値はあるかもな」

「君と同じような存在がいるなら保護する必要があるし、敵対する勢力なら強い力を有する前に止めておきたい、そうだろ?」

「さすが短期間の間で長時間俺の側に居ただけあるな。考えを見透かされてる」

 ただ問題はどうやって行くか、だ。

 ルインズはここから歩いて四日はかかるだけの距離にある遺跡だった場所を中心に栄えた国だ。徒歩で行くのはまともじゃない。

 しかし、一般的には嫌われてる状態の俺では馬車を借りることができないし、借りれたとしても御者が居なければただの箱と馬が置いていかれることになる。

 つまり移動手段の確保は必須。

 もう一つ旅をするなら気にしなければいけないことがあるんだが…………、

「エルも行く!」

「まあ、そうなるよな~」

 先日の一件からエルは俺に対する意識が変わって家に留守番されるばかりではなく支障がない範囲で側に居たいと言い出すようになってしまったのだ。

 世話もそうだし危険な旅かもしれないのに連れていきたくない。

 でも、置いていくと拗ねる。おそらく今までにないくらい拗ねて家でぴょんぴょんし始める。

「一応エルさんも戦えるんだろ? 連れていっても問題ないんじゃないかな」

「前回のような強者がいるかもしれない。またエルが怪我するようなことがあったら俺は堪えられないぞ?」

「ご主人…………」

 エルは潤んだ瞳で俺を見上げる。

 大方、そこまで心配してくれて嬉しい、という意思表示だろうがこちらとしては当然のことをしているまでなので感謝される理由はない。

 だって自分が可愛がってる者に傷を負わせる奴がいるんだぞ?

 前回は腕とかだったからいい。塞がれば問題ないし塞がらなくても目立たない。

 でも、顔とかなら俺は本当に許すことができない。

 俺のペットになにしてくれてんだ、って怒鳴りたくなるのは飼い主として当然だろ?

「ご主人ご主人、エル、大丈夫だから。ちゃんと自分守る」

「自分の口がどんな状態か確認してから言え! まあ、あいつも手負いだししばらくは襲ってこないといいんだけどな」

「あの少女も同じような境遇なんだろうか。僕が知らないだけでこの世界にはファングのような存在が溢れてしまってるのかも」

「なに自分のせいみたいな顔してんだよ。不幸は不幸にした奴が悪いし他の奴等は手を差し伸べただけで十分だ。お前は俺やエルに十分なくらい手を差し伸べてくれただろ?」

 こいつの良い部分でもあり、悪い部分でもある。

 ただの人間で力もないのに他人に入れ込みすぎるから関係ないことまで責任を感じるんだ。

 それをレクセルは商人としての性だから気にしないでくれと言っていたがそうは思わない。こいつ以外の商人はまったくの別もんだからだよ。

 目先の利益を優先し、求めるのは金だけ。それ以上はない。

 基本的に相手を騙すか信じさせるのが仕事みたいな生き物だからレクセルみたいに一人一人に熱心に入れ込んで信頼を勝ち取るやつは珍しい。

 だからこそ、あんまり面倒事に首を突っ込まないで欲しいんだ。

「エルさんの世話に関してはシオンさんを連れていけばいいと思う。いや、むしろシオンさんは置いていかれたら怒るだろうから」

「勝手に怒らせとけよ。あいつラプトの町に結界作ってるらしいし連れていくと困るんじゃないのか?」

 元はといえば調べに行くだけなんだからシオンを連れていかなきゃいけない理由なんてない。

 むしろ前回の一件で懲りたと思ったんだけどな。

 誰かに狙われる恐怖ってものを理解したなら次からは慎重になってくれると思ってたのに逆に蛮勇になられたのかもしれないな。

「ご主人、シオン連れていこう。ご飯」

「あいつがいれば自動で飯が出てくると思ってるのかよ。たしかに連れていったら便利かもしれないけどよ」

 そんな羨望の目で見られても困る。個人的な意見で住ませてもらってる国を危険に晒せないんだよ。

 誰かシオンの代わりにラプトを守れそうな奴がいるんだったら話は別だけど……………………あれ?

 誰かを忘れてる気がする。

 そうだ、シオン以外にもバカみたいに力を持ってる奴がラプトの森にいるじゃないか。

「あいつが嫌じゃなかったら連れていくか」

「結界を作れそうな者に心当たりがあるのかい?」

「ああ、協力してくれるかは分からないけど俺の頼みだったら断らないんじゃないか、って奴が一人な」

「やっぱり君はすごいね。いつの間にか色々な人から信頼されるようになって」

「べ、別にそんなんじゃねえよ!」

 あいつは、な。

 とりあえず旅に出るのが決まったなら準備は済ませてから行かないとな。


 ──ラプト近郊の川付近。

 とはいえ探すのは一苦労だった。

 できることならエルを連れてきて匂いを探してもらえば早かったんだろうが勘違いさせて暴れられたら止めるのに半日とか掛かりそうだからな。

 もう前回のようなことは御免だ。

 地面や木から微かに残る奴の気配を探す。

 縄張りにしていると言っていたからマーキングこそしてなくても主張はしてるんだろうな。

 ギリギリ、本当に嗅ぎ取れるか取れないかの際どい匂いがしている。

 むしろ家というか巣を探してしまった方が早いかもな。

 いやいや、この広大な森で探してたら本当に一日無駄になるだろ。

 呼んだら来たりしないか?

「エトー!」

「私を呼んだかファング殿」

「おわっ! どっから出てきてんだ!」

 本当に出てきたよ。しかも上から。

 もしかしてエトはいつも空にいるんじゃないか?

「偶然だよ。森に不審な者はいないか巡回していたら名前を呼ばれたから飛んできたのだ」

「ん、お前に翼なんかあったか?」

 おい、何で顔赤くしてんだよ。

「そそ、それを聞くのは野暮というものだよ」

 え、そんな言いたくないような所にあるんですか?

 少しだけ興味が湧いてしまった俺の顔を見たエトはもじもじとしていて、どうやら本当に恥ずかしいらしい。

 でも、羽って基本的に背中の肩に近い位置にあるよな。

 恥ずかしがる理由なんてあるか?

 問答も何もないまましばらく待っているとエトは咳払いをして少し離れる。

 俺に軽蔑したのかもしれない。

 そう考えて誤解を解こうとしたがエトはそれを止めるように俺の方に手を突き出すと「危ないから動かないでくれ」と言ってくる。

 いやいやいや、逆に危ない理由を知らなきゃ動きたくなるだろ!

 なんて言ってる間もなくエトの立っている場所に魔方陣が描かれ光り始める。

 これは本当に動いたらいけないやつだった。

「…………あまり、じろじろと見ないでくれ。私とて貴方にこんな姿を見せるのは恥ずかしいのだ」

「いや…………俺もこれは予想外過ぎて声が出ねぇ」

 あの時は同じ等身だと思ったから普通に話をできた。

 でも俺の考えは間違っていたらしくて、エトは人間の等身なんて当てはまる存在じゃない。

 完全な竜だ。

「こんな姿で幻滅しただろう。この前は隠していてすまなかった。知ったら貴方は拒絶すると思って──」

「触ってみても、いいか?」

「? か、構わないが」

「すげえ、本物だ! 魔法で騙してるのかと思ったけどエトは本物の竜なんだな!」

 素直にすごいと思うよ。

 俺は本物の竜なんて見たことも聴いたこともなかったから近くで見れたことにも感動してるし、それを触らせてもらえたなんて夢が叶ったような気分だ。

 子供みたいと笑うかもしれないけどそれが俺の素顔。

 カッコいいものには憧れるんだよ。

「あ、あの…………嫌いになったり?」

「こんなカッコいい奴を嫌いになる理由がどこにあんだよ。むしろ最高だと思わねえか?」

「ほ、本当に貴方は野心家というか勇気があるのだな」

「改めてお前と知り合えて良かったと思う。俺は知識に飢えてるのか好奇心がくすぐられてしかたないんだ」

 理由は無くてもいい。

 たぶん、生まれてきたときから何でも知りたいづくしで探しても調べても満たされなかったんだろうな。

 食うこと以外にこんな趣味があったのは意外な発見だな。

 とりあえずエトが嫌がっているので離れて元の姿に戻ってもいいと伝える。

 空を飛べる理由はもう十分に分かったしな。

「それで今日は私に何の用があったのだ?」

「エトって森だけじゃなくて町も守ってるんだよな」

「ああ、この姿なら尻尾さえ隠してしまえば歩けるから警戒はしているな」

 それを聞いて安心した。

 シオンが結界を張ったことでラプトに魔力を帯びた危険な存在は侵入できなくなっていたが既に入ってしまった者を関知できなかったんだよな。

 何より結界は万全じゃない。町の出入り口は魔法を使えるシオン本人や教会の神官が通れるように開いてるから悪意のある魔法使いは入ってこれる。

 つまり町の内外は意味をなさないんだ。

 そこをエトがカバーしてくれていると考えれば心配する必要はないだろう。

「ならラプトに危険な奴が入らないか見張っていてほしいんだ」

「危険人物の出入りを?」

「ああ、俺がルインズに行ってる間に何か起きないか心配なんだ。お前なら安心して守りを任せられると思うんだが…………嫌ならそれでもいい」

 元はといえば勝手な都合で仕事を押し付けるんだから断られたり何か見返りを求められたりすることまでは想定済みだ。

 まあ取引相手がエトなら無理な要求はしてこないだろう。

 俺とは番としての関係があるから直接命に関わることとか無理難題を言いつけて距離をとられたら困るのはエトの方。

 実際、エトの嗅覚や聴覚は俺に劣る。さっきも言っていたが見つけたのは偶然なんだ。

 故に頼みの姿勢を崩してはならない。

 エトは魔女や猫とも違って誇りを準ずる竜なのだから迂闊に上からの命令のような言い方をしたら首を飛ばされかねないし、それが無くたって聞いてくれない可能性が高くなる。それじゃ意味がないんだ。

 あくまでエトが俺に求めるのは強さと誇り高さだ。

 誇り高い男が権力に任せて物を言うのは傲慢(ごうまん)というもの。控えるべきである。

「嫌なんてことはない。貴方に頼られることが嬉しくてならない。期待に答えられるよう努める」

「! いいのか?」

「貴方は私が認めた雄だろう。頼むだけ頼んで逃げるような甲斐性なしではないと知っているし、仮にそうなればそこまでの雄だっただけのこと。追いかける価値もない」

「お前の価値観って極端だよな」

「私に贔屓(ひいき)されてイヤな気分にはならないだろう。誇っても良いんだぞ?」

「実感湧かねえよ。世界一長く生きてる誇り高い生き物に好かれてるとか誰かに言っても絶対に信じねえだろ」

 まず竜自体が高貴な生き物だ。そんな話をしたら教会の連中が出てきて捕まるって。

 実際、それがあるからエトは独りなんだろうけどな。

 なんか哀れに思えてきた。少しくらい慰めてやってから帰るとするか。

「明朝には出発するから時間ならあるぞ。なんか俺と行きたい場所とか無いのか?」

「長く引き留めたりはしない。貴方には大切なペット(家族)や一緒の時間を望んでいる魔女がいるだろう?」

「別に気にしなくたっていいのに。うちの猫は寂しくなったら自分から探しに来るし魔女は…………」

「ふふっ、貴方の顔を見れただけで私は満足だ。また今度で構わない」

 そうか、と言って俺は別れの挨拶をする。

 別に明日の出発に間に合えば二人も文句はないだろうし夜通し側にいてやっても良かったんだけどな。

 でも、それはあまりに酷な話だろう。

 エトは「貴方の顔」が見れて満足と言ったが、それは単純に俺といい存在の顔か?

 いいや違う。

 エトは家族の話をしてる時の俺の顔が見れて満足だと言ったのだ。ここに長いし続ければそれだけ俺がエルやシオンと会わないということになり、それを自分が原因で強いてしまっていると自覚してしまった時のエトの気持ちは?

 だから、エトは短時間でいい。少しでもいいから顔を見せてもらえたら幸せになれるのだ。

 忘れさえしなければ…………。


 ──移動中の馬車。

 ルインズに向かうにはシオンの転送魔法も役に立たないということで馬車を借りることになったわけだが、当初の想定だと借りれないと思っていた。

 意外なことに簡単に乗れたのだ。

 といっても理由は(おおむ)ね想像できる。

 エルかシオンを狙っているのだろう。

 俺のペットであるエルはまだ幼さの残る顔と身体つきをしているが顔が可愛らしく仕種の一つ一つに目を見張るものがある。

 食べる時の幸せそうな顔や失敗した時に身体を舐める癖が男女問わず好評であり、たまに町でエルを見掛けると見知らぬ男に付きまとわれていることがある。

 まあ、単独相手なら返り討ちにしてるらしい。

 そしてシオンに関しては実年齢を俺も知らないくらいかなり年上ではあるが見た目的にはそこら辺の若い女と変わらないものだから狙われる理由としては妥当だ。

 何よりエルに負けじと整った顔をしているし性格も優しく胸も大きいから、まあ割りと面倒な奴に声を掛けられる。

 その二人が乗りたいといえば俺というおまけがいたところで気にしないってことだな。

 実際には何を考えているかは分からないってのが現状な訳だが移動には困らずに済んでる。

「お前らな、旅行してるんじゃないんだぞ!」

「分かってるよ」

 分かってないから俺が言ってると何故分からない。

 俺の向かい側に二人は座っていてシオンはエルの髪を櫛で整えているという構図だ。

「わざわざ新しい服にまで着替えてるし」

「ファングも似合ってるよ」

「そりゃどうも」

 俺の服はそもそも売ってないからシオンが魔法で仕立ててくれたものだ。

 って、今俺が言いたいのは新しい服をありがとうってことじゃなくてルインズに向かうにあたって緊張感が足りないんじゃないかという話だ。

 まだ決まった訳じゃないけど不自然な現象を起こしてるやつが味方じゃなかったらそれなりに危ない。

 少なくとも戦闘になることは頭に入れといてほしいのに、この二人ときたら何も心配してない。

「まあまあ、調べるのが目的ならへんに緊張しすぎて怪しまれない方がいいんじゃない? そもそもファングを他の国だとどんな風に捉えるか分からないし穏便に済ませるなら落ち着いてた方がいいよ」

「それもそうだけどよ、気合い入りすぎじゃねえか?」

「あからさまに魔女!って主張してファングの印象を悪くするよりは見目麗(みめうるわ)しく振る舞ってた方がいいかなと思ったんだけど…………へん、かな」

 へん、というか目のやり場に困る。

 露出が多いとかそういうことではなく、普通にシオンはそこら辺の女よりいい身体してるんだからへたに気合いの入った服を着られると意識してしまう。

 とはいっても小綺麗な服を着るのは乙女として当たり前なんだろうな。

 シンプルに似合っているとしかコメントできない。

 これなら誰かにラプトにいるお嬢様ですとか嘘を吐いても信じてもらえるだろう。

「ご主人、シオンばっかずるい」

「はいはい、お前も十分可愛いよ」

「むぅ、心がこもってない」

 無理な話だ。

 エルに尋ねられたから無視したら拗ねて面倒なことになるから返事はしたが向かい側では顔を真っ赤にしたシオンが大変なことになってるんだよ。

 俺はエルに「お前も」と言ったからな。

 それをちゃんと聞いてたならさっきの「へん、かな」という質問に対する答えとして受け取ったのだろう。

 心なんか込めてたら倒れてたかもな。

 それはともかく、こんなんで大丈夫か?

 俺は暇をもて余して自分のところに来たエルを抱えて落ちないように足の間に座らせてからもう一度シオンの方に視線を向ける。

 ありえない話ではあるが万が一戦闘で魔力が枯渇した場合、シオンは死体か俺から魔力を回収しなきゃいけない。

 死体は抵抗しないから簡単に奪えるし俺は与えても問題ないだけの魔力がある。エルや俺自身が匂いで分かるほどの魔力だからな。

 でも、死体から奪うのと生者から分けてもらうのとでは訳が違うらしい。

 曰く、死者は自分の思い残したことをシオンが果たしてくれると信じて魔力を回収させてくれるらしいが生者から奪うとなると何かしらの対価が必要になる、と。

 手っ取り早い話が欲求らしい。

 ほんと純心な奴なら手を繋いだだけで回収できるらしいがひねくれてる奴だとキスとか、もっと上の行為をしないと魔力を回収させてくれないんだとさ。

 この反応を見てると手を繋ぐだけでも難しそうだぞ?

「そんなんで【死者を囲う夜会(ヴァルプルギスの夜)】としてやっていけるのか?」

「ここ、心を殺したら本当にただの道具になっちゃうもん。そ、それに私だって魔女なんだから!」

「強がってる割りにあれから一回も攻めた行動はしてないよな」

「はぅっ! だ、だってぇ……」

 俺のせいだとでも言いたいのか伏し目がちになりつつもちらちらと視線をこっちに向けてくる。

 たしかに前回、数日会えなくなるからと告白じみたことをしたが、あの程度で何が変わるというんだ。

 今までと対して変わらないだろう。

「シオン、エルみたいにすればいい」

「エルちゃんみたいに、って………………むりむり! できるわけないよ!」

 そうだぞ、エル。ドヤ顔で言うことじゃない。

 その「エルみたいに」の意味を翻訳するなら「遠慮なく俺にベタベタすればいいじゃん」的な意味だと思う。

 それができたら苦労してない。

 シオンは魔女でも大人しい方なんだよ。そういうのが苦手なんだよ。

 あとお前は子供みたいな身体してるからいいかもしれないけどシオンは出るところは出てる女って感じがすぐに分かる女なんだからな。

 俺のことも少しは考えろ。

 と、俺がエルを睨んでいるとシオンが気を狂わせてしまったのか急に隣に座ると腕にしがみついてきた。

「おいシオン! ペットの言ったこと真に受けるなよ!」

「や、やっぱ無理かも。ファングに触れてるだけで身体が熱くなってくる」

「ほら、無理しなくていいから戻れよ。必要になったら俺が何とかするから」

 とはいえ俺も童貞。

 キスすら躊躇(ちゅうちょ)してしまうのに何とかできるのだろうか。

「ごめんね、ファング」

「何も謝ることねぇよ。お前のそういうところが好きなわけだし、急に変わられても困る」

「ねえ、ご主人」

「お前はとりあえず大人しくしとけ。次に余計なこと言ったらお仕置きだからな」

 それだけはいや、とエルは急に大人しくなる。

 少しでも最悪のパターンを考えておこうと思ったのに他に二人もいるだけでこんな気楽な気分になるんだな。

 少しだけ楽になったような………………?

 エルの耳が真っ直ぐになった。

 普段は少しだけ下ろして近くの音を聴くための聴覚にしているのにぴんっ、と耳を立てて遠くの音を聞こうとしている。何かが近づいている証拠だ。

「御者さん、一度馬車を止めて!」

「は、はい!?」

 シオン、いい判断だ。

 御者は何が起きたのかと小窓を開けて俺たちに視線を向けてくる。

「エル、どのくらいの数だ?」

「いっぱいいる。匂い…………全部、獣」

「どうする? 馬車を中心に防壁を張ってから周囲攻撃で一網打尽にする?」

 ついこの前まで誰かを怪我させる魔法は使えないとか言っていた女の台詞とは思えなかった。

「お前いつの間にか頼もしくなったんだな」

「ファングの側にいるって決めたんだから弱いままじゃ見放されちゃうもん。少しは戦わないと」

 ほんと、お前のそういう真面目なところとか他の男も放っておかないんだろうな。

 いや、それより現場の問題だ。

 シオンは防御魔法と攻撃魔法を使えるというが、それを頼るなら負担を全て押し付けることになる。

 分かっている。シオンはそれを拒むつもりはない。

 しかし、シオンに頼ってばかりではルインズで何かが起きた時に彼女がいなければ何もできないなんて恥ずかしくて目も伏せたくなるような状況になりかねない。

 要するにこれはチャンスでもあるってことだ。

「エル、今回はお前に頼む」

「ご主人? エル、失敗するかも」

「お前が今まで失敗ばかりだったのは優しすぎたからだ。前回の襲撃者、お前に怪我を負わせた奴と対峙して気づいたが腕に掴まれたような痕はあるのに傷一つなかった。殺されかけてるのに反撃しなかったんだろ」

 同い年くらいの少女が襲ってきたら実感も湧かないだろうし理由もなければ傷つけたくないと考えるのは仕方がない。

 でも、それは甘い考えだ。残しておくと危険な価値観だ。

 俺がどれだけ大切にしてもエル自身が誰かを傷つけることを拒み続けていたら一方的に攻撃を受けるのは当然、勝てる可能性はゼロになる。

 故に気がついて欲しいこともある。

 大切にされているのに自分自身が傷つくことを肯定していることの愚かさを、理解してほしいんだ。

「にゃ? 目隠し?」

「今からお前が戦うのは獣だ。手加減は必要ない。どいつもこいつもお前を食いたくて腹空かせてる狂暴な獣だ。鳴き声を聞くな。ただ、自分が生き残るために身体を動かせ」

「ご主人?」

「無事に戻ってきたらご褒美があるからな」

 こんな安い期待でも抱かせないよりましだ。

 馬車の扉を開けてエルを外に出す。

 後は本当に危険だと判断するまでは何も手を出さずエルに全てを任せる。

「エルちゃん大丈夫なの?」

「たぶん甘えてるんだろうな。何かを壊せる奴は自分も壊すんじゃないか、って不安になってエルを捨てる。今までの奴等がそうだったから壊すことが仕事の殺し屋になったんだよ」

 ご主人様に怪我をさせたら首になることが確定する職場なんて壊すことに秀でたエルを置いておくわけがない。

 殺し屋なら壊した分だけ誉められる。

 そこから俺のところに来て、捨てられたくないから戦うことになっても傷付けないようにしてきたんだろうが、俺としてはそれが許せない。

 だって、お前が傷つくんだぞ?

 その程度で捨てるなら俺は初めから飼わないし、逆に傷だらけになられたら嫌なんだぞ?

 それを理解してもらうためにも戦わせるしかない。

 目隠しは状況を把握させないためだ。

 自分と敵の位置関係はもちろん、俺やシオンがどうなっているのかも分からなければ小さな可能性でも摘み取ろうと考えるのは正しい考えだ。

 馬車を止めた道の左右から勢いよく猪が突っ込んでくる。

 好都合なのは直進されると馬車が引っくり返るのでエルは確実に猪を止めなければいけないということだ。

「ちょっとファング!? このままだと猪がっ…………あれ?」

「揺れるぞ」

「きゃっ! なに!?」

 馬車が、というより地面そのものが揺らいでバランスを崩したシオンが俺の方に倒れてきたので支えてやる。

 それから外の景色を見せてやれば納得せざるを得ない。

 さっきまで元気に走っていた猪が引っくり返った状態で道端に転がっていて、次々に重ねられていくのだ。

「たぶんエルの役割は破壊することだ」

「え?」

「この前の襲撃者を覚えてるか? 狼の小さい女と若い男の」

 シオンは険しい顔になって頷く。

 あの襲撃者によって無力さを思い知ったんだからいい思い出ではないし忘れるわけもなかった。

「あいつの残した情報に【悪夢の魔猫(キャスパリーグ)】という名前と猫の表記があった。それはエルのことで間違いないし、壊すことに特化した役割だ」

「じゃあ殺すための力ってこと?」

「本来はな」

 俺は馬車の外の景色を見せて半分だけ否定する。

 身体を破壊すれば相手を殺せるのだから破壊する=殺すことと考えるのは正しい。

 でもエルは元はといえば殺すのが苦手だから役立たずと呼ばれていたんだ。

 強い力を持っているのに壊すのが嫌われることに繋がると思っていたから恐れて、その結果として逆に嫌われる。悪循環が成り立っていたのは言うまでもない。

 しかし、壊すとは物理に限定されたものではないとしたら話は変わる。

「身体の小さい者が数倍ある生き物を打ち上げられるわけがない。仮に打ち上げたとして無事で済むわけがない。そういった法則や認識を壊したんだ。物理的破壊だけじゃなく概念的な破壊も可能って意味だな」

「もしかして狙ってた?」

「俺らの力は誰かを悲しませるために使いたくなかったし、これで役に立てると分かったらエルの心境的にもプラスの働きになるだろ?」

「……………………」

 先に言ってほしかったみたいな目を向けられても困る。

 エルの成長は望ましいことといっても他者がそれを知っていたら余計な手を出されて流れが悪くなるかもしれない。見守ってやってほしいとは思っても協力してほしいとは考えない。

 それに、俺以外にエルの役割とか、出自について知ってるやつがいたら不安になる。

 絶対に本人に知らせちゃいけないことだ。

 エルが馬車に戻ってきたのを確認して荷物の中から生魚を取り出して渡す。

 こんな時のために、と氷漬けにされて生食にも問題ない状態の魚を買っておいてよかった。エルの大好物だからご褒美としては最強の代物だ。

「おさかな!」

「エルちゃん、骨に気を付けないとダメだよ」

 本来なら骨なんて軽く粉々にできる猫だ。心配はいらない。

 それをシオンは知らない。

 とりあえず今はエルがご褒美にかじりついているうちに少しだけ感じていた違和感を確かめるとしよう。

「おい、御者の。こんなに大きい猪が群れで街道に出てくることなんてあるのか?」

「へ? いや、少ないと思ったけどな~。そもそも馬車を使うのは戦えない人間なもんだから襲われてたら俺も御者なんて続けてないと思うぞ」

 やはり通常ではないか。

 俺らは戦う力どころか武器がなくても騎士団を退けることができる程度の素質があるからよかったものの、一般で、しかも隣の国に旅行感覚で向かうような連中が遭遇していたら無事で済むわけがない。

 つまり、あの猪が襲ってくることはほとんどないということだ。

 それだけなら偶然とも言えるんだが俺としては疑問に感じた理由がもう一つある。

 臭いだ。

 猪なら獣特有の臭いがしてもおかしくないはずだが襲ってきた猪からは獣の臭いどころか嗅ぎとるのが難しいほどの臭いしかなかった。それこそ、洗い立てのエルよりも何も臭わなかったんだ。

 どんなに綺麗にしてる生き物からでも臭いはする。

 なら猪は本当に獣だったのか疑うのも選択肢の一つとしては間違っていないはずである。

「歓迎はされてない、ってことか」

「考えすぎだよ。獣を操れる権能だとしたら身体の負担が大きいはずだから無駄遣いはできない。私たちが敵かも分かってないのに危険性(リスク)が大きすぎる」

 本当にそうだろうか。

 俺の権能だって満腹以上に腹を満たしていたら不死に近い状態になり一応死に近づいているから格段に上がるとかいう反則(チート)級の権能なのに、役割持ちがその程度なのか?

 しかも俺らが調べに来ている仮に「命を産み出す」権能の持ち主とは別なら二人も役割持ちがルインズにいることになる。

 そこへ乗り込むなんて話で来てるのだから気が気ではない。

 敵よりも俺たちの方が誘い込まれてる。

「えへへ、初めてご主人誉めてくれた♪」

「一人で考えて自分だけが傷つく方法ばかり選択しないで俺の判断を仰ぐようにすれば大丈夫だよ。エルはちゃんと役に立てるペットなんだぞ?」

「ぐるぐるぐる…………」

「ほんとファングに従順だよね。自分を大切にしてくれる飼い主を感覚で理解してるのかな」

「かもしれないな。立場を理解してくれたようで何よりだ」

 呑気に喉なんか鳴らしてるけど、ついこの前までまったく自分がどれほど俺に大切にされているか理解してなかったけどな。

 罰と称した行動が功を成したか。

「とりあえずルインズに着くまでは少しだけ気を張っておけ。ただの気まぐれ猪なら迷惑なだけで済むけど意思があったなら相応の危険性を示唆してる」

「ま、世界一の魔女がいるんだから任せてよ」

「自分で言うものか?」

「皆が誇れ、って言うもんだからさ。それにファングはもうちょっと喜ぶべきだよ」

 なにを、と冷たくあしらうと怒った時のエルのように頬をぷく~と膨らませたシオンが目を細くする。

 そんなに睨まれたところで俺には理解できない。

「可愛い女の子を二人も連れて旅なんて贅沢な身分なんだからね?」

 可愛いと自分で言ってる辺りは残念だと思うが正しいと思わなくもない。

 たしかに贅沢な旅だ。

「まったく、何を期待してるんだか」

「ちょっとその反応は腹立つ! その気になればファングの意思なんて関係ないんだからね!」


 ──そんなこんなで日が傾き始めるまで馬車を走らせた俺たちは暗闇の中、ルインズへ向かう訳にもいかず野宿をすることにした。

 本当なら俺と御者は男なのだから見張りとして起きていたい所だったが御者も人間だ。疲れがたまればまとまに手綱を握れるかも分からない。

 つまり実質、俺だけで見張りをすることになった。

 まあ睡眠なんて一日くらい取らなくても死ぬ訳じゃないし、そもそも俺自身分かってることだが最近の自分が化け物みたいに思える特性も強くなっている気がする。

 食事は相変わらずだが睡眠は小一時間でいい。

 怪我を受けてもちゃんと食事を取っていれば完治まで半日も要さない。

 化け物として成長しているようで不安になる。

 とまあ、その化け物は少しずつ離れた位置で眠っている三人を見守っているわけだが?

「ファング、少しいい?」

 一人だけ起きてたみたいだ。

「ファングはさ、正直なところ私のことどう思ってる?」

「どういう意味で?」

「その、ファングにとって私はどんな存在なのかな、って。もちろんどう思われててもあなたの勝手だから文句を言うつもりはないんだけど…………知っておきたいじゃん?」

 どうして、とは聞かない。

 実際にシオンは不安を感じている。俺が自分をどういう目で見ているか分からないから態度が急変したり、口を利いてもらえないばかりか嫌われてる可能性もあるから怯えているのだ。

 その必要はない、と言えば簡単だが軽い。

 シオンは一人じゃない。中に何十人、何百人分の魔力を抱えて、それと同時に彼らの魂も預かってるんだ。

 俺と違って奪ってるんじゃなくて預かってるんだからな。

 それを考えると理解のない人間なら気持ちが悪いと拒絶するかもしれないし、拒絶されたらシオンは悲しい。

「男の欲望を体現したみたいな女だな」

「ちょっと! 悪意を感じるよ?」

「そのつもりで言ったしな。顔は綺麗だし性格もたまに幼稚に感じるけど実際はしっかり者でやることはやるし家事も万能で非の打ち所のない優秀な女で、胸もでかいし甘いいい匂いがする。お前から声を掛けてきてなかったら襲ってたかもな」

 そ、そんな目で見てたのかとシオンは手であちこち隠したが意味がない。

 まず胸を隠す前に座ってる状態で足の間に白パンツが見えてることに気がつけ。

 なんて、見えていたところで襲うつもりもないけどな。

「そんな女だからこそ色んな奴に告白されただろうに全部断ったんだろ? それこそ王公貴族とかのお誘いも」

「そりゃあ、だって知りもしない人から告白されて付き合ってから互いを知りましょうなんて信じられると思う?」

「ははっ、俺も無理だね」

 そんな安い決まり文句、嘘っぱちに決まってる。

 表面上は綺麗な奥さんをもらって他人に見せつけたいんだろうが裏を返せば王族だからと厳しい環境で欲求不満な自分をシオンという()()()いい女で慰めてやりたいだけだ。

 いくら長生きで手のひらの上で人間を転がせるような魔女でもそんな扱いをされれば傷つくのだろう。

「俺はな、シオンがそういう連中の誘いをほいほい受けるような尻の軽い女だったら軽蔑こそしなかったけど同じように扱ってた。それこそ娼婦(しょうふ)みたいにな」

「…………………………………………」

「でもお前は堅実だろ? 俺の予想が正しければ素直で騙されるのが怖いお前はまだ処女だ」

「!」

 これは図星だな。

 まあ、図星も何も性格から考えれば確実なんだ。

「安心しろ。あの時、俺も恥ずかしかったからキスすらできなかったけどお前のこと心の底から好いてるよ。ここ数日でお前のこと分かってきたから余計にな」

 最初は俺のことを利用するんだと思って疑っていた。

 それこそ、今までのシオンのように回りを信じられないから騙されないように最初から疑って、嫌いだと決め込んで近寄らないようにしていた。

 ここ数日だ。

 シオンの笑った顔も怒った顔も、楽しそうな顔も退屈そうな顔もある程度は見てきた。

 嘘を吐けるような女じゃない。

 何より、シオンは俺を最後だと思ってる。俺がダメなら他に探すのはもう諦めよう、と。

 疑っていたとはいえ乱暴な口ぶりで散々なことを言うし、料理を作らせるだけ作らせて何も返さずにいた俺に対して、そんな風に考えてくれてたんだ。

 正直嫌いになれない。

「そんな風に、思ってくれてたんだ」

「その、不安になるまで何も教えてやらなかったのは悪かったよ」

「ファングも童貞だもんね、仕方ないか」

「う、うるさい!」

「あはは! やっぱり若いから元気ですね~。なんて、ありがとね。ほんとのこと話してくれて」

 おう、と恥ずかしくて目線を合わせずに返事をするとのそのそと先程まで寝ていた場所に戻ったシオンはすぐにすぅすぅと寝息を立てた。

 まったく迷惑な話である。

 別に話すこと自体はいいけど思わせ振りな発言と行動は控えてもらいたかったな。

 あんな近くで甘い匂いを嗅がされて、旨そうな身体を見せつけられて、煽られて…………男の俺がただ言われてるだけで何も思わないわけがなかった。

 最後の「若いから元気ですね~」の一言に一瞬で思考が止まりかける。

 仕方ないだろ。言葉通り俺は若いし童貞だし化け物………………は関係ないかもしれないけど普通の人間よりかは求めてしまっていると思う。

 それをあの女は平然と、タチの悪い嫌がらせをしていったのだ。

「だ、誰も見てないからいいか」

 とまあ、察してくれ。ただの独り言だ。


     2


 ──翌日の夕方。

 色々とハプニングはあったものの一行は無事にルインズへと到着することができていた。

 二日間も馬車に乗りっぱなしだったので身体のあちこち固まっているような感覚があり落ち着かない。

 しかし、門を入ってから感じたことだが敵地という感じがしない。むしろ平和なのはラプトと変わらず、風景がちがうくらいで違和感は感じなかった。

 これが、遺跡の街?

「とりあえず泊まれそうな所を探さないとな」

「あんたら旅の連中か?」

 短髪で若いと思われる男が声をかけてきた。

「ん、ああ。そういうあんたはルインズの人間か?」

「そんなとこだ。俺はエレク、あんたらは?」

 だいぶ初見から馴れ馴れしい男だな。

 だからといって疑ってばかりじゃルインズに協力的な人間がいなくなってしまうし、何より俺の姿を見て声をかけようなんて考えた時点で肝が座ってるのは明白だ。

 それは簡単には動揺しないという意味であり、信用に値する。

「俺はファングでこいつがエル、そっちがシオンだ」

 俺が挨拶をするとエルは警戒しながらエレクに近づくと鼻をひくつかせて匂いを探り始める。

「くんくん…………普通の、人間?」

「何で臭いなんか……?」

「エルちゃん、初対面の人にそんなことしたら失礼だよ? シオンです、よろしくね♪」

 こう、相手との距離を詰めるような感じのことはシオンの方が得意だ。

 俺は警戒するのは得意でもどこか相手に気を許すのが苦手で逆に相手を不安にさせてしまうからシオンのフォローは本当に的確なものである。 

 ちょっと近すぎる気もするけどな。

 ただエレクに挨拶をして握手しているだけなのに落ち着かないというか、不安になるというか、兎に角もやもやした変な気持ちになった。

「悪いな。エルの癖みたいなもんだから許してやってくれ。いつも匂いで判断するんだ。関わっても大丈夫なのかを」

「自分が臭いのかと思って少し焦った。まあ、癖なら仕方ないし気にしないさ。で、三人はルインズに何の用事だ? もしかして数日後にある祭りに参加したいのか?」

「祭りがあるの?」

 質問したのはシオンだった。

 俺たちは祭りがあることを知らなかったし、へたに話を合わせようとしてぎこちなくなるよりは知らなかったという風にあしらった方が自然だろう。

 本当の目的は別だがあえて教えてやる必要もない。

 旅人なら色んな国を転々としてると言っても誤魔化せるはずだからな。

 しかし、祭りがあるとなると不便だ。

 俺たちがレクセルの聞いた噂を調べあげるまでに外からたくさんの人間が入ってくるとなると騒がしくなり、情報を探るのは難しくなる。

 外の国で言われているのは噂だ。国内の真実に近い答えを聞きたい。

 つまり早めに片付けないと調べられなくなるかもしれないんだ。

 とりあえず祭りの内容を聞いておこうと俺はエレクに耳を傾けた。

「ただの遺跡だった場所がルインズって国になった祝祭だ。とは言っても集まって酒飲みながら騒ぐだけの宴会状態だけどな」

「遺跡へは入れるのか?」

「ん? 確かにルインズの中央に入り口はあるけど一般人は入れない。まあ、名物として国を作ったはいいものの遺跡の中はあちこち脆くなってるらしいから」

 つまり地面が崩れたり建築物が崩壊する恐れがある、と。

 ほとんど人間が出入りしていないという情報が手に入っただけでもありがたい。

 裏を返せば見つからなければ入れるって意味だからな。

「なるほどね、遺跡のことを聞いてきたってことは単に観光地巡りでもしてるだけの旅人だな? まあ、ほんと遺跡以外になんもないような街だけど歓迎するよ」

「歓迎って、見ず知らずのやばい見た目した奴に言う台詞か?」

「やばいも何も、さすがに服着てなかったら追い出してたけど人間の文化を理解できるなら姿形なんて些細なことだろ?」

 やっぱりエレクは信用しても良さそうだな。

 口で言っていることは軽い考えの人間みたいな発言だが俺を見ている目は物事を見定めているしっかり者の目をしてる。

 たぶん、俺に鎌かけてるんだろうな。

 この国で変なことを起こしたら俺はすぐにでもあんたを疑えるからな、っていう。

 そもそも疑った状態で話してた俺も悪いし判断としては間違ってない。こういう冷静に考えられる人間がルインズで最初に会った人間でよかったかもしれない。

 まあ、あくまで迷惑をかけないようにしないと程度の関係しか考えていない。

「分からないことあったら聞きに来てくれ。俺は普段道具屋で店番してるから」

「ああ、困ったことがあれば相談する」

「ご主人、あのお兄さん」

 エルが俺の顔を見て何かを伝えようとしている。

 ああ、言われなくても何となく分かっているさ。

「嘘を吐けないタイプの人間だな」

 たぶんルインズで起きてる違和感に気がつき始めているのだろう。

「普通は初対面であそこまでしない。ここまでするのは俺たちに早々にルインズから出てほしくないってことだ」

「なら直接聞いたら早いんじゃない?」

「バカか。いきなり気にしてることを聞いたら警戒されるだろうが! あくまで俺らは旅人なんだから後から知ったことにしておかないと不安にさせるぞ?」

「あっ、そっか。知っててルインズに来たなら何しにきたんだ、ってなるよね」

 そうだよ天然魔女。

 普通はルインズで死者が出た次の日に新しい命が生まれると聞いたって当たり前のことだと思って首を突っ込まないし、まず毎回そうなのか確認したりしない。

 何より知ってて国に入ったなら俺らが何かしたんじゃないかと疑われる可能性もあるし、逆に解決するにしても何で知ってるんだと疑われる。

 つまり何一ついいことがないんだ。

 俺らは初めから知っているが知らないと偽り、エレクに頼らず調べなければいけない。

 その過程で俺たちがルインズの違和感に気がついたとエレクが知って協力してくれる分には問題ないのだから。

「ほら、まずは宿探しだ」

 すぐに見つかると思って気合いを入れていたが俺は後々後悔することになった。

 ルインズに宿屋は三軒あるが一軒は普通に部屋の空きがなく、二軒目は祭りに参加する人間のために空室確保で準備中。

 つまり、観光目的で来ている俺らが泊まれる宿は最後の一軒だけということだ。

 俺はわざわざ外に出て野宿するのが頭を(よぎ)ってそうならないようにと祈りながら最後の一軒に入る。

「いらっしゃい旅のお方。お泊まりかい?」

「空いていれば部屋を二つ用意してほしい」

「すまないが二つは厳しいな。一部屋でも大丈夫なら案内できるよ。何名だい?」

「……………………三人だ」

 俺は溜め息を吐きそうになったが部屋を確保できただけでもありがたく思わねばと引っ込めて答える。

「希望に答えられず申し訳ないね。そういうことだから一泊につき三人で銀貨四枚でいいよ」

 一人銀貨三枚でも十分安いのだからだいぶ安くしてくれている。

 とりあえずいつまでいるか分からないので俺は余分に七日分の銀貨と餞別(せんべつ)に追加で二枚置いて鍵を受けとる。

 この時期に泊まれる部屋を探してる時点で俺たちの方が勝手なことをしてるのだからこのくらいは当たり前だ。

 まあ、一部屋となると困ることがいくつかある。

 例えばそう、俺以外は女だということとか。

「お、おいその格好はなんだ!」

「なんだ、って寝巻きだよ?」

「寝巻きなわけないだろ! ろ、露出多すぎるだろうが!」

 というのも、上はきちんと隠されているが下のショートパンツが短すぎてほとんど太ももが見えきっているのだ。

 その光景はなんというか、刺激が強すぎる。

 まず素材がもこもこしているもののせいでウサギやらヒツジやら俺の獲物になりそうな生き物を連想させるのでそれがよくないのかもしれない。

 実際はやらないぞ?

 ただ、ああいう獲物は簡単に蹂躙(じゅうりん)できるから少しだけ緊張するだけだ。

「別にファングが私を襲うのは公認なわけだし、少しは気分が乗る方がいいんじゃない? それに私も少しは可愛い服を来てたいと思うわけでね?」

「少しは自分が色気のある女だってことを理解してから自重してだな~」

「むう、ご主人ひどい」

「何で今の流れでエルが怒るんだよ」

「エルに色気がないって遠回しに言った」

 別に色気がないと言った覚えはない。

 たしかにエルは寝るときや家にいるときは自由がいいとか何とか言って下着姿でうろうろしていることが多い。

 シオンと同じなら俺は毎日そわそわしてなきゃおかしいと気がついたんだろう。

 何を言いたいのかは分かる。

 自分の身体が幼女体型だから俺が女として見てくれないと怒っているのだ。

「そもそもエルは俺のペットだ。ペットに尻尾振って襲いかかる飼い主がいたらそれは飼い主失格ってものだぞ」

「ご主人喜ばせられないペットも、ペット失格」

「ぐっ…………、それを言われると」

 たしかに飼い主を喜ばせずとも幸せな気分にできなければ存在するだけのペットになってしまう。

 だからと言って男として喜ばせる必要なんて一ミリもないだろう。

「と、兎に角だ! 少しは考えろ! 誰か入ってきたらどうするんだ!」

 いや、待てよ?

 そもそも調査で来てるわけで旅行じゃないのにシオンもエルも無防備な姿で寝ようとしてるんだ?

 普通に考えて危ないから止めるべきだぞ。

 いいか、その辺は。二人だって子供じゃないし初めて来る土地で興奮してるとかそういうわけじゃないだろうから明日の朝には大人しくなってるだろう。

 たぶんシオンは国になる前に来たことあるはずだけどな。

 もう二人に構っていたら埒が空かないし寝ようと俺は壁側に身体を向けて眠った。

 ちゃんとベッドは三つ運び入れてくれたから大丈夫なはずと信じて…………。


 ──sideシオン。

 絶対におかしい。

 ここまで露骨にアプローチしているというのに何も反応を示さずに眠ってしまうなんて信じられない。

 普通はもう少し照れてくれると思ったんだけどファングは少し鈍感すぎる。私はファングとどうなってもいい覚悟でいるのに気がついてないのかな。

「ん? そういえばエルちゃんはいつもみたいにして寝ないの?」

「うん。ご主人が嫌がるし、他の人に見られるのは…………その、やだから」

 いつも下着姿で寝ていると聞いていたけど今日はそのまま眠ろうとしていたから何事かと思えばファングの意見を尊重していたらしい。

 でも、それっていつでも同じことじゃない?

 家だって誰かが入ってくることはあるんだし、ファングだって嫌がってるというより気にしてないような気がする。

 ここまで来ると疑わざるを得ない。

 ファングは男が好きなのかもしれない、と。

 昨日の言葉が本心だと言う割にはまったくといっていいほど手を出してこないし、それを考えると他にもっと興味を持つものがあるはず。

「ねえエルちゃん。あなたのご主人は何が好きとか言ってた?」

「?」

「あ、教えてないんだね。こうなったら強行策にでるしかないよね」

 躊躇っていたら変われない。

 ずっと、ファングが老いて私より先に死んでしまうまで何も起きないままなんて嫌だ。

「えいっ!」

 もう寝息が聞こえていたから無意味かもとは分かっていたがファングの寝ているベッドに飛び込んだ。

 この人は一度眠ってしまったら身体が危険だと判断した事象が起きない限り目を覚まさない。それは命に差し障りのあることでもない限り絶対だ。

 こんな話、長く生きてて聞いたこともない。

 女性の方から夜這いを仕掛けるなんてあっちゃダメなことだと思う。

 いや、例外はある。

 現に私だってその例外になってしまったんだから一人二人はいてもおかしくはないはず。

「私は悔しくて仕方ないよ。そんなに魅力に欠けてるのかなって考えたんだよ?」

 人は皆、自分には無いものを持つ者に憧れ、その人みたいになりたいと考えるんだ。

 幼い頃の私が偉大な魔女だった母親に憧れたのもそう。

 力が無いものは強い者に憧れ、清く生きようとしてる者は悪に惹かれる。

「私も…………あなたみたいな見た目だったら、少しは反応してもらえるの?」

 この尻尾も、耳も、全身を覆う身体を守れるだけ頑丈で温かみのある体毛も…………蔑まれたり嫌われたりする中で生きようと思える逞しさも私にはない。

 だから、言葉だけであしらおうとするの?

「シオン、それちがう」

「エルちゃん?」

「ご主人、同じ見た目とか気にしない。エルもシオンも、あのエトとかいう女も誰一人差別しない。それに、シオンの話してるご主人、ずっと笑ってる。ほんとに楽しそうに話す」

 嘘ではなさそうだ。

 だって心なしかエルも悔しいのか頬を膨らませている。

「じゃあ、ただの意気地無しってこと?」

 頷きが返ってくる。

 だとすれば強行策に出たことは間違いじゃないし、こうでもしなければファングは微塵も行動に移す気がなかったということになる。

「このまま寝ちゃおうかな」

「エルも!」

「あはは、両手に花だね~ファング。起きた時の顔が楽しみだよ」

 鈍感でも意気地無しでもいい。

 私は、私の前で感情を見せてくれるあなたがいれば十分に楽しいから。


 ──sideファング。

 夜通し見張りをした翌日だったから自分では元気なつもりでも疲れてたんだろうな。

 ベッドに身体を落としただけですぐ眠ってしまったらしい。

 あのあとの会話を覚えてない。もしかしたらシオンが一方的に怒鳴っていたのだろうか。

「何でこんなに身体が重いんだ?」

 怪我をしたわけでも全身を酷使したわけでもない。

 なのにベッドに沈んだ身体を起こそうにも物理的な重さを感じて起こせない。

 チラと腹の辺りに視線を向けた俺は思わず悲鳴を上げそうになって手で口を押さえる。

 後ろから誰かの手が回されていたのだ。

 まず上裸になった覚えもないのに脱がされてるし足元も小さな小箱が乗せられているような感覚がある。

 もしかして捕まった?

 寝てる間に卑怯なやつだと思ったがそれにしては背中の感触がやけに柔らかくて心地よい。何かクッションでも押し付けられているかのようだ。

 クッション?

「ちっ、余計なこと考えるんじゃなかった」

 後ろにいるのが誰か考えたら急に身体が熱くなってきた。

 間違いなくシオンだ。

 嫌がらせや、俺の反応を見て楽しむだけのつもりなら起きている時に行動していただろうし、これはあくまで俺のことを思っての行動だろうか。

 特にシオンにとって俺がどんな存在か知ってるせいで余計に緊張しているのだろう。

「………………ふぁむ?」

「なあ、これはどういうつもりだ?」

「だってファング尻尾とか耳触っても起きないし、それなら起こすのも手間だし一緒に寝ようかな、って」

「お前にもベッドはあったはずだが?」

 言い訳なのは分かってるから本音を言ってほしかった。

 そもそも尻尾や耳を触ったというが獣の姿をしている俺に対しては禁忌とも言える行動。つまりそこまでして俺を起こしたい理由があったということだ。

 だから怒らない。

 シオンが理由もなく触ってくる女じゃないことは百も承知だ。

「少しくらい取り乱してよ。ルインズに来る時に来てた服も、今来てる服だってファングが私のことを魔女だと思うから構ってくれないんだと思って変えたんだから、ほんの少しでもいいから取り乱してほしかったのに」

「十分取り乱してただろ。毛が逆立ってるの分かんなかったのか?」

「それは知ってたけど…………ちょっとくらいさ」

 よし、言いたいことは分かった。

 それ以上を言わせるのは男として申し訳ない。

「なら一回離れろ。それじゃ身動き一つ取れない」

 俺はシオンが手をどけたのを確認すると寝返りを打って彼女の方へ身体を向ける。

「じー…………」

「エ、エル!?」

「ご主人、続けていいよ。エル気にしない」

 そういう問題ではない。

 奴隷だったり従者だったりと主人のそういう要望に逆らえないような仕事を嫌がっていた女が何を他人の発展しそうな関係を見て楽しんでるんだか。

 まさか、前回のお仕置きで何かに目覚めたとかじゃないよな?

 そうだ、エルは単にませてるだけだ。

「まったく、お前は何を勘違いしてるんだ」

「ご主人の考えは分かる。だから、いいよ」

「わ、わかってねえ台詞だぞ!」

「あはは! やっぱりこうなっちゃうよね~」

 シオンも笑ってないで否定しろよ。

 エルは俺とお前があれやこれをすると思ってニヤニヤしてきるいるんだぞ?

 と、俺が一人だけ真面目に混乱してるとシオンは何を思ったか俺を抱き寄せてきた。

 なんかの比喩などではなく正真正銘の柔らかさが俺をさらに慌てさせる。

「忘れちゃダメだよね。私はそんなファングが好きなんだ。頼りになるのにちょっと乱暴だったり、でも優しくて他人ですら放っておけなくて、こういう話になるとすぐ慌てて否定してくるけど尻尾が正直すぎて嘘を吐けてないファングが……」

「し、尻尾は関係ないだろ!」

「ファングが尻尾を振りまくってる時は喜んでる時の証拠だよ」

 弱点がバレたような気分だ。

 そもそも嬉しくないかどうかはさておき、シオンのような女に抱きつかれて喜ばない男がいるかどうかの方が問題ではないだろうか。

 素直に言うとシオンに好きだと言ってもらえることを俺は誇りに思っている。

 こいつの百年を軽く超えている人生の中で相手がいなかったのは選り好みをしていたわけじゃなく、機会がなかったから。正当に自分を愛してくれる人が見つからなかったからだ。

 ほとんどが身体目当てで、魔女と知れば命の危険を察して立ち去る。それが臆病な奴の常識だ。

 つまり、シオンはそういう人間を見分けるとまではいかずとも感覚で認識できるくらいには過敏になっている。

 そのシオンに好きと言われることはつまり、悪い意味での臆病ではないと証明してくれていることになるのだ。

 それは狼として誇るのは然るべきだろ。

「ご主人、意気地無し」

 エルは納得していないらしい。

「さっきから言わせておけば…………!」

「にゃっ!? ペ、ペット蹴るなんて最低」

「蹴る? 俺は足の上に寝てる猫を持ち上げただけだ。飛んだのはお前だろ?」

 頬を膨らませたエルは俺の足に噛みついてくるが所詮は甘噛みだ。痛くないし毛皮に守られているから万が一にも牙が刺さってしまうこともない。

 どちらにしろ反抗的なのでお仕置きは確定だしな。

 まあ、二人のお陰で自分が少し気を張り詰めすぎていたことを自覚できたことだし感謝くらいは……。

 ガチャッ。

 突然、扉の開く音がした。

「……………………」

「……………………」

「…………間違えた」

「待て!」

 しばらく見つめあってから扉を開けた記憶に新しく忘れるはずもない姿をした女が平然と去ろうとしたので俺はすぐさま呼び止める。

 素直に止まるとは思ってなかったが女は閉じかけた扉から覗き込むようにしてこちらを確認した。

 間違えようがない。

 あれから日にちが経ったわけでもないから記憶違いではない。

「ノルン、だったよな」

「ん。なまえ、おぼえてた」

「反応から察するに偶然だと思うし今は敵意がないみたいだから少しだけ話をしないか」

「んー…………?」

 隙間で考えるな。

 ノルンは首を傾げてしばらく悩んでいたようだが結論が出たらしく部屋に入ってくると静かに後ろ手で扉を閉める。

 さすがに警戒はされているか。

 でも入ってきた時点で慌てたり目の色を変えなかったことを考えると戦えという指示を受けていたわけでもなさそうなんだよな。

「ファング、その子…………」

「大丈夫だ。殺す気なら入ってきた時点で攻撃されてる。こいつは不意を突くような奴じゃない」

 とは言いつつシオンにはしっかり警戒しておくように目配せしておく。

 防衛しないよりはしておいた方がいいからな。

 当のノルンはといえば自分だけが相手側である三人に囲まれているからかもじもじと落ち着かない様子でいた。

「お前もここに泊まってるのか?」

「となりのへや。だから、まちがえた」

「まあ目的はとやかく言わねえよ。お前の主は気に食わねえけどノルン自身は好きで戦ってるように思えないしな」

「ん。ごろごろしてたい」

 性格的にエルと少し似てるな。

 もしかしたら【悪夢の魔猫(キャスパリーグ)】の後継として作られたやつなのか?

「で、入ってきたのに何ですぐ出ようとした?」

「なんで?」

「逃げたと思って追撃されるとは思わなかったのか?」

 ノルンは顔を真っ赤にして黙り込む。

 この反応から察するに考えた通りかもしれない。

「怒らないから言ってみろ」

「こうび、してたから」

「はぁっ!?」

「お、おこらない、やくそく! やくそくまもる!」

 いや、怒ったんじゃなくて驚いたんだよ。

 たしかに俺とシオンは向かいあってお互いに正面を見せているし同じベッドに寝ているが足元の棚の上にはエルもいる。普通は勘違いしない状況だ。

 そう、誰かに見られてる状態で交尾なんかするやつどこにいる。

 こういう勘違いのしかたまでエルとそっくりなんて俺の予想が間違ってないと認めてるようなものだな。

「マスターいってた。フェンリルよっきゅうふまん。まいにちめす、こうびしてる」

 あのくそ野郎、自分の作品とやらに変なことを吹き込んだらしいな。

「どんだけ悪印象持たせてるんだよ。お前のマスターとやら嘘吐いてるぞ。毎日どころか一回も交尾なんざしたことねえよ」

「え…………?」

「なんだよその私も今から犯されると思ってました的な反応は!」

「フ、フェンリルこわい」

 溜め息しか出てこないわ。

 こんな臆病というかへんな知識ばっか持っててバカみたいな奴に攻撃しようと思えないのは当たり前かもしれない。

 エルの性格じゃ特に無理だな。

 それは兎も角、俺の悪印象は何とか改善できないものですかね~。

 今この場でノルンに逃げられて言って回られたら俺の言葉より幼げでありながら女の身体してるノルンの方が信じられるのは間違いない。

 少しでも誤解は無くしておきたいところである。

「ほら、ちゃんと穿いてるだろ? そもそもこの状態でどうやって交尾なんかするんだよ」

「まりょくつかってふく、つくる。だからこうびして、すぐきれるってきいた」

「そんな言葉信じんなよ……。まともに聞いて信じてるお前が可哀想に思えてきたぞ」

「かわいそう? フェンリル、ほんとはいいやつ?」

 単純すぎるだろ、とは言わなかった。

 たぶんノルンの主は心配してくれない。駒としてのノルンを従わせるために仕事を終えてきたらご褒美は与えても失敗して帰ってきた時は何もない。

 罰もなければ、心配もしない。

 だからノルンにとっては何気ない心配の一言すら伝説にも等しいのかもしれない。

 好感度が少しでも上昇したのかノルンは少しずつ俺に近づくと同じベッドの上に膝を突くような感じで乗り上げた。

 そもそも俺の足の間に片足の膝を突いてるし距離感が近すぎる。

「な、なんだ?」

「……………………ぺろ」

「なっ!」「えっ!?」「っ!」

 まじまじと顔を見つめられていたかと思えばノルンは小さな舌を出して俺の口回りを舐め始めた。

 舐める、というか普通にこれ、キスか?

 俺も驚いたけどシオンは先を越されたとばかりに絶句してるしエルは興味深そうに眺めてる。

 いや、見てないでどうにかしろよ。

 ノルンはとても恥ずかしそうな顔をしながら一分間ほど舐め続けるとやっと離れてくれる。

 その「恥ずかしいけど頑張る」みたいな表情は反則だろ。

「あいさつ。これでフェンリル、ともだち」

「と、友達にしてはかなり上級なことしてませんでしたかね?」

「あいさつ! おおかみのあいさつ!」

 これ断固として認めさせるやつだ。

「シオン、先越された?」

「エ、エルちゃんそれは言わなくていいの!」

「ヴァルも」

「え、えっ!?」

 あ、これは完全なペロリストですね。

 今度はシオンも押し倒してペロペロし始めたし確定だ。

「あ、わすれてた。ノルンおはなつみにいく」

「それは忘れちゃダメだよ!」

「ばいばい」

 なんか台風みたいな印象を受けたな。無口なのに。

「エル? お前はよかったのか?」

「エ、エルはご主人のもの……エルはご主人のもの……」

「たぶんファング以外は受け付けないってことだね。そ、それにしてもノルンちゃん? って最初会った時と変わりすぎな気がしない?」

 変わったんじゃなくてあれが本性だ。

 ずっとノルンは主の道具で捨てられた後の行き先もないから従順になっていただけ。本当は友達も欲しいし遊びたい盛りなんだ。

 何とかして解放してやれればいいんだが……。

 バタンッ!

「旅人のファング! やっぱりここにいたか!」

 今度はエレクが来た。

 様子を見に来ただけにしては随分と慌てているが何かあったのだろうか。

「子供が産まれるぞ。お前らはそれを見に来たんだろ?」


     3


 どこかで情報が漏れていたのか、それともエレクの勘が鋭いだけなのか。

 俺たちは何も伝えていないのにエレクは全て理解していた。

 理由としては祭りに参加するにしては来るのが早すぎたから別に目的があるんじゃないかと思った、とあくまで参考にしかならないものだった。

 つまり、俺の考えた通りにエレクは違和感に気がついている人間だったということだ。

「す、すまないねエレク。人手を呼んでもらって」

「子供が産まれるって時に一人だったんじゃ仕方ないだろ? 俺一人じゃ心許(こころもと)ないし」

 最初はただの旅人が、しかも化け物が家に上がったら暴れるかとも思ったが意外と落ち着いた様子で手伝いに来た人間だと判断した女は俺らに指示を出した。

 最初はシオンが大抵のことをやって俺とエルは補助になるはずだったが産まれたての赤子は俺のことが見えていないからか怖がらず、むしろふわふわの体毛が気に入ったらしく離れたがらなかったので俺は寝かしつける担当になった。

 力加減も難しいし怖かったが存外、できるものだ。

「赤ちゃんは随分とあんたのこと気に入ったみたいだね」

「ど、どうだろうな。子供が見たら怖がると思ってたけど」

「なあにバカなこと言ってるんだい。いま向こうで洗い物してくれてる子だって子供じゃないか。あんたのこと慕ってるような感じじゃないか」

 いや、エルは子供じゃないというか…………まあ、こんがらがると面倒だから黙っておこう。

 それにしてもルインズの人間は俺を見ても驚かないやつが多いな。

 ラプトの人間が閉鎖主義なだけか?

「なんだい、興味でもあるのかい?」

「あ、いや…………出産とか見たの初めてだから」

「若い大抵の人間は見たことないだろうさ。あんただって見た目じゃ分からないけど若いだろうに」

「よくファングが若いって分かりますね。私でも最初は分からなかったのに」

 痛みを和らげる魔法を使っていたシオンは術式をかけ終えると話に混ざる。

 たしかに分かるわけないよな。

 ただの毛むくじゃらの生き物の年齢なんて歩き方とか声とかでも判断つかないだろうし、シオンはどうやって見分けたんだろうな。

「分かるさ。やる気に満ちて目標があるって顔をしてるだろ?」

「良かったねファング。他にも理解してくれる人がいて」

「なんか恥ずかしいんだけど。俺そんな顔してるのか?」

「少なくとも何もやることのない人よりも活力に満ちた顔をしてるのは間違いないよ?」

「お前ら雑談してるけど確認はしなくていいのか? もう少ししたら休ませなきゃいけないから話せるのは今のうちだぞ?」

 エレクの言うとおりだ。

 ルインズに来たのは旅を楽しむためでも出産の手伝いをするためでもない。

 違和感の正体を確かめる。ただ、それだけのためだ。

 ちょうどエルも戻ってきたことだし、と俺はすぐ気持ちを切り替えて真剣な話をする空気を作った。

「いくつか、確認してもいいか?」

「なんだい? 遠慮しなくていいよ」

「旦那はいるのか?」

 唐突に言うと勘違いされる可能性があったが真剣な面持ちを分かってもらえるなら話は通じる。

 いま家にいるかではない。

 共に生活することを誓った男が存在し、その男と行為をした上で産まれた子供なのか、それを確認することがルインズの違和感を解決する手立てになる。

 もしもいるのならば普通の出産。

 つまり、他に例がなければただの噂であり子供が死者の出た次の日というのもデマだったと言い張れる。

 しかし、逆にいなかった場合は可能性が分岐してしまう。

 今はいないが過去に居たならばその男との間に残された子供だと考えるのが筋だが初めからいなければ別問題。複数の男と交遊関係を持った結果かもしれないし、それがなければ調べることを続けることが確定する。

 身に覚えのないうちに子供が宿っていたなんて笑えないからな。

「いないよ。昔っから我が強いって言われて男から嫌煙されてたし一人もいないよ、そんな男は」

「じゃあ子供は?」

「…………やっぱり、これはおかしいことなんだね」

 自覚はあった、ということだろうか。

「いつの間にか子供が宿ってるのもおかしな話だし、お腹が膨れるのが出産の前日に急に、だよ。他の国から来た人間から聞いてもみんなおかしいって言って…………やっぱり、おかしなはなしだ」

 そうか、ルインズの他の女から聞いて知ってたが産んでしまった命は無視できない。

 おかしいと考えて子供を否定したくなかったんだ。

 その気持ちはたぶん誰も同じもので、変えようのない事実。

「つまり昨日、急に赤ちゃんができて今日、産まれたってことですか?」

「そういうことだ。経験が無かったから困ったし、エレクに手伝いをできるあんたらを呼んできてもらった理由もそれさ。急すぎて誰も呼べやしない」

「これがあんたらが知りたがってた話だ」

「当初の想像通り過ぎて逆に怖いな」

 これを解決するなら根本的な話が他人に新しい生命を育むことを任せている役割を持つ人間を探すことだ。

 事情を聴き、害のある考えでなければ放置でいい。

 ただ有害だったり、あの男の協力者になりうると判断したら決断は急がなければいけなくなる。

「これで俺たちに関係あることは決まりだな」

「探すの?」

「当たり前だ。エルみたいに理不尽な目にあってるなら助けるし、悪いやつなら分かるだろ?」

「ん? じゃあ一旦宿に戻るのか?」

「他に話すのによさそうな場所はあるか?」

 エレクは案内するために女にしばらくは休んでいるように伝えてから家を出る。

 どこに向かうつもりなんだろう、と感じつつも俺たちはエレクの後に続くのだった。


 ──エレクの道具屋。

「おいおい、いいのかこんな場所に入って……」

「気にするな。入ってこれるのは俺と親父だけだしな」

 そう言って案内されたのは道具屋の奥で普通に民家の居間をイメージしてもらうと分かりやすい。

 俺たちが朝食──実際には手伝いをしていたら昼を回っていた──を食べてないと知って食べながら話をしようということになったのだ。

 とはいえ三人も上がり込むのはまずいと思う。

 なんせ昨日初めて会ったような旅人を入れたらエレクの親父さんが多少なりとも機嫌を損ねるのは間違いないし、それに伴ってエレクからの協力が得にくくなるかもしれないんだ。

「エレク君、ありがとね」

「簡単なもので悪いな。俺も親父も料理はまったくなんだ」

「俺も同じだ。作れないことはないがシオンには劣る」

「ま、作れなくても死にはしないさ」

 冗談混じりに話を始めて最初に俺たちがラプトで体験したことを話した。

 俺やエルのような人間以外の存在が何人か作られていたこと。

 シオンのように歴史の長い魔女にも俺らと同じく役割が与えられて特別な力を持っていたこと。

 それから、役割を作ったと思われる男の出現。

 どれもルインズでは馴染みのない話のはずだがエレクは理解しているように話を聞いていたのですんなりと説明は終わり、今度はエレクが説明する番になった。

 ルインズでは突然、女性が子供を身籠り出産していること。

 それは確実に死者がいた次の日に起きていたこと。

 最後に、自分の母親が死んで次の日に別の家で産まれた子供の顔が母親の幼少期の肖像画そっくりだということ。

「ならルインズで誰かが死ぬと誰かしら身籠ってない女の胎内に宿り、次の日には産まれてるってことか?」

「他の人間も同じだった。俺の記憶には残ってる顔が何人か産まれてる。向こうは覚えてないらしい」

「ルインズの人数を減らさないための《不朽》の役割だと思ってたけど別なのか」

 国の人工が一人減った。じゃあ誰かに産んでもらえばプラスでもマイナスでもない状態が維持できる、というのが俺の予想していた範囲だ。

 しかし、実際はもっと複雑。

 固有名詞を持つ人間が死んで、次の日に誰かが子供を身籠って出産すると顔立ちなどが似てる以前にまったく同じに産まれてきてしまう。

 もちろん親が違うから名前も違うし、産まれてきた子には記憶が残っていない。

 数を減らさないための役割じゃない。

 そうなると一体どんな役割を与えられた存在で、どんな力をもって可能にしているのか想像がつかない。

 完全に俺が行き詰まっていると俺の足の間に挟まって遊んでいたエルがふと、答えのようなものを口にした。

「同じ顔で記憶ない…………生まれ変わり?」

「エル?」

「次の人生に記憶は持っていけない。何かの本で読んだ。だから、生まれ変わり?」

「それだ…………エル、それだよ!」

 命を亡くしたあと、別の人生を歩み直す。

 それは輪廻転生とも呼ばれ、周期は差異があれど必ずどこかで起きてる事象だ。

 俗にはそのまま《転生》なんて呼ばれる。

 記憶が残るか消えるかは本人の意思や記憶に対する思いが強ければ残ることもある。

「役割は《転生》で、ルインズに生きる人間を生まれ変わらせてる。あえて進化や退化をさせずに同じ人間に生まれ変わらせてるのは役割を与えられた存在の脆さが故だ」

「変わらないで欲しいってこと?」

「そういうことだ。相手が覚えてなくても自分は覚えてるから同じ人に接してると思える。要するに自分が知ってる人間に死んでほしくないっていう強い意思と、忘れてしまうことを恐れた脆弱性のある人間だ」

 何より大きいのが変化を求めていないことだ。

 そこまで恐れているとすれば神様だの何だのになりたいという者のやり口ではないし、どちらかといえば目の前で両親が死んでしまったような幼い子供の考えだ。

 これで少しは選択肢を絞れてきたように思える。

「確かにルインズに限定されてることも説明がつく。その予想でいいかもな」

「だろ?」

「それで役割と大体の人物像が浮かんできたわけだけど助けるの?」

 シオン、お前なら俺の性格は理解してるよな。

 もちろん助けるに決まってるさ。

「進化も退化もしなければいずれは発生するであろう自然の変化に耐えきれず滅ぶ。そうなる前に変わらなきゃいけないと理解させてやらないとな」

「ちなみに忘れてると思うけどルインズに来る前に襲ってきた動物たちは? やっぱり別なの?」

「……………………」

 すっかり忘れていた。

 本当に俺の予想通りの役割ならわざわざ動物を操ったりする必要はないし、それを考えられるほど知能指数の高い人間ではないはずだ。

 なら、別にいるのか?

「ご主人」

 遊ぶのにあきたのか大人しく足に挟まれたままのエルが真剣な眼差しで俺を見上げている。

 出してほしいって意味か?

「生まれ変わるのは本人。役割の人、器を作ってるだけ」

 あ、違った。真面目に聞いてたのか。

「どういう意味だ?」

「死んだ人の魂は彷徨(さまよ)うもの。新しい人生を送るための器、作られたら入る。要するに赤ちゃん」

「要するに死んだ人間の魂は以後に産まれた赤子の身体に入るって言いたいんじゃないか?」

 エレクが補足するとエルは彼の方を見て小さく頷いた。

「そうか《転生》の役割の人間は魂が入るための器を作ってるだけなんだな?」

「うん。そしたら獣でも作れば器だから自然と命が宿る。ただ魂が入ったあと操れるのが大前提」

 いや、それで合ってるはずだ。

 器は《転生》の役割を持つ者が作っているのだから魂が入った時に命じることくらいできるはずだ。

 エルの想像力というか、少ない情報から的確な回答を見いだす能力には恐れ入った。

「お前のおかげで何とか見つかりそうだ。ありがとな」

 相変わらずの状態だが頭を撫でてやる。

「ぐるぐるぐる…………」

「その子、随分と懐いてるけどご主人とか呼んでるし奴隷なのか?」

「奴隷じゃない、ペットだ」

「ペ、ペット?」

「そう、ペットだ。命に関わるようなこと命令は絶対順守。だけど奴隷みたいに人権が無いんじゃなくて大切が故だ」

 へえ、と若干引き気味に返事をされて内心腹が立つ。

 大切にしてるのに何が文句あるんだよ。奴隷を扱ってる人間の方がよっぽどひどい扱いをしてると思うけどな。

 まあ、理解できないならどうでもいいか。

「よし、今日は力の内容と人物像を想像できたことだしエルは遊びに行ってきていいぞ。シオンは悪いがノルンを警戒していてほしい。悪い奴じゃないとしても命令があれば従わざるをえないのがノルンだ」

「了解だよ。可能なら全力で阻止すればいいんだね?」

 時間的には猶予があるし、何より二人にも少しくらい息抜きをさせてやらなければ俺に元気をくれる二人が暗くなってしまう。

 シオンだって警戒とはいえ魔法で追跡できるから楽しむ時間は作れるだろう。

 問題になりそうなのは大人しくしたがってくれるかどうか、か。

「お前のことも絶対に役割から解放してやるからな……」


   ──第五章へ続く。

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