登校中でのスリリング
待ちわびた朝は、日の光と新鮮な空気を持って窓から入ってきた。
待ちわびたという割には呆気なくきた明日の朝はとても居心地の良いものだ。俺は椅子から立ち上がり、窓から朝日を見る。
現在の時刻はと…
「8時……は、8時!?」
個人学生寮の部屋で大きな声を出すのは厳禁とよく言われるが、8時の学生寮に学生など一人もおらず…いや、自分や自分と同じく寝坊をした学生はいるだろうが…。
とにかく部屋を出て、学校に向かわなければいけない。
夏特有のじっとりとした汗の染み込んだシャツやパンツを素早く洗濯機に放り込んでおいて、散らかった部屋の中から学生用カバンと制服を取り出して、自分は冷たい水の吹き出すシャワーで体を洗う。最低限、頭と体だけ洗ってシャワー室から飛び出し、制服を着ていく。最後に靴下を履くときに、机の上においてあったスマホが大きな音を出して震えた。
「早く起きろー!!!」
いまいち聞き慣れない自分の声のアラームが鳴り出した。スマホをカバンに突っ込んで、ボサボサな髪の毛を少し気にしながら部屋を出た。
真ん中に穴のあいた形の学生寮なので真ん中の中庭に自分の部屋のある18階から飛び降りた。
体全体で風を感じて、中庭に落ちたときには水に濡れたところも乾いて、でこが派手に見える髪形を寮の玄関に向かって走りながら直す。なかなか直らない髪形にモヤモヤしながら自転車置き場に向かう。そうすると、自分と同じく遅刻しそうな人影が後ろから迫ってきた。
「まてー!先に行かせるかぁー!」
と、親友の弥生が俺の肩を掴んで体重をかけてきた。
「うるせー!急ぐぞ!」
三階の自転車をとって急いでペダルを回し、エンジンをつけた。真っ赤に色を塗った俺の自転車はエンジンから火を吹かして、空を飛んでいく。
「今日は実習で工業工場に行くらしいからもっととばすよぉー!」
弥生はエンジンのギアを上げてスピードを上げる。俺も続いてエンジンのギアを上げて危なくない程度にビルとビルの間を通り抜けていく。
一つ上のレーンでは渋滞した自動車たちの群れが天井を作り出していていつも見ていて飽きない。対して、自転車のレーンは俺たちしか走っておらずとても心地が良かった。ネオンのライトを点けて、遅刻しそうなことを忘れて「一発暴れようぜ!」と弥生に合図を送る。「いいねぇ!」と返事を返した弥生は早速ネオンのライトを点けて、薄く暗い自転車でできた天井をすれすれまで近づけて走り抜けていく。
「Foooo! how to life !? how to life !? 」
俺たちは決まり文句を叫びながら、ギリギリでチープなスリルを楽しんでいく。そうして走り抜けていくと、学校の目の前の巨大な交差点に近づけてきた。自転車のレーンにも人がちらほらと見え始めたところで、スリルから一旦離れてネオンのライトも消した。
悲しいことに学校は生徒の遊びという遊びに眼を光らせる仕事を持っているため、流石に学校の目の前では遊ぶことはできない、学校内ではあくまでも模範的な生徒にならないといけないからだ。弥生も流石に自転車のレーンに戻ってきた。
「楽しかったぜぇ!」とハンドサインを送ってきた弥生に俺は「それな!」とハンドルから手を離して大きく丸を出した。
「「間に合えぇぇぇええ!!」」
校門が閉まるまであと十秒。狭い校門は自転車の通れるスペースなどなく、ギリギリで横にした状態ならば通れるくらいしかない。横幅はあるのにたて幅の極端にない校門は俺たち同様に遅刻しそうな生徒が詰まって、いかにも危険だ。
校門が閉まるまであと五秒。
「「いっけぇえええええ!!!!」」
勢いをつけて俺はハンドルを手前に引き、倒れるように車体を横にした。
あと三秒。
空いているスペースにめがけて車体を滑りこませる。
あと二秒。
車体の上側が門に少し引っ掛かって塗装が剥がれた。
一秒…
髪の毛が門に当たっている、本物のスリルを感じている!風が冷や汗を宙に飛ばして、ヒヤヒヤなんてものじゃない!俺には今、ギアがかかっている!
「ガチャン!!」
一秒も経たない内に門が閉じた。
俺と弥生は無事に門を通ることができ、0,1秒の差で遅刻となった生徒たちはここからは見えないがきっと悔しがっているだろう。俺たちは全く同じタイミングで拳を掲げ、
「「やったぜぇ!」」
何気無い一日の学校生活が始まる。
そして実習にまた遅刻しそうな俺たちはエンジンを吹かして実習ビルの八階へ直行した。