「正しい英語」って何だろう? -A variety of English- 【その1】
世界には国境を越えて複数の国や地域で使われる言語が存在します。
具体的にはヨーロッパとアフリカやカナダ東部を中心としたフランス語圏、イベリア半島と中南米を中心に広がるスペイン語圏・ポルトガル語圏、中東を中心としたアラビア語圏、ヨーロッパ中部に広がるドイツ語圏などです。
その中でも英語は特に広範な国と地域で使われる言語であり、事実上の世界公用語としての役割を果たしていますが、国や地域によって、その中身は大きく異なります。
代表的な国別の英語を列挙してみましょう。
アメリカ英語 (NAmE)
イギリス英語 (BrE)
カナダ英語 (CaE)
オーストラリア英語 (AuE)
ニュージーランド英語 (NZE)
アイルランド英語 (Hiberno-English)
インド英語 (Indian English)
ジャマイカ英語 (Jamaican English)
フィリピン英語 (Philippine English)
シンガポール英語 (Singlish)
これ以外にもまだまだあります。
更にイギリス英語の中でもイングランドの英語とスコットランド英語は異なりますし、同じイングランドでも社会階層によって使う英語が異なります。
オードリー・ヘップバーンが主演し、1964年に公開された映画「My Fair Lady」は、ロンドンを舞台に上流階級と労働者階級が使う英語の違いをテーマにした作品として非常に有名です。
オードリー・ヘップバーンが演じる主人公イライザは、コックニー(Cockney)と呼ばれる、ロンドンの下町言葉を話す女性なのですが、これ以上は話が脱線してしまうので、ご興味のある方は是非映画をご覧下さい。
英語の勉強にもなりますが、映画史に残る傑作ですので、お勧めです。
アメリカ英語の場合、社会階層による言葉の違いは比較的少ないのですが、その代わり人種による言葉の違いが存在します。
またニューヨークの英語、ボストン英語、テキサス英語、ハワイ英語といった地域による違いは、イギリス同様に存在します。
ではそれぞれの英語の「違い」とは、具体的にはどのようなものなのでしょうか?
まず最大の違いは発音です。
どの位違うかと言うと、まず基本中の基本であるアルファベットの発音が違います。
アルファベットの「Z」の発音は、学校で絶対に習いますので覚えている方も多いでしょう。
アメリカ英語では「Z」を「ズィー」と発音しますが、この発音は世界的に見ると少数派です。
イギリスやカナダなど、アメリカ以外の英語圏では「ゼッド」と発音するのが普通です。
ちなみにフランス語でも「ゼッド」と発音しますが、これがドイツ語になると「ツェット」になります。
オーストラリア英語やニュージーランド英語では、アルファベットの「H」を「ヘイチ」と発音する場合が多いです。
ただ何と言ってもオーストラリア英語とニュージーランド英語の発音の最大の特徴は「A」を「アイ」と発音する事です。
だから「Sunday」は「サンダイ」ですし「today」は「トゥダイ」になります。
「name」なら「ナイム」ですね。
アルファベットの「A」が含まれる単語は非常に数が多いため、こと発音という面においてはアメリカ英語とオーストラリア・ニュージーランド英語は相当異なります。
違うのは発音だけではありません。
スペルが違う場合も数多く存在します。
ここからは分かりやすい様にアメリカ英語とイギリス英語の違いで解説します。
アメリカ英語とイギリス英語のスペルの違いについては、幾つかの代表的な法則が存在します。
①語尾の「er」と「re」
アメリカ英語では「er」で終わる名詞が、イギリス英語では「re」で終わるというものです。
例えばアメリカ英語で「中央」を意味する「center」は、イギリス英語では「centre」というスペルになります。
同じように「映画館」であれば「theater」と「theatre」です。
②語尾または語中の「or」と「our」
アメリカ英語では「or」というスペルが、イギリス英語では「our」になるというものです。
例えばアメリカ英語の「color」はイギリス英語では「colour」というスペルになります。
③語尾の「ze」と「se」
アメリカ英語では「ze」で終わる動詞が、イギリス英語では「se」で終わるというものです。
例えばアメリカ英語で「分析する」を意味する「analyze」は、イギリス英語では「analyse」というスペルになります。
これらは法則性があるため、覚えやすいですね。
このようにスペルは異なるものの、法則性がある場合と、全く異なる単語になる場合があります。
全く異なる単語になる例としては「地下鉄」があります。
アメリカ英語では「subway」を使うのが一般的ですが、イギリス英語では「underground」を使うのが一般的です。
さらにイギリス英語の場合、ロンドン市内の地下鉄については「the Tube」という言い方をします。
そして同じ意味を持つ複数の単語が存在する場合、良く使われる単語が異なるというパターンもあります。
例えば「海」を意味する単語としてアメリカ英語では「ocean」が、イギリス英語では「sea」が使われる事が多いのですが、アメリカ英語で「sea」を使わないわけではないですし、イギリス英語に「ocean」が存在しないわけではありません。
ちなみにもはや日本語と言っても良いくらいに定着している「taxi」はイギリス英語で、アメリカでは一般的に「cab」を使います。
逆に「soccer」はアメリカ英語で、イギリスでは「football」を使います。
ややこしいのが、同じスペルの単語なのに、国や地域によって意味が異なる単語がある事です。
例えばアメリカ英語で「first floor」というのは「一階」を意味しますが、イギリス英語では「二階」という意味になります。
イギリス英語では「一階」の事を「ground floor」と言います。
つまりイギリスのホテルに泊まった時に「Your room is on the first floor.」と言われたら、あなたの部屋は二階にあります。
ややこしいですね。
もっとややこしい例として「billion」があります。
アメリカ英語では「10億」という意味の単語ですが、イギリス英語では「1兆」という意味になります。
もしこの意味を取り違えたら、ビジネスや政治交渉においては致命傷になりかねません。
もっとも「billion」については、最近では英国でも「10億」という意味で使われる場合が多くなってきているようです。
日本人としては、英国人は「billion」と言われた時に、それが「10億」を指しているのか「1兆」を指しているのか、どうやって判断しているのだろうかと余計な心配をしてしまいますが、彼らは特に不自由を感じていないようです。
実のところ今回のテーマは非常に大きなテーマであり、本気で解説を始めたら本一冊でも足りないような内容ではあります。
本作は楽しみながら英語の教養を身につけてもらうのが目的であるため、このあたりにしたいと思いますが、興味を持たれた方はさらに調べてみると発見が多いと思います。
また今回は文法の違いについて、全く触れる事が出来なかったため、次回以降に続編を考えています。
日本の英語教育はアメリカ英語を基準に教えているため、日本人はアメリカ英語が世界のスタンダードであるかのようなイメージを持ちがちですが、これは半分は正しく、半分は誤解です。
確かに英語圏の中で人口的に多数派を占めているのはアメリカ英語であり、フィリピン英語のようなアメリカ英語の系譜を引いている物もありますが、世界の英語の大部分はイギリス英語を源流にしています。
英語発祥の地はイギリスですので、考えてみれば当然の話です。
日本が外国語教育の国家方針としてアメリカ英語を選択したのは正しかったと思いますが、あまりにもアメリカ英語一辺倒になりすぎているきらいもあります。
しかし日本国内にいる限り、それが当たり前であり、自分たちがアメリカ英語一辺倒になっている事すら気が付かないでしょう。
今回のコラムをお読み頂く事で、世界には多種多様な英語が存在し、アメリカ英語だけが全てではないのだという事を知って頂くきっかけになれば幸いです。