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第九話 伝説語り

 今から千年ほど前、当時の人々は魔法を扱えずにいたが、それでもなお、多数の国が興り、偉大な指導者たちに導かれて繁栄を極めていた。


 人々はこの繁栄が永遠に続くと信じて疑わなかった。 むしろ、さらなる繁栄が約束されていると盲信していた。


 そんな中、ある事件が起こった。


 自分たちが信じる神こそが至高の存在だと唱える一団が、竜の子供を虐殺してまわったのだ。これに竜に神性を見出していた人々は猛反発する。


 しかし、そのことは当の竜たちにとってはどうでもよいことだった。子供を虐殺された竜たちは怒り狂った。


 人と竜はそれまではお互いに干渉せずに生きてきた。大空を舞う姿を時折見かけることはあっても、人里で竜を見かけることは稀だった。竜は人里に近づくことはなかった。人の方でも畏怖し敬いはしても、敢えて竜たちに近付こうとするものはいなかった。


 その不干渉の関係が、この事件を契機に崩れ去った。竜たちは街や村を襲った。そこに慈悲はなく、人とみると女子供問わず殺し、焼き払った。


 抵抗する人々も現れたが、成長して強大な魔力を有した竜に傷一つ付けることもできずに死んでいった。村が焼かれ、街が破壊され、国が滅んだ。


 竜たちの怒りはとどまることを知らず、一つ、また一つと国が失われていく。もはや人が絶滅するのは時間の問題だった。


 そのような状況の中、現在エスペランスと呼ばれる地に、白銀に煌く身体を持つ一頭の竜が現れた。当時エスペランスの地を収めていた王ロイックは死を覚悟した。


 そのとき、竜の背から一人の男が降り立った。男は言った。竜に対抗する手段を持ってきたと。男がもたらしたのは魔法だった。聞けば共に来た白銀の竜と編み出したと言う。


 それから人々は魔法を習得し、竜に対抗するようになった。今まで一方的に殺されるだけだった人が、竜の攻撃を耐え凌ぐようになり、魔法で竜に傷を負わせるようになった。いつしか魔法をもたらした男はその知識を讃えられ大賢者と呼ばれ、白銀の竜は人の守護神として崇められ神竜と呼ばれるようになった。


 王家の始祖ロイックは習得した魔法と、剣術を組み合わせた新たな技を生み出し、その技で竜殺しを成し遂げる者も現れるようになっていった。


 戦況は好転し、数で圧倒的に勝る人が竜を追い詰めるようになっていた。しかし、それも魔法を得てなお、多数の戦死者を出した上でかろうじて成し遂げられたものだった。


 勢いに乗った者たちの中には、戦死者の数に目を背け、竜の殲滅を叫ぶ者も出てきた。だが、大賢者、神竜、王ロイックは、このまま戦争を続ければ竜にも人にも未来が無いことに気づいていた。


 大賢者は言った、今なら竜は和平に応じるかもしれないと。以前であれば一方的に人を殺すことができたが、今では竜も殺される危険を犯して戦わざるを得ない。今の状況なら和平に応じるかもしれないと。


 神竜が人側の使者を務め、人側の代表として大賢者と王ロイックが、竜側の代表として竜の長たちがエスペランスの地に集い、和平会談が執り行われることとなった。多数の人々と多くの竜がこの地に集まった。


 しかし長い戦いの年月の間に、恋人を、父を、母を、息子を、娘を、兄を、姉を、弟を、妹を、師を、友を殺された悲しみ、恨み、憎しみは、お互いそう簡単に消えることはない。


 会談は失敗に終わり、争いが再開された。竜の攻撃と人の魔法で大地は裂け、沈み、エスペランスの地が巨大な大地の穴となるほどの激しい戦いになった。


 もはや人も竜も滅ぶしか無いのか。


 大賢者と神竜は絶望の表情を浮かべていたが、やがて決意を固めた表情で王に言った。今から彼らが編み出した究極の魔法を発動させるが、未完成ゆえ成功するかは分からないと。王ロイックは答えた。こうなった以上もはやどうしようもない。好きにするが良いと。


 その言葉を聞くと、大賢者は神竜に跨がり空高く飛び立っていった。やがて彼らは見えなくなっていった。


 戦いは続いており各地で轟音が響く。王ロイックも自ら剣を取り、迫り来る竜たちと対峙する。


 それから幾ばくの時が経ったか。


 気づいたときには王の親衛隊は全滅しており、周りには多数の竜の死体、人の死体が山を築いていた。昼間はあれほど聞こえた轟音も今はもう聞こえなくなっていた。日は既に沈みかけている。


 王は思った。静かだ。聞こえるのは王の息遣いと足音だけだった。何故これほどまでに静かなのだろうか。自分以外の人も、竜も死に絶えてしまったのだろうか。絶望に押し潰されそうになりながらも王は当てなく生者を求めて歩いた。


 やがて日が完全に落ち、辺りは漆黒の闇に包まれた。ふと目の前に、僅かな月明りを反射して白く光るものに気づいた。


 一頭の真っ白な竜が横たわっていた。微動だにしない様子なので、初め死んでいるものと思った。しかし竜の頭の方に目を向けると、その瞳はまだ生きていることを物語っていた。


 竜は夜空を見ていた。

 身動き一つせず空をじっと見ていた。


 王もその視線につられて空を見上げた。


 そして、大賢者と神竜が何を成したのかを理解した。そこにあったのは希望だった。人と竜の希望だった。大賢者が神竜に跨り、星降る夜空を駆けまわっているのが見える。


 辺りを見回すと、王と同じように夜空を見上げている人々、竜たちが見える。その場にいた皆が理解していた。争いは終わったと。大賢者は究極魔法を成功させ、竜と人の長きに渡る争いを終結させた。


 その後、王ロイックは生き残った人々の推戴を受けて、我らが住まうネウストリア王国を建国、その初代国王となった。


 大賢者と神竜は、エスペランスの地に和平の証として天高くそびえる塔を建てた。塔は後世、大賢者の塔と呼ばれることとなる。


 そして大賢者と神竜は旅に出て、その後の行方は知れない。


 王の吟遊詩人だった初代リュデルはこの町に移り住み、この伝説を語り継いで余生を過ごした。




 こうして今お話した伝説は現代まで語り継がれているわけです、と吟遊詩人は締めくくった。拍手喝采が沸き起こった。吟遊詩人が紹介されたときよりも大きく、鳴り止むまでしばらくかかった。


 今まで断片的には聞いたことがある内容だったが、一連を通して聞くのは初めてだった。アランが聞いたことがあるのは、大賢者が竜と人の争いを沈めたということと、王家の始祖ロイックに関してだけだった。今聞いた伝説ではどうやら大賢者は人と竜の希望に繋がる魔法を使用したらしい。


 どんな魔法だったのだろう? 伝説語りを聞いて考えにふけっていたアランは、リュセットがこちらを覗き込んでいるのに気づいた。


「アランさん、どうかなさいました?」


「え、あっ、いや、素晴らしい見世物でしたね。

 思わずぼっとしてしまいました」


 リュセットが再び目を輝かせる。


「音楽、魔法の演出と混ざり合って、素晴らしい語りでした!」


「こういうのはあまり好きじゃない俺でも楽しめたな」


「私は最後の究極魔法が気になった。

 ちょっと不明瞭だったけど、

 一体どんな魔法を使ったのかしら?

 もう少しはっきりと伝えられていれば良かったのに。

 気になる……」


 右手で顎を押さえて、ミュリエルは考え込み始めた。


 見世物が終わり、劇場を後にする人々で出口はごった返している。しばらくは出られそうにない。


「そういや、ミュリエルさんは町の牢屋に向かわなくて良いのか?

 盗賊たちにあの竜の子供をどこからさらってきたのか聞くつもりなんだろ?」


 考えにふけっていたミュリエルは顔を上げて、ぼんやりとした表情で答えた。


「あ、ええ。実は午前中に行ってきたの。

 リュセット様たちと別れて、

 しばらくしたら体調良くなったから、その時にね」


「それでどうでしたの?」


「盗賊たちは既に牢にはいませんでした。

 どうやら昨晩のうちに、外部の手引きで脱獄したようです。

 おそらく他にも仲間がいたのでしょう」


 これには皆驚いた。


「なんでそれを早く言わなかったんだ?」


「伝説語りの前に悪い情報を伝えて、

 リュセット様のお気持ちに水を差すのは良くないと思ったからよ」


 ミュリエルは淡々と答えた。


「それは困りました。ルージュの親御さんの情報が必要ですのに」


「リュセット様。こうなってしまった以上、

 学園に戻って教授たちに助けを求めるのが良いかと。

 学園なら竜の生態に詳しい者もいるでしょう」


「そうね……

 確か、アランさんたちは明日リュデルを出発される予定でしたよね」


「はい、明日リュデルを発って、

 明後日の奇跡の日には魔法学園シオンに到着予定です」


「でしたら、わたくしたちも魔法学園までご一緒させてくださいませんか?」


 アランとラウルは顔を見合わせた。


「俺たちは別に構わないが、予定は大丈夫なのですか?」


「本来は明日まで滞在予定ですが、

 明日は特に用事はないのです。

 学園に戻るとなると、

 ルージュの親探しもそれだけ遅れることになります。

 出発するのはできるだけ早いほうが良いでしょう」


「そうだな。竜の子供は早めに親元に返すのがいい。

 となると、皆で学園に行くってことで決まりだな」


「ありがとうございます。

 竜の子供にお詳しいアランさんがいてくださるのは心強いです」


 リュセットは灰色の瞳でアランの方を見る。


「なるほど。それが俺たちに同行する理由か」


 ラウルは納得して笑った。多分ラウルも、リュセットにクリスと通じるものを感じているのだろう。リュセットの提案を聞いて、訝しげな顔をしていたミュリエルも合点がいったようだ。


 話している間に、劇場からはだいぶ人が吐き出されており、アランたちも出口へと向かった。


 貴族のパーティに参加する必要があるとのことで、リュセットたちとはホテルの前で別れることになった。


「では、アランさん、ラウルさん、また明日の朝に」


 ホテルの前には、背が高く顔立ちの整った貴族風の青年が立っており、アランとラウルを気に入らなさそうに見ていた。リュセットはその青年のもとに向かい、青年はリュセットを丁重に出迎える。二人が親しげに話すのを見て、アランは胸がチクリと痛むのを感じだ。


 なんだろう。この感情は。


「ほら、行くぞ、アラン」


 ラウルに急かされて、アランはホテルを後にした。

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