第七話 晩餐会
その晩はリュセットの好意で、彼女たちが滞在するホテルで食事を一緒に取ることになった。
貴族御用達のホテルらしく、石造りのきれいな建物で、いたるところにこの町に伝わる伝説をテーマにしたらしい芸術品が飾られていた。
貴族の娘とその侍女の魔法剣士に、田舎者の青年二人の組み合わせはやはり珍しいらしく、人目を引いていた。
「御二方には今日はお世話になりました。ささやかなお礼にはなりますが、
今宵はたくさん召し上がってください。
では、アランさんが無事入学試験を合格できることを願って、
乾杯いたしましょう」
「乾杯!」
アランは少し気恥ずかしさを感じながらも、リンゴ酒で乾杯をする。
魔法学園で入学試験を受けるために旅をしていることは、リュデルに来る道中に彼女たちに話をしていた。
リュセットも学園の生徒で、今回は祭りを見るためにリュデルまで足を運んだとのことだった。
「リュセットさんたちは、この町に来る途中だったのに、
何故あんな道を外れたところにいたのですか?」
アランは運ばれてきた前菜を堪能しながら質問した。
このホテルの料理は日によって決まっているらしく、コース料理になっているようだ。
まず、テリーヌ・ド・カンパーニュという料理が前菜としてでてきた。肉を成形してつくった料理で、食べると肉らしさが残っている部分と肉のクリームのようになっている部分に分かれていて、食べ答えがあり噛むたびに濃厚な味わいが口いっぱいに広がる。
リュセットとミュリエルは顔を見合わせた。言うべきかどうか多少迷っているようだったが、リュセットは答えた。
「実はわたくし、竜の子供が近くにいるとそれとなく分かるのです。
それでもう少しでリュデルというところで、竜の子供の気配に気づき、
あの脇道を進んでいったら、彼らに出くわしました。
箱の中身を詰問すると、中身を見透かされたことに動揺して白状しまして」
「そしたら逆に開き直って、幼竜を高く買取るという好事家がいるから、
売りつけるためにさらってきたのだと、べらべら喋り始めたわけ。
そして私が魔法を使えないことをいいことに、私たちを崖側に追い込んだ。
そんなときにあなた達が現れたってわけよ」
幼竜の存在を感じ取れる力、そんな話は、アランは今まで聞いたことがなかった。不思議な力もあるものだ。
「子竜をさらうって……子供の危険の際には、
親竜が暴れまわるってことを知らなかったのか」
ラウルが信じられないという顔をしている。それも当然だ。幼い子供が親から聞かされて育つ定番の話の一つだ。だから竜の子供に手を出そうという人間は普通いない。
アランと初めて出会う人は、大抵、最初はシロの存在に戸惑うが、やがて納得し安心した様子で接してくる。というのは竜は時折、自身の子を人に託すことがある。何故か理由は分からない。ただ、千年前からそういうことがあるそうだ。
シロがアランになついている様子を見て、そういう竜の子供を託された人間の一人と理解されるわけだ。アランの記憶にはなかったが、、アルマンによると、シロはシロの母親からアランに託されたものだらしい。
「そんなことはないでしょうけど、
そうせざるを得ない事情があったのかもしれないわね」
ミュリエルは考え込んだ。
町一つを簡単に滅ぼすことができる竜を怒らせる理由か。アランには見当もつかない。
「竜の子供の気配を感じられるってことは、
シロが来ることも気付いていたのですか?」
アランはふと気になったことを質問した。
「いえ、分かると言ってもぼんやりとした感覚なのです。
この子がいたこともあって、シロちゃんが近づいていたのは分かりませんでした。
それに成長した竜が近くにいても存在を感知することはできないようです」
テーブルの下で肉を食べているシロと赤い幼竜に視線を落としながら、
リュセットは答えた。
毎日シロを見ているアランには分からなかったが、一般的には、竜の子供を見ることはめったに無い。
実際、アランもシロ以外の幼竜を見たのは今日が初めてだった。
リュセットも二匹同時にいる状況は初めてなのだろう。
「それで、この子どうされるのですか?
親竜からさらわれた幼竜を連れ回すのは良くはないと思いますが」
そう言って、アランは給仕が運んできた白パンを口いっぱいに頬張る。
「ふふっ、アランさん、本当に美味しそうに召し上がりますね」
楽しさそうに微笑みながらリュセットがアランを見る。自分の顔が赤くなったのをアランは感じた。
「親竜もさぞ心配していることでしょうし、
この子が回復したらできるだけ早く親元に返してあげようかと思います。
それまではわたくしが責任を持って面倒をみます。
ひとまず名前が無いのは不便ですから……そうね、ルージュとかはどうかしら?」
赤い幼竜は自分のことを話していることが分かったらしく、ぴーと鳴いた。
「うん、うん。あなたは今日からルージュね。
わたくしはリュセット。よろしくね」
優しく撫でながらリュセットはルージュと会話している。
この子はクリスと良い友達になれそうだとアランは思った。幼竜を見る目とか、撫で方や可愛がり方にクリスと通ずるものが感じられた。
次に 野菜のスープが運ばれてきた。薄味だが素材の味がしっかりでている。
「となると、どこから連れて来たのか盗賊たちに問いただすしかなさそうね。
今頃町の牢屋に入れられているでしょうから、
明日私が行って聞いてみます、リュセット様」
町に着いた際、ミュリエルは盗賊たちのことを町の衛兵に通報していた。彼らは今頃牢屋の中にいるだろう。
「そうね。お願いします、ミュリエル。
ところで、あなた方は明日どうされるのですか?」
「俺達は祭りの出店をまわるのと、親父が言っていた、
この町の催しってやつを見てみるつもりだ」
「伝説語りのことですね。午後過ぎに円形劇場で行われるらしいです。
そうだ! 折角ですから明日はご一緒しませんか?
わたくしたちもお店を見てまわってから、午後に劇場に向かう予定ですので」
「おう、俺は問題ないぞ。アランもいいよな?」
肉のステーキを食べながら首を縦に振った。
「決まりですね! では明日の朝、このホテルの前で待ち合わせいたしましょう」
リュセットは心なしか嬉しそうだった。ミュリエルは何故か少し不服そうな表情を浮かべている。
それから竜の子供に関する話題に移った。竜の子供が好きな食べものや、世話の仕方など、今後リュセットがルージュと名付けた幼竜を世話するにあたって必要になりそうな知識をおもに話すことになった。
シロといつ出会ったかに関しても尋ねられたが、幼い頃だったから覚えていないと正直に答えた。
リュセットはその答えを意外そうな顔で聞いていた。
そうこう話しているうちに時間も経ち、最後に出されたデザートとお茶をいただいて、その夜はお開きとなった。素晴らしい夜だった。
祭りの期間ということもあって、アランとラウルは空いている部屋を求めて何件も宿屋を巡ることになったが、幸い、なんとか空いている部屋を町の中央から外れた宿屋で見つけることができた。
長旅を経てリュデルに着いた安心感と、リュセットたちと出会った出来事もあって疲れていたのか、ベッドに入るとすぐに眠りに落ちた。
またあの夢を見た。ただ、今回はいつもと様子が違った。
相変わらず目の前には幼い女の子がいた。灰色の瞳でアランを見つめている。
場所は石造りの建物の中庭だ。日の光が中庭全体に差し込んで、女の子の亜麻色の髪が輝いている。
アランは声をかけてみようとしたが、やはり声は出なかった。
「あなたは今日からわたしの子分よ」
そう言って、満面の笑みを浮かべた女の子が、小さな手を差し出してきた。
今回の夢では女の子の顔がはっきり見えた。女の子が何を言ったかも分かった。
そして今回も黒騎士は夢に出てこなかった。何かが変わってきているとアランはぼんやり思った。