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第六話 亜麻色の髪の少女

 ペルージュを後にして、アルマンに言われたとおり南西方面に向かう街道を進む。


 ペルージュを過ぎたあと道中に街はなく、遠くに村を見かけるぐらいだった。

 昼間は歩けるだけ歩いて、夜は街道宿に泊まる。そんな日々を過ごして十日経った。


 いつしか景色は様変わりし、竜の地と呼ばれる大山脈が眼前に高くそびえ立ち、青と白の山肌を晒していた。空気は澄んでおり、空は透き通るように青く、雲も高い。旅は順調に進んでいた。


 今朝、街道宿の主人から聞いた話によると、今日中には伝説を語り継ぐ町リュデルに着きそうだ。リュデルの祭りは、明日の和睦の日から、伝説の五日間を通して開かれる。


 やがて日は傾き始め、夕日色に染まったリュデルの街の外壁が見えてきた。十一日間ぶっ通しで歩き続け、やっとここまで辿り着いた。 もう安心だとアランの気持ちが緩んだ時だった。


 シロが突然甲高い鳴き声を上げて、カバンの中から飛び出す。そしてそのまま駆け出した。


 ラウルが驚いて声をあげた。


「おい、シロどうした! どこに行くんだよ!」


 アランたちは急いでシロを追いかけた。


 シロはリュデルに続く道を通り過ぎ、魔法学園に至る街道の方へとどんどん走っていく。


 途中、急に街道から外れて、狭い脇道に入って行った。


「シロ、一体どうしたっていうんだ! 待てって!」


 呼びかけてみたが聞こえていないようだ。今までずっと一緒に暮らしてきたが、こんなことは一度もなかった。


 シロを追っていると、やがて道が開けて、周りは崖に囲まれた広場のような行き止まりに辿り着いた。


 シロは急にそこで止まって、前の方を向いて威嚇しながら唸っている。


「ハア、ハア、やっと止まってくれた。まったく世話をかけ……」


「おやおや、俺達は今日はかつてないぐらいついているみたいだなあ。

 上物の女二人に、竜のガキまでもう一匹手に入るとはなあ」


 突然言葉を遮られてアランはビクッとする。


 ん? 誰だ? 声をした方を見ると、いかにもといつた悪人顔をした男が、似たような仲間三人と共にこちらを向いている。破けた服から垣間見える鍛え上げられた筋肉が、この集団がそれなりの手練れだということを示していた。


 ふとアルマンが言っていたことを思い出す。

 ――最近、リュデル付近の街道で盗賊が出るという噂を聞いた。盗賊たちの中には元兵士も混ざっているそうだ――


 つまり兵士崩れの盗賊というのは奴らのことのようだ。その盗賊たちと、広場の小さな崖に挟まれ形で、身なりの良い服を来た少女二人が立ち尽くしていた。


 盗賊が言った上物の女は彼女たちのことだった。


 盗賊たちは自分たちの幸運に酔いしれてお互いに馬鹿笑いしていた。

 そんな中、アランは奴らの足元に、黒く塗られた木箱が置いてあるのに気づいた。


「おい、クソガキ共!そこの竜のガキ置いて、とっととここから失せろ」


 盗賊の一人が薄ら笑いを浮かべながら命令してくる。


「その方のおっしゃる通りです。

 怪我をされないうちに、その子を連れてここから立ち去りなさい。

 わたくしたちは大丈夫ですから」


 美しい透明感のある声が、アランたちにそう忠告した。


 シロ連れて行って良いのだったら、おっしゃる通りではないのではとアランは一瞬思ったが何も言わなかった。


「ちっ、おい! さっさと行け!俺たちは忙しいんだ!」


 別の盗賊が苛立って声を上げる。この場に留まっていたら、こちらへ向かってくるのは確実だ。


「リュセット様、ここは助けを求めた方がよろしいかと。

 手持ちにも、付近にも水が無い以上、残念ながら、

 今の私ではあの盗賊たちにすら敵いません……」


 もう一人の黒髪の少女が、逃げるよう忠告した少女に進言しているのが聞こえた。


「ですが、ミュリエル、無関係の方々をわたくしたちの問題に巻き込むわけにはいきません」


「では、水だけ提供してもらうのはどうでしょう?」


「そのぐらいでしたら……」


 少女二人が相談している間に、ラウルは既に剣を抜いていた。


「女の子二人を見殺しにしたとなりゃあ、親父に合わせる顔がねえ」


「このガキ、せっかく逃してやろうっていうのに死にたいらしいなあ」


 最初の盗賊がラウルに反応して剣に手をかける。仲間たちもそれぞれナイフや、剣を取り出した。アランたちは盗賊たちとお互いに睨み合う。


 アランの心臓が小鐘を打ち始める。


 こうなった以上、戦闘はさけられないだろう。

 ラウルの言う通り見捨てるのは選択肢にない。

 だが、本当に戦うのか? 人間相手に? 殺し合いをするのか? 


 今まで人間相手に真剣で戦ったことはない。幼い頃から父さんにみっちり鍛えられただけに、そう簡単に負ける気はしないが、殺してしまう可能性はある。躊躇しながらも、魔法剣ジョワユーズに手を伸ばそうとしたとき……


「そこの二人! 水を持っていたら私に投げてくれない?」


 ミュリエルと呼ばれた少女が僕たちに声をかけ、重々しい緊張を砕いた。


 盗賊たちは何事かと叫んだ少女の方を振り向く。


 アランは何故この状況で水が必要なんだと思ったが、流石はラウル。考えるよりも前に行動に移していた。ラウルが投げた水筒は放物線を描き、水を求めた少女のもとに飛んでいく。


 少女は水筒を華麗に掴み取って、その勢いのまま一回転し、その一瞬で蓋を開け、再びこちらを向いた際に、水筒の中の水を盗賊団に向けてぶちまける。


 彼女の左手にはいつの間にか剣が握られていた。


貫く(ロー・)水流!(トランスペルサン!)


 空中に放たれた水が無数の大きな針のようなものを形づくり、目にも止まらない速さで盗賊たちの方へと襲いかかる。


 次の瞬間、盗賊たちが持っていた剣、ナイフの刃は粉々に砕けていた。


「な、一体何が!」


 盗賊の一人が動揺して声をあげる。


拘束する水流!(ロー・アンシェノン!)


 水でできた針が再び形を変えて、今度は縄のようになり、盗賊たちを縛り上げた。口には薄い水の膜で猿ぐつわまでかけてある。


「成敗完了!こっちにたまたま水が無かったからって、調子乗ってくれちゃって」


 一瞬の出来事で、あまりにも見事な手際だった。彼女が手にしているのは魔法剣だろう。つまり彼女は魔法剣士だ。


「そこのお兄さん、お水ありがとう!」


 ラウルに向かって少女が声をかける。


 ラウルも目の前の出来事にあっけに取られていたみたいだが、声をかけられハッとしたようだった。美人にお礼を言われたのが嬉しかったのか、頬が赤くなっている。


 盗賊たちをずっと威嚇していたシロだったが、安全になったことが分かったとたん、魔法剣士ではない、もう一人の少女の方に駆け出して行った。


「あら、あなた。小さい体でわたくしたちを助けてくれようとしたのですね。ありがとう」


 シロはかがんだ少女に抱きしめられて、頭を撫でられていた。


 羨ましい。い、いや、珍しい。シロが家族以外の人間になつくなんて。


 アランとラウルも少女たちの方に向かう。


 途中、水の縄をほどこうとして、ふがふがしている盗賊たちを通り過ぎる際に、一人と目が合ってしまったが、すぐに目をそらした。


「御二方、今回は危ない状況を救っていただき、ありがとうございました」


 シロを抱きかかえて立ち上がった少女は、アランたちに礼を言った。


「いや、俺達は何もしていないというか。

 そちらの魔法剣士のお姉さん一人で十分だったようですし」


 ラウルが答えた。たしかにラウルの言うとおりだった。


「そんなことないよ。すごく助かった。

 ああ見えて、私達大ピンチだったよ」


「えっ、あれだけ強いのに!」


「うーん、実は私、水系統の魔法しか上手く扱えなくてね。

 で、もうすぐリュデルに着くってところだったから手持ちの水は使い果たしちゃって」


「呪文を唱えれば、水ぐらいパッと生み出せるものじゃないんですか」


 ラウルが質問する。魔法に詳しくない人間の質問だ。


「あなた、魔法に詳しくないのね。

 魔法だからって何でもできるわけじゃないの。

 水を操ることはできるけど、

 水そのものを生み出すことはできない。

 水を操るにも、ある程度まとまった量がないと無理ね」


 ラウルはどうやら父親の魔法に関する講義を全然聞いてなかったようだ。


 ミュリエルから魔法について説明を受けている。今回は真面目に聞くようだ。あれだけすごいものを見せられれば無理もないとアランは思った。


 だが、アランはもう一人の少女の方が気になった。何故かシロに懐かれる少女。


 彼女は視線に気づき、まだ名前を言っていないことを思い出したようだった。


「わたくしの名はリュセット……です。

 彼女は私の侍女のミュリエル。お見知りおきを」


 名前を言われたミュリエルが反応して挨拶をする。

 ミュリエルの方がリュセットよりも年齢的にお姉さんのようだ。


「僕はアラン・デュヴァルと申します。

 こちらは兄のラウル・デュヴァルです」


「あなた達、あまり似てないのね」


「よく言われます。妹もいるのですが、やっぱり似てないですね」


 笑いながら答えた。この対応には慣れていた。


「そして今リュセットさんが抱っこしているのが、シロです」


「シロ?」


 何か思い出しそうな、不思議そうな表情をして彼女はシロの名前を反復した。


 あ、いつもみたいに笑われるかな。神性な竜の子供につける名前じゃないって。


 アランはそう思ったが杞憂だった。


「そうだったわ、あの子を助けてあげないと」


 彼女は何かを思い出したようだ。シロを脇において、盗賊たちの方に近づいたが、盗賊たちには目もくれず、近くにあった黒い木箱に駆け寄っていった。


 アランたちも彼女に続く。


 木箱には鉄の鍵かかけられていて、簡単には開けられないようだった。


「ミュリエル、お願い」


「承知いたしました、リュセット様」


 そう言ってミュリエルは先程と同じ水の針をつくり、鍵を壊した。木箱から出てきたのは、なんと竜の子供だった。


 大きさはシロと同じくらいだが、赤い体をしている。見た様子では多少弱っているようだ。


「元気がなさそうです……どうしましょう……」


 リュセットは幼竜を抱きかかえて、あたふたし始めた。


「みせてください」


「え、ええ」


 リュセットから竜の子供を受け取って座り、膝に置いて様子を見る。

 伊達に子供の頃からずっと竜の子供と過ごしてきたわけではない。


 元気がない理由はすぐ判明した。


「どうやら栄養失調のようです」


 昔、シロと喧嘩した時、アランから食べ物を数日受け取らず、シロがこういう状態になったことがあった。


「ラウル、母さんからもらった干し肉まだちょっとだけ残ってたろ。わけてくれないか」


「ほらよっと」


 ラウルから干し肉を受け取ると、幼竜の口元に持っていった。幼竜はかすかに目を開くと、干し肉に噛み付いた。


「ほら、やっぱりそうだ」


 その様子を見て嬉しくなって顔をあげると、同じく顔を上げたリュセットと目が合った。


 灰色の澄んだ瞳。白い肌に整った鼻筋。

 頬は紅色に染められていて、唇はうっすらと赤い。

 肩まで伸びる亜麻色の豊かな髪は小さな顔を縁取っている。


 アランは何か強い感覚に囚われそうになった。これは、一体……


「コホン!」


 ミュリエルが軽く咳払いをしたことで、アランは我を取り戻した。


 リュセットも座って幼竜を覗き込んでいたようで、だから顔を上げたときお互い目が合ったようだ。リュセットは不思議そうな顔をしてアランを見ている。


 シロはいつの間にか隣にいて、赤い幼竜と意思疎通をとっている。どうやら励ましているらしい。


「リュセット様が助けたかった竜の子供も無事だったことですし、

 リュデルに向かいましょうか。

 早くしないと夜になって門がしまってしまいますよ」


 色々あってアランは旅の目的を一時忘れていた。


「こいつら、どうする?」


 ラウルが剣の鞘で盗賊たちを指しながら言った。


「リュデルに着いたら、回収するように衛兵に伝えましょう。

 私がここから離れると水魔法の効力がなくなるから実物の縄で縛っておこないと。よろしくね、ラウルさん」


 縄を渡されたラウルは仕事に取り掛かった。ミュリエルは軽くて丈夫な縄を常に持ち歩いているらしい。水を染み込ませて、魔法で武器として使えるから便利とのことだ。


 赤い幼竜は多少元気を取り戻したらしく、立ち上がれるようになった。


 盗賊たちを縛った後、アランたちは街道に戻りリュデルへ向かった。幼竜はリュセットが抱きかかえていた。リュデルに着いたのは月が昇る頃だった。

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