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第五話 旅立ちの日

 旅立ちの朝。


 家の前に家族全員が揃っていた。


 アランは、背中に魔法剣ジョワユーズを掛け、昨日まとめた手荷物と肩にかけている。腰のベルトにかけた水筒には、今朝ラウルが組んできた水をいっぱいに詰めてある。


 アルマンはラウルに往復の旅費を、アランには片道分の旅費と魔法学園で生活するための資金と受験票を渡した。


「アラン、お前の旅費には、学園で生活必需品を買う分も含まれている。

 無駄遣いするんじゃないぞ。金貨三枚ぐらい残しておけば、

 ひとまずは大丈夫だろう。足りない分は向こうで働いて稼げるだろう」


「お兄ちゃん、これ……」


 クリスはアランに手作りのお守りを渡した。シロの形を模したお守りだ。


「クリス、ありがとう。大切にするよ」


「おい、クリス、俺には無いのか?」


 ラウルがせがむように言う。


「ラウル兄は、一ヶ月もしたら返ってくるからいらないでしょ」


 クリスはラウルには手厳しい。ラウルは言い返せないようだった。


 アランはお金と受験票、クリスのお守りを上着の内ポケットに大事にしまい込んだ。


 クリスは先程からシロをギュッと抱きしめている。

 離れるのが相当寂しいのだろう。無理もない。

 アランよりもシロをかわいがっているからだ。


「シロ、しばらくの間会えなくなるから寂しいね。

 お兄ちゃんに迷惑かけちゃダメだよ」


 クリスからシロを受け取って、右肩かけている大きめの革製のカバンの中に入れる。村内ではともかく、遠出する際にはシロを走らせっぱなしにするわけにもいかないので、このカバンの出番になる。もちろん、このカバンを作ったのはクリスだ。


 母さんは干し肉やパンなど、保存が効く食料をいくらか用意して持たせてくれた。


「アラン、忘れ物はないわね。

 お金と受験表は大切だから、無くさないようにね。

 ラウル、アランをお願いね」


「ああ、母さん。俺が責任を持って、アランを魔法学園まで送り届けるよ」


 アルマンが改めて魔法学園までの道をおさらいする。


「先日教えたとおり、まず街まで行くんだ。

 そして、南西方面に向かう街道に沿って進む。

 道なりに行けば、伝説を語り継ぐ町リュデルに着く。

 そこまで行けばもう心配はないだろう。

 リュデルから魔法学園まで続く街道があるからな。

 もし道に迷ったら、大賢者の塔を背に、

 南東にある竜の大山脈方面に向かうと覚えておけ。

 いずれ魔法学園シオンに至る街道にでるだろう」


「大丈夫、ちゃんと覚えているよ、父さん。

 じゃあ、みんな行ってくる」


「おう、精一杯頑張ってこい」


「無茶しすぎて身体壊さないようにね」


「お兄ちゃん、魔法のお勉強頑張ってね。

 あとお手紙もいっぱいちょうだいね」


 家族皆に見送られて、彼らは村を出た。

 アランは寂しいような嬉しいような複雑な気分を抱いていた。


 今までずっとこのデュヴァル村で暮らしてきて、ほとんど家を開けたことはなかったのだから。


 そして少なくとも一年は帰ってこられないということは分かっていた。

 アルマンも、アルフォンシーヌも、クリスも、アランたちが見えなくなるまで手を振って見送っていた。




「お母さん、泣いてるの?」


 クリスはびっくりして尋ねた。

 母親が泣くのを見るのは、数年前に祖父が亡くなったとき以来だったからだ。


「アルマン、私は、私達は……」


「よく我慢したな、アルフォンシーヌ。

 ああ、俺達はあの子を立派に育てられたさ」


 アルマンは妻を抱きしめながら、そう言った。


「アランが旅立つことは、あの時から分かっていた。

 とはいえ、いざその時が来ると寂しいものだな」


 アラン達が去った道を見つめながら、哀愁漂う声でアルマンは呟いた。


 気をきかせたクリスは、二人に気付かれないようにそっと家の中に戻って、家事に取りかかるのだった。




 まず、アラン達はここら一帯で一番大きな街ペルージュに向かう。

 定期的に市が開かれていて、近隣の村の人々は、食材や道具などを買いにこの街に集まる。アランとラウルも、父親の手伝いで何度も足を運んだことがある。


 今でこそ道が整備されて一日で辿り着けるが、昔は三日もかかったそうだ。

 それに街は今ほど大きくなくて、魔術師もいなかったらしい。 アルマンが来るまでアランの村が魔法と無縁だったのもしょうが無いことだ。


「お前もついに家を出ることになるんだな」


 ラウルがつぶやく。


「魔法も使えるようにならないと、ラウルには敵いそうにないからね。」


「確かにそうだな。仮に魔法があったとしても負けるつもりはないけどな」


 軽口を叩きながら渓谷を下っていく。


 渓谷は夏の香りを漂わせ、見渡す限り緑が生い茂っており、時折赤やピンク、黄色の花の色が混じっている。空は青く高く、ところどころに浮かぶ真っ白な雲が空の色を際立たせている。


 遠くに見える山々も青い山肌と万年雪で、稜線がなければ空に溶け込んでしまいそうだ。遥か彼方に見える大賢者の塔ですら、青みがかっているようだ。


 そんな美しい景色を眺めながら数時間進んだ。やがて渓谷を下りきったところで、中継地点が見えてきた。


 見晴らしが良く、小川が流れていて、目印の木もあり休憩場としては最適の場所だ。日は高く昇っていた。


「よし、昼飯にするか」


 木陰に入って座り、アルフォンシーヌから渡された干し肉とパンを手荷物から取り出して口にする。


 程よく運動した後だったからか、質素な食事がアランにはとても美味しく感じられた。景色を楽しんで気分が良かったのもあるかもしれない。シロはパンを食べないので干し肉だけ渡す。


「ペルージュについたらしばらく見て回ってから、

 いつもの炭火亭で夕飯にしようぜ」


 炭火亭というのは、ペルージュで有名な居酒屋で、鶏の炭火焼きを名物として提供している。アルマンが好きな店で、この街に来ると大抵ここでご飯になる。 そんなわけで、店の親父さんとは懇意な仲だ。


「うん、分かった。親父さんにも挨拶しないとなあ」


 そこでしばらく休憩を取った。シロは休憩時間中ずっと、あたりを走り回っていた。ずっとカバンの中にいるのは窮屈なのだろう。


 出発前に水も忘れずに補給しておいた。




 ペルージュは石造りの門、石造りの家々、石畳の道で構成される石の街だ。着いた時には既に石は橙色に染まった後だった。


 まずは、アルマンと一緒に訪れる際にいつも利用している宿で部屋を取る。荷物は部屋に置いて、シロをカバンから出してあげて外に出た。


 いつも市が開かれている時に来ていたので、この時間でも見るものがあると思っていたが、市が開かれていない今回は人通りが少なかった。


 僕たちは街を見るのを諦めて、炭火亭に足を向けた。


「これは、これは旦那の息子さん方!」


 店に入ると恰幅の良い親父がアランたちに挨拶をしてきた。まだ日が沈んだばかりだったので、客は少なかった。


「おや、今日は旦那さんはいらっしゃらないんですかい?」


 アルマンがいないことを不思議に思ったようで、店の親父が問いかけてくる。


「今日はアランを魔法学園まで送る途中で寄ったんだ。

 親父が学園に問い合わせて、アランは入学試験を受けることになったってわけだ」


「なんと! それは、それは素晴らしい!」


 感無量といった様子で店の親父はアランの方を見る。少し涙で目が潤んでいるようにも見えた。


「アランさん、おめでとうございます。

 お父上のような立派な魔法剣士になってください」


「はい、父に負けないような魔法剣士になる気持ちで頑張るつもりです」


 親父はうんうんと頷いている。


「めでたいことですから、今日はわしのおごりとさせていただきます。

 たらふく召し上がって英気を養ってくだせえ」


 店の親父の厚意で、アランたちは焼き立ての鶏の炭火焼きを心ゆくまで堪能した。シロは鶏の丸焼きを貰って、とても満足しているように見える。


 親父には何度もお礼を言って店を出た。


「いや~、やっぱりここの飯は上手いな。満足、満足!」


 彼らは満ち足りた気分で宿に戻った。そして明日も早いのですぐ休むことにした。

次話で遂にヒロインが登場です。

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