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第四話 妹クリスと兄ラウル

 翌日はいつもどおりの一日だった。


 朝の稽古をして、父親の手伝いをして。

 唯一違ったのは、クリスが目を合わせようともせず、話しかけても無視されることぐらいだった。


 クリスはツンツンしてほっぺたを膨らましている。取り付く島もないようだ。

 シロは相変わらずクリスにされるがままである。昨晩もクリスと一緒に寝たようだ。

 逃げられなかったらしく、ちょっと疲れた表情をしていた。


 そして出発日の前日。朝からクリスの様子が不自然だった。

 明らかにアランに話したそうするのだが、子供らしいプライドが邪魔するようでアランに話しかけられないようだ。それが分かるだけにアランにとっては微笑ましい光景だった。


 家畜の世話が終わり、部屋で出発の準備をしていると、アランはドアがノックされる音が聞いた。

 やっと決心がついたのか、シロをぬいぐるみのように抱きかかえて、クリスがアランの部屋に入ってくる。


「お、お兄ちゃん、シロ、返してあげる」


 そう言って、アランの方にシロ突き出した。

 シロは状況など気にしている様子はなく、大きな目でアランを見ている。


「お兄ちゃん、ずっといなくなるわけじゃないんだよね。帰ってくるんだよね」


 心配そうにクリスがアランを見上げながら、緑色の瞳で訴えかける。


「ああ、もちろん。父さんよりすごい魔法剣士になって帰ってくるよ」


「シロも一緒に帰ってくるよね」


「ああ、約束するよ」


「うん、分かった……

 お兄ちゃんとシロが帰って来るの待ってる」


 普段は歳の割に大人びているけど、こういうところはやはりクリスもまだ子供だ。


「僕がいない間、父さんと母さんをしっかり手伝うんだぞ。

 ラウルの世話もよろしくな」


「うん!」


 クリスに突き出されたままで、アランにも受け取ってもらえず、ずっと放置されていたシロは、不服そうにきゅーと鳴いて手足をバタバタさせ始めた。


 それを見たアランとクリスは可笑しくて、お互い顔を見合わせて吹き出した。




 午後は、畑の仕事を手伝った。

 村では既に僕が旅立つことは知れ渡っていて、畑に行くときも、道すがら出会った人からは頑張ってねと応援の言葉を掛けられた。


 明日この村を発つことを思うと、畑の仕事ですら、何か感慨深いものをアランは感じた。


 畑の仕事を終わらせて帰る際、夕日に染まった村を見下ろす。

 生まれ育った村、これまで何年も過ごしてきた村だ。

 今のアランの心境では、遠くに見える大賢者の塔、山々、川、さんざん見慣れた村の家々、そして自分の家でさえ、違う風景に見えた。


 家の前には、畑仕事を先に終わらせて帰っていたラウルが、自身の木刀と、アランの木刀を持って待ち構えていた。父アルマンもラウルの側に立っている。


「アラン、勝負だ!」


 ラウルは真剣な声で言った。


「え、急にどうしたんだ、ラウル。

 父さんも黙って見てないでラウルを……」


「親父には審判を頼んである」


 ラウルがアランの言葉をさえぎった。

 兄の言っている意味がアランには分からなかった。

 父親が何故ラウルの提案を承諾したのかも分からなかった。


 急に勝負だなんて。毎日剣の稽古を一緒にしているじゃないか。

 畑仕事の後で疲れていたのもあってアランは乗り気ではなかった。


「アラン、ラウルからの申し出を受けてやれ」


父親にまでそう言われたからには、アランに断ることはできない。


「父さん、ラウル……分かったよ」


 ラウルはその言葉を聞くと、アランの木刀を放り投げてきた。

 木刀を受け取ってラウルに向き合う。


 騒がしかったのか、母親とクリスも外に出てきた。


「アルマン、これは一体どうしたの?」


「男の子同士の真剣勝負ってやつだ。大丈夫、俺に任せておけ」


 母アルフォンシーヌとクリスは心配そうにアランとラウルの方をみる。


「クリス、ここにいると危ないから、シロを見てやってくれないか」


「うん、分かった」


 クリスは駆け寄って来て、アランの足元にいたシロを抱きかかえて、母親の元に戻っていく。


「お前たち準備は良いな?」


 アランとラウルはお互い頷いた。


「よし、それでは始め!」


 家族全員が見守る中、アルマンの深みのある声が周囲に響き渡った。


 開始の合図が告げられるや否や、ラウルは一気に距離を詰めてくる。


「――ッ!」


 とっさに両手で木刀を持ってラウルの一撃をギリギリのところで受け止めた。

 背筋が寒くなった。もし今の一撃を受け切れていなかったら大怪我をしていただろう。


 ラウルは本気だ――そうアランは悟った。


 本人も本気度を伝えるための一撃だったようで、追撃はしてこなかった。アランは軽く距離を取って、次の攻撃に備える。


 ラウルもアランが本気になったことを見て取り、ニヤリと笑うと再び素早く攻撃をしてくる。ラウルの攻撃は正確無比で、かわしている余裕はなく木刀で受け止めるのが精一杯だった。


 このままではまずいと思ったアランはラウルの一撃の利用し、その勢いを自身の木刀にのせて手首を回転させ、横一閃の反撃にでる。


 木刀はラウルの顔の前で、虚しく空を切った。

 ラウルは並外れた反射神経で後ろに飛んでアランの反撃を見切ったのだ。


 そしてアランの反撃は、ラウルの攻撃を利用してこともあり勢いがつき過ぎていた。


 大きなスキができる。


 しまった!とアランが思ったときにはもう遅かった。


 このスキをラウルが見逃すはずもない。


 地面に着地した右足をバネにして突撃し、木刀を右上から振りかざしてくる。


 アランはスキを作った勢いのまま、左足を軸に回転し同時に木刀を背中まで振り切って、ラウルに背中を向けた状態で、木刀でアランの渾身の一撃を受け止めた。


 バキッという大きな音がしたのが聞こえた。


 アランは衝撃で膝をついていた。


「そこまで!」


 開始のときと同じく、アルマンの声が響き渡る。


 アランの正面に回り込んでラウルが手を差し伸ばしてきた。


「流石だ、アラン。まさかあんな方法で受けられるとは思ってもいなかったぜ」


 ラウルは非常に満足した様子の表情だった。


「急に勝負を挑んできて何なんだよ、一体」


 差し出された手をつかみ、立ち上がりながらアランは文句を言う。

 アランの木刀は刀身の中央で折れていた。


「お前が出ていく前に、一度真剣勝負をしてみたかったんだ。

 次いつできるか分からないし、お前が魔法剣士になったら、

 勝負にならないかもしれないからな」


 アランは合点がいった。ラウルとアランはお互いをライバルに小さい頃から剣術に励んできた。


 アランが家を出る前に、一度はっきりさせておきたかったのだ。ラウルの言う通り、学園に入るとなると次いつ家に帰って来られるかは分からないし、魔法剣士対剣士では勝負が見えているようなものだ。


「お前たち、よく成長したな。俺は嬉しいぞ」


 アルマンが二人の前に来て、うんうんと首を振りながら息子たちを褒めた。 感激のあまりに泣きそうな様子にさえ見える。


 アルフォンシーヌとクリスは固唾をのみながら、勝負を見守っていたが、無事終わったことを確認すると、夕食の支度のため家に戻っていった。


 明日出発ということで、アルフォンシーヌとクリスは腕によりをかけて、豪華な夕食を用意した。


 オリーブオイルで味付けしたサラダ、レンズマメのスープ、熟成させたソーセージ、ローストチキン、白パン、ヤギのチーズ、取れたてのラズベリーに赤ワイン。


 最高の夕食だった。家族皆、料理を楽しみながら、いっぱい話をした。思い出話やこれからの学園生活のことなど、たくさん。


 しばらく母親とクリスの料理が食べられなくなると思うと、アランは少し悲しい気持ちになった。

 もちろん、自身の選択を後悔しているわけではない。


 今、家族の大切さを実感できるのも、母親と妹の料理を有り難いと思えるのも、この家を出るという選択をした結果だからだ。今までの毎日を過ごすのだったら、決して気付くことはなかっただろう。


 夕食後、アルマンに書斎まで来るように言われた。


 ドアをノックすると、しばらくして部屋から父親の声が返ってきた。


「入りなさい」


 書斎に入ると、アルマンは椅子に腰掛けていた。くつろぎながら、アランが来るまで思い出にふけっていたようだ。


 机の上にあるものを懐かしそうに、寂しそうに見つめていた。


 長い棒状のものが、年月を経て汚れているが、大事に保管されていたと分かる布にくるまれている。


「これは?」


 好奇心を抑えきれず、説明されるよりも前にアランは尋ねた。


「これはお前が持つべきものだ。

 お前がここを出る時になったら渡そうと、今まで父さんが預かっていた」


 そう言って立ち上がり、アルマンは布を解いていく。

 中には、柄に白い大きな宝石と、豪華な装飾があしらわれた立派な剣が、鞘に収められた状態で保存されていた。


「この剣の名はジョワユーズ。

 喜びを意味する名を持った魔法剣だ」


「ジョワユーズ……」


 アランはその名を噛みしめるように反復する。


「手に取って見ろ」


 柄に手をかけて持ち上げてみる。

 軽くもなく重くもなく、ちょうど良いと思える重さだ。


 鞘に手をかけて刀身をあらわにする。刃の付け根の部分に記号か何かがあしらわれている。ランプの明かりを反射して傷一つ無い刃が煌く。


 これが相当価値のあるものだということは、目利きではないアランにも明らかだった。


「父さん、こんなものをどこで……」


「昔、父さんがまだ魔法剣士だった頃にちょっとな。

 細かい話は、お前が魔法学園を卒業したときにでも話してやろう」


 アルマンは何かまだ伝えていないことがあるようだったが、聞いても答えてはくれなさそうだった。

 つまりちゃんと試験に合格して、勉強して、卒業するしかないということだ。


「わかった。卒業したそのときに」


「ああ、その剣はお前にとって、とても大切なものだから、

 決して、失くしたり売ったりするんじゃないぞ」


その言葉には力がこもっていた。アルマンの目は真剣だった。


アランは静かに頷いた。

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