第三十五話 ウジェーヌとの再戦
相変わらずアランにはシルヴィ以外の友達はできなかったが、学園生活にだいぶ慣れてきたこともあり、それからの日々は飛ぶように過ぎた。
剣術の稽古にシルヴィとの魔法の勉強、剣術の講師と充実した毎日だった。時折、リュセットやミュリエルとの会食があり、ややもすれば単調になりがちな毎日に刺激を添えた。
春に移ったかと思ったらもう初夏の香りを感じるようになっていた。学年末試験、そして魔法剣術科の武術大会の季節が近づいていた。
武術大会にアランはチャンスをかけていた。ウジェーヌをぶちのめすチャンスを。
二人の関係はいつものごとくで、顔を合わせる度にウジェーヌはアランを侮辱してきた。だからこそ、アランはこの大会で優勝してウジェーヌを黙らせる魂胆だった。
「今の僕でウジェーヌに勝てると思う?」
放課後の魔法の特訓中、アランはここ数日、自問自答していた考えを思い切ってシルヴィにぶつけてみた。
「正直難しいとは思う。
アランの魔法はあいつの魔法には到底及ばないから。
ただ、アランは剣の腕前では勝っているから、
魔法を剣の補助に使えば少しぐらいだったら勝機はあるかも」
シルヴィの率直かつ客観的な評価を聞いてアランは肩を落とした。
「アランが本格的に魔法を学び始めてから九ヶ月。
それで学園トップの生徒であるウジェーヌに勝てたら苦労はないよ」
衆目の事実を述べて、シルヴィはアランを慰めた。
確かにその通りだ。ウジェーヌが人並み外れた努力をしているのは知っている。おそらく昔からずっと努力してきたのだろう。その彼をアランがあっさり倒してしまったら、世の中理不尽過ぎるだろう。
アランはウジェーヌのことを一旦頭から追い出して、魔法の練習に意識を集中させた。
学年末試験は、しっかり勉強をしていたこともあって、『中級魔法』を除いて何の問題もなく合格だった。『中級魔法』は実技だったのだが、アランに使える呪文の種類が少なく、かろうじてデュボワ先生が合格を出してくれたという結果だ。
シルヴィに魔法の練習を手伝ってもらわなかったら、確実に落ちて留年していただろう。アランは改めてシルヴィに感謝した。
学年末試験が終わり収穫月の十の日になった。魔法剣術科の武術大会の開催日だ。この武術大会は学年度を締めくくる学園の一大イベントで、城下町からだけでなく、他の街からも貴族たちがわざわざ観戦に足を運ぶほどの規模だった。
大会自体はエントリー方式勝ち抜き戦で、午後から中庭で行われる。アランは数日前に登録を済ませてあった。アランが参加することを伝えると、リュセットもミュリエルも応援すると約束してくれた。
一回戦の開始時刻が近づくにつれて、心地よい緊張感が全身を満たしてくるのをアランは感じていた。ウジェーヌに勝つのは難しいだろうが、一糸でも報いてやろうとの気概だった。
「第一回戦!
ジャン=クロード・ド・オートヴィル!
アラン・デュヴァル!」
自分の名前が呼ばれた。
「アラン、頑張ってね」
前に出る際にシルヴィが応援の言葉をかけてくれる。相手は同学年の貴族出身の生徒だ。
審判は魔法剣術の教師ジノ・ゴーティエ先生で、二人の生徒から魔法剣を預かると、ケガ防止の魔法をかける。この魔法がかけられた剣は切れ味が著しく落ち、仮に人に接触した場合は、鈍器で打たれたような攻撃になるそうだ。また魔法の攻撃による損傷も最小限に抑えてくれる。学生の大会で流血沙汰を起こすわけにもいかない魔法学園の措置だった。
「両者構えて――、始め!」
ゴーティエ先生が試合開始を合図する。と同時にアランは一気に距離を詰めて、相手の懐に飛び込むと、一撃を加えた。ゴーティエ先生の魔法の効果を信じなかったわけでは無いが、斬りつけるのは躊躇されたので剣の腹で打ち付けた形だ。
相手の生徒は守りを固める事すらできなかった。アランの一撃をもろに喰らうと、軽く吹き飛ばされて、尻もちを着いた。何が起こったのか分からない表情をしている。
すぐに救護の魔術師が駆けつけて手当を開始した。ゴーティエ先生はしばらく呆然として救護の様子を見ていたが、はっとすると一回戦の試合の結果を発表する。
「第一回戦! 勝者、アラン・デュヴァル!」
観客たちも何が起こったのか分からずにいたが、審判の結果発表で事態を飲み込んだ。あまりにも呆気なく、魔法剣士の試合なのに魔法が使われなかったこともあって、一部の観客は野次り始めた。
「魔法すら使わず圧勝だったね、アラン」
戻ってきたアランにシルヴィが呆れて言う。
「うん。正直あまりにも手応えなさすぎて、
勝ったって実感がわかない……」
二回戦は二年生同士の試合だった。一人は風魔法、もう一人は水魔法をベースに戦っていたが、数回の攻防の後、風魔法の生徒が勝利した。
試合は進んでいき、五回戦目はウジェーヌの試合だった。相手は魔術師よりの魔法剣士だったが、ウジェーヌはアランとの決闘の時にみせた炎の剣を用いて、あっさり勝負を決めた。
再びアランの試合の番になり、またしてもアランは魔法を使わずに勝負を決め、観客からブーイングを受けた。ウジェーヌも順調に勝ち上がっていく。
そして準々決勝第一試合。アランは二回勝利したことで準々決勝までのぼっていた。一年生でこの成績は異例の快挙だった。しかも剣術のみで。一部の観客からは、ただの剣士が大会に参加していると抗議の声が上がったほどだ。
だが、準々決勝ともなると、アランも魔法を使わざるを得なかった。相手は土魔法が得意な生徒で、巧みに土魔法で守りを固めてくるため、剣ではとてもではないが攻撃が届かない。
「風の刃!」
アランが剣を振ると風の刃が巻き起こり、相手が魔法で作った土の壁を破壊して、その勢いをとどまらせることなく対戦相手に直撃する。多少苦戦はしたが、アランは準々決勝を勝ち抜いた。
準々決勝第二試合、ウジェーヌは特に苦労を見せることもなく、対戦相手を圧倒して試合を終わらせていた。
この時点で観客は気付いていた。ウジェーヌとアランと呼ばれる生徒が飛び抜けた実力を有していることに。
「準決勝第一試合!
ウジェーヌ・ド・サフィール!
アラン・デュヴァル!」
ついにこの時が来た。アランとウジェーヌの試合だ。
「いよいよだね、アラン。悔いのないように全力を尽くして」
「うん。あいつの鼻をへし折ってやるよ」
シルヴィに軽口を叩いてアランは前にでる。
「平民の分際でここまで勝ち上がってくるとは、
君も多少はやるようだな。だがそれもここまでだ。
その助長し腐りきった性根を私が正してくれる」
相変わらずムカつく野郎だ。アランはウジェーヌをにらむ。挑発に乗る気はなかった。言葉ではなく剣で黙らせるつもりだったからだ。
「両者構えて――、始め!」
ゴーティエ先生が試合開始を宣言する。しかし二人ともにらみあったままで動かない。魔法が得意なウジェーヌに闇雲に突っ込むのは危険だとアランは身をもって知っていた。
ウジェーヌの方はというと、アランの並外れた剣術の腕前を正しく認識しているので、用意に接近戦に持ち込むわけにもいかなかった。
にらみ合っていた二人だったが、最初に仕掛けたのはウジェーヌだった。
「燃え盛る蛇」
ウジェーヌが剣を地面に走らせると炎が発生し、大蛇のような軌道を描いて向かってくる。アランは回避したが、炎は執拗にアランを追いかけてきた。
「くっ、岩の壁!」
アランは岩の壁を出現させて、炎の進行を食い止める。
「まだまだのようだな、君は! 拡散!」
ウジェーヌがそう言ったかと思うと、今まで軌道を描いていた炎が、周囲に拡散して飛び散る。至る所で炎が勢いよく燃え上がり、アランの行動範囲を大いに狭めた。
「竜巻!」
攻撃の手を緩めず、ウジェーヌはさらに連続魔法を唱える。竜巻が起こり、周囲で燃えていた炎を巻き込んでアランに襲いかかる。どうやらウジェーヌは、アランに接近を許さずに勝負を決める魂胆のようだ。
しかしアランは、次々に飛んでくる火の塊を時には剣で切り、時にはかわして何とかウジェーヌとの距離を詰めていく。観客は常人離れしたアランの動きから目が離せなかった。
アランの剣とウジェーヌの剣が交わり、鉄の音が会場に響く。
「あの炎の猛攻の中、私のところまで来るとは、
君の身体能力は非常識だな」
「一撃お見舞いしないと気が済まないんでね」
ウジェーヌは鼻を鳴らすと、剣に力を込めてアランを押し返す。
「光輝く剣」
ウジェーヌの魔法剣が光輝き、アランの目を眩ませる。音と気配でウジェ―ヌの剣撃をかわすアランだったが、このままでは攻撃を受けると感じてウジェーヌから距離を取る。
「火の矢!」
すかさずウジェーヌは魔法で火の矢を発生させ、アランを追撃する。
「増加」
また、連続魔法――。あいつはまだまだ攻撃手段を持っているのか。
火の矢がおびただしい数に分かれ、アラン目掛けて飛んでくる。目が回復しきっていない状況で、雨あられと降り注ぐ火の矢をかわすのは無理だった。
くっ、なら――。
「風の刃!」
アランは剣を大きく振り風の刃を発生させる。
「増加!」
ウジェーヌの連続魔法を真似して呪文を唱えると、魔法剣ジョワユーズがアランの魔力をガッと持っていくのをアランは感じた。
これだけの規模の魔法だ。連続魔法とは言え、魔力の消費は多いのだろう。
アランの風の刃は幾重にも分裂し、ウジェーヌの火の矢を迎え撃つ。
「馬鹿な! 連続魔法を使うだと!」
徐々に目が回復しつつあったアランは、空中でぶつかり合う火の矢と風の刃の間を抜けて、ウジェーヌに突撃する。
「岩の障壁!」
動揺していて不意を突かれたウジェーヌは、咄嗟に魔法でアランの強烈な一撃を防ごうとする。
防がれる……。これだけしてもまだ攻撃が届かない。
僕は結局こいつには勝てないのか――。
悔しさが込み上げてくると同時に、こいつにだけは絶対に負けたくない、何が何でもこいつに一撃喰らわせてやる、という強い想いがアランの心に宿った。
本当に力のある魔術師は、この使い方で相手の魔法を無力化するらしいよ――。
シルヴィが教えてくれた連続魔法の使い方が、ふと頭をよぎる。
「破壊!」
気付いた時にはアランは呪文を唱えていた。魔法剣ジョワユーズがアランの魔力を根こそぎ奪っていくのを感じた。
ウジェーヌを守っていた岩の障壁が音を立てて崩れ去る。
アランの一撃がウジェーヌをとらえた。ウジェーヌの顔が驚きと屈辱で醜く歪む。そして彼の身体は空中に吹き飛び、大きく音を立てて地面に落ちた。
「じゅ、準決勝第一試合!
勝者、アラン・デュヴァル!」
ゴーティエ先生が試合の勝者の名前を声高らかに宣言する。試合の趨勢を固唾をのんで見守っていた観客は大歓声を上げた。鳴り止まない拍手が中庭に鳴り響く。
ゆっくりと立ち上がったウジェーヌは茫然自失した様子で、一人ぶつぶつとつぶやいていた。
「馬鹿な……。
私が、この私が平民などに負けるなどと……。
そんな馬鹿な……」
やった……。あいつの自慢の鼻をへし折ってやった……。
達成感がアランの心を満たしたが、魔力を使い果たして足元がふらつくのを感じた。アランの意識が遠くなる。気を失う前にアランはぼんやりと思った。
ああ、また倒れるところをリュセットさんに見られちゃうな――。




