第三十四話 剣術道場
「アラン、お前に頼みたいことがある」
ベルナール先生がそうアランに頼み込んできたのは、冬休みが明け一ヶ月半ほど経った、雨月ももう終わる頃だった。
「剣術の講師をやってみないか?」
朝の稽古を終わらせて息切れしているアランには、ベルナール先生が言っていることを理解するのに少し時間がかかった。
「城下町で剣術道場を開いている友人がいるんだが、
利き腕を骨折してしまってな。代わりの講師を急募しているんだ」
ベルナール先生はアランの顔色をうかがいながら続けた。
「俺が手伝ってやりたいところなんだが、
授業や寮監としての仕事もあるので難しくてな。
お前さんなら腕に申し分はないから、
安心して紹介できるんだが。
どうだ、やってみないか?
もちろん、講師料は支払われるぞ」
アランにとっては渡りに船だった。夏には父親から貰ったお金が底を尽きそうだったので、遅かれ早かれ仕事を探させねばならなかったからだ。
「是非やらせてください!
父から貰ったお金がなくなるので、働く必要もあるので」
「おお、そうか、やってくれるか。助かる。
では放課後、城門前に来てくれ。お前さんを道場主に紹介する」
「はい、よろしくお願い致します」
放課後、シロを抱えて城門前に着くと、ベルナール先生は既にアランを待っていた。
「来たか。では行くぞ。道中、簡単に道場のことを説明する」
ベルナール先生は城下町の方へ下りていく。アランもシロを地面に降ろすと先生に続いた。
「道場は商業区にあってな。
アランは『オムレツ亭』って知っているか?」
「多分、知ってます。
確か魔法学園に初めてきて宿泊した宿が
そんな名前だったような気がします」
「道場はあの宿の近くにあるんだ。
道場生は城下町の住人の子供たちが大半だ」
「子供たちですか。僕今まで誰かに剣を教えてことはないのですが、
いきなり子供に教えられるでしょうか?」
「お前さんなら大丈夫さ。父親に教わったように子供たちにも教えれば良い」
「そう、ですね」
『オムレツ亭』を過ぎて、剣術道場にたどり着くとアランは驚いた。想像していたより遥かに立派な石造りの建物で運営されていたからだ。他の町であれば貴族の屋敷と言っても信じられるほどの豪華さだ。
道場の前には屈強で厳しそうな面構えをした、中年の男性が立っていた。右腕に添え木をしている。ベルナール先生はその男に声をかけた。
「待たせたな、ジェフ。
この少年が、俺が代理の講師として推薦する生徒だ」
ベルナール先生はアランの肩を叩きながら、ジェフと呼ばれた男にアランを紹介した。
「それほど強そうには見えんが、
ベルナールのお墨付きとなると本物なのだろう。
加えて、剣術少年は数ヶ月前に話題になっていた生徒でもあると」
ベルナールが太鼓判を押しただけでなく、アランがシロを連れているのを見て、ジェフは興味を引き立てられたようだった。
「俺の名はジェフだ。ベルナールとはガキの頃からの腐れ縁だ。
よろしくな、アランとやら」
「アラン・デュバルです。こちらはシロです。
よろしくお願い致します」
「早速で悪いが。念のため腕前を確認させて欲しい。裏庭の方に来てくれ」
ジェフに裏庭に案内されると、そこでは七歳から一二歳ぐらいまでの子供たち十人ぐらいが剣術の稽古を行っていた。正面から見た限りだと分からないが、裏庭は予想以上に広かった。
「あの子たちが、うちの道場生だ」
ジェフは自慢げに紹介した。
「さて、自分で確認したいところだが、
この怪我ではそういうわけにもいかん。
ベルナール、相手になってくれ」
ジェフは自由な左手でアランとベルナールに木刀を渡した。
「アランの腕前にたまげるんじゃねえぞ」
ベルナール先生がジェフの期待を煽る。子供たちは何事かとアランたちの方へ集まってきた。
「お前たちも知っての通り、先生は腕を骨折して、
お手本を見せることができなくなってしまった。
そこで、今日は代わりの先生に来てもらった。
これからその先生の実力を見せてもらうところだ。
あ、先生というのは学園制服を着ている方な」
子供たちはジェフの話をしっかり聞いていたが、シロに気付くと興味を惹かれて近づいてきた。
「お兄ちゃん、この生き物なあに?」
「シロだよ。竜の子供だ」
「えっ、竜の子供! お母さん竜、来て暴れるの?」
七歳ぐらいのちびっこが怯えた表情を見せる。
「大丈夫だよ。
この子は僕の友達だから、そんなことにはならない。
ほら、触ってみてごらん。何もしないから」
ちびっこは恐る恐るシロに触れてみる。シロが噛み付かないことに安心すると、勇気を振り絞った様子でシロを抱き上げて、嬉しそうな声をたてた。他の子供たちもシロの側に来て、シロを触り始めた。完全に子供のおもちゃ扱いだ。
「こら、お前たち。いつまでもそうしていると、
新しい先生の実力テストができないじゃないか」
「すみません、先生」
ジェフに軽く叱られて、最年長の道場生が他の道場生をアランたちから引き離した。
「では、ベルナール、アラン君。頼む」
二人は向き合った。
「アラン、子供たちの前だから抑えめで頼むぞ」
承知しました、と声をかけると同時にアランはベルナール先生に木刀で打ってかかる。ここでしっかり実力を見せておかないとせっかく舞い込んできた仕事の話がフイになる。
「こら、アラン! 控えめにと言っておるがろうに!」
ベルナール先生はアランの一撃を木刀で受けながら言った。彼もアランと毎朝稽古をしているだけあって、メキメキと腕をあげていた。
「仕事がかかっていますので」
アランは自分の意志を表明する。
「ほう、これは……」
ジェフは思わず感嘆の声を漏らす。
アランは一撃一撃を正確に繰り出していた。ベルナール先生は冷や汗をかきながら、かろうじて攻撃を木刀で受け止めている。
「あのお兄ちゃん、すっげえ……」
道場生たちはあまりに激しい剣戟に感嘆して、声にならない声をあげている。誰一人、アランの剣さばきから目がはなせなかった。
「これでも手加減されているのが分かっているから、腹が立つぜ」
左からの一撃を受け止めてベルナール先生が愚痴る。
「上には上がいるということです。僕だって父さんにも兄にも敵いませんから」
右からの一撃を受け止めてベルナール先生がぼやく。
「まったく、どんな家族だよ、お前さんとこは」
ふと疑問が沸く。ラウルと僕は父さんが稽古つけてくれたからこそ、ここまでの腕になれたのは間違いない。でも何故父さんはあれほどまでに強いのだろう?
「そこまで!」
ジェフの声でアランの思考はさえぎられた。アランとベルナール先生はピタッと動きを止める。子供たちの拍手が鳴り響く。
「アラン君の腕前は十二分だ。
むしろ十二分過ぎて不安になるぐらいだ。
一体、誰に剣を習ったんだ?」
「父さんに。昔は魔法剣士で、この学園にも通っていたそうです」
ジェフがベルナール先生に視線を向ける。ベルナール先生は肩をすくめた。
「残念ながら、俺はアランの親父さんは知らねえ」
「そうか、それほどの剣士なら名を知られているのかと思ったが」
フェフは少しがっかりしたようだった。
「あのー、それで講師のお話は……」
「もちろん合格だ。明日からさっそく頼む。
道場生たちへの指導は基本的に俺がするから、
アラン君は手本を見せてやってくれ。
あと、できれば君がお父上から受けた稽古の内容を教えてくれると助かる」
「お安いご用です」
そしてアランは幼少の時から受けきた特訓内容を、ジェフとベルナール先生に語った。二人は一語一句漏らさず聞く熱心さで、アランの話に耳を傾ける。
子供たちはといえば、アランの剣に触発されてチャンバラごっこを始める子と、シロと遊び始める子たちに分かれた。稽古にならない状態だったので、ジェフはその日の稽古はそこまでとして子供たちを解散させた。
アランの稽古の話が終わると、条件や報酬の話し合いになり、お互い納得して、晴れてアランは仕事を得ることが出来た




