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第三十三話 冬休みの出来事

 冬休みに入った。


 魔法学園周囲の町、村出身の生徒は実家に戻るが、大半の生徒は徒歩で数日以上の街、都市から来ているので、冬休み中も学園に残っている生徒は多かった。アランもその一人だ。


 長期休暇中でもアランのやることは大して変わらない予定だ。朝早く起きて、ベルナール先生と稽古をし、その後は魔法の勉強だ。


 シルヴィが毎日手伝ってくれることになっていて、待ち合わせの中庭で長い間待っていたが、シルヴィは結局現れなかった。


 女子寮を尋ねるのは、男子生徒には厳禁とされているうえ、シルヴィの様子の確認を依頼できる女友達もおらず、デュボワ先生も見当たらなかったので、シルヴィが何故来なかったのかを確かめる術はアランにはなかった。仕方ないのでその日は自室に戻って座学に勤しんだ。


 翌日、シルヴィが待ち合わせの場所に現れた時、アランは一安心した。


「ごめん、ごめん。昨日はちょっと体調崩しちゃってて」


シルヴィは元気がなさそうだった。


「それは仕方ないけど、心配したんだぞ」


「だから、ごめんってば」


「もう、体調は大丈夫?」


「うん、大丈夫」


 それから二人は日が暮れるまで『中級魔法』の実践練習を行った。お互い会話は少なかった。




 翌朝のことだった。アランは寝ている自分の上で、子犬ぐらいの何かがぴょんぴょんはねているのを感じた。心地よい睡眠の邪魔をするなよ、と寝ぼけた頭で思いながら、無視を決め込んで再び眠りにつこうとする。


「いてっ!」


 なかなか起きないアランに痺れを切らして、シロはアランの頭を前足で叩き始めた。


「痛い、痛いってば、シロ!

 こんな朝早くから一体どうしたんだよ?」


 アランは上半身を起こすと、なおもアランを叩こうとするシロの前足の付け根の部分を両手で掴む。それでも足をバタバタさせるシロだが、到底アランには届かない。


「はっはっはっ!

 こうするととお前にはもう何も出来まい!」


 シロは大きな瞳で恨めしそうにアランを見ていたが、アランを起こすという本来の目的を達成したことに気付くと、ぴーぴー鳴き始めた。アランに何かを伝えようとしているようだ。


「ん? どうかしたのか?」


 床に降ろしてやると、シロはドアの方まで駆けて行き、振り返ってアランを見る。


 外に行きたいのか。


 アランはクローゼットに掛けてあるコートを取る際に、窓から外の様子を確認した。まだ空は白みかけたばかりで薄暗かった。


 こんな朝早く文字通り叩き起こしてくれちゃって。


 ドアを開けると、シロは廊下に出て、螺旋階段の方へと歩いていく。アランもシロに続いた。螺旋階段を降り、中庭に出る。


 朝の寒さが身にしみて思わず足を止めると、城門の前で誰かが剣の素振りをしているのに気付いた。こんな朝早くに、ベルナール先生か? と思って目を凝らしてみる。


 ウジェーヌだった。


 アランは衝撃を受けた。まだ皆が寝静まっている時間から、剣術の稽古をしているのがウジェーヌというのが意外に感じられたからだ。


 意外? いや、多分、そのことに意識を向けていなかっただけだ。ウジェーヌが今までに相当な努力をしてきたことは、彼と剣を交えた時に気付いていたんだ、とアランは思い直した。


 アランも伊達にベルナール先生に剣術の腕を認められたわけじゃない。そのぐらいのことは数回打ち合えば直ぐに分かる。ただ、魔法を使われてコテンパンにされたから、その事実を認めたくなくて、頭から締め出していただけだ。


 傲慢で、イケメンで、平民嫌いで、顔だけ良くて、リュセットの婚約者候補で、イケメンで、鼻持ちにならないやつだけど、実はかなりの努力家か。ウジェーヌに対する認識を多少は改める必要性をアランは感じた。


 アランはウジェーヌが早朝に稽古している事実を知って、そんな物思いに耽っていたが、シロのお目当てはウジェーヌではないようだ。


 裏庭に続く道をトコトコ歩いていく。アランは素振りをし続けるウジェーヌから目を離して、裏庭に足を向けた。


 シロはサン=ジョルジュ教授の研究室も通り過ぎて、湖の方に向かって行く。いよいよアランには訳が分からなくなった。シロの進む方向にはもはや湖しかない。


 湖のほとりまでたどり着くと、やっとシロは足を止め、アランの方に向き直った。


「ここに僕を連れて来たかったのか?

 でもここには何もないぞ」


 シロはぴーと鳴いてアランに答えた。


(連れて来てくれたようだな)


 不意に頭の中に言葉が響いて、アランはドキッとする。これは――念話だ。


 そう思ったとき、湖の水が音を立ててゆっくりと盛り上がる。水が流れるにつれて、巨大な生物がその姿を徐々に現す。


 竜だ。一頭の真っ白な竜がアランの前にいた。


 アランは恐怖を感じて、竜の瞳に目を向けたが、その深い瞳は朝の湖のように穏やかだった。少なくとも、この竜に問答無用に襲われるということはなさそうだと判断して、アランは警戒を解いた。


 そう言えば、学園に着いた日に、リュセットとミュリエルが、この湖には竜が住んでいるって噂があると言ってたな。で、実際に住んでいたと。


「あなたがシロを呼んでいたのですか?」


(それは違う。我が呼んでいたのはそなただ、希望を託されし人の子よ)


「どういう……、ことですか?」


(我はそなたに伝えねばならぬことがあるのだ。

 故にその竜の子に頼み、そなたをここまで導いてもらった)


「何故、僕なのですか?」


(そなたが彼女に希望を託されたからだ)


「竜の子供を連れているってことですか?

 それなら、この学園にはもう一人いますが、

 彼女でない理由は何でしょうか?」


(希望を託されたのは、その少女ではなく、そなただからだ。

 そもそも、その少女は騎士ではあるまい)


 相変わらず、竜の言うことは要領を得ない。


「確かにリュセットさんは魔術師ですが……」


(そうであろう)


「それで、僕に伝えたいことって何でしょうか?」


(時が来たら大賢者の塔を訪れよ。希望の道標がそこにはある)


「大賢者の塔って!

 あの塔の周囲は断崖絶壁になっていると聞きます。

 人が訪れるのは無理ですよ」


 伝説では、千年前の戦争で出来た大穴の中心に、大賢者の塔は建てられたと言われている。実際に近くで大賢者の塔を見たことはなかったが、断崖絶壁で囲まれているのは真実だろう。大賢者の塔に実際に行ったという話は聞いたことが無いのだから。


(故に我は時が来たらと申した。

 時とは、その竜の子が十分に成長した時のことだ)


 アランは合点がいった。確かに大賢者の塔に、人の足で訪れるのは無理だろう。人の足では。だが、竜の背に乗ってなら、いけないということはなさそうだ。


「でも何のために、わざわざ塔を訪れなければならないのです?」


(彼女が残した希望を紡ぐためだ)


 どういうことだ? 何を言っているかさっぱり分からない。


 白い竜はアランの考えを察したようだ。


(今は分からずとも、時が来れば自ずと知れよう)


「うーん。まあ、とりあえず承知しました。

 いつになるか分かりませんが、シロが大きくなったら、

 大賢者の塔を訪ねてみます」


(頼んだぞ、希望を託されし人の子よ)


 アランに伝えたいことだけ伝えると、竜は湖の中に再び潜っていった。


 この短いやり取りの中でアランに分かったのは、シロがおっきくなったら、大賢者の塔に飛んで行けということだけだった。


 アランはひとまず承知しておいたが、実際にシロが大きくなるのはだいぶ先のことだろうと思ってのことだった。


「それじゃあ、帰るか、シロ」


 シロはぴーと鳴いてアランに返事をした。




 それ以外は特段珍しいことは起きなかった。新年に学園主催の新年会があったぐらいだ。リュセットたちは貴族同士の付き合いで忙しかったらしく、冬休み中はほとんど会うことはなかった。


 アランは大半の時間を、剣術の稽古と勉強、シルヴィとの魔法の実践練習に費やした。やがて冬休みが開けて、新学期に移った。

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