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第三十二話 雪月の四の日のダンスパーティ

「アラン、最近気持ち悪いよ」


 突然シルヴィにそう言われて、アランはショックを受けた。


「時々、急にニヤニヤしだすんだもん。

 どっかに頭ぶつけたの?」


 しまった! 顔には出していないつもりだったが、思わずニヤニヤしていたのか。ここ数日はリュセットの誕生日の夜のことを、ついつい思い出してしまう。


「美味しい学食のことを思い浮かべるとついついね」


 あれからリュセットとは何度か会って話をしたが、彼女はあの夜のことを気にした素振りはいっさい見せなかった。


「うそだね。

 アランは食いしん坊だけど、それはうそって分かるよ」


 くっ、こしゃくな。女の第六感ってやつか。


「まあ、ある程度は想像つくから言わなくて良いよ。

 あ、これいい感じの色合いだ。ちょっとこれ試着してみる。

 ……のぞいちゃだめだからね」


 アランとシルヴィはダンスパーティで着るドレスを求めて、城下町の商業区を訪れていた。金銭的余裕がない生徒への配慮として、学園から男子用衣装やドレスは貸与されるのだが、緑のドレスは無かった。


 シルヴィはどうしても緑にこだわったので、シルヴィのダンスパートナーのアランもこうして付き合わされているというわけだ。


「アラン、どうかな?」


 着替えを終えたシルヴィがアランの前で一回転して、深緑のドレスのスカートをなびかせる。


 うむ。ちょっと背伸びした子供という印象を受けるが、悪くはないだろう。


「可愛くて似合っていると思うヨ」


「アラン、また私のこと子供扱いしているでしょ!

 まあ、アランが似合ってるって言うのなら、これにするけどさ」


 多少嬉しそうにしながら、シルヴィはそのドレスを購入した。値段を聞いてアランは驚いたが、シルヴィは躊躇する様子なく支払っていた。意外とお金持ちなのだろう。


「もうダンスパーティは明後日か」


「そうだね。魔法学園に入学して、

 アランと出会ってからもう三ヶ月も経ったね」


「月日が経つのは早いもんだ。

 ところで、シルヴィってダンス出来るの?」


「出来ないよ」


「!」


「曲に合わせて適当に踊れば大丈夫だよ。

 フォレ・ノワールだと皆そうしてた」


 そういうものなのだろうか。ダンスなんてしたことが無いアランは、シルヴィの言うことを信じるしかなかった。




 雪月の四の日は、今年最後の最後の授業の日だ。授業が終わると、生徒たちは衣装やドレスの着衣を始め、夜のダンスパーティに備える。


 アランは学園から貸与された男性用衣装を、シルヴィは先日購入した緑のドレスを着て、一階のホール前でお互い待ち合わせた。今回はシロは部屋でお留守番で、食堂でもらった霜降り肉を与えてある。


「おおっ! アラン、カッコいいじゃん!」


「えっ、そうかな?

 あんまり似合わないと思うのだけど」


「剣術やってるから筋肉あるし、

 背もそこそこあるし、似合ってるよ」


 可愛い女の子にそう言われては、アランも思わず顔がほころびる。


「ほ、ほら。くだらないこと言ってないで行くぞ」


 照れ隠しでアランは先にホールに入っていった。


「ちょっと! 待ってよ、アラン」


 シルヴィもすぐに追いかけてくる。ホールは既に着飾った生徒でいっぱいだった。特に貴族たちは自前で衣装を用意したらしく、豪奢さが際立っている。


「うわあ。凄いね、みんな。華やか!」


 ホールでは、中央がダンス用のスペースになっており、両脇にはテーブルがいくつも用意されていて、料理が次々運んでこられていた。立食形式で、食べながらダンスを鑑賞することもできるようだ。


 辺りをざっと見渡したが、リュセットもミュリエルも姿が見えない。まだ来ていなさそうだ。


「よう、アラン。似合っているな」


 威勢の良い声がアランに投げかけられる。ベルナール先生だ。副ギルドマスターのフィオナと一緒だ。


「そういうベルナール先生は……、

 致命的に似合っていないですね」


 無骨な剣士にダンス衣装の組み合わせは、見るものを不安にさせる異様さがあった。


「この子も言うじゃないか」


 フィオナはアランの酷評に声を立てて笑った


「おい、フィオナ、笑うんじゃねえ。

 アランも言ってくれるじゃねえか。

 まあ、俺も似合っているとは思っていないがな。

 鎧を着て剣を握っている方が性に合う」


 ベルナール先生は豪快に笑った。


「ところで、アラン。お前さんは冬休みに実家に戻るのか?」


「帰るだけで半月かかって

 冬休み終わっちゃいますので、学園に残ります」


「そうか、それは安心した。休み中も稽古相手に困らないな。

 俺は他の先生方に挨拶してくるから、じゃあな。パーティ楽しめよ」


「アラン君だっけか。

 ちゃんとその可愛いパートナーをリードしてあげるんだよ」


 ベルナール先生と元『水聖』フィオナは、ホールの奥に座している学園長の方に向かっていった。二人の後ろ姿を見ると、やっぱりお似合いだよなあ、とアランは思わずにはいられなかった。


「ちゃんと可愛いパートナーをリードするんだよ、アラン」


 シルヴィが茶化してくる。


「はいはい」


 突如、生徒たちから驚嘆の声が湧き上がってきた。何事かと彼らの視線の先に目を向ける。


 リュセットが優雅な足取りでホールに入ってきたところだった。純白のドレスに身を包み、美しい亜麻色の髪を、後頭部でまとめてシニヨンにしている。貴族たちからは美しさを称賛する声があがった。


 リュセットの後に付き従ってきた人物を見て、アランはギュッと胸が締め付けられた。高身長で、金髪をオールバックにした顔立ちの整った青年。ウジェ―ヌだ。


 この服を着るために生まれてきたのではないかというぐらい、ダンス衣装がピッタリと似合っていた。リュセットとウジェーヌは二人で、貴族の理想のカップルを描いたような美しさを演出している。


 アランは改めて、リュセットとの超えられない身分の差を、強烈に思い知らされた気分になった。


 リュセット様は王族、君などとは住む世界が違い過ぎるのだ――。


 再びウジェーヌに言われた言葉が思い返される。自分がリュセットの傍にいるのは相応しくない、という感情にアランは囚われそうになる。


 そんなことを気にする方じゃないって、あなた知ってるでしょ――。


 だがミュリエルに根性を叩き直してもらっただけあって、アランはその感情に飲み込まれることはなかった。


 アランさんが避けようとするのなら、わたくしの方から、

 押しかけてでも話しかければ良かったのですから――。


 そうだ。そもそも僕たちの今の関係は、身分の差程度で崩れるようなものではないのだ、と自分に言い聞かせるアランだったが、リュセットの隣に平然と立っているウジェーヌに、妬みの感情を抱かずにはいられなかった。


 リュセットたちはホールを横切り、貴族たちの一群へと進んで行く。


 通り過ぎる際、リュセットはアランに気付くと、ひときわ魅力的な微笑みをアランに向けた。アランは自分の顔が赤くなるのを感じた。


「今、リュセット様、アランの方をみて微笑まなかった?」


「気のせいだよ、気のせい」


 アランはしらばっくれた。




「諸君、今年一年良く勉学に勤しんでくれた。

 今宵は存分に楽しんでくれ」


 学園長マティスが生徒たちを労い、開会の宣言をすると、楽団が演奏を開始して、ダンスパーティが始まった。貴族が数組ホールの中央で踊り出す。平民の生徒は、正式にダンスを習ったものが少ないのも会って、端の方で音楽に合わせて、見よう見まねで踊っていた。


 一方、アランは……、ガッツリ食事を堪能していた。


「ほら、アラン! 食べてばかりいないで踊るよ!」


「このパテを食べ終わるまで待って」


「もう、本当に食いしん坊なんだから!」


 アランが食べ終わると、シルヴィはアランの左手を取ってホールの中央に導く。アランは踊っている貴族を参考に、右手をシルヴィの腰に添える。


「ひゃっ!」


「ん? どうした?

 軽く触れたつもりだったけど痛かった?」


「違うよ! アランの馬鹿!」


 シルヴィは顔を真赤にしながら否定した。何故罵られるのか分からない。シルヴィは気を取り直すと、曲に合わせて適当に踊り始める。本当に適当に踊るんだと思いつつも、アランも踊り方など知らないので、シルヴィに合わせてあっちにきたり、こっちにきたりと見よう見まねで踊った。


 ついつい楽しくなっているうちに、アランたちは中央の貴族たちに意図せず近づいていた。優雅に踊っているリュセットとウジェーヌのペアとすれ違う。


 ウジェーヌはアランを憎々しげににらむ。


 リュセットは悲しむような、乞うような視線をアランに送る。


 アランはリュセットを視線を送り返す。


 シルヴィはアランがリュセットを見つめていることに気付く。


 そして二組のペアは離れた。しばらくして、シルヴィが元気の無い声で疲れたと言い、アランとシルヴィは踊るのをやめた。


 アランは食事の続きをしながら、華麗に踊るリュセットをずっと目で追っていた。パーティがお開きになっても、優雅に踊るリュセットの姿はアランの頭から離れなかった。

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