第三十一話 リュセットの誕生日
シロからのアドバイスもあり、遂にリュセットの誕生日プレゼントの内容を決めることができたアラン。翌日授業が終わると、城下町まで下りてシロの巣箱を買った木材店に向かった。
「いらっしゃい!
お、あの時のあんちゃんじゃないか。
また木箱が入り用かい?」
「いえ、今回は木彫りのお守りを作ろうかと思って、
適当な木材を探しにきました」
「ほほう。恋人にプレゼントするってやつか。青春だねー」
「ち、違います。友人へのプレゼントです!」
なぜミュリエルといい、サン=ジョルジュ教授といい、この人といい、ここの学園の人たちはこの手の話でおちょくってくるのか。学園都市で若い生徒が多いから、ネタにしやすいのだろうか。
「そうかい、そうかい。そういうことにしてやるよ」
店主のおじさんは納得した様子を見せると、店内にあるいくつか木材を取り出してきた。
「どれも高品質なものだ。どれが良い?」
アランには品質の違いは分からなかったが、一つだけ赤みの強い木材があった。リュセットの子竜ルージュに合わせるとするとこれが良さそうだ。
「こちらをお願いします」
「毎度あり! プレゼントのお守り作り、頑張りなよ!」
それからアランは休日の二日間、ほとんど部屋に引きこもって木彫りのお守り作成に没頭した。クリスが作ったお守りを参考に、モデルはシロだ。木材が赤めなので、シロをモデルにしてもルージュのように見える。
何度か失敗してはやり直しを繰り返し、完成したのは週明けの空も白みかけた早朝だった。
「遂に完成だ! どうだ、シロ、上手いもんだろう?」
シロは既に自分の巣で眠っていた。シロが気持ちよさそうに眠っているのを見ると、アランもどっと疲れを感じて、ベッドに倒れ込むようにして眠りについた。
霜月の二十三の日。今日はリュセットの十六歳の誕生日だ。
誕生日パーティはミュリエルの主催で、城一階の北東にある部屋を貸し切って開催されるそうだ。平日ということもあり、パーティは夕方から開始だった。
招待客は貴族ばかりとアランはミュリエルから聞いていた。そういう事情もあり、ミュリエルも気を使って、考えなしにアランを貴族のパーティに放り込むようなことはしなかった。
貴族のパーティなど、アランにとっては気まずいだけなので、この提案は有難かったのだが……。
だが、寒い!
北東の塔の最上階で待つこと早半刻。いくらコートを着ていても、霜月の夜に外気に晒されながら長い間待つのは苦痛でしかなかった。本来、夜にここに来ることは禁止されているので、魔法で火をつけて目立つわけにもいかない。
アランにできるのは、シロを抱きしめることだけだったが、シロはほのかに温かいといった程度で、抱きしめている意味はあまりなかった。寒さ故か、シロもほとんど身動きをしていない。幸い綺麗な満月だったので、暗くはなかった。
ひょっとしてミュリエルにはめられたのでは、とアランが思い始めた頃だった。下の階から何やら物音がしたかと思うと、ミュリエルの声が聞こえてきた。
「アランさん、遅くなってごめんなさい。
なかなかパ―ティから抜け出すタイミングがとれなくて。
今から上がってくるから、ちょっと待ってて」
「は、はい」
寒さで震える声でアランは返事をした。
まずミュリエルが梯子を登ってきた。そして、次に登ってくるリュセットの手助けをする。アランの傍にやってきた二人はコートを着て寒さを防いでいた。
コートの合間から、リュセットが白いドレスを着ているのが分かる。髪を後ろで束ね、普段とは違う大人っぽい雰囲気を醸し出すリュセット。アランは思わずドキッとした。
「アランさん、こんばんは。
ミュリエルが外の空気を吸いに行こうと突然言い出して、
何事かと思いましたが、いろいろと気を使ってくれたようですね」
リュセットがアランに笑顔を向ける。アランは体温が上がるのを感じた。リュセットは直ぐに今の状況を理解したようだ。
「はい、そうみたいですね。
えっと、リュセットさん。お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます」
リュセットが微笑む。そこで会話が途切れた。本人を目の前にして、急にプレゼントが気に入られないのでは、との不安がアランを襲う。
緊張で頭もろれつも回らなくなってきたアランは、何か喋らなければと焦った。
「あ、いや、その、月が綺麗ですね」
リュセットはキョトンとした顔をする。
「そうですね。今日は月が美しいですね」
リュセットは天高く輝く満月に目を向ける。
ミュリエルがリュセットの後ろで大きなため息をついたかと思うと、アランを怖い目でにらんできた。
ダメだ、しっかりせねば、とアランは勇気を振り絞った。抱きしめていたシロを地面において腹を決めると、懐からプレゼントをしまった袋を取り出し、リュセットに差し出す。
「これ、僕からの誕生日プレゼントです。
高価でも、大したものでもないですけど……」
「まあ、わざわざありがとうございます」
「いえ、本当に大したものではないですから」
「ここで開けてもよろしいですか?」
「どうぞ」
リュセットは丁寧に袋を開けていく。中身が見えると、リュセットは目を輝かせて感情がこもった声でつぶやいた。
「可愛い……」
その言葉だけで十分だった。リュセットがプレゼントを気に入ってくれたことをアランは悟った。
「これ、ルージュですよね?」
「はい。ルージュをイメージした、木彫りのお守りです」
「みてみて、ミュリエル!
ほら! ルージュですよ、ルージュ!」
リュセットは子供のようにはしゃぎだす。
「はいはい、リュセット様。分かりましたから」
ミュリエルはリュセットを落ち着かせながら、良くやったと言いたげに、アランにウインクした。
「これ、ひょっとしてアランさんのお手製ですか?」
「そうですよ。妹が作ってくれたシロのお守りを参考にして作りました」
アランは自分の懐から、クリスお手製のお守りを取り出した。
「わあ、お揃いですね。
わたくしのために作ってくださるなんて、
本当にありがとうございます。凄く、嬉しいです……」
リュセットの灰色の瞳は、先程よりもさらにキラキラ輝いているように見えた。アランはその瞳の魅力にとらわれて目が離せなかった。
「コホン。リュセット様、そろそろパーティに戻りませんと」
ミュリエルの言葉で二人は現実に引き戻された。
「そうですね。時間を開けると、皆様に心配されますものね」
「……私は先に下りますので、すぐに来てくださいね」
「ええ」
ミュリエルが梯子を下りたのを見届けると、リュセットはアランの方に向き直った。
「プレゼント、本当にありがとうございます。大事にします」
「予想以上に喜んでもらえて、僕も嬉しいです」
「アランさんのおっしゃるとおり、
今宵は月の美しい夜です。月の美しい、素敵な夜です」
唐突にリュセットが再び夜空に目を向け、アランもつられて顔を満月に向けた。リュセットがアランにそっと近づく。ふとアランは、温かくて柔らかいものが左頬に軽く触れるのを感じた。
「本当に、今日は月が綺麗ですね」
アランから離れたリュセットが、はにかんだ笑顔で付け加えた。亜麻色の髪が月の光を受けて美しく輝いていた。
アランは何が起きたのかしばらく飲み込めなかった。
「では、おやすみなさい、アランさん」
優雅にお辞儀をすると、リュセットは梯子を下りて、アランの視界から消えていった。アランは呆然として立ちすくんでいた。もはや寒さは全く感じなかった。
月がとても綺麗な、素敵な夜だった。




