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第三十話 シルヴィ先生の連続魔法講義

 決闘でウジェーヌにコテンパンにされて以来、アランは打倒ウジェーヌに向けて、今まで以上に魔法の勉強に熱心に取り組んでいた。


 シルヴィもウジェーヌの鼻をへし折りたい一心で、アランへの協力は厭わなかった。しかし、順調とばかりにはいかない。


 『中級魔法』は『初級魔法』よりも遥かに高度で、とてもではないが、『初級魔法』のように一ヶ月やそこらでマスターできるような代物ではなかった。なかなか進展が見られない状況に、アランは苛立ちを感じ始めていた。


 そんな焦燥間に苛まれるある日の放課後のことだ。待ち合わせの魔法練習室に入るなり、アランはシルヴィにいきなり要求を突きつけた。これは名案だとの確信がアランにはあった。


「シルヴィ、僕に連続魔法を教えてくれ!」


「急にどうしたの?

 焦りを感じるのは分かるけど、アランにはまだ早いよ。

 連続魔法は上級魔法なんだから。

 中級魔法の初期を学んでいるアランには早すぎるよ」


「だったらせめて、どういうものかは教えてくれ。

 仕組みがわからないと対処しようがないよ。

 このままだったら、ウジェーヌと戦ってもまた負けてしまう」


「仕組みを教えるぐらいなら、まあいっか」


 シルヴィは渋々承知した。


「そうだね、分かりやすく説明するなら、

 アランの実体験を例にするのがいいかな。

 ウジェーヌとの決闘内容は覚えているよね?」


「忘れたくても忘れられないよ」


 アランは苦い顔をした。


「そりゃそうだよね。では説明します。

 あいつはアランの攻撃をかわすために、

 『大地の突き(プセ・ド・テール)』で自分を突き飛ばすっていう意外な行動にでたよね。

 そして、魔法で作ったその土の塊を『破壊(カセ)』し、

 『連続射撃(ミトライユーズ)』を唱えてアランを攻撃した。

 この場合、最初の魔法がベース魔法で、以降の魔法が連続魔法という扱い。

 ここまでは大丈夫?」


 アランは首を縦に振る。


「うむ、よろしい。

 ベース魔法で作ったものには、術者の魔力がしばらく残るの。

 この状態のものに、再び魔法をかけるのが、連続魔法と呼ばれるもの」


 そしてシルヴィは黒板に文字を書き始めた。


 連続魔法の主なメリット

 ・ベース魔法を起点に魔法を発動することができる

 ・魔力消費が少ない

 ・呪文の詠唱が短くなる場合が多い


「うん、こんなとこかな。

 これらのメリットを活かすと、攻撃の手を強めたり、

 自分のスキを少なくしたりできるわけ。

 ウジェーヌの例だと、『大地の突き(プセ・ド・テール)』で

 アランの攻撃をかわしただけでなく、攻撃の起点にも利用した」


「先生、質問です!」


「はい、アラン君。何かね?」


「入学試験でデュボワ先生が作った岩壁を、

 先生が連続魔法で簡単に破壊したのを見ていました。

 デュボワ先生は絶賛していましたが、あれはどういう原理でしょうか」


「あちゃー、見られてたか。ちょっと恥ずかしいな」


 シルヴィは照れくさそうな表情をしていたが、再び真面目な顔に戻ると説明を続けた。


「デュボワ先生のベース魔法を、あたしの連続魔法で上書いたの。

 ただ、この使い方は基本的には推奨されないね。

 連続魔法のメリットである魔力消費の少なさ、それを殺してしまうから。

 術者のベース魔法分の魔力以上に消費しちゃうからね。

 それに、そもそも術者がどれほどの魔力を込めたか分からないから、

 下手すると自分の魔力をごっそり持っていかれちゃう。

 失敗すると魔力だけ消費する結果になるの」


「シルヴィ、そんな危険なことを、よく入学試験で実践できたね……」


「試験官は何人も相手に試験行う以上、

 一つ一つの魔法に込める魔力は限られてる。

 仮に上手くいかなかったとしても、

 他の魔法で対処すれば良かっただけだから。

 そもそもあの試験は儀式のようなものだし」


 シルヴィはドヤ顔で答えてきた。魔法試験をぎりぎりで合格したアランにとっては皮肉にしか聞こえなかったが、シルヴィに悪気がないことも分かってたいので、アランは何も言えなかった。


「話を戻すけど、本当に力のある魔術師は、

 この使い方で相手の魔法を無力化するらしいよ。

 例えば、ウジェーヌが『大地の突き(プセ・ド・テール)』でアランを攻撃してきたとして、

 アランが『破壊(カセ)』して、攻撃を防ぐってイメージね」


 頭の中で、ウジェーヌが魔法を無力化されて地団駄を踏むイメージが湧き上がってきた。


「それが出来るようになれば、めちゃくちゃ強くなれそうだな」


「そうだね。ただ、さっきも言ったとおり、

 魔力消費が大きいからリスクが高すぎるの。

 それこそ人並みはずれた魔力を持っていないと無理でしょうね。

 そういう訳だから、アランは絶対に真似しないように」


「はーい、先生」


「あなたたち、楽しそうね」


 突然、廊下の方から声が聞こえてきて、アランたちは声の主を求めて振り返った。魔法練習室のドアのところに黒髪の侍女が立って、アランたちの先生ごっこを眺めていた。


 先日、ミュリエルに呼び出されたことを思い出して、アランは顔が真っ青になる。


「ミュリエルさん! また僕なにかやっちゃいました?

 リュセットさんに関することで」


 ミュリエルが優しく微笑む。


「大丈夫、そういうことじゃないわ。

 まあ、二人で仲良く教師と生徒ごっこしているのを見たら、

 リュセット様がどう思うかは分からないけど」


 アランとシルヴィは恥ずかしくなって下を向いた。


「今日はアランさんに秘密の情報を持ってきたのよ」


「秘密の情報?」


「ちょっと、こっちにいらっしゃい」


 多少警戒しながらも、アランはミュリエルのもとに向かう。廊下に出ると周囲に誰も人あいないことを確認して、ミュリエルは声をひそめた。


「実は、霜月の二十三の日は、リュセット様のお誕生日なの」


 今日は霜月の九の日だから……、二週間後か。


「さて、私が何故このことをアラン君に伝えたか分かる?」


「誕生日プレゼントを用意しろということですか?」


「まあ、半分正解といったところかしら。

 一番の目的は、リュセット様を喜ばせて欲しいの。

 その手段がプレゼントなら、それで構わないわ。

 場は私が整えてあげるから、よろしくね」


 それだけ言うと、ミュリエルは立ち去って行った。


 リュセットさんの誕生日に誕生日プレゼントを用意か。さて、何にしよう?




 ミュリエルからリュセットの誕生日のことを知らされて、早一週間が経った。アランは未だにリュセットの誕生日プレゼントを何にしようか悩んでいた。頼みの綱のシルヴィからも「そんなの自分で考えなよ」と冷たくあしらわれる始末。


「シルヴィも手伝ってくれても良いのに。

 なあ、シロお前もそう思うだろ?」


 夜、ベッドに横になって、頭を悩ませていたアランはシロに話しかけた。シロはそんなこと知らん、といった様子で、クローゼットを開けようと躍起になっていた。


 残念だったな、シロ。そのクローゼットの中には、もう干し肉は入っていないぞ。


「リュセットさんは貴族だから、

 アクセサリーとかも高価なものじゃないとダメだろうし。

 シロは何か良い案ないか?」


 シロは、今度はアランの言葉に反応する。アランのところまでやって来ると、ジャンプしてベッドに飛び移り、アランの懐に顔を突っ込んでくる。


「こら! やめろって、シロ! くすぐったいから!」


 しばらくシロと格闘していたアランだったが、苦労の末やっと引き剥がすと、シロの口元には妹のクリスが作ってくれたお守りが咥えてあった。木製でシロの姿をかたどったものだ。シロは大きな瞳でアランを見ている。なるほど、その手があったか。


「なるほど。お守りを作ってプレゼントしろって言いたいのか。

 確かにそれもありか。僕もクリスから貰って嬉しかったし、

 竜の子供好きのリュセットさんなら、そう思ってくれそうだなあ。

 他に良い案があるわけでもないし、ダメもとでお守り作ってみるか」

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