第二十六話 ウジェーヌとの決闘
呼びかけられて、アランは後ろに振り向く。
そこには見覚えのある貴族三人組がいた。中央の人物はアランにとっては記憶の中から存在を抹消したくても、しきれない人物、ウジェーヌ・ド・サフィールだ。
名前は知らないが、右側には茶髪の青年、左側には赤髪の青年がいる。赤髪は、先日シルヴィに暴力を振るおうとしたやつだ。アランは警戒して身構えた。
ウジェーヌは虫ケラを見るような目をアランに向けて、口を開いた。
「君には、リュセット様に近づくなと、確かに私は言ったはずだが。
それとも、その程度もことも理解できなかったのか?
あるいは低能な平民の子はもう忘れてしまうほどオツムが弱いのか?」
ウジェーヌに付き添っていた二人が、小馬鹿にした笑い声を立てる。
「なっ!」
暗に父親を馬鹿にされてはアランも黙ってはいられなかった。そもそもこいつにリュセット様との関係をとやかく言われる筋合いは――、婚約者候補だからあるが、それでも納得はいかない。
「その様子だと、私が言ったことぐらいは覚えているようだな。
君には既にガールフレンドがいるにもかかわらず、
そのうえ美しいリュセット殿下にまで近づくなど、言語道断!
貴様のような、破廉恥な漁色家は、この私が成敗してくれる!」
アランはもうウジェーヌが何を言っているのか理解できなかった。一度しか言葉を交わしたことがない人間に、何故ここまで言われないといけないのだろう。何故自分はこれほどまで、この青年に嫌われているのだろう。
「さあ、その剣がタダのおもちゃでないことを見せてみろ!」
お付きの茶髪と赤髪の青年は薄ら笑いを浮かべている。
「あったまきた! アラン!
あんなやつ、ギッタギタにしちゃえ!」
顔を真赤にしているシルヴィに焚き付けられ、アランは剣を構える。中庭にいる全ての生徒の注目が、一気にアランとウジェーヌに集まった。
「ふっ、逃げ出さないだけの、最低限の度胸はあるか。
ベルナール先生は君に手加減したようだが、私はそうはいかないぞ」
ウジェーヌも魔法剣を抜いた。剣の柄には大きなサファイアが嵌め込ませており、青い光を放っている。
アランとウジェーヌはしばらくにらみ合っていたが、ウジェーヌは身体を前に倒したかと思うと、アランとの距離を詰めて一閃を放つ。
迷いの無い強力な一撃だ。
ウジェーヌはこの一撃でとっとと終わらせるつもりだったのだろう。だが、アランは腰を左に落として難なくウジェーヌの攻撃をかわす。
ウジェーヌの整った顔立ちが驚きの色に染まる。彼もベルナール先生に腕を認められていただけあって、今の出来事でアランの卓越した剣術の腕前を悟った。アランがベルナール先生を倒せたのは、試験だからと手加減して油断しただけだと信じていたが、そうではなかったことを理解した。
努力もせず、文句しか言わぬ平民が、これほどの域に到達するだと! ありえん!
ウジェーヌは感情では否定したかったが、理性では自分が今悟ったことが正しいことに気付いていた。
驚きで動きが鈍ったウジェーヌをアランは剣の腹で打ち付けようとする。それをウジェーヌは間一髪で受け止める。刃が触れ合う音が響く。
それからは鍔迫り合いになった。自身の攻撃を苦もなく受け止め切り返してくるアランにウジェーヌは焦りを感じ始める。大貴族であるウジェーヌにとって、平民ごときに剣でおされているのは耐え難い屈辱だった。
「君のような、下劣な平民の漁色家に私は負けるわけにはいかない!
風纏う剣……」
ウジェーヌは呪文をつぶやいた。ウジェーヌの魔法剣に風がまとわりつく。魔法剣ジョワユーズでウジェーヌの剣を受け止めていたアランは、自身の身体が風圧で浮き上がるのを感じた。足が地面から離れる。
魔法剣術! やばい!
アランは魔法剣術をまだ習っていなかったが、父親から少しだけ手ほどきを受けていたから、どういうものかは分かっていた。
剣術に魔法を組み合わせ、スキを少なくし、さらに臨機応変な攻撃を可能とした技。英雄ロイックが生み出した最強の剣技。
アランは身体の重心をずらし、浮き上がる身体を地面に戻そうとする。地面に足が着いたと思った瞬間だった。
「一陣の風」
ウジェーヌの魔法剣にまとわりついていた風が、急に勢いを増してアランを風圧で大きく吹き飛ばす。アランは空中で一回転して着地をしようとするが、ウジェーヌはそのスキを見逃さない。
「泥沼」
アランが地面に着地すると同時に、足音がぬかるみとなって、アランは大きくバランスを崩した。
「硬化」
ふいに足元の泥沼が固い地面になり、バランスを崩していたアランは尻餅をつく形となった。足を引き抜こうとするが、地面は固まっており抜け出せない。
「遺憾ながら、君の剣術の腕は認めざるを得ない。
だが、君は魔法剣士としてはひよっこのようだ。
これに懲りたら、二度とリュセット様には……」
「泥沼!」
アランは見よう見まねでウジェーヌと同じ魔法を唱えた。固まっていた地面がぬかるみに戻り、アランの足は自由になった。シルヴィが驚いて声をあげる。体勢を立て直したアランはウジェーヌに再び向き合った。
「しぶとい平民だ。君はまるでゴキブリだな。
いいだろう、二度と悪さをする気になれないように
私がとことん叩き潰してあげよう」
ウジェーヌは卑しいものを見るかのように眉をひそめながら、アランに言い放った。
こいつだけには、こいつだけには、負けたくない! という強い気持ちがアランの中に湧き上がっていた。
ウジェーヌに向けて声にもならない雄叫びをあげて、アランは魔法剣を地面に滑らせながら突進する。敵を間合い捉えるとアランは剣を大きく振り上げる。そして呪文も同時に唱えた。
「火球!」
強烈な剣撃と火球が、間を開けずにウジェーヌを襲う。とらえた、とアランは判断した。かわすことも、剣で受けることも間に合わないはずだった。
「大地の突き うぐっ!」
大地が勢いよく盛り上がり、ウジェーヌの身体を打ち、彼を後方へ突き飛ばす。アランの攻撃は当たらず、火球もウジェーヌをかすって制服を焦がしただけで、城壁に当たり壁を黒く焦がした。
ウジェーヌは魔法で自身を攻撃して、アランの攻撃を無効化した。
そういう魔法の使い方もあるのか。
「破壊!」
ウジェーヌの声が聞こえた。 ウジェーヌを突き飛ばした土の塊がアランの目の前で砕ける。
連続魔法……。アランは本能的に危険を察した。
「連続射撃!」
砕けて空中に飛び散った膨大な数の土の塊が、アランめがけて凄まじい勢いで襲いかかる。防ぐ手段はない。魔法剣ジョワユーズを盾代わりにかざすのが精一杯だった。
「ううううううううっ!」
打ち付ける土のあられを、歯を食いしばって必死に耐え忍ぶ。中には石も混じっていて、アランの顔と腕からは血が流れていた。
周りで見ていた生徒は、二人が本気になってしまったことに気付いて騒ぎ始めた。
おい、あの二人を誰か止めろ! 学園長を呼べ! ミュリエル様を連れて来い! そんな声が上がっていたが、アランとウジェーヌには聞こえていなかった。
二人共頭に血がのぼり切っていて、闘争本能だけが彼らを突き動かしていた。
土の猛攻が終わると同時に、ウジェーヌはアランに斬りかかってくる。その刀身には炎が燃え盛っていた。剣で受けるわけにもいかず、攻撃をかわすアランだったが、剣をかわすことには慣れていても、それがまとった炎をかわすことには慣れていない。
あつっ!
アランの右腕を炎が軽く焦がす。アランは炎に気を取られ過ぎていた。
「大地の足枷」
アランを襲って周囲に飛び散っていた土の塊が鎖状になり、アランの両足を捕らえる。
「大地の手錠」
さらに土の塊はアランの両腕も捕らえた。魔法剣ジョワユーズがカランと音を立てて地面に落ちる。
アランの自由は完全に奪われた。全身が痛みで悲鳴をあげている。血がのぼった頭が急速に冷めていくのを感じた。
僕の完敗だ……。
「二人ともおやめなさい!
ウジェーヌ様! 一体何をなさっているのです!」
リュセットの透明な声が中庭を制した。リュセットにはいつもボコボコにされているところを見られてるなと、激しく痛む頭でアランは思った。
リュセットの声が聞こえてくる。
「あなたが平民を嫌っているのはよく存じ上げています。
ですが、このようなことをしでかすとは、あなたらしくもない!」
リュセットはピシャリと言い放った。ウジェーヌはその言葉にハッとしたようだった。
「私は、私としたことが。
平民ごときに少々熱くなってしまったようだ……」
ウジェーヌが魔法を解除したようだ。アランは自分の手足が自由になるのを感じた。膝が地面に着く。身体の力が一気に抜ける。そしてアランは気を失った。




