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第二十五話 ダンスパーティのお誘い

「昨日はどうだったの?」


 昨日見た夢の内容を、一生懸命思い出そうとしていたアランは、その言葉で我にかえった。シルヴィが期待半分、不安半分と言った様子でアランを見ている。


「楽しかったよ。

 リュセットさんのドレス姿、とっても綺麗だった」


「そっかあ。リュセット様、美人だもんね。

 ドレス姿も素敵なんだろうなあ」


「うん、お姫様だけど、お姫様みたいだった」


「何それ」


 シルヴィがクスッと笑う。


「やっぱり、アランはダンスパーティのパートナーに

 リュセット様を選ぶの?」


「ダンスパーティ?」


「知らないの?

 雪月の四の日に行われる、年最後の学園行事だよ。

 男女ペアになって、一階のホールで踊るの」


「あー、リュセットさんから聞いたことがある気がする」


 合格祝いの際に、学園行事の一つとして説明されたことを、アランは思い出した。


「お互いの同意があれば、貴族、平民問わないそうだから、

 リュセット様を誘ってみたら良いよ」


「僕、生まれて一度もダンスはしたこと無いんだ。

 だからきっと断られるよ」


「大丈夫! もしリュセット様に断られたら、

 あたしがパートナーになってあげるから」


 シルヴィが茶目っ気たっぷりな目つきでアランを見る。言い返そうとして口を開こうとしたとき、デュボワ先生が入ってきたので、アランは口をつむぐしかなかった。




 放課後。城内の休憩室にて。リュセットをパートナーに誘うように説得してくるシルヴィに、アランは苛まれていた。


「リュセット様、誘っちゃいなよー」


 何故シルヴィがこうもリュセットを誘うのにこだわるのか、アランにはさっぱり分からなかった。


「分かった。分かったから!」


 シルヴィの根気に押されてアランは折れた。実のところ、リュセットだったら応じてくれるのではないかと、淡い期待を抱き始めていた。


 いくら人目を気にせずに公然とお話しましょう、と言われたからといって、翌日にいきなり貴族の令嬢に囲まれたリュセットに話しかけるは不躾だ。


 まず、ミュリエルに相談してみようと、リュセットの侍女を求めてアランは城内を歩きまわった。学園の図書室に立ち寄った時、読書しているミュリエルを見つけた。リュセットもそばで読書をしている。チャンスだった。いつもリュセットに金魚のフンみたいについて回る貴族の令嬢たちがいない。


「リュセットさん、ミュリエルさん」


「あら、アランさん、こんにちは」


 リュセットがアランを笑顔で迎える。一方、ミュリエルは訝しげにアランを見た。


「リュセットさん、今日はちょっとお願いがあって来ました」


 はて? といった表情でリュセットはアランの顔を見る。アランは少々緊張してきた。


「あの、実はですね。今日はリュセットさんを、

 ダンスパーティのパートナーにお誘いしようかと思いまして」


 顔を輝かせたのはミュリエルの方だった。


「おお、アランくん。

 君も堂々と女性を誘えるとは大人になったもんだ。

 だが残念だったね」


 どういうことだ? そう思ってリュセットの方に顔を戻す。


「アランさん、お誘いくださって、ありがとうございます」


 リュセットは嬉しそう微笑んだが、すぐに残念そうな顔に変わった。


「大変嬉しいのですが、

 婚約者候補であるウジェーヌ様を差し置いて、

 他の方のお誘いを受けることはできないのです。

 本当にごめんなさい」


 頭が真っ白になる。承諾して貰えるものとばかり思っていただけに、アランのショックは大きかった。


「そ、そうですよね。

 リュセットさんだったら、既に相手は決まっていますよね。

 読書中のところをお邪魔しました」


「アランさん……」


 アランは図書館を後にした。ミュリエルがリュセットにほっときなさい、と言うのが後ろから聞こえてきた。


 気がついたら休憩室に戻っていた。アランの顔を見たシルヴィは意外そうに声をあげた。


「えっ! もしかしてアラン、断られたの?

 なんで? 絶対大丈夫だと思ったのに」


 アランは絶望に満ちた声で、シルヴィに事の次第を説明した。


「あの貴族がリュセット様のダンスパートナーだなんて……。

 ゴメンね、アラン。あたしが無茶を言ったばかりに」


 シルヴィは本当に申し訳なさそうだった。


「シルヴィが悪い訳じゃないよ。

 リュセットさんがあいつと組むかもしれないって、気付けなかった僕が悪いんだ」


「物足りないだろうけど、あたしでよければ良ければパートナーになるよ」


「うん……」


 自分のことで頭がいっぱいだったアランは気付かなかったが、シルヴィは複雑そうな表情をしていた。




 翌日、午前の授業を終えて、食堂に入るとアランに気付いたリュセットが、ミュリエルが制するのも聞かず、駆け寄ってきた。


 食堂にいる全員の注目がアランに集まる。リュセットは周囲に聞こえないように声をひそめた。


「アランさん、昨日は申し訳ありませんでした。えっと、その」


 リュセットはシルヴィを見る。シルヴィはリュセットが何を言いたいのかを察した。


「アラン、あたし先に席取っておくから」


 シルヴィが離れるのを見届けてから、リュセットは引き続き、声をひそめながらアランに話しかけた。


「アランさんが誘ってくださったとき、

 わたくし、心の底から嬉しかったのです。

 決して、アランさんと踊るのが嫌な訳ではありませんので、

 勘違いなさらないでくださいね」


 リュセットが本心で言っているのが伝わってくる。


「貴族というものは、本当に煩わしいものです」


 もううんざり、と言った表情で付け加える。リュセットは人目を気にせずに、わざわざアランの気持ちをおもんぱかってくれたのだ。感謝の思いがアランの心に湧き上がってきた。


「リュセットさん、ありがとう。

 そう言ってくれるだけで嬉しいです」


リュセットはにっこり微笑むと、ミュリエルの元に戻っていった。生徒たちはざわめいている。好奇の視線を感じながら、料理を受け取ってシルヴィが座っている席に向かった。


「何の話だったの?」


「昨日のこと、改めて謝られた」


「それだけ?」


「うん、それだけだよ」


「ふーん」


 シルヴィは何か気に入らないことがあるようだ。そんなシルヴィを他所にアランはローストチキンにかぶりついた。塩の効いた肉汁が口全体に溢れた。今日はいつもより昼食が美味しく感じられた。

 


 午後の授業が終わり、アランとシルヴィはお互い距離を取って、中庭で中級魔法の練習をしていた。


「アラン、風魔法でこの岩の壁を破壊して!」


「分かった! (ラム・)の刃!(ヴォントゥーズ!)


 アランが剣を振ると、風の刃が巻き起こり、シルヴィが魔法で作った岩の壁に目掛けて飛んでいく。風の刃が接触した瞬間、岩の壁はガラガラと大きな音を立てて崩れた。


「うん! その調子だよ、アラン!」


「次はこれだよ! (ロー)巻く水流!(・トゥルビヨノン!)


 噴水の水が逆巻く渦を形成し、アランの方に向かってくる。


「続けてー、(シャンデル)柱!(・ド・グラス!)


 水の渦が消えたかと思うと、そこに人の高さほどある氷柱が現れ、地面に突き刺さった。


 アランは呪文を唱える。


火球!(ブール・ド・フ!)


 魔法剣ジョワユーズで地面を擦りつけて氷柱目掛けて火球を放つ。氷柱はアランの魔法を受けて多少溶けたが、火力が足りない。


「アラン! もっと強い炎をイメージして!

 もっと魔力を炎に込めるように!」


 ジョワユーズを握る剣にさらに力を込め、自身が作り出した火球に意識を集中させる。剣がアランの魔力を吸い上げていくのを感じた。炎は勢いを増して燃え上がったかと思うと、氷柱は完全に溶けて無くなっていた。


「それ! それだよ、アラン!

 いやー、アランの成長を見ていると、シルヴィ先生は鼻が高いよ」


 得意げな笑みを見せるシルヴィ。アランも思わずガッツポーズを取って見せる。


「おい、そこのお前!」


 後ろから突然、アランの方に向けて声がかけられた。


 ん? 以前も似たようなことがあったような。

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