第二十三話 リュセットからの夕食のお誘い
「なんか、今日のアラン、ウッキウキだね」
昼休み、中庭でシルヴィにそう指摘されて、アランはドキッとした。今晩は城下町のレストラン――アランの合格祝いをしたお店でリュセットたちと夕食をする予定になっているからだ。
「何か良いことでもあったの?」
「いや、いいことなんて、ナカッタデスヨ」
「うそ! 絶対なんかあったんだ! 教えろ!」
今日はシルヴィが妙に絡んでくる。もう一ヶ月半ぐらいほぼ毎日つるんでるだけあって、隠しごとはできないようだ。答えるのを拒んでいると、そのうちほっぺたを膨らましてじっーと見てきた。言わない限り、諦めないぞと言った様子だ。仕方ないので、リュセットに夕食に誘われたことを話した。
「そっか。リュセット様とお食事か。
だからアラン、ウキウキだったんだね」
さっきの態度はどこのその。今度はしおらしくなってしまった。アランは何と答えれば良いのか分からなかった。
午後の魔法ギルドについての授業が終わり、アランは自室に戻った。別れる際、シルヴィに言われた言葉の意味をアランは考えていた。
「少年よ、今宵は頑張るのだぞ!
大丈夫。負けてもあたしが救ってあげよう」
意味が分からない。多分おふざけだったんだろう。
制服から普段着に着替え、上からコートを羽織る。これは先日買ったものだ。城内はともかく、城下町まで降りると寒いので必要だった。父アルマンから貰ったお金は夏までは持ちそうだが、春には仕事を探して、お金を稼がないといけないことにアランは気付いていた。
アランは頭を振った。お金のことを頭から締め出して、今日の夕食のことを考える。気持ちが高ぶってきた。リュセットたちと、人目を気にせず話せるのは旅の時以来だ。
「シロ、お前も今日は久しぶりにリュセットさんに会えるぞ」
シロは嬉しそうにきゅーと鳴いた。シロをカバンに入れて部屋をでる。足取りは軽かった。
レストラン『カシュカシュ』は知る人ぞ知る、魔法学園シオンの名店だ。商業区の端の階段を降りた場所にあり、ぱっと見でレストランだとは思われない。そういう利点もあり、ここは魔法学園を訪れる貴族や商人が、密談、商談等をする場所になっていた。店内には個室も備えてあり、話が外に漏れにくいよう工夫が凝らしてある。
そのレストランに若い青年が、コートを脱いて夕闇に隠れて入っていく。アランだ。三人で一緒に向かうわけにもいかなかったので、待ち合わせ場所はこの『カシュカシュ』になっていた。
「すみません、ミュリエル様の連れの者ですが」
「かしこまりました。
お連れ様はまだいらしていないですので、先に席でお待ちください」
コートを店員に預けると、アランは席に案内された。こじんまりとした個室だった。待っている間、カバンの中から顔をだしてるシロと遊ぶ。
「アランさん、ごめんなさい。遅くなってしまいました」
「僕も今来たばかりですから」
店員に案内されてリュセットとミュリエルが入ってくる。リュセットは白と赤がベースのドレスに身を包んでいた。可愛かった。お姫様みたいだった。あ、お姫様なんだった。ミュリエルはいつもどおりの侍女の服だ。
「ゴメンね、アランくん。
リュセット様ったら、着ていくドレスに悩んじゃって」
「こら、ミュリエル! 余計なこと言わないの!」
リュセットが顔を赤くして、ミュリエルを遮る。店員が待っていたので、ひとまず皆リンゴ酒を頼んだ。料理はコースで頼んであるそうだ。
シロがカバンから出て、きゅーと鳴いてリュセットに挨拶した。
「あら、シロちゃん。久しぶりね。
今日はあなたのお友達も連れて来ましたよ」
リュセットも少々大きめのカバンを肩にかけていた。そのカバンから赤い頭が恐る恐る顔を出す。リュセットが親竜から託された竜の子供ルージュだ。シロはルージュに鳴いて挨拶をする。ルージュも嬉しそうに返した。テーブルの下に降りると二匹は楽しそうに遊び始めた。
「ルージュも、シロちゃんも、お友達と会えるのは嬉しいみたいですね」
子供を見る母親のような優しい目でリュセットが二匹を見る。
「シロもずっと部屋に閉じ込めてたから、
退屈していたみたいだったし良かった。
ところで、そのカバンはどうしたんですか?」
リュセットが少し顔を赤らめて答える。
「これは、アランさんの真似で、
ルージュ用にミュリエルに買ってきてもらいました。
今日初めて使いましたが、ルージュを連れて目立たずに移動できるので便利ですね」
「ですよね!
僕のカバンは、シロ大好きな妹が作ってくれたのですが、
本当に便利で助かっています」
これは、竜の子供を連れた者にしか分からないことだろう。しばらくアランとリュセットは、竜の子供の世話の話題で盛り上がった。ミュリエルもルージュの面倒を任されることがあるので、話題についてくる。
店員がやってきて、リンゴ酒とつまみのオリーブを持ってきた。会話を中断して乾杯する。
「この度は、うちのミュリエルがアランさんに怪我をさせてしまい、
大変申し訳ありませんでした」
二人は頭を下げた。
「いえ、先日も言ったとおり、
ミュリエルさんは大切なことを気付かせてくださったんです。
感謝しているぐらいです」
「そう言っていただけると助かります」
店員がサラダとゆで卵のソース添えを持ってきた。
「と、こ、ろ、で、アランさん」
リュセットの声色が突然変わる。
「アランさんといっつも一緒にいらっしゃる、
あの可愛らしい緑の髪の方はどなたですか?」
笑顔だったが、目が笑っていなかった。美人だけに怖かった。深呼吸して気持ちを落ち着かせてから、アランは答える。
「彼女はシルヴィという名前で、僕の友人です。
初級魔法すらマスターしていなかった僕の魔法の勉強を手伝ってくれる良い子です」
「そして、アランくんがたぶらかそうとしている女の子の一人だと」
こらー、ミュリエルさん、こらー。しかも一人って、僕がたぶらかそうとしている女の子がたくさんいるみたいじゃないかー。今日はあんたは僕の敵か! と言いたいところをぐっと堪える。この人だけは怒らせてはいけない。
「ハハハ。何言っているんですかー、ミュリエルさん。
僕はリュセットさん一筋ですよ」
場が凍った。ミュリエルの発言を否定しようとして、アランは口を滑らせてしまった。
「アラン、くん。
あなた、見かけによらずなかなかやるじゃない。
リュセット様、騙されてはいけませんよ!
これは悪い虫が使う常套手段です!
けっして騙されてはいけません!」
否定したいところだったが、今はミュリエルの話を聞いてもらうほうが良さそうだ。話を変えよう。
「リュセットさんって、婚約者がいらっしゃるんですね。
あのウジェーヌとかいう、
いけ好か、感じの良さそうな青年もその一人と、
ミュリエルさんから伺いました」
顔を紅くしてぼーっとしていたリュセットは現実に戻ると、大きくため息をついた。
「そうですね……」
やっぱりそうなのか。ミュリエルから聞くのと、本人から直接聞くのではショックの度合いが違った。
「サフィール侯爵は王国屈指の大貴族にして、
魔法に必要なサファイアの産地を支配する大地主。
その嫡男である彼が、わたくしの婚約者の最有力候補でしょうね……」
リュセットは憂いを帯びた表情でアランを見る。
「何か……、あまり乗り気じゃないみたいですね。
ウジェーヌってやつ、やっぱり嫌なヤツなんですか?」
「勘違いしないでいただきたいのですが、
ウジェーヌ様はご立派な方です。
紳士ですし、自分の考えをはっきり持っていらして、
意志の強いお方です。わたくしも個人的には尊敬しております。
若干平民嫌いが強いのが傷ですが」
あの鼻持ちならない野郎を、そこまで褒めるリュセットにアランは少し腹が立ってきた。ああ、あいつは男の僕から見てもイケメンだよ。
「リュセットさんがおっしゃるような方であれば、
ご相手としては申し分無いような気がしますが」
「アランくん、いじわるね」
ミュリエルがおちょくってくる。リュセットは少し悲しそうな顔をした。
「アランさんがおっしゃりたいことも分かります。
ですが、何と言うのでしょうか。
魅力的な方なのですが、何故か心を惹かれないのです」
「はあ」
正直、アランには良く分からなかった。
「ひょっとすると、
亡くなった許嫁がいたから、そう思うのかも知れません。
わたくしには、幼い頃、父が決めた許婚の方がいたそうなのです。
ですが、不慮の事故で無くなったと聞かされました。
そのことを聞かれたとき、いっぱい泣いた記憶が残っています。
よくお覚えていないのですが、父によるとわたくしとその方は
とても仲が良かったようで、父もその婚約には非常に満足していたそうです」
新たなライバル登場かと思ったが、故人か。ちょっと引っかかるが、良しとしよう。
コンソメスープが運ばれてきた。肉の旨味、魚の旨味、野菜の旨味が濃縮されており、スプーンで飲むと深い味わいが舌に広がる。ここで皆、追加のリンゴ酒を注文した。
「あっ、私、ちょっと用事思い出しちゃった」
急にミュリエルは立ち上がるとそう言った。完全に棒読みだった。
「外に出るから、お二人さん頑張ってね」
「ちょっと、ミュリエル!
あなたに用事なんてないでしょうに!」
ミュリエルは聞こえないふりをした。去り際に、ミュリエルはアランにウインクした。さっきは敵だったのに、今度は妙な風の吹き回しか……。




