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第二十二話 怒りのミュリエル

「アランさん、ちょっといいかしら?」


午後の授業が終わって、アランはミュリエルに呼び止められた。ミュリエルの声には普段の親しさはなく、冷たい感じがした。


「は、はい」


 隣にいるシルヴィに向かってアランは声をかける。


「じゃあ、シルヴィ。また明日」


「うん、また明日」


 並ならぬ雰囲気を感じながらも、シルヴィは自分が出る幕ではないことを悟った。


「じゃ、ついてきて」


 ミュリエルは道中ひとことも発さず、先をどんどん進んでいく。話しかけて良さそうな雰囲気ではなかった。螺旋階段を降り、中庭を抜けて裏庭にでる。授業が終わったばかりということもあって、裏庭には誰もいなかった。


 裏庭の湖水の近くで足を止めて、ミュリエルはアランに向き合った。湖面は夕日に染まっていた。


「何故私があなたを呼び出したか、分かる?」


「いえ、分かりません……」


 突然の出来事だったので、アランの頭は混乱していた。ミュリエルは怒っているようだったが、理由は皆目見当もつかなかった。


「アランさん、あなたには失望したわ……。

 あなたはやっぱり最低のゲス野郎ね」


 背筋が凍るのを感じた。一体何を……、と言いかけたが、ミュリエルはその言葉を遮った。


「その曲がった根性、叩き潰してあげるわ」


 叩き直すではなくて、叩き潰すのか。それって……。そこでアランの思考は途絶えた。水の矢が無数にアランの足元に飛んできたからだ。


 ミュリエルが何かぶつぶつ呪文を唱えると、湖水が膨れ上がって、幾重もの槍状になりミュリエルの周囲を取り囲む。穂先はアランの方を向いていた。


 その水の槍がアランに向かって放たれる。かわそうとしても、槍は軌道を変えアランを追撃してくる。頬をかすめ血が流れた。魔法剣ジョワユーズを抜いて槍を攻撃するが、攻撃しても水なので元の形をすぐに取り戻し、再び襲ってくる。


 アランの足元目掛けて飛んできた水の槍を、すんでのところでかわすと、槍は地面に深く突き刺さった。しばらく槍の形状を保っていたが、崩れると空中で再び槍の形を形成し、アランを執拗に追ってくる。


 かろうじて大怪我は避けていたが、かすった槍の攻撃で制服は破れ、アランは傷だらけになっていた。このままでは本当に殺されるとアランは思った。


「ミュリエルさん!

 一体、どうしたって、言うんですか!?」


 攻撃を時にかわし、時にかわしきれず、かすめて傷をつけながら、アランはミュリエルに語りかけた。アランがミュリエルを抑えられる可能性は万に一つもない。アランにある選択肢は、ミュリエルを説得することだけだった。


 ミュリエルの攻撃の手が若干緩んだ。


「あなた!

 もう一ヶ月以上、リュセット様と話していないでしょう!」


 確か、城下町のレストランでアランの合格祝いをしてくれたときが最後だ。もうあれからそんなに時間が立ったのか。


「そう、です、けど」


「何故! リュセット様に話しかけてあげなかったの?」


「周りに、貴族の、方が、いっぱいいて、

 話しかけ、づらかった、から、ですよ」


 ミュリエルほどの魔法剣士の攻撃に対処しながら話すのは難しかった。徐々にミュリエルの理不尽さに腹が立ってきた。リュセットに近づくなって言ったのはミュリエルじゃないか。


「それに、ミュリエルさんも、言ったじゃない、ですか!

 これ以上、近づかない、ほうが、良いって」


 ミュリエルの攻撃は再び勢いを増した。


「そう、だけど! そうだけど! だったら!

 私がリュセット様に話しかけるなって言っただけで!

 あなたは、はい、そうですかって納得するの?

 あなたにとって!

 リュセット様はそれで納得できる程度の存在だったの?」


 アランは目を大きく見開いた。ハッとした。何故今まで気付かなかったのだろう。昼間に見たリュセットのとても悲しそうな灰色の瞳を思い出した。


「あんなに初々しいリュセット様は初めて見た。

 リュセット様があんなに楽しそうお話するのを、私は初めて見た。

 あなたなら!

 リュセット様の良いお友達になれるんじゃないかって、期待していた!」


 ミュリエルの瞳には涙が浮かんでいた。


「でも、あなたはあのシルヴィって子といちゃいちゃするだけで、

 リュセット様に話しかけようともしない!

 リュセット様があなたたちをどんな気持ちで見ていたか、

 あなたには分かるの?」


 動きが鈍ったアランの左太腿を、水の槍が大きくかすめる。傷は浅くはなかった。思わず痛みにアランは膝をつく。そのスキを逃さず、水の槍がアランに無数に襲ってくる。


 アランはもう、攻撃をかわそうとはしなかった。代わりに食いしばるように言葉をだした。


「納得できる……、わけないじゃないですか!」


 アランの目にも悔しさで涙が浮かんでいた。その言葉が聞こえたのか、水の槍は攻撃をやめて空中で止まっていた。


 魔法学園に来る旅で出会った少女。


 盗賊たちに臆せず毅然とした表情。

 好奇心旺盛で出店の品に目をキラキラさせていたときの表情。

 人混みではぐれないようにと手をつないだときの恥ずかしそうな表情。

 竜に襲われた時、アランの手の中で身体を震わせながら、

 不安そうにしていたときの表情。


 短い旅の間にみたリュセットの表情が、一気にアランの頭の中に浮かんできた。


「でも! リュセットさんは王族で!

 僕はただの田舎者で!

 そんな僕がリュセットさんの側にいても……」


 左の頬を強い衝撃が襲って思考が飛んだ。いつの間にかミュリエルがアランの目の前に立っていた。思いっきり頬を叩かれたようだ。痛みが後から追ってくる。


「そんなことを気にする方じゃないって、

 あなた知ってるでしょ……」


 ミュリエルがつぶやいた。


 そう、アランはもちろん分かっていた。そうでなければ、旅の間あんなに親しくできたわけがない。


 分かっていた。自分が言い訳をしていただけだって。魔法が下手な自分は側にいるのはふさわしくない。そんな自分は貴族たちに笑われる。リュセット様の側にいるのはふさわしくないと言われる。それが怖かっただけだ。


 騒ぎを聞きつけたのだろうか。人が裏庭に集まってきた。だれかアランとミュリエルが争っているのを見かけたのだろう。ミュリエルを止めることができるのはリュセットだけだと分かっていたのか、リュセットも呼ばれ、急いでこちらに駆けてくる。


「ミュリエル! 一体これはどういうことですか!

 アランさんにこんなに怪我をさせて!」


 リュセットはひざまずくとアランに回復魔法をかける。リュセットが杖も魔法の短剣も使っていないことに気付いた。そう言えば、リュセットが杖を持っているのは見たことがないな。何故今まで気付かなかったのだろうとアランはぼんやり思った。


 全身傷で傷んでいたが、身体の回復力が高まって傷が少しずつ癒えていくのを感じた。普通なら治るまでは二、三日はかかる傷だが、明日にはもう治りそうだ。他の人間が唱える回復魔法よりもリュセットのものは効果が高く感じる。


 応急手当が終わると、リュセットは立ち上がり、厳しい目でミュリエルをにらむ。こんなに怒ったリュセットを見るのは初めてだった。


「アランさんをここまで傷付けるなんて、

 いくらミュリエルでも許せません!

 どうしてこんなことをしたのか説明してください!」


 激しい口調でリュセットは詰問する。ミュリエルは下を向いていた。事の発端の本人に言えるわけがない。アランは助け舟を出した。


「リュセットさん。

 ミュリエルさんは、曲がっていた僕の根性を直してくれただけですよ」


 実際、アランはミュリエルに感謝していた。ミュリエルが叱ってくれなかったら、このまま、ずっとリュセットと話をすることはなかっただろうし、話しかける勇気もでなかっただろう。


「でも、それにしても、この傷はいくらなんでもやり過ぎです!」


「大丈夫ですから。

 それにミュリエルさんのおかげで、

 こうやって久しぶりにリュセットさんと話せたわけですし」


 アランはリュセットに笑顔を向ける。リュセットは少し顔を赤くした。


「アランさんがそこまでおっしゃるのでしたら……」


 やがて、騒ぎを聞きつけたベルナール先生とデュボワ先生がやってきた。ミュリエルに稽古をつけてもらっていたところ、事が大きくなってしまったと二人には説明し、謝ってその場を収めた。


 別れ際、アランはリュセットに断ってミュリエルとしばらく二人にさせてもらった。


「ミュリエルさん、ありがとうございました。

 僕は、どうかしていたようです」


 深々と頭を下げるアラン。それを見てミュリエルも謝った。


「私もやり過ぎちゃったみたいで、ごめんなさい」


 そして、ミュリエルは橙色に染まった湖面の方に身体を向けた。遥か彼方の大賢者の塔をみつめている。


「私とリュセット様は、幼い時に出会った。

 私は平民の生まれで、孤児だった」


 ミュリエルがとうとうと語り始める。


「侍女としてあてがわれた身寄りのない私を、

 リュセット様は友達として接してくれた。

 そして私達は姉妹のように一緒に育った。

 私はリュセットを本当の妹のように思っている。

 だから妹を傷つけようとするやつは誰であろうと許さない」


 ミュリエルの言葉には力がこもっていた。


「私にはリュセット様の侍女として振る舞う義務があるわ。

 だから、あなたを公には認めることができない。

 それに、あなたといるリュセット様をみると、

 大事な妹を盗られるんじゃないかって不安になる。

 一方で、あなたと話している楽しそうなリュセット様を見ると、

 あなたにはリュセット様の友達でいて欲しいと思うの。

 そのぐらい、リュセット様はあなたといるときは、普段と違うのよ」


 ミュリエルは振り返ってアランを真っ直ぐ見た。


「ごめんね、あなたに意地悪するのは、だからかも知れない。

 でも、私に負けないでね。

 あなたには、この人だったらリュセット様を任せても大丈夫って

 思えるぐらいの人になって欲しいから」


 そしてアランに満面の笑顔を見せると、ミュリエルはリュセットの元に戻っていった。アランも清々しい気分で自分の部屋に戻った。




 翌朝、リュセットから手紙が届いた。ミュリエルのしでかしたことでお詫びをしたいから、一緒にレストランで夕食をしませんかと。

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