第二十一話 父からの手紙
父アルマンからの手紙。嬉しさがこみ上げてきて、アランははやる気持ちを抑えながら封を切った。中から手紙を取り出して広げる。そこには見慣れた父親の字があった。
アラン、合格おめでとう。この手紙がお前に届く頃には、
お前はもう学園生活にも慣れてき始めているころだろう。
ラウルから道中の話は聞いた。
あいつ、アランが合格したことをいち早く知らせたくて
だいぶ無理したらしく、一五日かかる距離を十日で帰ってきたぞ。
相変わらずラウルは型破りだなとアランは微笑んだ。
まず、魔法の試験に関しては謝る。
昔から言っていたが、俺は魔法が苦手で、
教えるのも上手くはなかった。
結果、お前を辛い目に合わせることになった。本当にすまない。
剣術の試験に関しては、さすが俺の息子だ。
試験官を倒すなんて聞いたこと無いぞ。
アランは複雑な気分になった。父さんも苦手だったのだからしょうが無い。代わりに剣術に関しては、最高の稽古をつけてくれたんだ。そのことは、魔法学園にきて初めて気付いた。感謝こそすれど、非難するのはお門違いだろう。
道中、エスペランス公のご息女にお会いしたそうだな。
この話をラウルから聞いたときは、父さんも母さんも驚いた。
ご息女とは仲良くしろよ。期待しているぞ。
王族と仲良くしろって。普通、粗相のないように、とか忠告しないか。しかも期待しているぞって、何をだよ! 父親のにやにやする顔を思い浮かべて、アランは思わずつぶやいた。
盗賊に襲われたのは災難だったな。警戒させておいて正解だった。
盗賊だけでなく、竜にも襲われたとラウルが嬉しそうに話したときは、
よくぞ怪我もなく無事で生き残ったと胸をなでおろしたもんだ。
母さんなんて、また竜に襲われるんじゃないかって慌て始めたぐらいだ。
仮に学園を竜が襲っても、凄腕の魔術師たちがいる場所だから大丈夫だ、
と言い聞かせるのに苦労したぜ。
……あの戦いのことを、嬉しそうに話せるなんて、我が兄ながら理解できない。
初めて聞く名だが、そのマティスと言う名の魔法剣士には感謝しないといけないな。
直接会って礼を言いたいぐらいだ。
もし学園生活中に何かあったら、学園長のアンリを頼るといい。
俺とは良く悪口を言い合う仲だったが、悪いやつじゃない。
きっと力になってくれるはずだ。
魔法を学ぶのは大変だが、お前ならできる。頑張れ。
父より
追伸
母さんから身体を壊さないように気をつけなさいとのことだ。
クリスはお前がくれた本を喜んでいたぞ。
ありがとう。お兄ちゃん大好き、だそうだ。
「ありがとう。お兄ちゃん大好き」のところだけ、クリスの筆跡だった。アランは心の中に温かいものが広がっていくのを感じた。ラウルも無事村まで帰れたようで一安心だ。
身体にやる気がみなぎってくるのを感じて、手紙を机の引き出しに大切にしまうと、アランは『初級魔法』の本を開いた。シロはもう巣の木箱の中で眠りについていた。
竜の地と呼ばれる大山脈地帯。月明かりが照らすその険しい山道を、つい先日まで盗賊団の幹部を務めていた男が急いでいた。
もし自分に何かあったときはこの地に向かうように、とお頭に指示されていたからだ。竜の襲撃で仲間を失い、盗賊団が壊滅した今、男に頼れるのはお頭が残した言葉だけだった。
男はしばらく辺りを見回していたが、大岩を見つけると一安心して近づいていく。大岩を動かそうとした段階で、想定より岩が重いことに気付き、男は焦ったが、苦労した末に岩をどかすことに成功した。
その先に道が続いていることに安堵した男は、松明に火をつけて洞窟の中に入った。狭い道をどんどん進んでいく。進むについて道が広くなることに男は驚いたが、構わず先に進んで行った。ほどなくして男は巨大な空間に出た。
松明の火に照らされて、何か黒くて巨大なものが空間を満たしていることに、男は気付いた。松明をかかげて目をこらす。黒いものが動いたことを目の端で捉えた。
そして、男は目の前のものが黒い竜であることを認識した。恐怖が全身を突き抜けていたが、大声を上げるほど男は愚かではなかった。冷や汗が流れるのを感じながら、一歩ずつ後ずさる。
「待て」
静かな声が男を呼び止めた。突然の人の声に男は驚き足を止める。
「貴様は何者だ?」
後ろから低い声が響いてくる。
「俺は、お頭の命令でここに来るように言われただけだ。
あんたがお頭の協力者なのか?」
「そうか。やはり作戦は失敗して、やつは死んだか。
その時の状況を説明してもらおう」
男の不安を察して、声の主は付け加える。
「大丈夫だ。そこの竜はお前に手出しはしない」
元盗賊の幹部は語った。
貴族の少女に、竜の子供をさらったのを気付かれたこと。少女と偶然そこに現れた少年たちに竜の子供を奪われ、仲間を捕らえられたこと。仲間を牢から脱出させたこと。竜の子供を奪還するために、少年少女たちを待ち伏せして襲ったこと。その場に親竜が現れ、お頭を焼き殺したこと。お頭が死んだので命令に従ってここまでやって来たこと。
「有能な部下を失い、その手足となっていた盗賊団も壊滅。
他にもやらせる予定の仕事があっただけに、これは大きな痛手だ。
計画の大幅な修正が必要だな」
声は淡々と話す。まるで盗賊団の壊滅は、言っていることとは裏腹に、大した問題ではないのかのようだ。実際には作戦成功の報告が無いことから、作戦が失敗したことを事前に察していたため冷静であっただけで、声の主に取っては大変な損失だった。
「しかし、竜の存在を感知する貴族の少女か」
声の主の嬉しそうな口調には、ゾッとするような恐ろしさがあった。
「報告、ご苦労だった」
そう聞こえたかと思ったときには、後ろから鋭利な刃物が自分の胸を貫いていることに男は気付いた。激しい痛みが身体の中心から広がっていく。
「なっ! 手出しは、しない、と」
「ああ、竜はお前に手出しはしていない。
手を出したのは、私だ」
身体を貫いている何かが、急に熱を帯びて黒い炎が巻き起こる。炎が全身を包んでところで、男の意識は途絶えた。
黒く焼け焦げた死体から剣を抜いて、声の主――、黒騎士は刀身を確かめる。刀身の半ばほどまで、記号のようなものが刻まれていた。
「やはり、小者か。
――竜の存在を感知するほどの魔力を持つ少女。
その者を殺せば、我が魔法剣デュランダルは完成に大きく近づくだろうな」
黒騎士は嬉しそうな声を立てる。声は洞窟内に響き渡り不気味に残響した。
月は移り、霜月も半ばに入った。寒さが一段と増してきて、周囲の山々は雪化粧を深めていく。中庭の木々は全ての葉を落として冬に備えている。
午前の中級魔法の授業を終え、シロを回収してから、アランとシルヴィは食堂に向かっていた。
初めのうちは、シロも教室に連れて行っていたのだが、シロが授業に飽きて遊び始め、授業の邪魔をするようになったので、教室に入れるのは禁止されてしまった。だからアランが授業のときは、シロは部屋でお留守番をすることになっている。
シルヴィのおかげもあって、アランはこの一ヶ月半ほどで魔法の腕をめきめきとあげ、なんとか初級魔法をマスターした。これでやっとスタートラインに立てたことになる。
「アランって、実は魔法の才能すごいんじゃない?
この短期間で初級魔法をマスターするなんて普通じゃないよ」
シルヴィは心の底から感嘆していたが、そんなことはない、まだまだ苦手だとアランは思っていた。
「アランに魔法を教えたのって、アランのお父さんだっけ?
こう言っちゃあれだけど、魔法教える下手だったんだね」
アランは苦笑いをした。事実だったからだ。
「そうだね。本人も言ってた。
代わりに父さんは剣術を教えるのが上手かったけどね」
シルヴィはアランの剣術の試験を思い出して納得した。
「そうだね、アランの剣術すごかったもん。
あんなふうに攻撃をギリギリでかわすの初めて見た。
あれほどの離れ業ができるんだから、
魔法もすぐに一人前になれそうだね」
「僕が『初級魔法』をマスターできたのは、
僕の才能とかではなくて、シルヴィが教えるのがとても上手いからだよ」
そう言って笑顔を向けると、シルヴィの頬が赤く染まる。
「あ、アランにそう言って貰えると嬉しい……」
食堂に入ると、生徒たちでいっぱいだった。初めの頃はアランとシルヴィが入ると注目を集めたものだが、もう慣れたらしい。
リュセットがこちらを向いたような気がしたが、他に振り向いたものはほとんどいなかった。リュセットは貴族の子息や令嬢に囲まれて、楽しそうに食事をしている。もちろん、ミュリエルも一緒にいた。
この時間、食堂はいつも混む。メニューは日毎に決まっており、今日の昼は、肉のステーキを果実の風味が強いソースで味付けした料理に、葉野菜を蒸したものが添えられていた。
ステーキは果実の甘酸っぱさと塩の聞いたステーキの旨味が混ざり合って、口のなかで何とも言えない風味を作り出す。葉野菜は野菜の甘味が引き出されていて、口に含むと独特の香りと甘みが広がった。
貴族の子息も学んでいることもあって、学園の学食は一流のシェフが作っていた。学生は無料なので、この食事を諦めてまで城下町のレストランに行く生徒はほぼいない。
シロには毎日、大きな肉の塊が提供されていた。良い肉らしく、シロは喜んで食べている。おかげで最近安い肉を与えてもそっぽを向かれるようになり、学園を出た後が怖い。
シルヴィと一緒に料理の味について笑いながら話していると、ふと食堂の中央にいるリュセットと目が合った。リュセットの灰色の瞳はとても悲しそうだった。目が合ったのは一瞬だけだった。リュセットはすぐに目を離すと、周りの貴族たちに顔を向けて、笑顔を作った。
胸を形の無い、鋭いものが突き刺すのを感じた。
「ん? アラン、どうかした?」
「いや、なんでもないよ」
もう、ステーキの味は感じられなくなっていた。
午後の最後の授業、魔法史が終わり教室から出ると、腕を組んで廊下の壁にもたれかかるミュリエルがいた。アランを待っていたようだ。
「アランさん、ちょっといいかしら?」




