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第二十話 大貴族ウジェーヌ・ド・サフィール

 声の方を振り向くと、貴族の身なりをした三人組が、アランを軽蔑するような眼差しで見ていた。


中央にいる背が高い青年には見覚えがあった。伝説を語る町リュデルで、リュセットと親しくしていた顔立ちの整った青年だ。


「お前、魔法ができないにもかかわらず、

 少し剣術ができるからと調子に乗っていやしないか?」


 右側の茶髪の青年がアランをにらむ。先程アランを呼んだのはこの青年のようだ。


「しかも、平民の分際でリュセット様と親しくしてるらしいな。

 そういう噂が立っていること自体許せん」


 今度は左側の赤髪の青年が憎々しげに言った。


「平民風情がリュセット様に近づくのはよして貰おう。

 リュセット様は王族、君などとは住む世界が違い過ぎるのだ。

 君はそのトカゲと戯れているのがお似合いだ。分をわきまえたまえ」


 中央の金髪の青年が軽蔑した目でアランを見下ろす。


 侮辱の内容もさることながら、アランが一番ムカついたのは、金髪の青年が、腹が立つほど整った顔をしていることだった。シロもトカゲ呼ばわりされて、カバンの中から顔を出して唸っている。


「ちょと、貴族だからって威張っているあなた達の方が、

 調子にのっているじゃないの?」


 シルヴィがぷんぷんした様子で反論して、アランの前に出る。


「平民の娘ごときが、貴族に対してその物言い……」


 そこまで言って金髪の青年は口をつぐんだ。シルヴィを見ている。


「この娘、少し顔が良いからといって、貴族になめた口を利くとは」


 赤髪の少年が前に出てシルヴィに近づく。アランは身構えた。


「おい! 止めろ、エステバン!」


 金髪の青年が止めようと叫んだときには、エステバンと呼ばれた少年は剣の鞘でシルヴィを打ち付けようとして……。


水の壁!(ミュール・ド・ロー!)


 噴水をから流れてきた水が、壁を形成しシルヴィと赤髪の少年の間を遮った。少年は突然の出来事に驚いてあとずさった


「あら、楽しそうね。私も混ぜてくれないかしら?」


 自信に満ちた声が青年たちに投げかけられる。


 アランが声の主を求めて振り向くと、黒髪をなびかせた女性が、右手に魔法剣を携え立っていた。


「ミュリエルさん!」


 ミュリエルと会うのは久しぶりだった。食堂や中庭でリュセットと共にいるところを見かけることはあった。だがいつも二人は貴族の令嬢に囲まれているので、とてもじゃないが、アランには話しかけることはできなかったからだ。


「あら、誰かと思えばアランくん」


 ミュリエルに話しかけようとすると、金髪の青年が割り込んできた。


「これはミュリエル様。

 エステバンを止めていただきありがとうございます。

 ところでミュリエル様からも、そちらの平民に

 リュセット様に近づかないよう、言い聞かせてはいただけませんか?」


「ええ、私からも、この悪い虫にはリュセット様に

 不用意に近づかないように言いつけて置きますわ、ウジェーヌ様」


 ミュリエルが笑みを浮かべて返答する。あの高慢な貴族も、リュセットの侍女には礼節を尽くさないといけないようだ。


「ありがとうございます、ミュリエル様。

 では私達はこれで失礼させていただきます」


 ウジェーヌと呼ばれた青年は一礼すると城へ入っていった。他の二人も彼に続く。


「誰、その可愛い子?」


 開口一番、ミュリエルはアランにそう尋ねた。


「今年入った魔法科の生徒のシルヴィです」


 シルヴィが可愛らしくお辞儀をする。


「シルヴィ、こちらはリュセット様の侍女のミュリエルさん」


「先程は助けていただき、ありがとうございます」


 ミュリエルがよろしくといった感じで手をあげる。そしてアランに向き直った。


「アランさん。あなた、リュセット様だけでなく、

 この子までその歯牙にかけようとしているの?

 悪い虫どころか、とんだクズ野郎ね」


 ミュリエルは歯に衣着せずにアランを非難する、が口元が少し緩んでいた。それに気付かなかったアランは、ミュリエルの頭の中では、自分はどんなけだものなんだろう? と思わずにはいられなかった。


「ミュリエルさん、勘違いです! 彼女は友人です!」


 ミュリエルは疑わしそうにアランをじーっと見る。シルヴィはクスクス笑っていた。


「シルヴィ、笑っていないでシルヴィの方からも説明して!」


「ミュリエル様、アランの言うとおりです。

 たまたま中級魔法の授業でペアを組むことになって、

 それからアランの勉強の手伝いをしているだけです」


「ほうほう、名前で呼び合う中ですか」


 ミュリエルの口元は大きく緩んでいた。ミュリエルにからかわれているだけだと、この時点でアランも気付いた。


「ミュリエルさん!」


「ごめん、ごめん。アランくん、からからかい甲斐があるものだから」


 ミュリエルもシルヴィも笑っていた。アランもつられて顔がほころぶ。


「ところで、さっきの人、いったい何なんですか?

 平民ってだけで人を侮辱して、リュセットさんにも近づくなって!」


 思い出すだけでもアランは腹が立ってきた。


「あのお方はウジェーヌ様。

 大貴族サフィール家の嫡男で、リュセット様の婚約者候補の一人よ」


 リュセットの婚約者候補? 想定外の事実にアランは足場が不安定になり崩れさった気がした。ミュリエルは説明を続ける。


「サフィール家が治めるサフィール地方は、サファイアの産地。

 その宝石から入る莫大な富が、サフィール家が大貴族たらしめているのよ」


 杖や魔法剣には魔力のある宝石をあしらう。だから魔力の強いサファイアの需要は高い。


「魔法が生活に根付いているネウストリア王国にとって、

 サフィール家は重要な貴族だから、その嫡男であるウジェーヌ様は、

 リュセット様の婚約者候補になりうるというわけね」


 今更になって、アランはリュセットが雲の上の人だということを強く意識することになった。旅の間はあまりにも自然に、身近に接していたからそのことに気付かなかった。


「だから、アランさん。リュセット様と親しくなっても、

 あなたが友達で居続けるのは難しいのよ。

 ひょっとしたら、あなたは傷つくだけだから、

 これ以上近づかないほうが良いのかも知れない」


 ミュリエルが少し悲しそうな様子でアランに語りかける。


リュセット様は王族、君などとは住む世界が違い過ぎるのだ――。


ウジェーヌと言う青年が言った言葉が思い返される。


「私は一応釘を刺したからね」


 ミュリエルはリュセットの元に戻らないと、と言って、城の中に入って言った。


「アラン、大丈夫?」


 シルヴィが心配そうな表情で問いかける。どうやら、思った以上にショックを受けて、顔に出てしまっているようだ。ひとまず、今聞いたことを頭から押し出した。


「うん、大丈夫だよ」


「良かった。でも、すごいね、アラン。

 リュセット様とミュリエル様ともお友達なんだ」


 さっきのウジェーヌとかいうやつも、シルヴィも何故、ミュリエルを様付けで呼ぶのだろうとふと思った。リュセットの侍女とはいえ、様付けをするほどなのか。本人がいろいろな意味で恐ろしいから?


「ちょっと気になるんだけど、

 なんでさっきのウジェーヌってやつも、

 シルヴィもミュリエルさんを様付けするんだ?

 リュセット様の侍女とはいえ、侍女は侍女だろ?」


「アラン、知らないの?

 確かにミュリエル様はリュセット様の侍女だけど、

 同時に、『四聖』の一人なんだよ。『水聖のミュリエル』。

 水魔法の最高の使い手に与えられる称号が『水聖』だよ」


 四聖とか初めて聞いたが、何か強そう。というより、ミュリエルの戦いを見たことがあるから、強いのは知っている。あんなのが、もう三人もいるのか。恐ろしい。


「『四聖』は侯爵と同等の地位を持っているから、

 さっきのウジェーヌって人も、ミュリエル様に敬意を表したんだと思う」


「そうだったのか。全然知らなかった」


 昼休みの終わりを告げる鐘が鳴り響いた。午後は、ネウストリア王国の歴史の授業だ。二人は話を中断して教室へ急いだ。授業の内容は全然頭に入ってこなかった。アランはリュセットのことを考えていた。


 リュセット様は王族、君などとは住む世界が違い過ぎるのだ――。


 あのお方は大貴族サフィール家の嫡男で、リュセット様の婚約候補者の一人よ――。


 ウジェーヌとミュリエルの言葉が何度も頭の中を巡る。そしてアランはリュセットが憂いに満ちた表情でつぶやいたことを思い出した。


 幸せです……。全てのしがらみから開放されて、景色の良い場所を旅できて――。


 アランは何とも言えない気分で午後を過ごした。夜、学食で食事を取って部屋に戻ると、父アルマンからの手紙が来ていたことにアランは気付いた。

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