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第二話 魔法

 日課の稽古が終わったあとは朝食だ。パンとラズベリーの自家製ジャム、それにヤギのミルク。これがデュヴァル家定番の朝ごはんだ。


 シロには、ラウルが昨日川で釣った魚が与えられている。竜は神性な生き物とされ崇められているので、実はこの家ではシロが一番豪華な食事をしている。村人から食べ物を貰うことも多い。


 朝食中、いつものように父アルマンがアランとラウルに今日の仕事を言い渡した。


「アラン、村外れの奥さんから、かまどの修理の依頼が来ている。

 午後から行くつもりだ。手伝ってくれ。ラウルは畑仕事を頼む」


 村の端には老夫妻が住んでいる。奥さんは子供好きで、アランも小さい頃はよく遊んでもらい、お菓子をいっぱいもらった。とっても人の良いおばあちゃんで、今は旦那さんと二人だけで住んでいる。彼らの息子さんは街で家庭を持って生活をしている。


 アランが住む村は小さくて住民は百人もいないので、皆顔見知りで、お互いのことは大抵知っているのだ。


 そういうわけで、アランは父親に付き添って、午後から村外れの奥さんの家に行くことになった。


 村長で魔法も使える父アルマンには、村人からこういう依頼が時々舞い込んでくる。多少なりとも魔法の心得のあるアランが手伝いに駆り出されることになる。兄ラウルと母アルフォンシーヌは魔法が使えず、妹のクリスは物覚えが良く魔法も使えるのだが、家事の手伝いをしなくてはならないからだ。


 午前中はいつもどおり家畜の世話をした。それが終わると昼食までは自由になる。この時間、ラウルはよく庭で剣の稽古をするが、アランは魔法の練習をしたり、シロと遊んだり、昼食の準備の手伝いをしたり、父親から貰った本を読んだりと、その日の気分でやることをバラバラだ。


 本は『魔法の基礎』、『スアーブ王国の歴史』、『ネウストリア王国建国史』で、アランが持っている本はこれが全てだった。既に何十回も読んでいる。


 今日は母アルフォンシーヌの手伝いをすることにした。


「あら、今日はアランが手伝ってくれるの?」


「うん、クリスがシロと遊べるように、代わりに手伝おうかと思って」


 今朝はクリスに迷惑をかけてしまったので、その埋め合わせだった。


「え、シロと遊んでいいの?」


 クリスが緑色の目を輝かせている。アランはうなずく。クリスにとってシロと遊べることは最高のご褒美だ。


 午前中は朝食、昼食と食事の支度と片付けがあるのでクリスは忙しい。一方、午後はアランが畑仕事をしたり、食料調達のため川に釣りに行ったり、今日のように村人からの依頼対応で家にいないことが多い。


 シロはアランが出かけると必ず付いて来るので、日の明るいうちにクリスがシロと遊べる時間は意外と少ないのだ。


「お兄ちゃん、ありがとう!」


 そう言うが早いか、朝食を食べ終え満足そうにくつろいでいたシロを、あっという間に抱きかかえると外に出ていった。シロよ、すまない。


「ふふふ、クリスティアーヌは相変わらずね」


 母アルフォンシーヌが穏やかに笑う。


 家では皆、クリスと呼ぶのだが、母親だけは名前のクリスティアーヌで呼ぶ。クリスが自分の名前を忘れないようにするためだそうだ。本人が忘れることは無いだろうが。ただちょっと天然が入ったアルフォンシーヌらしい理由ではあった。


 今日の昼は、ラウルが川で釣ってきた魚を香草焼きにするとのことだ。父アルマンが魔法で水を凍らせて作った氷で、魚の鮮度はある程度保ってある。


 母親が魚を調理している間、アランはパンを切り分け、グラスに水を注ぎ、食器を机の上に並べる。


 昼を告げる村の鐘が鳴り、戻ってきたクリスは栗色の髪がボサボサになっていたが、とても満足した様子だ。シロは心なしか疲れているようにアランには見えた。


 昼食の美味しい川魚を皆で堪能して、しばらく休んだあと、アルマンが立ち上がった。昼の仕事だ。アランもアルマンについていく。


「アラン、奥さんの家に着くまでの間、魔法の復習だ」


 村の端に通ずる小道を歩きながら、アルマンが言った。シロも一緒で僕ら彼らの前を歩いている。


「魔法を発動するために必要な三つの条件はなんだ?」


 剣術にしろ、魔法にしろ、基礎を繰り返し頭に叩き込むのがアルマンのやり方だった。


「魔力を有する道具を持つこと。

 精神を集中させること。

 呪文を正確に発音することの三つです」


「うむ、正しい。では魔力を有する道具とは?

何故その道具を使わないといけない?」


「魔力を有する道具とは、

 魔宝石があしらわれた魔法剣、杖などのことです。

 人の魔力はあまりにも少ないから、

 これらの道具で魔力を大幅に増幅させて魔法を使います」


「よし。では最後に、呪文とは何だ?」


「魔法を発動するために必要な言葉。

 正しく発音しないと呪文は発動しないので、正確に覚える必要があります」


 この呪文を正しく発音するのが、実は難しいとされている。呪文には人が普段使う言葉では使わない発音が含まれているからだ。ラウルは呪文を正確に発音できないため、魔法が使えない。呪文を正確に発音できること、これがすなわち魔法の才能の一つになる。


 アルマンはアランの回答に満足していた。そうやって復習をしているうちに、目的の家が見えてきた。邪魔にならないように、シロには家の庭で遊んでいるように言いつけた。


ノックをすると、奥さんが僕たちを出迎えた。


「いつもすまないねえ、アルマンさん」


「これも私の役目ですから」


 旦那さんは留守のようだ。台所まで案内された。かまどの台の部分が壊れて、鍋を置けなくなっている。


「昨日手を滑らして、鍋を落としてしまってね。直るかしら」


「ええ、大丈夫ですよ。この程度でしたら、魔法で何とかなります」


 かまどを一通り調べてからアルマンは答えた。そしてかまどの破片を合わせ始めた。アランもそれを手伝う。しばらく時間がかかったが、何とか全ての破片を組み合わせることができた。


「アラン、父さんが押さえておくから、

 合図したらその間に補強魔法をかけてくれ」


 アランはバックから短剣を取り出した。この短剣はアルマンが魔法剣士時代に使っていたものだ。魔法剣、杖が無いと魔法が使えないので、魔法剣士、魔術師は予備として魔法の短剣を持つ。短剣はいざというときのものなので、魔力増幅効果は高くないが、簡単な魔法を使うには十分だ。


「よし、アラン、頼む」


 精神を集中して、発音に注意しながらアランは呪文を唱えた。


補強!(ランフォルセ!)


 バラバラになった破片がつなぎ合わさって、みるみる元通りになっていく。


「あら、まあ! あっという間に元通りね」


 奥さんは目を丸くしている。長い間魔法というものと無縁に生きてきたからか、この村の年長者は、魔法の効果を目の当たりにする度に驚く。


「アルマンさん、ありがとうございます。

 本当にアルマンさんがこの村に来てくださって良かったわ。

 アランちゃんもありがとうね」


 その後、お礼にと奥さんにお茶に誘われたが、アルマンは丁重に断った。夕方には家畜の世話をする必要があるからだ。


 奥さんに挨拶をして家を後にした。外に出たとき、シロは庭で蝶を追いかけていた。


 帰り道、ふとアルマンが言った。


「お前には剣術も魔法も、俺が教えられることは一通り教えたな……」


 それだけじゃないとアランは思った。それ以外のこともいっぱい教わってきた。アルマンは外の世界について非常に博識だ。おかげで彼の子どもたちは、世間の一般常識について多少なり知っている。そのことは、村の他の子供たちと話をする際に実感していた。


 アランはいつか父親のような大人になりたいと幼い頃から思っていた。


「そんなことないよ。

 まだまだ父さんにはいろいろ教えてもらわないと!」


「ははっ、そうか! だがそれじゃダメなんだよな……」


 最後の言葉はかろうじて聞き取れるぐらいで、父アルマンの独り言のようだった。父親の真剣な表情を見ていると、これから何か起こるのではないかという予感がアランの中に湧き上がってきた。

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