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第十九話 黒き森のシルヴィ

 生活と授業に必要なものを買ってから二日間、他の生徒よりも遅れている魔法の勉強を進めようと、アランは部屋にこもって『初級魔法』を読み耽った。


 朝だけは、長年染み込んだ習慣が抜けなくて、剣術の稽古をした。ちょうど、剣術の教官ベルナールも稽古をしたので、相手をしてもらった。ベルナール先生はアランと稽古できるのが本当に嬉しいようだった。


「ぬるま湯で落ちた感覚を、お前さんで取り戻させてもらうぞ」


 アランは、学園生活の間、朝の稽古相手に困ることはなかった。


 葡萄月の四の日、魔法学園の授業が始まった。一番初めの授業は中級魔法で、中庭で行われた。魔法の授業は魔法科の生徒と合同だ。実際のところ、今年入学した魔法剣術科の生徒はアラン以外は貴族で、生徒数も少ないから分けて授業をする必要がほとんどなさそうだった。


「では皆さん、ペアを作ってください」


 初日の授業であるにもかかわらず、ペアを強要するデュボワ先生。


 生徒たちは相部屋の相手や、ここ数日で仲良くなった者同士でペアを組んだ。ペアを組めずに残った生徒たちは、お互いに目でコンタクトを取り合ってペアを組んだ。


 何かと目立つ存在で、平民でありながら魔法剣術科の生徒であり、試験官を倒すほどの剣術の腕と、絶望的な魔法の技術を持つアラン。その彼と敢えてペアを組もうと思う生徒は誰一人いなかった。


 アランの他にもペアを作れず一人の生徒がいた。例の緑色の少女だ。何かと縁があるなと思いつつ、残っているのは彼女だけだったので、仕方なくアランは少女に声をかける。


「あの、お互いペア作り損ねたみたいですし、

 魔法下手ですが、よろしければ一緒にペア組みませんか?」


「あっ。君は昨日の……」


 そもそも誰とも組む気がなさそうだった少女は、白く整った顔をアランの方に向けた。


「アラン・デュヴァルです。こっちはシロ」


 カバンの中のシロも合わせて紹介する。シロは大きな瞳で少女を見つめて、きゅーと挨拶した。


「あたしはシルヴィ。シロって安直な名前ね」


 彼女はくすっと笑いながら、アランのネーミングセンスを評する。


「いいよ」


「え?」


「ペア組むのいいよ」


「ありがとうございます」


 生徒全員がペアを組んだのを確認すると、デュボワ先生は生徒に次の指示を出す。


「皆さんのほとんどは、初級魔法を習得しているはずです」


 そこでチラッとアランの方をみる。


「一人が火球(ブール・ド・フ)を唱えて攻撃し、

 もう一人は大地の壁(ミュール・ド・テール)を唱えて攻撃を防御してください。

 それを交互に練習して、魔法での防御の仕方を覚えてください。

 危険ですから、ある程度距離を取って練習してくださいね」


 生徒たちは練習を始めた。どちらも初級魔法ということもあって、皆、つつがなくこなしているようだ。


「じゃあ、あたしたちも始めましょ」


 シルヴィが杖を手に距離をとった。アランも魔法剣ジョワユーズを鞘から抜く。


火球!(ブール・ド・フ!)


 火球が三つ現れ、アランの方に飛んでくる。あれ? 他の生徒は火球一個で練習してるよね?


大地の(ミュール・ド)……」


 ダメだ、間に合わない。そもそも授業が始まる前の二日間で『初級魔法』を読んで初めて知った魔法で、実践もしていなかったから、正しく発動するかどうかさえ分からなかった。


 とっさに呪文を唱えるのを止め、最初の火球を叩き斬り、返す刀で次の火球も斬る。右側から水の塊が飛んできたが、それをジャンプしてかわし、最後の火球を正面から真二つに斬った。


 アランに飛んできた水の塊は、どうやら危険を察したデュボワ先生が、魔法で操ったもののようだ。


「君、火球(ブール・ド・フ)を剣で叩き斬るなんて非常識だよ」


 シルヴィは呆れた顔でアランを見ている。周りの生徒も驚いた様子で、アランたちの方を注目していた。


「なんで、一つじゃなくて、三つだったんですか……。

 魔法唱える余裕なかったですよ」


「あー、ついつい」


 悪ぶれもせず、頭を掻きながらシルヴィは答えた。ついついって。


「アランさん、大丈夫ですか?」


 デュボワ先生が駆け寄ってきて、アランに怪我がないかを確かめる。


「はい、なんとか」


「大丈夫そうですね、安心しました。

 しかし、一回の呪文で火球(ブール・ド・フ)を三つも出すことができる生徒と、

 その火球(ブール・ド・フ)をすべて魔法も使わず剣で叩き切る生徒ですか。どうしたものか……」


 デュボワ先生は頭を抱え始めた。


 それ以来、魔法の授業ではシルヴィとペアを組むことが多くなった。魔法においては学年トップの成績のシルヴィと、魔法は学園最下位だが、学園トップの剣術の腕を持つアランのちぐはぐな組み合わせ。お互いに他に組む相手がいないのでしょうが無い。


 そして、歳も近かったアランとシルヴィは友達になった。シルヴィはアランより一つ下の十四歳だ。


 ただでさえ、フォレ・ノワール出身で全身緑の少女と、竜の子供を連れた田舎の少年ということで目立っていた二人は、二人合わせて学園で一番目立つ存在になっていた。


 シルヴィは魔法に詳しく、教えるのも上手かった。授業では大抵アランが発音を分からず呪文を唱えられないことが多かったので、シルヴィがアランに発音の仕方を丁寧に教えた。


 デュボワ先生も最終的には、この二人の組み合わせは悪くないと思い始めていた。実際、シルヴィのおかげでアランはなんとか授業をこなすことができていた。


 また、彼女は面倒見が良く我慢強かった。剣術の授業が免除されたアランは、その時間を魔法の勉強に当てた。魔法科はその時間授業がなかったので、シルヴィはアランに付き合って勉強を教えてくれた。これはアランにはすごく助かることだった。魔法の発音だけは、教科書だけでは学びきれないからだ。


 文字と呪文の発音に一定の規則はあるのだが、完璧ではないので独学では限度がある。覚えた魔法は、中庭で、アランが魔法を唱えてシルヴィが効果を確かめた。そうやって、一つ、また一つとアランは初級魔法を覚えていった。


 リュセットとは食堂や廊下で度々すれ違うことがあったが、常に貴族の令嬢たちに囲まれていた。リュセットは話したそうに目線を向けるのだが、アランは気後れして話しかけることができなかった。徐々にアランはリュセットの視線を避けるようになっていった。




 そんな学園生活から三週間ほど経ったある日の昼休み。秋も深まり中庭にある木々は葉を落とし始めていた。空は高く澄んでいる。


 アランは出会ってからずっと疑問に思っていたことを、シルヴィにぶつけてみた。


「シルヴィは何故髪を緑に染めて、緑色の服を着て、全身緑にしているんだい?」


「いつか聞かれると思ってた」


 そう言ってシルヴィはニコッと笑った。


「あたしたちの祖先は、もともとネウストリア王国内に住んでいたの。

 だけど、千年前、竜の襲撃から逃れるためにフォレ・ノワールに移り住んだ」


 黒き森フォレ・ノワールはネウストリア王国には属さず、自治を行っている森の中にある街だ。


「フォレ・ノワールは常緑の深い森。

 あたしたちの祖先は髪を染め、

 緑の服に身を包んできて森に溶け込み、竜の目から逃れた。

 人の魔力は弱いから、竜に魔法で存在を感知されることはないから」


 アランが想像していたよりも深い理由だった。


「竜の脅威が無くなった後、今度はアウストラシア帝国が台頭してきた。

 帝国と国境を接するフォレ・ノワールは帝国が侵略を諦めるまで、

 森に隠れて帝国軍を迎え撃った。そんな経緯があって、全身を緑で包む伝統が続いているの」


 アウストラシア帝国はネウストリア王国の北東にある国で、侵略戦争を繰り返して領土を拡大してきた。十年ほど前にも、北にあったスアーブ王国を滅ぼして領土とした。


 アウストラシア帝国は、魔法技術の高いネウストリア王国を虎視眈々と狙っているとまことしやかに言われていて、ネウストリア国民は皆そのことを知っている。


「へえ、思っていたよりも壮大な理由だった。個人の趣味だと思っていた」


 シルヴィはくすっと笑って説明を続けた。


「実はそれもあるの。

 もう竜の脅威も無いし、帝国も攻めてこないのもあって、

 今でも緑ファッションにしている人は、フォレ・ノワールでも少ないよ」


 あ、やっぱり趣味も入ってるんだ……。感心して損した気分。


「おい、そこのお前!」


 後ろから突然、アランの方に向けて声がかけられた。

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