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第十八話 学園長アンリ・ル・サージュ

 葡萄月の一の日、アランは荷物を持って学園の中庭に来ていた。アランの他にも、今回試験を合格した生徒たちが多数集まっていた。例の緑の髪に緑の服を着た少女もいる。名前は確かシルヴィだったかな? 


 少しして、剣術の試験官と魔法の試験官が城から出てきた。


「受験者の皆さん、合格おめでとうございます。

 私は中級魔法の授業と、女子寮の寮長を担当するマルト・デュボワです」


「俺は魔法剣士科の剣術の授業と、男子寮の寮長を務めるベルナールだ」


「あなた方は今日から魔法学園シオンの生徒となります。

 皆さんは、ネウストリア王国の魔術師、

 魔法剣士として未来を担っていく存在です。学園では……」


 しばらくデュボワ先生の話が続く。始めは真面目に聞いていたアランも集中力が切れてきた。


 退屈しのぎに、カバンの中から顔を出しているシロをつついて遊んでいたが、ふと上を見上げると、杖を持った中年の男が城の中央の塔から、中庭を見下ろしているのに気付いた。アランは自分が見られているような気がした。


「……では、これから皆さんを寮に案内致します。

 女子は私に付いてきてください。

 男子はベルナール先生に続いてください」


 生徒たちが動き出したので、アランは男から目をそらしてベルナール先生の後を男子生徒と共についていく。城の中に入ると、中央の螺旋階段を上って二階で、女子は左側へ、男子は右側へと分かれる。


 その後、ベルナール先生が、生徒の名前を呼び学生証と部屋の鍵を渡すと、割り当てられた部屋へ生徒を案内する。部屋は相部屋のようだ。案内された生徒たちはその場で解散となり、ルームメイトと自己紹介をし合っていた。アラン以外の生徒が各自部屋を案内され、残ったのはアランだけになった。


「アラン・デュヴァル。お前さんの部屋はここだ」


 アランは学生証と鍵を受け取って案内された部屋に入る。相部屋ではなかった。もの問いたげな目をベルナール先生に向ける。


「お前さんは竜の子供を連れているから、

 一部屋まるまる与えられることになった。

 竜の食事も食堂へ行けば貰えるようになっている。

 すべて学園長の計らいだ。

 お前さんの場合は、街中で話題になっていたから、

 事前に部屋が手配されたんだが、一応、

 学園長にその竜の子供について報告する必要がある。今から行くか?」


 アランはうなずいた。ベルナールが学園長のところまで案内してくれるということであれば、早めに報告しておいたほうが良いと思ったからだ。


「よし、分かった。付いてこい」


 荷物を部屋に置いた後、中央の螺旋階段まで戻ると、ベルナールは階段をどんどん上っていく。階段は城の中央の塔につながっていた。ほどなくして、階段が終わり塔の最上階に出た。ベルナールは立ち止まり、立派な木製のドアをノックする。


「学園長、ベルナールです。アラン・デュヴァルを連れてまいりました」


「分かった、入れ」


 ドアで遮られてくぐもっていたが、意志の強さをはっきり感じさせる声が、部屋の中から返ってきた。

 

 ベルナールはドアを開けてアランを部屋に案内する。学園長という肩書きから、アランは老人を想像していたが、目の前にいる人物は、髪にはところどころ白いものも混じって入るものも、まだ若いと言って良かった。学園の説明をアランが受けている際に、中庭を見下ろしていたのはこの人だとアランは気付いた。


「君が、アラン……、デュヴァル君か」


「はい。アラン・デュヴァルです」


「私はこの魔法学園シオンの学園長を務めている、アンリという者だ」


 学園長のアランを見つめる瞳には、親しみ、悲しみ、哀れみ、嬉しさなど複雑な感情が入り混じっているように感じられた。


「この度は立派な部屋と、シロの食事を手配してくださって、ありがとうございました」


 そう言って、まだシロのことを紹介していないのに気付く。


「あ、こいつはシロって言います。

 出会ったときのことは覚えていないのですが、

 幼い頃からずっと一緒にいる相棒です」


シロはカバンから飛び出して絨毯に着地し、きゅーと挨拶した。


「シロ、か」


 学園長が口元を緩めた。その口調には嘲笑の色はなく、懐かしさを感じているようだった。


「既に理解していると思うが、君の相棒シロの学園への滞在を許可する」


 そしてベルナールに顔を向け学園長は続ける。


「ところで。ベルナール、彼に剣術の授業は必要と思うかね?」


「正直申し上げますと、俺から教えられことは何一つないかと。

 むしろ俺の方が教わりたいぐらいです」


「なるほど。ベルナールがそう言うのなら間違いないのだろう。

 アラン君、君の剣術の授業は免除とする。

 その代わり、その時間を使って、君は魔法を勉強しなければならないな」


 どうやら学園長はアランの試験を見ていたようだ。恥ずかしさがこみ上げてくる。それを見て取った学園長は付け加えた。


「気にする必要はない。君のお父上も魔法は苦手だった。

 魔法の入学試験に関しては――、うむ、君よりも酷かったな」


 昔を懐かしむように学園長は笑みを浮かべた。


 暗にアランの試験も酷かったと言われたが、今それは気にならなかった。学園長が父アルマンを知っている驚きの方が勝っていたからだ。


「えっ、学園長は父をご存知なのですか?」


 そこで、父親が言っていたことをアランは思い出した。


 魔法学園にいる古い知り合いに、お前を入学させてもらえないかどうか手紙で問い合わせていた――。


「ひょっとして父さんが手紙で問い合わせた知り合いって……」


「私のことだ。アルマンとは同じ時期に魔法学園で学んだ学友でな。

 彼は剣術では常に一番だったが、

 魔法の試験はいつも合格ぎりぎりの成績だった。

 だから、君の試験の結果を見ても特に驚きはなかった。

 アルマンが育てた子だと納得したぐらいだ」


「そうだったんですね。父さんもここの学生だったんだ」


「そうだ。魔法に関しては劣等生だったがな。

 ……だが、君はアルマンとは違う。

 君には優れた魔法の才能がある。

 この学園で死ぬ気で学べ。

 そうすれば君は優れた魔法剣士になれるだろう」


 学園長アンリは断言した口調で言った。何故学園長がそこまで確信を持てるのかアランには分からなかったが、その道のプロにそう言われたら信じたくなった。


「はい、頑張ります!」


「うむ、期待しているぞ」




 自分の部屋に戻ったアランは、午後の予定を考えていた。ざっと新しい部屋を見回してみる。机、椅子、本棚、クローゼット、ベッドは備え付けてある。クローゼットには学園の制服も数着用意されていた。必要最低限のものは揃っていてアランは安心した。


 机の上には授業の時間割、各施設に関する説明資料、授業に必要な教科書のリストも置いてあった。教科書のリストには以下の書籍名が書いてある。『中級魔法』、『魔法史Ⅰ』、『魔法剣術の基礎』、『魔法ギルドについて』、『ネウストリア王国の歴史Ⅰ』、『四元素魔法の実践』。


 『中級魔法』って。未だ『初級魔法』読んですらいないのに。どうやら勉強することはたくさんあるようだ。


 今取り急ぎ買わないといけないのは、補充の下着とタオル、教科書に筆記用具とノート、シロの巣になりそうな木箱だ。昨日頭に叩き込んだお店を思い出す。思っていたよりも必要なものは少なくかったので、今日中に買え揃えることができそうだ。カバンにシロを入れてアランは商業区へと向かった。


 商業区では木箱以外はすんなり揃えることはできたが、どうしてもシロ用の木箱が見つからなかった。仕方ないので魔法区も見てみようとしたところ、商業区と魔法区の境に隠れて、木材店があることにアランは気付いた。そして木材店の前にはあの個性的な緑色の髪の少女が商品を物色していた。


 相変わらず目立つな、この子と思いつつ、通行人の注目を集めているシロを連れた僕が言えることじゃないとアランは思い至った。この子といると相乗効果でめちゃくちゃ目立つだろうから、関わらないようにしようと心に決めた。


「すみません、

 こいつの巣になりそうな木箱を探しているのですが、

 適当なものありませんか?」


「いらっしゃい。ん? あんちゃん、話題の竜の子供を連れた学生か」


 人の噂に戸は立てられないと言うが、もうこの街の人皆、僕のことを知っているんじゃないだろうか。


「そうだな、これなんかどうだ?」


 店主のおじさんは店の奥から、少々古いが丈夫そうな木箱を取り出してきた。うん、ちょうど良さそうだと思ったアランはそれを買おうと決めた。


「はい、それをくだ……」


「それよりも、こっちの方が良いよ」


 関わらないと決めていた緑色の女の子が、アランの発言を遮る。


「お嬢ちゃん、確かにそれも悪くないがこっちの方が作りは頑丈なんだよ」


「竜は魔法生物だから、巣にするのなら魔力が強い木の方が良いの」


「なるほどな。

 おじさんも魔法に関しては詳しくないからそれは盲点だった。

 確かにそっちの木箱は魔力が強い木で作られている。どうするお客さん?」


 店主はアランに質問した。


「お値段、どのくらい違うんです?」


「お嬢ちゃんが勧めた方が銀貨一枚分高いな」


 銀貨一枚分か。ちょっと我慢すれば何とかなる額だから、そっちにするか。


「魔力が強い方の木箱をください」


「毎度あり!」


 アランは緑色の少女にお礼を言おうとしたが、既に彼女の姿は店にはなかった。

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