第十六話 試験結果
翌朝、荷物をまとめると、宿屋の女将さんに礼を言って、宿を後にした。向かう先は城だ。目立つからと、シロは無理やりカバンの中に詰め込んである。
今日は伝説の五日間最後の日、希望の日なので、入学試験は本日までだ。試験は午後からなので、城に着いたとき、受付にはまだ誰もいなかった。
仕方なく中庭の方に入ると、昨日アランが倒してしまった剣術の試験官が、準備運動をしているのが見えた。他には生徒も誰もいない。非常に気まずいが、リュセットたちがどこにいるのかは彼に聞くしかなさそうだった。
近づくと、向こうの方からアランたちに気付いて声をかけてきた。
「おおっ! 昨日の受験者か。
こんな朝早くからどうした?
試験の結果が貼り出されるのは午後からだぞ」
「あの、昨日は申し訳ありませんでした。
怪我はなかったでしょうか?」
アランが謝ると試験官はポカンとした表情をした。
「ん? ああ、怪我はなかったぞ。だが何故謝るんだ?」
「その――、言い辛いのですが、
面目を潰してしまったようですので……」
「何を言っているんだ。ここの生徒で、
剣術だけで俺に敵うやつなんて誰もいないんだ。
唯一、ウジェーヌが俺と対等にやり合えるくらいだな。
だから潰れる面目なんてないのさ」
それを聞いてアランは一安心した。
「むしろ、俺はお前さんには感謝しているぐらいだ。
ここ数年、学生の相手だけをして、
自分が強いものだと錯覚していた。
おかげで目が覚めたよ。
だからこうやって朝から稽古してるってわけさ」
どうやらこの試験官は懐が深く、尊敬できる人物のようだ。
「そう言っていただけると助かります。
ところで、リュセットさんにお会いしたいのですが、
どちらにいらっしゃるでしょうか?」
試験官の目がギロリと光る。やっぱりこの人怖い。
「リュセット殿下に用とな?」
リュセットがエスペランス公の一人娘で、王族であることをアランは思い出した。あまりにも普通に接しているので、時々そのことがアランの頭から抜け落ちるのだ。
「は、はい。その、お友達という間柄でして」
試験官はギロリと再びアランをにらむ。本当のことを言っているかどうか確かめるようにアランをにらんでいたが、やがて、分かったと言うと城の中に入っていた。
しばらくすると、試験官はリュセットとミュリエルを連れて戻って来た。
リュセットは学園の制服を着ている。制服は紫と白を基調としていて上品な印象だ。アランはしばらく見とれてしまった。
アランが何も言わずにいると、リュセットが声をかけた。
「アランさん、ラウルさん、おはようございます。
ベルナール先生からお客さんと言われて
どなたかと思ったのですが、あなた方でしたのですね。
こんな朝早くにどうされたのですか?」
「旅の間、だいぶお世話になったので、お礼を言おうと思いまして」
リュセットもミュリエルも要領を得ないといった感じだったので、アランは続けた。
「試験に失敗したので、今日故郷に帰ることに決めました。
それで、その前にお二人にお礼を言いたくて。
今までありがとうございました」
「ん? 試験結果が出されるのって午後からよね?」
「そうでしたね。ですが、昨日の生徒たちの反応を見れば……」
「ああ、あれね。
アランさん、あなた思っていたよりやるじゃない。
もともと相当な腕の剣士だとは思っていたけど、あれほどとはね。
必要最低限の動きでベルナールさんほどの剣士の攻撃をかわすなんて」
ミュリエルには見破られていたようだ。だが話が噛み合っていないのをアランは感じた。ミュリエルもそれに気付いて、アランが何を言いたいのかを察した。
「ははあ、なるほど!
アランくんは魔法の試験に落ちてしまったと思っているわけだ。
それで今日故郷に向けて旅立つと。
その前に愛しのリュセット様に会ってお礼を言いたいと。
この悪い虫め!」
「ちょっと、ミュリエル何を!」
リュセットが顔を赤くしている。
「リュセット様、何故そこで顔を赤くされるのです?」
ミュリエルが怪訝そうな顔をする。ラウルと試験官のベルナールは笑っている。
「あなたが根も葉もないことを言うからです!
それはともかくとして。
アランさん、旅立つのは午後の試験の結果を見てからでも遅くないかと」
「そうよ。アランくん。
君を推薦されたのは確か君のお父上だったかな?」
「はい、そうです」
「お父上は学園の推薦制度に関して、
アランくんに何かおっしゃっていなかった?」
「確か、推薦するのは貴族が多い……。
学園からの信頼が下がるから、
才能も学ぶ意欲もあるものを見極めて推薦する……。
そういう事情があるから、試験に落ちるものはほとんどいない……」
「そう、あなたのお父上がおっしゃったとおり、
試験に落ちる人なんてほとんどいないのよ」
そして昨日の出来事をミュリエルは思い出した。
「まあ、確かに昨日の魔法の試験は……、うん、良くなかったわね。
剣術の試験であれ程の実力を見せていなかったら、ちょっと危なかったかも」
「ってことは、アランは試験に合格しているのか?」
ラウルが期待を込めてミュリエルを見る。
「合格でしょうね。魔法が使えることは試験で分かった。
剣術もあのレベルまで到達している。
つまり、魔法もそれだけ頑張れる可能性があるってこと。
学園側に落とす理由はないわね」
「そういうことですから、
早まらず午後の結果を待ってください。ね、アランさん」
アランの肩の力が抜けた。
「そうだな、午後まで待つか。
それからでも、急げば夜には街道宿には着くだろう」
アランの肩を良かったなと言いたげにラウルが軽く叩く。
「うん。そうだね、ラウル」
改めてアランはリュセットとミュリエルに向き直る。
「リュセットさん、ミュリエルさん、ありがとうございます。
危うくとんでもない大失敗をするところでした」
「そのお礼は、アランさんの合格が確定した時に受け取るわ。
ただ、あなたの魔法は最低レベルで、
これから相当努力しないといけないことは忘れないでね」
ミュリエルはアランに釘を刺すのを忘れなかった。
「そうですわ!
よろしかったら、これから城下町を一緒にご散歩しませんか?
オススメのお店など、いろいろ案内いたしますよ」
リュセットからの提案は、アランたちにとって渡りに船だった。試験の結果が出るまで待つことになり、それまで予定が空いてしまったからだ。
「是非お願いします!」
アランたちが散歩に出かけた後、一人残された試験官のベルナールはつぶやいた。
「殿下があんなに楽しそうにしているのは初めて見たな」
「ここは、わたくしが頻繁に利用している書店です。
あらゆる分野の本がたくさんあって、ここにいるだけで一日過ごせますよ!」
アランたちは商業区の端にある大きな書店に来ていた。リュセットは例のごとく目を輝かせながら、書店内を見渡している。アランたちのことはそっちのけで、面白そうな本が無いかと棚をまわり始めた。
「あっ、僕この本持っています」
アランは『魔法の基礎』を手に取る。子供の頃から何十ぺんも読んだ本だ。
「アランさん、あなた『初級魔法』は読んでいないの?」
『魔法の基礎』の隣に並べてあった本を指して、呆れた様子でミュリエルが尋ねた。
「ないです。うちにあったのは『魔法の基礎』だけでした」
「なるほどね。学園に入学する生徒は、
最低『初級魔法』は一通り学んでいるものなのだけれど。いろいろ納得したわ」
「そう、なんですね……。
僕が知っているのは『初級魔法』に書いてあったことと、
父さんから教わった魔法だけでした」
アランは再び自身の魔法に関する知識の乏しさを認識した。父アルマンは魔法が苦手と言っていたこともあるし、剣術と違って、魔法に関しては教えるのも上手くなかったのだろう。
アランは『初級魔法』を二冊手に取った。
「ん? 二冊も買うのか?」
「一冊はクリスの分。クリスは才能あるから。
悪いけど、僕が試験に受かっていたら、クリスに届けてくれ」
ラウルは納得してうなずいた。『初級魔法』を買って書店を出る際、本に夢中になっているリュセットを連れ出すのに、アランたちは一苦労することになった。
書店を出たときには、日は既に高く昇っていた。リュセットが一日過ごせると言ったのは、本人にとっては事実だったようだ。
試験結果を確認するため城に戻ると、ちょうど掲示板に試験結果が貼られたところだった。試験の成績順に名前が載せてある。
アランは魔法剣士科の欄を上から一つずつ順に見ていく。
エステバン・ド・ロシュフォール――、
ジャン=クロード・ド・オートヴィル――、
マルグリット・ド・ラ・マルシュ――、
「おい、アラン! 一番下だ!」
ラウルにそう言われて、一番下の名前に目を向ける――。
アラン・デュヴァル。
間違いなく自分の名前だ。
「ほらね、言ったとおりだったでしょ?」
ミュリエルが得意げな顔をアランに向けた。
「アラン、やったな」
短いながらもラウルの言葉には家族の温かみがこもっていた。
「アランさん、おめでとうございます。
これから学友としてよろしくお願いしますね」
リュセットがとびっきりの笑顔を見せる。
アランは安堵した。ひとまず、半月の旅の目的は達成したわけだ。そしてマティスとミュリエルに言われたことを思い出した。
悔しいと思うのなら、その気持を立派な魔法剣士になるための原動力にするんだな。先輩の魔法剣士からの助言だ――。
あなたの魔法は最低レベルで、これから相当努力しないといけないことは忘れないでね――。
そう、これで終わりでなはい。むしろこれからが本番だということを、アランは強く意識した。そしてそれと当時に、未だ見ぬ学園生活への期待が高鳴るのを感じた。




