第十五話 魔法試験
アランは試験官を倒してしまった。こんなことは前代未聞だった。
魔術師が倒れた試験官の元に駆け寄って、魔法をかける。どうやら試験官は気絶してしまっているようだ。剣術の試験は、試験官が回復するまで中断となった。
試験なのに力んでやり過ぎてしまったと自責の念がこみ上げてくる。
「アランさん、次は魔法の試験になります。
左側の列に並んでください」
審判はアランに荷物を返しながら説明した。今の試合をみて少々萎縮しているようだ。声が少々うわずっていた。
「あ、はい」
預けていた荷物とシロを受け取って魔法試験の列に並ぶ。
魔法の試験に集中しなければ。そう思ってアランは両手で頬を叩く。他の受験者の試験を観察している限り、課題として出された内容を、魔法を使って成功させれば良いようだ。
次はあの緑色の少女の番だった。
「岩の壁!」
試験官の魔術師が魔法を唱えて、地面から岩の壁を出現させた。
「では、この岩の壁を魔法で破壊してください」
「粉砕!」
少女が一言唱えると、岩壁があっという間に押しつぶされ崩れていった。
「その歳で連続魔法を使えるとは!
その上、他者の魔法に重ねて連続魔法を行えるのは、
見事としか言いようがありません!」
試験官は少女を絶賛した。周りからも驚きの声が上がっている。アランは連続魔法という言葉を聞いたのは始めてだった。ミュリエルやマティスが竜との戦いで使用していたものと似ていたが、連続魔法と言うものなのか。
一人、また一人と受験者が課題をクリアしていって、いよいよアランの番になった。
先程の剣術の試験の件もあって、否が応でも中庭にいる人々の注目が集まる。まるで次はどんな離れ業を見せてくれるのだ、と期待するかのように。
試験官の補佐に荷物とシロを預けて、試験用の杖を受け取る。不正防止のため、杖は学園が用意したものを使用するとのことだ。
試験官の魔術師は、地面を杖の石突ですりつけて呪文を唱えた。
「炎の竜巻!」
大人一人ぐらいの大きさの炎の竜巻が巻き起こる。
「さあ、この炎の竜巻を消化してください」
えっ?
この中庭には噴水があるが、水の操り方など知らない。連続魔法ってやつの使い方も知る由もない。自分が知っている魔法を思い返してみるが、あの炎の竜巻を消せそうな魔法などない。
アランは頭が真っ白になった。
ふと、父アルマンが言っていたことが蘇ってくる。魔法は苦手で次第点だった――。どうやら父親は本当のことを言っていたようだ。このまま突っ立っていても仕方ない。アランは正直に言った。
「でき、ません……」
試験官は眉をひそめた。周囲からざわめきの声が聞こえてくる。
「できない、ですか。
先程の剣術の試合のこともあって、
少々難易度を上げ過ぎてしまいましたかね」
試験官はしばらく考え込むと、炎の竜巻を消して別の魔法を唱えた。
「大地の棘!」
地面から一本の鋭い棘が生え出てきた。
剣で攻撃できれば容易く折れそうだが……。魔法で距離の離れたあの棘を折る方法は、アランには見当もつかない。
この場にいることが恥ずかしくなってきた。
デュヴァル村では魔法を使えるのはアランの家族だけだったから、自分は魔法を必要最低限には使えるという自信がアランにはあった。だが実際のところは違い、井の中の蛙だったようだ。
むしろ、父親と兄に一度も勝ったことのない剣術の方が、アランの魔法よりも遥かに優れていた。アランは今回の試験でそれを痛感した。
「すみません、これも無理です……」
アランは声を絞り出した。
「えっ、これも無理ですか。
うーん、困りましたね。これはどうでしょう?」
中庭から失望の声が多数聞こえてくる。アランは逃げ出したい気分になった。
「雪だるま!」
試験官は噴水の水を使って、小さな雪だるまを作り出した。
「この雪だるまを破壊するぐらいはできますよね?」
半ば懇願するような、子供に言い聞かせるような声で試験官は言った。アランはこのぐらいだったらできそうな気がして、勇気を奮い立たせた。
「着火」
杖を地面に擦りつけて、雪だるまに向けて火を放つ。アランが付けた火は雪だるまの上でしばらく燃えていたが、間もなく消えた。雪だるまは半分ほど溶けていた。
バルコニーからは嘲笑が聞こえてきた。
「よろしい。魔法の試験はこれで終わりです。次の方!」
試験官が試験終了を告げる。アランは試験官の補佐から荷物とシロを受け取って、ラウルのもとへ急いだ。今は一刻も早くこの場から立ち去りたかった。
ラウルは何も言わなかった。よく頑張ったと言いたげにアランの肩を叩き、アランの目を見て大きくうなずいた。彼らは中庭を後にした。アランの胸は悔しさで一杯だった。
帰り道、シロがいるため、人々の注目を集めたが気にせずに、アランたちは真っ直ぐ宿泊している宿に向かった。その間、アランもラウルも一言も言葉を発しなかった。
宿屋に着くと、アランはベッドに身を投げ、目元を腕で隠した。ラウルはしばらくアランを眺めていたが、やがて口を開いた。
「ちょっと街をみてくる」
そう言うとラウルは部屋を出ていった。
シロはベッドによじ登り、心配そうにアランの顔を見てきゅーと悲しそうに鳴いた。アランは相棒のシロに向かって語りかけた。その声は震えていた。
「シロ、失敗しちゃったよ。
半月かけてやっとここまで来たのに。
ラウルもここまで付き添ってくれたのに。
全部水の泡だ。このまま帰ったら父さんたち、
どんな顔をするだろう? 折角学園に問い合わせて、
裕福でも無いのにお金もいっぱい用意してくれたのに。
リュセットさんとミュリエルさんにも合わせる顔がない……」
アランは上着の内ポケットから、クリスお手製のお守りを取り出した。
「クリス、期待裏切ってしまってごめんな。
お兄ちゃん、魔法剣士にはなれないみたいだ……」
止めどなく涙が溢れてきた。
「アラン。アラン、起きろ」
アランはいつの間にか寝ていたようだ。ラウルが揺さぶって起こそうとしていた。一眠りしたのもあって、アランの気持ちはだいぶ落ちついていた。何か良い匂いがする。
「ラウル、ごめん。
折角ここまで付き添ってくれたのに、試験で失敗しちゃったよ」
「気にするな。アランが全力を尽くしたのを俺は知っている。
それにお前のおかげで、竜と戦うという貴重な経験もできたしな。
一生に一度あるかどうかだぞ」
ラウルが誇らしげに笑う。ラウルらしい慰め方だった。窓から見える景色は暗くて、既に夜になっていることが分かった。
「腹減っただろう? 飯を買ってきたぞ」
ラウルが取り出したのは、魚を香草に包んで蒸し焼きにした料理だ。魚は湖で取れたものらしい。良い匂いの正体はこれだった。まだほのかに温かくて、噛むと塩の効いた魚の旨味がにじみ出てくる。シロには宿の女将さんから貰ったクズ肉を与えた。
二人して蒸し魚をパンと一緒に食べながら、これからのことについて話し合った。お金はなるべく残して父親に返したいとのアランの意志で、明日の午前中には出発することに決まった。
「相変わらずアランは気持ちの切り替えが早いな」
昼間の落ち込み具合を思い出して、ラウルが感心する。
「こうなった以上、仕方ないからね。
あと、出発の前にリュセットさんと、
ミュリエルさんに会ってお礼を言っておきたい。
顔合わせにくいけど……」
「そうだな。二人にはいろいろと世話になったからな。それが良いだろう」
部屋は香ばしい魚の匂いで満ち溢れていた。
その夜、アランは再び夢を見た。
目の前にはあの幼い少女がいた。日の光を浴びて輝く亜麻色の髪。アランを見つめる灰色の瞳。石造りの建物の中庭は、太陽の光で満ちている。
アランは少女に声をかけた。
「ほんとうに行くの?」
「うん!」
「ルーちゃん、ぼく、行きたくないよ」
「あなたは今日からわたしの子分なの。
だからついてこなきゃダメ!」
少女は満面の笑みを浮かべて、手を差し出してきた。嫌々ながら、アランは少女の手を握る。すると少女は走り出した。アランも引っ張られ駆け足になる。
しんでんには、りゅうじんさまがいるから、行っちゃダメだって言われているのに。幼いアランはそう思ったが、少女に口答えするだけの勇気はなかった。




