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第十四話 剣術試験

 翌日、アランは入学試験がある緊張からか、朝早く目が覚めた。試験は午後からなので、朝食後、アランとラウルは城下町を見て回ることにした。


 魔法学園までの旅の間ずっとカバンの中に閉じ込められていたシロは、もううんざりとでも言うかのように、カバンの中に入ることを拒絶した。後ろ足でカバンを蹴飛ばすほどだ。


 カバンを作ったクリスが、この光景を見たらとても悲しみそうだ。仕方ないのでシロは歩かせることにした。


 幸い、昨晩のうちに、竜の子供を連れた受験者の話は広まっていたらしく、注目はされど、騒ぎになるようなことはなかった。


 魔法学園シオンの城下町は大きく分けて、宿や商店がひしめく商業区と、魔法ギルドを中心として、関係者や貴族が住む魔法区に分かれる。


 商業区は今後生活していく上で何度も足を運ぶことになるので、今回は魔法区に行くことにした。


「リュデルの町も相当大きくて豊かだったが、ここは規模が違うな」


 ラウルは素直に驚いている。魔法の総本山だけあって、人々の生活の質は非常に高く、富で溢れていた。事実、魔法学園の生活水準は、ネウストリア王国の首都よりも高く王国一だ。


 さらに魔法学園シオンは、湖の上に建てられた都市で街の拡張が難しいため家賃が高く、ここに住むことができるのは、昔から住んでいて家を持っている人間と、格の高い貴族、腕の立つ魔術師、魔法剣士、あとは学生ぐらいだった。


 アランたちが石畳の大通りを魔法区に向かって歩いていくと、城の影に隠れていて昨日は見ることができなかった高い塔が、姿を表してきた。


「あれが、魔法ギルドの本部っぽそうだね」


「すっげー高い塔だな」


 魔法ギルドは魔法に関する仕事の受注と、人材の派遣を行う組織だ。支部は王国の大きな街にあり、ここ魔法学園には魔法ギルドの本部がある。


 一般的な依頼は各支部で処理されるが、支部では対応しきれない仕事や、依頼者が本部での対応を希望する場合は、直接本部の魔術師が仕事にあたる。本部対応の仕事は難易度が高い代わりに、報酬額も跳ね上がっており、その資金が街や、ギルド本部、学園の維持費、学生の教育費に使われるわけだ。


 魔法区を歩いて散策していると、城から昼を告げる鐘が街中に響き渡った。


「おっ、もう昼か。軽く飯食って城の方に向かうか」


 近場の出店でサンドイッチを買って、食べながら城の方へと向かう。城門の受付では、既に受験者が列を成していた。


 アランたちの前には、緑色の服を着た、美しい緑色の髪の少女が並んでいた。後ろを向いているので、少女の顔は見えない。アランとラウルは凄い髪の色の子がいるぞ、とお互いの顔を見合わせたが、本人の後ろにいるので言葉には出さなかった。


 あっ、これすごく目立つな、とアランは気付いた。


 全身緑の受験者の後ろに、竜の子供を連れた受験者が並んでいる。周りを見回してみると、やはり周囲の視線を釘付けにしていた。ラウルは注目されていることに気付いていたが、気にした様子はない。目の前の少女も気付いていないだけなのか、はたまた目立つのに慣れているのか、周りの視線を気にした素振りは全く見せなかった。


「次の方どうぞ」


 目の前の少女が受付の女性に呼ばれる。


「フォレ・ノワール出身のシルヴィです」


 アランが聞いたことがない街の名前だった。受付で応対する際に、爽やかな緑の髪に包まれた、少女の横顔が見えた。白い肌の顔立ちの整った少女だった。


「シルヴィさんですね、魔法科希望で間違いありませんか?」


 受験票を受け取った受付の女性が確認する。受付にいる人たちは皆、学園の制服を着ていた。


「はい、魔法科で間違いありません」


「では、城門を通って中庭に出たら、左側の列にお並びください。

 順番が来たら実技試験が始まります」


 シルヴィという名前の少女は、一通り説明を受けた後、受験票を受け取ると城の中に入っていった。


「次の方どうぞ」


「アラン・デュヴァルです。

 こちらが受験票です。彼は同行者の兄です」


 受付の生徒はシロに気付いたようだ。


「あら、あなたが竜の子を連れた噂の受験生ね」


「あっ、やっぱり噂になっていますか……」


「ええ。学園に竜を連れた生徒が来るのは数十年ぶりですから。

 皆あなたに注目していますよ。

 えっと、アランさんは魔法剣術科ですね?」


「はい、魔法剣術科です」


「試験は実技で、剣術試験、魔法試験の順で行われます。

 結果は明日の午後、あちらにある掲示板に貼り出されます。

 ご自身の名前が載っていたら合格です」


 受付の生徒は、反対側にある掲示板を指し示した。


「では、城門を通って中庭に出たら、右側の列にお並びください。

 お付きの方のご見学は自由ですが、試験の邪魔にはならぬよう、ご協力お願い致します」


 受験票を受け取って城門を通ると、広大な中庭が見えてきた。この時間だからだろうか、中庭は日当たりが良く明るくかった。中央には豪華な作りの噴水があり、日の光を受けて湧き出る水が輝いていた。城の二階がバルコニーになっており、多数の生徒が試験の様子を見学している。


「じゃあ、俺は隅の方で試験を見物しておく。頑張れよ、アラン」


「もちろん」


 ラウルと別れたアランは、受付で案内されたとおり、右の方の列に並んだ。列と言ってもアランの前には二人しか並んでいない。魔法剣士を目指すのは貴族の子弟が多いから入学希望者も少ないのだろう。


 一方、左側の列には二十人以上並んでいた。例の緑色の少女が並んでいるのもひと目で分かる。


 試験を前にして、アランは緊張感が込み上げてくるのを感じた。


 バルコニーの方に目を向けると、リュデルの町で見かけた、いけ好かない貴族の青年がいるのに気付いた。そして、その青年から少し離れたところに、リュセットとミュリエルが座っていのが見える。


 向こうもこちらに気付いたようで、リュセットが立ち上がり、アランに向かって手を振る。アランは笑顔で応える。


リュセットが手を振るのを見たバルコニーの生徒たちがざわめき始めた。リュセット様は一体誰に向かって手を振ったんだ? そんな声が聞こえてくる。


 ミュリエルに注意されたようで、リュセットは手を振るのを止めた。アランはリュセットに感謝した。この場所に知り合いがいるということが、彼に安心感をもたらした。


 アランの目の前の青年が呼ばれて、試験官の前にでた。試験官は屈強そうな男で、相当な手だれであることが見て取れた。試験なので真剣ではなく木刀での試合だ。


 審判の合図で試合が始まる。数回打ち合った末、受験者の木刀が手から弾かれてあっさり試合終了となった。剣術の試験は試合で合否を判断しているようだ。


 次はアランの番だ。バルコニーが再び騒がしくなった。周りの注目が集まるのが分かる。あれが噂の竜の子を連れた入学希望者か――。


 荷物と受験票、魔法剣ジョワユーズを審判の生徒に預けて、代わりに木刀を受け取る。


「あ、すみません。

 試験の間、こいつの面倒を見てもらえますか?」


「ん? あ、この竜の子供か。

 面倒を見るってどうすればいいんだ?」


「試合中に飛び出していきそうであれば、止めていただければと」


「ああ、分かった」


 木刀を持って、アランは試験官の前に対峙する。試験官はこちらをギロリと睨んだ。


 怖い。


 これだけで受験者の心を折ってしまうんじゃないかとアランは思った。


「両者、準備はよろしいですか?」


 審判が試験官とアランに声をかける。二人とも顔を縦に振った。


「では、始め!」


 まずは小手調べといったところで、試験官は軽めの攻撃を繰り出してきた。その攻撃をアランは木刀で丁寧に受ける。それを見て試験官の目が変わった。


「こいつは久々に手応えのある受験者のようだ。

 ウジェーヌ以来か。

 散々未熟な者たちと相手させられて、少々飽きていたところだ。本気で行かせてもらうぞ」


 剣を幾度も交えながら、試験官はそうアランに話しかけてきた。


 えっ? これは試験なのでは――


 そう思って抗議しょうとしたが、急に試験官の動きが速くなったので、その暇はなかった。左側から正確な一撃がアランを狙う。だが、ラウルの正確無比な攻撃に比べれば、どうということはない。


 身体の重点をずらしてアランは攻撃をかわした。


 試験官は目を大きく見開いた。バルコニーから驚嘆の声が湧き上がる。試験官はさらに攻撃の手を強めてくるが、アランはそれらの攻撃を、余裕を持ってかわしていく。かわす度にバルコニーから声があがる。


 アランは最小の動きで攻撃をかわしているため、試合を見ているものには、ギリギリで攻撃をかわしているように見えていた。


 あまりの盛り上がりに、魔法の試験も中断されて、魔法の試験官も、列に並んでいる受験者も、この中庭にいる者全てが、アランたちの試合に釘付けになっていた。


 試験官は攻撃がかわされ続け、木刀ですら受け止められないことにしびれを切らして、渾身の力を込めた一撃を放つ。アランは木刀でその攻撃をいなして反撃をお見舞いした。


 ボゴッ!


 鈍い音が中庭に響き渡る。


 しまった、やり過ぎた――。


 アランがそう思った時には既に遅かった。試験官は吹き飛ばされ、地面に倒れた。


 そして中庭は静寂に包まれた。誰も声を上げるものはいない。やがて、審判の生徒がハッとして声を上げた。


「勝者、アラン・デュヴァル!」


 歓声が轟いた。

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