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第十二話 旅の目的地

 街道宿は、リュデルに向かう客と魔法学園に向かう客でごった返していた。人通りの多い場所ということを反映してか、ここの街道宿は町と言っていいほどの規模だった。


 祭りの時期だったので、どこも宿泊客でいっぱいだったが、何とか宿をとることができた。リュセットとミュリエルは貴族向けの宿をとり、アランとラウルは一般向けの宿を取った。マティスはアランたちとは別の宿を取った。


 その後、皆で集まって、近くのレストランで軽く夕食を取った。話題はおのずと今日の出来事についてとなった。


「竜は怒り狂うと、あんなにも恐ろしい生き物なんですね。

 シロとずっといたから、成長した竜はもっと別のものを想像していました」


 それがアランの率直な感想だった。


「話でしか聞いたことなかったから、

 俺はでっかいシロってイメージしか持ってなかったぜ」


 ラウルらしい想像だとアランは思った。


「竜はもともと理性的で賢い存在だ。

 お前さんたちも見た落ち着いたときの状態が、

 竜の本来の性質だ。言っていることはちんぷんかんぷんで分かりづらいけどな」


 マティスは何かと竜に詳しいようだ。


「それが、なんであんなにふうになるのか、訳分からんな」


「そうね、親が子供を大切に思うのは当然だけど、

 あれはちょっと度が過ぎている気がするわね」


 ミュリエルがラウルに同意する。


「一説には、竜には非常に子供ができにくいからだそうだ。

 伝説にある通り、本当に人が竜の子供を虐殺してまわったのだとしたら、

 人が滅びる寸前まで竜が暴れたのも不思議じゃないな。

 特に今日の暴れっぷりを見たらな」


 マティスの解説に皆納得した。


 その席で、今回の事件の事後処理はマティスが受け持ってくれることになった。死んだ盗賊や逃げ出した盗賊、竜との戦いで破壊された土地などのことだ。


 他に、これから皆で魔法学園に向かうこと、僕が試験を受けることなどをマティスに話した。


「おい、ぼうず、ちょっといいか」


 夕食後、アランたちは解散して女子たちは宿に戻って行った。アランとラウルも宿に戻ろうとすると、マティスに声をかけられた。どうやらアランを呼び止めたらしい。


「ラウル、先に宿に戻ってて。ほら、シロも一緒に」


「ああ、分かった。おい、おっさん!

 アランは疲れてんだから、あんまり遅くならないように頼むぜ」


 マティスは分かったと返事をする。ラウルがシロと一緒に去ったあと、マティスは難しそうな顔をして黙っていたが、やがて口を開いた。


「どうした?

 この街道宿までに来るまでの間、ずっと悩んだ顔をしていたぞ」


 会ってまだ半日も経っていないのに、分かったのか。そんなに顔に出ていたのか。それとも年の功というやつか。アランは疲れ切っていたので取り繕う余裕ななかった。ひょっとしたら、マティスを父親と重ねて見ていたのかもしれない。


「僕は……何もできなかった……」


 言葉がにじみ出てくる。


「ラウルは竜相手に剣一本で立ち向かった。魔法も使えないのに。

 ミュリエルさんとマティスさんは、あの竜相手に一歩も引かず

 抑えることに成功した。リュセットさんは、竜の怒りを沈めてみせた。

 僕だけ……何もできなかった」


「何言ってんだ。

 リュセット殿下を竜の着地の衝撃から守ったのは、坊主だろう。

 坊主が守ったから、お姫様は竜の怒りを鎮めることができたんだ。

 それにな、そもそも魔法を扱えなければ、

 どんなに凄腕の剣士でも竜には絶対に敵わないんだ。

 俺や水使いの嬢ちゃんと比べること自体間違っている。

 悔いる必要は何一つないさ」


 そして、マティスは思い出したように続けた。


「坊主の兄貴は立ち向かってたか。

 あれはだいぶ無茶してたな。

 坊主を逃がすために命懸けだったのだろう。

 良い兄貴を持ったな」


「でも……僕がほとんど役に立たなかったのは事実です」


「お姫様はそうは思っちゃいないだろうがな。

 まあ、悔しいと思うのなら、

 その気持ちを原動力に立派な魔法剣士になるんだな。

 先輩の魔法剣士からの助言だ」


「そう……ですね……。今度は悔しい思いをしないように」


「そうだ、その意気だ」


 マティスは幼い子どもを諭すように言う。


「マティスさん、ありがとうございます。

 おかげ様でだいぶ気持ちが楽になりました」


「いいってことよ、これも年長者の努めだ」


「なんか、マティスさんってお父さんって感じですね」


「お、おう、そうか」


 マティスは面食らった顔をしていた。


「改めてありがとうございました。では、おやすみなさい」


 アランはマティスを後にしてラウルたちが待っている宿に戻った。


「今度は悔しい思いをしないように――、か。

 そうだな、だから俺はあの少年が悩んでいることに気付いたんだ。

 そして今更、お父さん――か。俺も世話がないな。

 なあ、エリック、ジャンヌ」


 マティスは悲しい顔をして、しばらくそこに立ちすくんだ。




「アランさん、昨日は、その、守ってくださってありがとうございました」


 待ち合わせの街道宿町の門で落ち合った際、リュセットが照れくさそうに、少し恥ずかしそうに、アランに礼を言った。門は出発する客で溢れかえっていた。


「よくよく思い起こすと、お礼を申し上げていないことに気づきまして」


 昨日、アランに抱き寄せられたことを思い出して、恥ずかしくなったリュセットはそう続けて取り繕う。


「いえ、僕も気づいたら行動していたというだけで……」


 アランも恥ずかしくなって口ごもりながら答える。ミュリエルが訝しげに二人の方を見ていた。


「おう、お前さんたち、ゆっくり休めたか?」


 マティスが遅れて現れる。


「マティス様、昨日はわたくしたちを救っていただき、ありがとうございました」


 リュセットが亜麻色の髪を揺らして、マティスにも礼を言った。


「俺だけじゃ、どうしようもできなかったさ。

 お前さんたちがいたから、全員助かったんだ。

 それは誇っていいから精進しろよ」


 最後の言葉は自分に向けられたことがアランには分かった。


 これからマティスはリュデルに向かうのでここでお別れだ。マティスはひとりひとりに挨拶してまわる。


「嬢ちゃん、お前さんみたいな凄腕の魔法剣士に会えてよかったぜ」


「リュセット殿下、道中お気をつけて。

 竜の子供は大切にしてやってください」


「剣士の坊主、勇敢なのはいいが、あんま無茶するんじゃねえぞ」


「あとアランとか言ったか、一人前の魔法剣士になれよ、期待してるぜ」


「それじゃあ、おまえさんたち。達者でな」


マティスはリュデルに向かう道へと旅立っていった。


アランたちも魔法学園シオンに向けて出発した。今日の夕方頃に到着予定だ。


「すげえおっさんだったな」


 珍しくラウルが人を尊敬した様子を見せている。皆が同意した。


「ええ、私から見ても相当腕の立つ魔法剣士だった」


 ふと疑問が湧く。


「意外と名前はしられていないのかな?」


「それもそうね。

 名前が知られていてもおかしくはないけど、

 マティスって魔法剣士を聞いたのは初めてね」


「魔法剣士の中には、密使として活躍するものや、

 魔法関係の事件の処理をするものもいると聞きます。

 おそらくマティスさんもそういった類のお仕事をされているのでしょう」


 リュセットの言ったことが最も回答に近そうだった。




 リュデルには円形劇場の近くに墓地がある。もともとは偉大な吟遊詩人を弔うために建てられた墓地だったが、時が経つにつれてこの町の共同墓地になった。


 祭りの時期にここを訪れる者は少ない。


 そんな人がまばらな墓地を、黒く長い髪を束ねた長身の男が歩いていた。手には花束を持っている。やがてある墓の前に立ち止まると、身を屈めた。


「一年ぶりだな、エリック、ジャンヌ。

 今年は帰ってくるのが少し遅れてすまない。

 帰ってくる途中で、ちょっとした事件に

 巻き込まれてしまったんだ。

 まだ若い子たちで、見捨てるわけにはいかなかった」


 男は花束を墓に添えながら言った。


「助けた少年の一人に、父親のようだと言われたよ。

 俺は今更になって父親らしくなれたみたいだ。

 あと十年早ければ、君たちを失わずに済んだのかもしれないな」


 墓には、エリック・ド・ブレ、ジャンヌ・ド・ブレと刻まれている。


 男の目には涙が浮かんでいた。男はしばらく墓の前に座ってたたずんでいたが、名残惜しそうにおもむろに立ち上がると、静かに墓地を去っていった。




 アランたちの目の前に、竜の地と呼ばれる大山脈が眼前にそびえ立っている。景色は空と山肌の青、雲と山にかかる雪の白で覆い尽くされている。


やがて日が暮れて、景色の白が夕日色に染まっていく。


 街道を曲がると、視野全体に広がる大きな湖が見えてきた。進むにつれて、湖に浮かぶ建物が徐々に姿を表していく。間もなくすると、建物全体が視界に映る。


 そしてアランは驚嘆した。


 荘厳な城が湖の上に浮かんでいる。夕日に染まった景色のなかで、城はその姿を湖に反射していた。それは幻想的な風景だった。


「あれが、ネウストリア王国が世界に誇る魔法学園シオンです」


 リュセットが透き通る声で情緒的な情景に彩りを添える。


「すごい……」


 あまりの美しさにアランから出たのはその言葉だけだった。


「星の綺麗な夜には、月と星々が湖に反射し、

 今以上に美しい光景をつくりだします。

 楽しみにしていてくださいね」


 目の前の魔法学園を記憶に刻み込みながら、アランは思った。これから数年ここで暮らすことになるのだ。期待で胸が高鳴った。


 もちろん、まず試験に合格する必要があるのだが。

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