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お前らだけ超能力者なんてズルい  作者: 圧倒的暇人
第4章 消えたヒロイン
98/158

第98話 府中動乱⑭

 南多摩駅-稲城長沼駅間の線路にて

 電車の中はパニックになっていた。

 既に4号車はもぬけの殻になっていた。全員が3号車に詰め込まれているのだろう。

 萩原時雨がある5号車の様子を見る者は誰もいない。おそらく他の乗車している人は外を見る余裕すらないだろう。萩原は動くことをせずに自分を追ってくる神岐の手の者が来るかどうかを常に確認していた。そのため常に外を警戒していた、だからこそ気付くことが出来た。

「あれは…、隕石!!!」

(零、市丸、丹愛、実録…)

 神岐の認識誘導ではない。ドクターの能力かもしれない。仮にドクターの超能力(アビル)だとしたら今まで自分達に能力を披露しなかったことも頷ける。披露すら出来ないほどの規模。使わないではなく使えない能力。

(ここから動かないことが最善だとは分かっているのに…)

 仲間が頑張っているなら自分は逃げることしか出来ない。逃げるのが仕事であるのは分かっている。

 萩原は葛藤していた。何もしてはいけない自分の立場に、弱さに。

 スマホを思わず握りしめる。お守りに願いを込めるように縋るようにただ握りしめて額に当て願い続ける。

 早く終わってほしいと……

 荒野に枯れ草が玉状になって転がるように。風が吹けば砂が舞うように。

 バブル崩壊して廃墟となったリゾート施設でもここまでは荒廃しない。

 バチバチと音が鳴っているのは電気設備が物理的に破壊されたために漏電しているからか。


 府中は最悪なことになっていた。

 隕石が衝突した府中市役所前交差点、小国魂神社東交差点、八幡宿交差点。

 全てが交差点の中央で衝突していた。

 これは偶然ではない。府中の南北を通す主要道路を破壊するように調整して落とされたものだ。

 牧村桃秀は小国魂神社東交差点から南に100mほど離れた場所で隕石の衝突から身を守っていた。

「久しぶりに使ったけど相変わらずひっどい能力だ。久しぶり過ぎて加減が分からない」

 手始めに3個落としてみたがそれでも充分な破壊力だ。

 正確な位置に落とすコントロール力も健在だ。

 南北の道路を全て破壊したわけではないが神岐が車でこちらに来るには相当手間が掛かるようにした。

 車では速達性が失われ、歩きでは単純な速度を低下させられる。

「もうちょっと追加しておくか」

 次は小国魂の参道前の信号、八幡宿から1本東にある交差点、合同庁舎入口の交差点の3箇所だ。あまりに落としすぎると牧村自身も巻き込まれかねない。

 頭上注意(メテオライト・サテライト)は自分だけはノーダメージなんてご都合主義はない。なので自分の身の安全を確保できるところから自分が巻き込まれない場所に隕石を落とさなければならない。自在に落とせるがそれも自分の周囲数百メートル圏内という制約がある。

(ここからどんどん南下しながら落下地点も南に下げていく)

 落とせば落とすだけ神岐はこちらには来れないし次を恐れて動きが取りづらくなる。さらに南にいると暗に匂わせることによって業を引きずり出す狙いもある。

(平原とそのお友達にはさっさと退場していただきたいが…まあヘリコプターが来るらしいからヘリコプターさえうっかり誤爆しなければ問題ないだろう)

 ヘリコプターを壊してしまえばいよいよ平原暁美と戸瀬奏音は府中から脱出できなくなる。今はcomcomの相手をしている暇はない。いなくなってくれればcomcomは府中に残る必要はなくなるだろうしこちらとしても問答無用で府中を更地に出来る。

(comcomの目的はお友達の救助と業の捜索か?二兎追うものは一兎をも得ず。さぁ、comcom。お前はどっちを取る?)


 ♢♢♢


「……見失ったか」

 神岐を乗せた車はまだ府中駅にいたため隕石の影響は受けなかった。

 しかし衝突の際の爆音と空振のようなものは感じることが出来た。

 催眠人間から牧村を見失ったと報告を受けた。

 おそらく牧村は爆心地の近くで衝突の際の粉塵や崩壊する建物、火災に乗じて身を隠したのだろう。

 牧村を野放しにはしておけない。直接府中駅に落としていないことから戦闘の意思がないとは思われるがそれがいつまでも続くとは限らない。

(俺と戦う気がないなら暁美達が無事とも限らない。俺と対面するのは人質を取ってからかもしれない。隕石を落としたのは俺の牽制か?いや、ドクターを炙り出すつもりか。こいつらが飴奴隷(キャンディソルジャー)を使ったのと同じ感じか…)

 隕石によって交通インフラは崩壊したと言っていいだろう。

 車で行こうにも隕石によってクレーターや建物の崩壊によって道路は寸断されている。

 車なら遠回りすれば行けないこともないが、おそらく牧村はその遠回りの道にも隕石を落とすだろう。そうなれば遠くに引き離されてさらに歩きで移動という非常に面倒な事になる。

 歩きでの移動は時間がかかる上に隕石を回避しきれない可能性がある。歩きは最もリスクが高い。可能な限り車で移動したほうが良さそうだ。

(高鬼(タワースナッチ)みたいな条件を満たせば自由自在よりも単純なパワータイプは相性が悪いな。しかも牧村は遠くから攻撃出来ると…)

 さらに行方知れず、甲州街道のもう1人を監視している催眠人間からの報告では隕石を見た上で逃げずに黒煙のそばに留まっているらしい。

 牧村の仲間であることは間違いない。写真も入手した。

 目的は……、これもドクターを探しているのか?

(その場に留まって辺りを見ている。隕石から逃げない奴を探すつもりか?確かに隕石から逃げない奴は生きることを諦めたオワコン人間か、承認欲求で動く馬鹿、もしくは隕石に心当たりがある人間…)

 心当たりがあるとなるとドクター、ドクターの仲間、俺、羽原のの達が探索対象になる。

(もう1人は動かないし牧村は隕石落下地点よりも南側にいるはずだ。とりあえず東京競馬場にいる奴等にも牧村を探すように命令をしておこう。鬼束兄弟、羽原のの、暁美達、舟木真澄達を監視している奴らからも進捗を聞いておくか)

 狙われないにしても府中駅でただじっとしておくわけにはいかない。

(おそらく次弾が来るはずだ。次弾の落下地点の逆側から遠回りになっても強引に突破しないと牧村の独壇場になってしまう。最悪負傷しても治癒活性(フィールフェルト)で治してもらえば良い)

 神岐は監視人に現状報告を促すメッセージの送信と牧村捜索の命令を東京競馬場の催眠人間に命じた。


 ♢♢♢


 ズガァァァァァァァァァァァァン

「「「!!!」」」

 突然の爆音と地面の揺れに3人とも驚いて周りをキョロキョロと見渡す。

 目に見えない風とも言えない空気の波が3人を通り過ぎていった。

「い、今の音は何ですか?」

 暁美がオロオロとしながら護衛の男に訊ねる。

「いえ、これは、何だ?」

 護衛の男も想定外の事態に困惑している。

 3人はじっと東京競馬場を見ていたため隕石に気付いていなかった。

 正門にいる飴奴隷(キャンディソルジャー)が何やら騒ぎ立てているのは分かったがそういう習性だと思って特にその原因については深く考えることはなかった。

「!…奏音様!」

「えっ、………あっ!」

 護衛が名前を呼んだので何事かと思ったがすぐにその意味を察した。

 奏音はすぐさま隣の暁美にしがみつく。

「えっ?か、奏音?何をしているのですか?」

「あんたがまた飛び出さないようによ。地震?でも何でもあんたは神岐に何かあったらすぐ飛び出しかねないからね」

「さ、流石にもうしませんよ。これでも反省してるんですからね」

 神岐とのデジュニーが消えてしまうかもしれないので流石に暁美といえど自重することにした。

「いいこと前科一犯。前科者の反省しました宣言はシースルーぐらい薄っぺらいのよ」

「は、犯罪者と同列視しないでくださいまし!」

 心外だが強く言えない。前科一犯は事実だからだ。でも全てを否定されるのは納得がいかない。と言っても前科者にはどうこう出来るまでもないが…。


 ♢♢♢


 ズガァァァァァァァァァァァァン

 爆音と地響きが伝わってくる。

 九重那由多は飴奴隷(キャンディソルジャー)を引き連れて八幡町地域公園まで避難していた。

 ここまで離れればまず死ぬことはない。

「昔一度だけ見たことはあるけど…、やっぱりとんでもないパワーね」

 どんな超能力(アビル)になるかは置かれた環境と本人の願望に依るところが大きい。研究職に就いていて隕石能力は身に付きづらいから願望になる。果たして隕石能力発現に至る願望とは一体何なんだろうか?

 環境や願望の強さ、深さ、重さで超能力(アビル)のパワーも影響する。

 舟木真澄と真澄に着いている飴奴隷(キャンディソルジャー)はまだ見えない。

 遠目から人の群れが見えているのでこちらに向かっているのは分かる。

 この公園はそれなりに大きいし、別行動し過ぎると神岐にあらぬ誤解を招いてしまいそうだから一旦ここで待って合流することにした。

 那由多に帯同した飴奴隷(キャンディソルジャー)は統率が取れている。それだけ飴玉の魅力に取り憑かれていることも言えるが、だがそのおかげでスムーズにここまで誘導することが出来た。

 真澄の方は制御が取れない飴奴隷(キャンディソルジャー)が集まっている。お気の毒とも思うが元を返せば真澄の超能力(アビル)のせいだ。言い方は悪いが自業自得だ。

 人の群れがさっきよりも大きくなった気がする。

(私達を東に行かせるために東京競馬場の外に出して隕石で追い討ちをかけた?もしかして牧村と神岐は繋がっている!?)


 ♢♢♢


 ズガァァァァァァァァァァァァン

 爆音をBGMにしても雪走一真のやることは変わらない。

 むしろ隕石の衝突によって屋内にいた人間も外の事態に気付いて逃げ出し始めるだろう。

 既に甲州街道は乗り捨てられた車しかなく、人間は全員北へと走っていった。

 誰もいないならと雪走は黒煙の近くに停車している車の上に立つ。

 本当はビルの屋上から探したいところだが見つけた時に高ければ高いほど降りるのに時間がかかる。

 能力を使えばビルの屋上からダイブしても多少は動けるが相手は業だ。業の超能力(アビル)も分かっていないし超常の扉を作れるだけの科学力を有している。万全な方が良いに決まっている。

「んぉーん。つまらん。鬼ごっこっても今はまだかくれんぼか。隠れる方はドキドキして楽しいかもしんねーけど探す方はただただ時間だけが過ぎてつまんねーんだよなー」

 車の上で胡座をかく。地面に立つよりは高いがこれでは大した違いにはならない。しかしこんなだだっ広い通りで人影すら見えないのにただ待ち続けるってのは雪走的には我慢ならないことだった。

 しかし広い通りだからこそ通り抜ける人間が現れた時に見つけやすいのも理解している。だがつまらん。

(早くこーい。俺の超能力(アビル)は動いてこそ何だよぉーーー。()()()()()()()()()()()()()()()()()())

 雪走は自身の後ろの人間に気付いていた。

(牧村は何も言っていなかった。あいつのお節介なら必ず忠告してくるはず。それがないってことは敵ではない。だが味方でもない)

 元を返せば忠告を聞かなかったのは雪走の方だが雪走は忠告を受けたことすら気付いていない。しかし牧村の性格を逆算して自分を監視している人物は無害であると判断した。

(業の性格上監視なんて危険なことはしないだろう。あいつが非道になって仲間を使い捨てるクソ野郎に成り下がっていればその限りではないが…)

 自分達と業側以外の人間がいる。

「おそらくそいつは牧村の方に行ってんだろうよ。はぁ、いいなぁ牧村は楽しそうで…」

 見つけないことには鬼ごっこが出来ない。

 この待ち時間が途方もなく面倒だ。探し続けなければならないからスマホで時間潰しも出来ない。

「んぉーん。んぉーん」

 雪走は自身の癖である重低音を出しながらその時をただただ待ち続けるのだった。


 ♢♢♢


 ズガァァァァァァァァァァァァン

 思わず腰を落として衝撃に備えた。

 映像とは分かっていてもボールが自分の方に向かって来たら反射的に目を瞑ってしまうように、音と同時に自分の身の危険を感じてしまった。

「「「…………」」」

 これが、ドクターの戦っている世界なのだろうか。

 正直に言って、これに着いていける自信がない。

 色鬼(カラースナッチ)高鬼(タワースナッチ)氷鬼(ムーブスナッチ)。そのどれもが隕石一つをどうこう出来るものでもない能力だった。相性や適正はある。仕方のないことだが敵に隕石落下能力があるのに三つ子では絶対に勝てない。3人が戦える超能力者(ホルダー)は他にもいるだろうが、向こうからすれば隕石能力者を引きつければ確定で勝ててしまうことになる。

 気持ちは沈んでいるがそれでも目的は変わらない。マイナスな気持ちに行動まで引っ張られないようにしながら3人は探索を続けるのだった。

 そして、ようやく見つけた。


「おい、あのコンビニ……」


 ♢♢♢


 ズガァァァァァァァァァァァァン

 信号は青。そして隕石の衝突。

 隕石によって神岐もこの瞬間だけはこっちに意識を割けない。

(チャンス!)

 羽原ののは横断歩道を渡る。目標は向かいにあるコンビニ。

 そこには神岐の認識誘導(ミスリード)によって操られている人間がののの監視を行っている。この監視人を無力化して自由に動けるようにするのがののの目的だ。

 紗穂と八散を救うため、真澄と那由多と合流するため。仮にこの行動であの3人組に遭遇してしまっても、私はコンビニ…つまり北に向かっているわけだから逃げ惑う民衆と思わせられる。コンビニに寄る行為をどう捉えられるかは分からないが、海外では災害の時にお店の商品を強奪することがあるらしい。日本では商品の強奪は諸外国よりは少ないらしいが0ではない。彼らは府中に戻りたがっている。私が強盗犯でも捕まえようとはしないだろう。ましてやののは女だ。強盗犯とはそもそも思わないかもしれない。

(正義感は持って損はないけど正義感で行動すると損をするのよね。優先順位が狂っちゃうから)

 徹底した信念があり、やるべきことが決まっている。優先順位が狂わない奴は敵に回すと厄介だ。

 だからこそ困っている人を見捨てられないヒーローなどが人質で動けなくなってしまう。

 正義感がある故に負けてしまうのだ。

 無論そこで人質を切り捨てるような人を周囲はヒーローとは呼ばない。

 おそらく神岐はヒーローとは呼べないだろう。神岐に人質は意味を為さない。紗穂と八散を殺すなんてヒーローは絶対に言わない。ダークヒーローが言葉としては近いだろうがあれは悪の立場から守るヒーローであって善の人間には迷惑をかけていない。ダークサイドの住民だ。おそらくこの府中の騒ぎの中で人を殺しているかもしれない…。

 だからこそ今となっては神岐に対して逃げ一択と言ったお嬢様には理解出来る。



 コンビニには客が入る入り口以外にも従業員用の勝手口のようなものがある。建物の構造によるが人が出られるだけの窓があるかもしれない。トイレも万引き対策で窓がなさそうだがイートインスペースのように建てられた時期で有る無しが変わるのかもしれない。

 目の前のコンビニは二面は壁に面していて裏口はない。

 残りの二面は広い駐車場に面していて入り口は自動ドアのみで客も従業員も使うタイプのようだ。中に入ってからバックヤード用のドアがあるとみた。

(まだ出てこないわね。籠城戦かしら?)

 中にいるのは確定。しかしコンビニとは死角が多い。棚はののの身長以上あり、それが視界を分断するように3列ほど出来ている。レジ側は客側からは確認出来ない。

 店の中はもぬけの殻だ。

(店員も逃げたのよね。緊急時とはいえ不用心ね。所詮はバイトかしら?コンビニくらいでしか働けない軟弱者だからかしら?)

 バックヤードにコンビニのオーナーや店長がいるようだがさっきの逃げ出した連中に混ざっていたのか。プロ意識でまだ裏に引っ込んでいるかもしれない。隕石の音はバックヤードだろうと聞こえていないはずがないが、もしかしたら個人書店のオーナーのように裏で漫画を読んでたりスマホゲームをしていて気付いていないかもしれない。

(隕石にも気付かないなら好都合、多少の無茶は許されるしカメラに映っても那由多が消してくれる)

 コンビニをくまなく探せば見つかるだろうがコンビニの奥まで探そうとすると死角を利用して監視がコンビニから出かねない。

 入り口で棒立ちしていれば逃さないことはできるが神岐に連絡を取られてしまい神岐に抵抗ありと思われてしまう。さらにここに立ちっぱなしだとあの3人組に不審がられてしまう。

(スマホで片手が塞がってるのがホント面倒。監視は見ていなくても直接話しかけられるかもしれないからこれは外せない)

 通話は切れていないから直撃はしていない。無事。

 時間はそう長くはない。

 ピロロロンピロロロン

 入口の自動ドアが開いた。

 向こうにも誰かがコンビニに入ったことは伝わった。

 短期決戦。と同時にコンビニの中に入って3人組に見つからないようにする。

 ののは店内に入ってすぐ横にあるフリーペーパー群から敢えて有料の求人雑誌を手に取った。

 そのまま店内を見渡すがやはり入り口に入った程度では外から覗いてるのと同じで監視人は見つからなかった。

(飲料水の補充とバックヤードが同じ場所に固まってるのね。バックヤードと裏の作業スペースが分かれてるタイプならギャンブルになっちゃうところだったけどこれなら好都合)

 出入り口は今ののがいる自動ドアしかない。

 バックヤードは行き止まりだ。バックヤードの入口も1つ。つまり監視人がバックヤードに逃げ込んでいれば袋の鼠ということになる。

(オーナーがいてもバックヤードの入口を塞いでしまえば出て来れない)

 気を付けるべきは死角のみ。

 ののはまずレジに近付き思いっきりレジ台に乗り上げた。女性としては品がないが誰も見ていないのだ。オフまで完璧にする奴はいない。

(レジの下には隠れていないか。そうよね。咄嗟に隠れるなら入り口から対角線にあるバックヤードの入口の方よね)

 これでレジ裏を気にしなくて良くなった。

 レジの裏にあったカラーボールを1つ手に取る。

 強盗や万引犯に対してぶつけるとボールが割れて中の塗料が体に付くことで犯罪者と識別出来る物だ。

 右手には雑誌がある。

 カラーボールは羽織りのポケットに入れている。

 本来は両手で持ちたいが片手が使えないからこうするしかない。

 しかし、準備は整った。後は単純に詰めるだけだ。

(今の行動の間にコンビニから脱出していたら必ず自動ドアが開いて音が鳴る)

 ののが入った時と同じことが起こるはず。それがないならまだ店内にいる。

 レジから見渡してもまだ見えない。間違いなく対角線にいる。

 しかし、だからと言って対角線に向かってはいけない。鬼ごっこになったら単純な走力勝負になるし捕まえられるまでに神岐に連絡を取られたらアウトだ。

 鬼ごっこすら行ってはいけない。だからこそ雑誌が役に立つ。

 ののは雑誌を思い切りペットボトルのショーケースに向かって投げ付けた。


 バンッ

 バサァッ

 ショーケースに思い切り雑誌がぶつかってそのまま地面に落ちた。

 すぐさまののは雑誌を投げた方向とは逆の方向から対角線へ走った。

 切り返したらすぐに監視人と思われる男と相対した。男はののの方へと走ろうとしていた。

 追われている状況で物が投げ込まれて音がしたらどうする?

 追っ手と思い、思わず逃げてしまうだろう。バックヤードは行き止まりだ。つまり雑誌が投げ込まれていない方向へと走って逃げようとする。

 完全にドツボ。ののはその行動を予測して雑誌を投げて先回りした。

 いると分かっているのの側と、いるとは思わなかった人間がいきなり現れたことで起こった一瞬の硬直。

 これは鬼ごっこではない。先手を取れた者が勝者。

 ののはカラーボールを監視人の顔面に向かって投げ付けた。

 ののは球技に造詣が深いわけではない。しかし、硬直によって動けなくなった的に対してなら狙いを付けて投げるなど30代女性であっても造作もない。

 監視人の顔面にクリーンヒット。カラーボールから塗料が拡散されて男の顔と首がオレンジ色に染まった。周囲の商品や壁にも塗料が付いてしまっている。

「ぐっ………」

 ようやく男が口を開いた。

 しかし顔に塗料があるせいで前が見えないのか顔がのののいない方を向いていた。

 ののは那由多の心地良い刺激を蓄電した特注の白色のスタンガンを腰から引き抜くと男の首筋に当ててスイッチを入れた。

 バヂッという電気の音と共に男はフリーズする。ピタリと止まったかと思うとそこからスローモーションのように体が横に倒れていった。

 ドサッ

 男は倒れた。ののは倒れたのを確認するとスタンガンをしまって男の体を弄る。

 神岐との連絡手段があるはずだ。ジャケットのポケット、ズボンのポケット……


 ジャケットの内ポケットにスマートフォンが入っていた。

 電源が入っていた。

 神岐へ向けたメッセージが入力された。

『女がこちらに気付いてコンビニに侵入。反抗のいしあ』

 しかしそのメッセージは途中で途切れていた。

 おそらく『反抗の意思あり』と入力して送信するつもりだったのだろうがののが雑誌を投げたことで送信途中のまま逃げようとしたのだろう。

 かなり紙一重の勝負だった。あと数秒動き出しが遅かったら送信されていた。

(危なかった。けどこれで神岐は目を失った)

 送りかけのメッセージを削除する。

 コンビニの中から外を見るとまだ逃げ続ける市民の様子が窺えた。

(人が多すぎてあの3人組がどこにいるのか分からないわね)

 屋内にいた人間が隕石の音でようやく外の状況に気付いて逃げ出したようだ。

 ここのコンビニは有線が流れているがラジオではないため外の状況は窓の外でしか得られない。

(さて、ここからどうしましょう)

 監視の目は欺いた。後は府中に戻るだけ。しかし3人組も府中を目指している。バッティングは避けたい。

 ここは入り口から対角線にある。窓から覗けないことはないが意図してコンビニに近付かなければ見えない。一応監視の男が窓から見られないように棚の後ろに隠す。

 3人組が行ったのを確認してから別ルートから府中を目指す。

(面倒なのは甲州街道が開けていることね。彼らも早く戻りたいでしょうから待ち伏せする時間も余裕もないでしょうから問題はないと思いたいけど…)

 3人組がいつ過ぎ去るのかは分からない。それよりも前に神岐からこの男に連絡が来るかもしれない。返事がなければ何かあったと思い直接ののに話し掛けるだろう。

(店内のBGMで屋内にいることは簡単に気付かれる!)

 ピコン

 男のスマホからだ。

 スマホを確認すると、神岐からのメッセージだ。

『現状報告しろ』

 電話ではない。これなら誰がメッセージを送っているかは分からない。

(私が代筆するしかないわよね)

 このタイミングの現状報告は間違いなく牧村桃秀の頭上注意(メテオライト・サテライト)を意識してのものだろう。

(電話じゃないってことはコピペで一斉送信ってことね。神岐もやっぱ余裕はなさそうね)

 ののはスマホのやり取りを遡る。男のテキストの傾向を掴むためだ。


『女は依然として動いていません。動きがあれば報告します』

 こんなものだろう。あまり長いと個人の癖が出てしまう。

 履歴を遡ったがこのレベルで問題ないだろう。

(にしても使い勝手がいいわね。ここまで丁寧で的確に報告してくれるなんて。真澄の飴奴隷(キャンディソルジャー)だったらこうは行かないわ)


 ♢♢♢


「雪走?」

「はい、雪走一真です」

「能力は?」

我が道を行く(アイムハイ)、アドレナリンを分泌させて限界以上の動きが出来ます」

「…ドーピングね」

 神岐は久留間からもう1人の男について聞き出していた。

(ドーピング能力。今雪走は丹愛達のいる方向にいるんだよなぁ。高鬼(タワースナッチ)しか知らないけど色鬼(カラースナッチ)氷鬼(ムーブスナッチ)高鬼(タワースナッチ)と同レベルって考えると、単純なパワー系に勝てるとは思えんな)

 ドーピングする能力と通常のドーピングが一緒なわけがない。通常のドーピング以上の力を得ているに違いない。超能力(アビル)がそんな市販のアイテム程度で済むはずがない。

 催眠人間達に向けた現状報告が返ってきた。

 鬼束三つ子は府中に戻ろうとしている。ルート的に羽原ののと相対しそうだ。3人いれば攻撃性能に乏しい一時の邂逅(ワンナイトラブ)はどうにか出来るが、さらに南下すると雪走が待ち構えている。

(鬼束達も捕まえたいが雪走の能力がどこまで出来るか分からないから不用意には近付けない。鬼束達は零と時雨をダシにして諦めさせる方が手っ取り早いか。監視能力と移動能力を奪えばドクターに出来ることはそうそうないしな)

 舟木真澄と九重那由多は別行動をしてるみたいだ。

 舟木真澄は飴奴隷(キャンディソルジャー)に飴を食わせて九重那由多は東京競馬場近くの公園で待機しているからおおよその事情は察せられる。目に見えて反抗的な行動は取っていないと結論付けた。

 舟木真澄がいなくなれば暁美達は東京競馬場の中に入るだろう。

(東京競馬場は問題ないか。府中駅北側は三つ巴か。潰しあってくれれば御の字だが鬼束達を羽原にしろ雪走にしろ捕まえられるのはドクターの超常の扉(アビリティーパス)を敵に渡すリスクを考えても避けたい)

 仕方ない…。こんな回り道をして結局は最初に持ちかけた協力案を取ることになるとは…

 神岐が最初に電話で持ちかけた協力案。鬼束零は捕えたし萩原時雨も時間の問題だ。ドクターを席に座らせるには十分だ。

 神岐はスマホからポチポチとメッセージを入力する。


 ♢♢♢


 ブーンブーン

 通知の音。

 厄介なことになった。

(電話に出ない選択肢はない。何かあれば連絡すると言って電話に出なければ怪しまれる。かと言って私には詐欺の常套(ヘッドフォンアクター)のような声真似は出来ないから私が応対すればすぐにバレる)

 選択肢が用意されているようで、実は取れる行動は1つしかない。

 認識誘導(ミスリード)とは良いネーミングだ。超能力(アビル)がなくても状況コントロール力が高い。

(………)

 どのみちのののスマホからも連絡が来る。結論は変わらない。

 ののは男のスマートフォンの通話をONにした。

「………やるな」

 明らかに男に向けられたものではない。ののが電話を取ったことに気付いている。

「……どこで気付いたの?」

「現状報告だ。今回のように誰かが成りすましているケースが考えられるからな。本文の後に本人だと分かるメッセージを入力させるようにしている。本文を送った俺が確認したらその認証メッセージは消去させてるから気付かないのも無理はない」

「…やっぱ厄介ね」

「それと、監視人は1人ではない」

「えっ?」

 監視人が複数いるケースは想定していなかった。これまでの全ては別の監視人にダダ漏れだったことになる。

「監視人同士でもやり取りをさせている。勿論メッセージは消しているぞ。そいつからも報告は挙がっている。…まぁ、頭上注意(メテオライト・サテライト)を見たらチャンスと思うわな」

「……牧村のことも聞いたのね。ということはまだ殺していないのね」

「殺してほしいなら2人を操って殺し合いをさせるのもいいな。治癒活性(フィールフェルト)があるから能登八散に分配が上がるが…、自分自身を治せるかは知らんけど」

「…どうするつもり?」

 神岐がののの反抗をどう捉えるのか。それによっては本当に殺し合いをさせるかもしれない。

「本来なら隷属させたいところだが牧村をどうにかしないといけない。かと言って無罪放免というわけにはいかない。だからまぁ、俺以外に任せることにするよ」

「……?」

「…そのスマホの通話をスピーカーにしろ。あんたの携帯から聞こえるかどうかで判断する」

 何故このタイミングでスピーカーにさせるのかは分からないが、スピーカーにしなかったらすぐにバレてしまう。

 ののはスマホのスピーカーをONにした。

「どう?」

「あーあー『あーあー』、問題ない『問題ない』」

 神岐の声が男のスマホに、男のスマホからのののスマホに、のののスマホから神岐が持っている久留間紗穂のスマホへと伝わっていった。

(何をする気…?)

「…起きろ、敵がそばにいる。排除しろ!」

(誰に言って…、まさか!?)

 ムクリ

 そばで眠っている男が起き上がる。

 顔は塗料に塗れているが時間が経過している。視界は確保出来ていてもおかしくない。

(けど、気絶してたのよ!号令一つで起きれるわけがない)

 だが男は起き上がった。そして……


「ギャッ!?」

 景色がオレンジに染まった。

(これは、強盗用のカラーボール。体に付着したのを飛ばした?いや、あの時カラーボールは……)

 ののがカラーボールを取った時1個しかなかった。しかし、思い返せばカラーボールが入っていたケースにはもう一個入る余地があった。

(てことはカラーボールは2個で1セット。私がコンビニに入る前に迎撃用に1個取ってたっての………)

 前が見えない。この至近距離。認識誘導(ミスリード)で身体能力も向上してるかもしれない。

認識誘導(ミスリード)で身体能力は限界まで向上させている。電撃を喰らっても気絶はしない。ノーダメージではないから体のどこかは壊れてるだろうけど、1回くらいなら効かないようには出来る」

(つまり倒れたのは演技…、私が刃向かった時の用意を済ませてたってことね)

「さぁ、お互い視界不良の中頑張ってくれ。もうスピーカーは切って良いぞぉ。切れればだが。男を倒してもまだ監視人はいる。男と戦っている間にあんたらが追いかけてた3人組はコンビニでのドンチャンに気付くだろうな。3人組の監視してるやつにあんたの情報を3人に渡すつもりだ。さぁ、俺がそっちに向かうまで精々楽しんでくれ」

 プツン

 男のスマホの通話が切れる。

 男は完全に立ち上がった。神岐の命令通りにののと戦うつもりだ。

(くっ、素直に従っていれば……)

 あのまま従っていても状況は変化しなかった。間違った行いだったかもしれないがまだリカバリーは効く。

 監視人全員を倒して追っかけてる3人組も撃退する。

 だがそんなことをやっている間に神岐は牧村とのいざこざを終わらせるかもしれない。

 認識誘導(ミスリード)で操った人間をさらにこちらに派遣するかもしれない。

(詰んだわね。あまり期待したくはないけど、牧村が神岐を倒して認識誘導(ミスリード)が解除されるのが1番良いだなんて、最悪。まだ()()()()()のためにペコペコしなきゃいけないなんて)

 そんなのは絶対にやりたくない。

(真澄、那由多。お願い……)

 考えている時間は無くなった。手持ちの道具で、認識誘導(ミスリード)によって操られた人間をどうにかしなくてはならない。

(タイマンは無理。仕方ない)

 ののは見えないながらも自分の立っていた位置と記憶を頼りに走り出した。

現在の状況

神岐義晴

府中駅そばで次の隕石を待っている


平原暁美・戸瀬奏音

護衛の男と共に東京競馬場そばで身を隠している


鬼束市丸・丹愛・実録

敵を探しながら府中市街地に向かっている


羽原のの

コンビニで監視人と暗闇バトル


舟木真澄・九重那由多

飴奴隷を連れて東京競馬場の東へ移動中


牧村桃秀

隕石を落下させてドクターを探している


雪走一真

牧村と連携してドクターを探している



アイムハイ、ヘッドフォンアクター

名前とざっくりした能力説明で読者の想像を掻き立てる

って大層なものではないです

ただ私がボカロの名前をいっぱい出したいからです


羽原ののはもう詰んでいます

仮に鬼束兄弟と戦って能力的に人数差的に負けるのは確実です

羽原ののは実質リタイヤです

となると、鬼束兄弟vs雪走一真になりそうですね


さぁ、次回も府中動乱です

2回目の隕石が降ってくるかもしれないです

神岐がいよいよ動き出します

暁美達は東京競馬場に入れそうですね

府中動乱が終わりに近付いてきます

これ以上の新キャラ、新能力が登場しないことを祈りたい

そして、ドクター

お前はいつになったら………

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