第94話 府中動乱⑩
8月6日
府中街道沿い
神坂雪兎は歩いていた。
ネットで調べた断片的な情報を掻き集めた結果、ここと東京競馬場で仮面を付けた人間が暴れていたということを突き止めた。
(仮面………これか…)
何となく探してみたらあっさり見つかった。
昨日府中で大きな出来事があった。それは間違いない。しかしそれが明るみになっていない。
何らかの力が働いていることは疑いようがない。
となると、昨日ここであったことの痕跡も消されているだろう。
しかし、完璧に消すことは難しい。
街中にルミノール反応液を散布したら血液反応は出るだろう。
(ま、そんな物は持ってないから試しようがないけども…)
他に痕跡があるとするならば、回収し損ねた物証。
例えばゴミ箱の中だとか、ホテルの個室だとか。
そして神坂が見つけた街路の植え込みの中だとか。
(左の頬の辺りが欠けてるな。何か強い衝撃でも受けたか?)
道路脇にあったということは車に轢かれたのだろうか?
おそらく探せばもっと痕跡は見つかるかもしれない。
(すぐそこには府中本町駅がある。府中街道沿いだからもしかしたらここにもっと分かりやすい痕跡が残っているかもしれない)
血液などは水をかけて洗い流すことは出来るだろう。しかし、隠しきれない場合もある。今手に持っている仮面のように、一部が破損している場合は隠す行為が逆に不自然になることがある。
(壁が凹んでるからってブルーシートで壁全体を覆えば逆に違和感がある)
そんな隠しきれない物が、府中本町駅にあるかもしれない。
神坂は府中本町駅に向かうため横断歩道の前で青信号を待つことにした。
♢♢♢
「ゔゔゔゔゔゔあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
呻く獣のような声。とても人間が出す声ではない。
「………………………」
もう片方の人間は何も喋らない。喋る必要がない。必要があれば喋る。合理的思考。
府中本町駅は、最初は静かであった。
神岐の催眠人間が全く喋らないからやたら静かだった。
それが、異形の集団が来襲したことで静寂は混沌へと変わっていった。
片方は甘魅了で薬漬けにされた人間。
片方は認識誘導で操られた人間。
両雄が、ぶつかり合う。
しかし、そのぶつかり合いは喧嘩なんて次元ではない。
双方超能力によって体のリミッターは外れている。相手を攻撃する躊躇いもない。常に全力、何があっても本気。
ボクシングなどの殴り合いを是とする戦いもある。しかし、あれも勝利条件はルールの中で定義されている。もちろん殺してはいけない。
是の中でも柵はある。
彼等にはそれがない。
殺してはいけないというのもないしボクシングのような3分毎にブレイクタイムはない。
絶え間なく、超能力を使っても体が動かなくなるまで動き続ける。
人が動かなくなるにはどうすれば良いだろうか?
殺す。昏倒させる。
倫理をぶっちぎれば容易だ。では倫理観があれば?
道具を使った拘束。刑事ドラマでよくある腕を背中に引き上げる行為。
手段はいくつか考えられる。
では府中本町駅はどうやって動きを止めているのか……
♢♢♢
ドバァァァァァァァァン
あまり心地の良い音ではない。
それが耳だけではなく接触している下半身や背中からも衝撃という感触で感じられるのなら尚更だ。
「死んじゃいないよな?」
子供の時の映像で見せられた人を轢く瞬間が思い出される。
あれはスタントマンみたいな人がやっていたからもあるが子供に見せる映像物である以上死ぬわけがない。死なないように轢いている。ぶつかった瞬間に前方のエンジンルームの上を滑るように衝撃を殺しながらフロントガラス、または側面に転がってやがて受け身を取って地面に落ちていた。
今回はどうだろう?
明らかに当たりどころが映像で見たものではないし血も流れているし明確に吹っ飛ばされている。
「………」
自分が命令したこととはいえあまり見たい光景ではない。
車を停車させる。
神岐は車を降りて、たった今轢いた仮面の人間に近付く。
こちらを見ていないからまだ認識誘導の発動条件を満たしていない。
急に襲いかかって来るかもしれない。慎重に近づく。
仮面の人間はピクリともしない。
神岐はそばに落ちていた石ころを拾って仮面の人間に向かって投げつける。
コントロールには自信はなかったが左足の脹脛に命中した。
仮面の人間の体がビクリと揺れる。
(触覚は普通…。いや、反応が過剰だな)
驚きよりも拒絶の色が強いように感じた。
(試してみるか…)
周囲の石ころを何個か拾い上げる。
加えて長さがそれなりにある木の棒も拾った。
(時間を掛けて観察してんだ。価値ある結果をくれよな)
神岐は石ころを散弾のように面で展開して投げ付ける。野球動画のおかげか妙に様になっている。
バチバチバチと石が倒れている人間もどきにぶつかる。
「ゔゔゔゔぉ!?!?」
「なるほど、触れると痛い系か」
傷口でもないただの肌にもこの反応。触れるという行為がアウトのようだ。
次は木の棒だ。神岐はより近付いてツンツンと木の棒で突っつきながら触診をする。
「ん!……ゔゔごぉ!ガァァァァァ!?」
「面白いようにリアクションするなお前」
ツンツンと当たればその瞬間だけ気持ち悪い声を上げながら苦しんでいる。
どうやら触覚で受ける刺激が毒のように感じているらしい。
「布ズレも苦痛か。夏だったから軽装で良かったが冬なら地獄だな」
最も、冬に暖かいセーターでも支給してくれる連中には見えなかったが…。
「その仮面…、ちゃんと前は見えてんのか?」
仮面には目のところに穴なのか模様かは分からないが黒っぽくなっていた。
しかし、とてもクリアな視界が確保出来るとは思えない。これがただの模様でマジックミラーのように仮面の人間から見たら明瞭に見える可能性もあるが…。
見えているのか見えていないのか。見えていても正しく認識出来ていなければいけない。
見えていてもそれが置物と思っていては発動しない。見ている人間から発せられている声でなければ発動出来ない。
だから写真に写った神岐を見ながら神岐の声を聞いても能力にはかからない。
リアルで神岐を見て、ユーツーブのcomcomの動画を耳だけで聴いても能力にはかからない。
同一時間軸であり同じ対象から見聞きする必要があるのだ。
(耳は…、女が指示を出していたから聞こえているだろう。俺が見たのは飴玉を食ってるところだ。視野が狭くても手渡された飴を食うぐらいは問題ないだろう)
「おい、あの男を拘束して仮面を外せ」
「承知しました」
石ころや木ではなくもっと大きい人間。質量も接触面積も大きい中で触られたらどうなる?奴等の飴玉のバフはどれほどのものなのか?力比べをする必要がある。
命令を受けた運転手がうつ伏せになっている仮面の人間を跨ぐようにして背中からプレスする。
「ギィィィヤァァァァァァァァァァァァァァァァァ」
「なるほど、プレスは有効か」
最悪な人体実験だ。最高にサイコってる。
仮面の人間は絶叫しているが動こうとはしない。抵抗してのたうちまわればそれだけでまた激痛を伴うからだろう。
運転手は仮面を取り外す。
仮面の下は普通の成人男性のようだった。社会のクズ、豚野郎を想定していたがどうやら製造には明確な篩はないらしい。飴玉を食わせれた奴なのか。そういう意味では自宅を警護している豚野郎は飴奴隷にはならないか…、ニート万歳。
目線が神岐と合う。見えてはいるようだ。能力の発動条件は満たしている。しかし虚ろだ。状態によっては見えていない、限りなく視力が弱って神岐義晴を認識出来ないことも考えられる。
運転手から仮面を受け取る。
仮面越しで周囲を見渡してみたがこれと言って見づらいとかはなかった。あまり造詣は深くないがそういうものもあると考えることにした。
(どういう仕組みか分かんねーな。ゆるキャラがちゃんと前が見えてるもんか?)
マジックミラーの原理を使用しているのかはたまた別の技術が使われているのか。見ただけでは結論は出なかった。
(被ってみるか?急に骨針が頭に刺さって吸血鬼になったりしないよな?一応血が付着してないかは確認するか…)
どうも怪しい仮面を見ると連想してしまう。石細工ではないにしてもだ。
仮面を凝視すると口元が濡れていた。触らなくても分かる。唾液だ。
(飴玉を食べたからなのか飴玉を食べたいからなのか。仮面は外面を多少良くするためか。隠してるつもりが全く隠せてないあたりがこいつらの救いのなさを感じる)
「ギィィィヤァァァァァァァァァァァァァァァァァ」
「あっ?」
忘れていた。触れられたらなら触れ続けることでも痛みは伴う。この男はずっと叫び続けていたことになる。
「あー、ごめんな。もう大丈夫だぞ」(痛覚を無効にする)
「ァァァァァァァァァァァァア……」
沈黙。
「……元気ですか?」(「元気があれば何でも出来る」と言え)
「…元気があれば何でも出来る」
「なるほどなるほど」
「元気があれば何でも出来る」
「お前は言わなくて良いんだよ」
仮面の人間だけのつもりが運転手も同じを催眠にかかってしまっていた。
(飴奴隷に認識誘導は有効。しかし、飴玉で視力に悪影響を及ぼしていればその限りではない。であれば、府中で作られた飴奴隷は確定で効く)
甘魅了が認識誘導と同じように操る能力だったら無効だったかもしれない。
「名前は?」
「……………」
「名前は?」(自分の名前を言え)
「及川慎介」
(普通の会話は無理か。認識誘導を使わないとまともにコミュニケーションを取るのは難しいか)
「こいつを車に乗せろ。移動がてら事情聴取だ」(抵抗するな。聞かれたことには全て正直に答えろ)
「承知しました」
「………」
まだ実験したいことはあるがとりあえず認識誘導が使えないわけではないことが分かった。それだけで知れれば戦える。
後は車の中で聞けば良い。時間は刻一刻と過ぎているのだから。
♢♢♢
戸瀬奏音は護衛を引き連れて黒煙の発生地点まで向かっていた。
未だ平原暁美は見つからない。神社を出てから黒煙の場所までは道を左折するだけでいいはずだが、何故か戸瀬の方が先に黒煙の場所まで辿り着いてしまった。
「こっちじゃなかった?」
「……どうやらここから北西でも黒煙が発生しているようです」
「今度はそっちかい……。そっちに行った可能性は?」
「ないとは言い切れませんが、まずはこちらをクリアしてからでしょう。報告によればここにまだ暁美様は来ていないようです」
「………かなり不味いわよねそれ」
考えられることとして、暁美が鈍臭くて迷子っちになっている。可愛らしいバカみたいな説だがまだ可愛らしい分マシだ。
もう一つは、駅員を倒した謎の人物に攫われた可能性。これが正しかったとしても未だ謎の人物の目撃証言も上がっていない。
「失礼ですが暁美様に電話はされたのでしょうか?」
「やったわよ。駅から抜け出した時も倒れた駅員を見た時も。でもまあ先に着いたのなら電話しても良いかもね」
奏音はスマートフォンを取り出して慣れた動作で暁美に電話を掛ける。
履歴の一番上を選べば良い。
プルルルガチャ
(はや!)
「もしもし、奏音?」
「もしもっし、あんた今どこにいんのよ」
「どこって、さっきからここにいるじゃないですか?」
はあ?、と奏音が後ろを振り返ると、そこにはスマホを耳に当てた暁美が立っていた。隣に成人男性を添えて。
ごきげんよう、とスマホを当てている右耳からも直接左耳からも聞こえる。
奏音はゆったりとスマホを耳から外して通話を切ってバッグにしまう。
(いつ…後ろに…)
色々と混乱しそうだ。
護衛の男を見る。護衛もまた奏音を見ていた。つまり考えていることは同じだ。
いつの間に後ろに暁美と男が立っていた。
足音もなかった。仮面の集団を恐れて背後にも護衛は気を配っていた。
気付かないわけがない。しかし、現に…
「……暁美、そちらの男性はどなた?」
「こちらの方ですか?こちらは私が駅員さんに連れて行かれそうになったところを助けていただいたのです。もう大丈夫ですよ。道案内ありがとうございました」
「こちらこそ恐縮です。しかし、何やらここは怪しい人物が彷徨いているようです。貴方様の探し人と合流するまでここで待つことにします。これで帰ってしまってニュース等で貴方のことを目にした時に罪悪感が生まれてしまうので」
「まぁ、素敵な心掛けですね。ではお言葉に甘えまして」
「…ちょっと!ちょっと!」
肘で護衛の脇腹を突く。突かれたことへのダメージはないが、まだ整理出来ていない。
駅員を倒した人物が暁美に襲いかかっているという説だったはずだ。しかし実際は襲いかかるどころか奇妙な関係を作り出していた。
「ねぇ、これどうしたらいいの?」
「……神岐様に確認したいところですが…、もしこの人物が敵側であった場合、今ここで連絡を取ろうとするのは危険行為です。彼が神岐様の敵が味方かの判断が現状付きません」
先程の現象もこの男の正体も分からない。
(…下手に動くわけにはいかない…。こいつが味方だと暁美が経験に基づいて決めている。それを覆せるだけのカードをこちらは持っていない)
会話からボロを出させたいが、不要にレスポンスをすれば逆に気取られる危険性がある。
「ところで、奏音はメッセンジャーの方とご一緒なんですね」
「…ぁ、えっ、えぇ…、って、あんたが駅から飛び出すからでしょうが!あんた神岐からのお願いを破ったんだからね。何考えてるのよ!」
あまりに当事者意識の欠けている暁美に流石の奏音も沸点が最高潮に昇ってしまった。
「それは、申し訳ないと思っていますが、義晴様の危機と思ったら体が勝手に……」
「ふん、神岐からのお説教は覚悟しておくことね。デジュニーもなくなるかもね」
「そ、そんな……」
あまりにショックだったのか。膝から崩れてしゃがみ込む。地面にのの字を書いてブー垂れ始めた。
(…さらっと神岐の名前を出したけど表情に変化はないわね。ここへの道中で暁美から聞いたのかしら)
さらりと探りを入れてみたがボロは見えない。ここで神岐の名前を出すことで男の事を警戒していないとも思われる事も出来た。ワードウルフをしていればそれだけでも違和感を与えてしまっていただろう。
「奏音様」
護衛の男が奏音に話しかける。
「奴等です」
奏音は咄嗟に周囲を確認する。そこには商業施設の入り口から出て来る仮面の人間の姿であった。
「どうやら商業施設の中でひとしきり暴れたようです」
「…そうね。全く、暁美のせいでトラウマになりそうだわ」
仮面の人間は鋏や包丁などを手に持っていた。仮面も返り血で半分以上は赤に染まっている。衣類もクリーニングしないと落ちないくらいに汚れがべっとりだ。
「神岐は後どれくらい?」
「今府中本町駅に差し掛かっています。府中駅にいる敵を無力化するそうです」
「…つまりあいつらを倒さないといけないわけね」
黒煙から府中駅への道中に仮面の集団がいる。奴等をどうにかしないと神岐との合流は難しい。
「いえ、府中駅ではなく東京競馬場に向かいます」
「えっ、神岐は府中駅に来るんでしょ?」
「神岐様は既に公共交通機関での逃走は不可能と判断しています。ヘリコプターが離着陸出来るのは府中だと東京競馬場が最適です」
「なるほどね」
「しかし…東京競馬場は敵が最も多い所です。東京競馬場には向かいますが今施設に入ればあの者達のようにされてしまいます」
(何で?なんて理由は今は時間の無駄ね。理屈も原理も分からないけど神岐が危険と言っているならそれに従う方が一番生存率が高い)
電車に乗らなかっただけで命の危険が格段に上がっていることがそれを裏付けている。
過ぎてしまった事だからしょうがないが今は今、ここで選択を誤るわけにはいかない。
「暁美、いつまでもメソメソしてるんじゃないわよ。また奇行種が来たわよ」
「ぶーぶー」
未だ暁美は不貞腐れている。
「あーもうめんどくさい子ね。そこのあんた、あいつらをどうにかしなさい。私達はその間に逆方向に逃げるわ。神岐はここにいないし移動しても問題はないでしょ」
「かしこまりました」
男は理由も聞かずただ肯定した。
(あの変なのの仲間じゃないのかしら?それとも本当の善人?いや、駅員をあんなにした奴が善人な訳がないわ…でもこれで暁美と引き離せたわね)
男が殿をしている間に東京競馬場に向かう。仮面の人間に捕まらないようにしつつ目の前の男を撒かないといけない。それほどまでにこの男は不気味過ぎる。
「ほら、行くわよ。神岐ももうすぐ来るから、王子様に会うのにそんなテンションじゃダメでしょう?」
「………はい。そうですね」
座り込んでいた暁美を立たせて暁美、奏音、護衛の3人は南を目指す。
「お気を付けて、すぐに合流致します」
殿として男が残る。
「…頑張ってください」
暁美はこの男が味方と思っているためエールを贈る。
「……」
暁美を手を取りながら向かう。
(北も南も危険……、神岐、急いで…!)
強気でいた奏音もこうもデンジャラスに見舞われ続けたら参ってしまう。心の中の声とは言え神岐に縋らざるを得なくなっていた。
♢♢♢
8月6日
府中本町駅
神坂雪兎は府中本町駅に到着した。
周囲には史跡広場と書いてある殺風景な場所があった。その先に府中本町駅の駅舎が建っている。
駅前が栄えている訳ではなく小さなバスタクシー用のロータリーがあるだけだった。駅からは東京競馬場まで直接進める歩道が整備されており神坂はこの道を通って東京競馬場に行こうと考えた。
(史跡広場、歴史的な物がある感じか…)
ネットシャワーを浴びていても東京の1スポットの歴史的背景までは得ることは出来ない。
鉄で覆われているため中には入ることは出来ない。これが元から入れないのか昨日起こったであろう事象の影響なのかは神坂には分からなかった。
強引に入ることはせず、柵の外から中の様子を窺ってみる。
(……何もない場所だ。柵は場所の保全のためか。であるならば、昨日ここでドンパチがあってそれを丁寧に後片付けしてても分かりっこないってことか)
地面を掘り返してみれば実は仮面の人間の死体が埋まっていましたとか分かるかもしれないが、中には入れそうにない。
(となれば、さっきみたいに隠し漏らし、もしくは隠しきれない不自然な隠し方をしてる場所を探すのが手っ取り早いな。禁止区域への侵入はそこで何も出なかった時でも問題ないか)
8月5日
府中本町駅入口交差点
(おっ、やってるやってる)
左手には柵で覆われた公園のようなスペースがある。柵で覆われているところを見るに文化財や環境保護の観点で出入りを制限している場所のようだが、神岐にはそこが何なのかは分かっていなかった。
そしてその柵の中で、催眠人間と仮面の人間が取っ組み合い、殴り合いをしていた。
仮面の人間は予想に反して少なかった。
(神社で倒した分が来ていないのか。数はどっこい…こっちがやや少ないか)
護衛のために人員は厚めに配置していたはずだが、それでも神岐が府中に来てからまだ1時間も経っていない。流石に数を揃えることは出来なかった。
数では負けているが質では負けていない。
飴奴隷は自らの意思でリミッターを外しているのに対して催眠人間はリミッターを外すという思考すら持っていない。リミッターという概念を認識誘導でなくしているため、常に全力状態なのだ。
飴奴隷は飴玉の中毒性で無理矢理従わせている。同乗者から聞き出した情報だ。
(つまり、操っているとは少しニュアンスが異なる。飴を食わせて操ってる訳ではなく、飴を求める心に付け込んでアレコレ命令を出して従わせている訳だ)
操られているわけではないなら2つの超能力は衝突しない。
目と耳さえ掌握出来ればこちら側に寝返らせることも可能だ。
既に飴の副作用である中毒性と飴以外の感覚への拒絶反応については認識誘導で打ち消せることを実証済みだ。
質では勝る神岐の催眠人間。量により手こずってはいるが数を減らせればこちらがいずれ優勢になって府中本町駅での争いは鎮静するだろう。ただそれには時間を要し短期決着はなしえないことも分かった。
ふぅ…、と息を吐く。
呼吸を整えるというよりもそういう動作を取ることで体の中の負の感情を吐き出す、ように感じることで実際に抜けていくように錯覚させていた。
マイナスイオンなんてものがあるかも分からないが自然を見て心が落ち着くように、思い込みの力だ。
(勝ち確はつまんないな。鬼束零もあの程度だしこれじゃあ三つ子は話にならない。萩原時雨は頑張っているが所詮は…か)
ヘルプに入るほどでもなかった。また無駄な時間ロスをしたかと考えていたが、ここは府中本町駅だ。駅で思い出した。
(そうか……、暁美達はヘリコプターを使うから電車は使えなくなってもいいのか…。後から知ったとは言え萩原時雨捕獲のためにあの命令を出したのは割とまずかったかもな)
電車を使えないにしていれば暁美と奏音は府中から出られなかった。
幸か不幸か暁美の暴走が彼女達の活路を見出していたようだ。
(萩原時雨が乗る電車よりも一本早ければ問題はなかったが…、下手したら同乗もあり得たのか…)
であれば、電車を使えなくするために追い討ちをかければいい。
少々時間がかかるが、やらない手はない。暁美達のリスクは上がるが、上手く立ち回っている事を祈って、神岐は府中本町駅を目指していく。
道中で飴奴隷は無力化しながら、ここでやるのは飴奴隷ではなく電車の方だ。
(ついでに暁美の無賃の記憶を消しとくか)
尻拭いもしっかり忘れない。
♢♢♢
10分後…
♢♢♢
ブーン、ブーン、ブーン
「………」
「…そうか。結構粘ったみたいだな。称賛するよ」
連絡に対して、『東京競馬場まで運べ』と返事をする。
ブーン、ブーン、ブーン
「………」
「…謎の男が暁美の同伴者?」
(超能力者か?黒煙のそばにいるなら府中駅にいる奴にそいつを監視させよう。おそらく状況を見ているはず)
同じく指示を出す。
ブーン、ブーン
「………」
「三つ子もまだ逃げ続けてるみたいだな」
ブーン、ブーン
「………」
「……よし、とりあえず電車は封じた。後はじっくりと」
ブーン
「………」
「始まったか…」
府中の動乱が、収束を始めている。
現在の状況
神岐義晴
府中本町駅での用事を終わらせて府中駅へ向かっている
平原暁美・戸瀬奏音
東京競馬場に向かっている
鬼束市丸・丹愛・実録
北府中駅まで逃走
鬼束零
抵抗を続けたが物量の前に捕縛
萩原時雨
電車に乗って川崎方面へ移動中
羽原のの
鬼束三つ子を追跡中
久留間紗穂・能登八散
府中駅で待機
舟木真澄・九重那由多
東京競馬場で飴奴隷を量産中
府中本町駅での騒乱は片付きそうです。
萩原時雨を逃さないためには府中本町駅に立ち寄る必要がありました。
と言っても神岐にとっては想定外でしたが。
そして鬼束零はようやく捕まってしまいました。頑張った方ですね。
残りのスポットは三つ子、府中駅、東京競馬場ですね。
次は三つ子にスポットを当てようか、神岐を府中駅に行かせてゴチャゴチャさせるか…。
そして、ついに謎の人物が出て来ました。
彼は誰でしょうか?味方?敵?一般人?超能力者?
……まあ間違いなく味方でも一般人でもなさそうですが。
神坂も久しぶりの登場
となれば、あの男もそろそろ出さないとな。
萩原時雨が向かう方向には、あの男がいる。
府中動乱の蚊帳の外の男が、間接的にだが関わり始めている。
そして、ドクターはまだ出て来ないのか…




