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お前らだけ超能力者なんてズルい  作者: 圧倒的暇人
第4章 消えたヒロイン
92/164

第92話 府中動乱⑧

 府中本町駅

 そこには神岐が用意した催眠人間がいた。元々は平原暁美と戸瀬奏音が府中を安全に出られるようにサポートする役割だったのだが、平原が府中本町駅を飛び出してしまったため計画が大きく狂ってしまった。

 今は催眠人間が1人、平原と戸瀬の2人を府中本町駅に連れ戻すために動いている。

 残りの催眠人間は待機を命じられていた。

 操られているので、『何でまだ府中本町駅にいなきゃいけないんだろう?』なんて疑問は浮かばない。命令は絶対だ。

 そして、奴らが来た。


 ゾロゾロと、集団ではある。しかし統率が取れているようには見えない。己がペースで走る一つとっても2足歩行、3足歩行、4足歩行、多種多様だ。

 彼等は仮面を付けている。

 仮面の集団、飴奴隷(キャンディソルジャー)

 小国魂神社にいた飴奴隷(キャンディソルジャー)は全員倒されてしまったが、それ以外のルートから府中本町駅に辿り着いたようだ。


 催眠人間に身構えるなんて予備動作は必要ない。与えられた命令を100%完遂する。

 そして、このような事態が発生した時に神岐に連絡する命令を受けた人間もいた。



「………府中本町駅まで来たか…」

(ということは東京競馬場の中にも入っているな。ここにもいずれ…。タイムリミットか…。くそっ、鬼束零と萩原時雨はまだ見つからないのか!?)

 もう限界だ。東京競馬場が飴奴隷(キャンディソルジャー)の巣窟となる。

 ここで厄介なのはこちらの戦力の補充が出来なくなることだ。

(向こうの飴奴隷(キャンディソルジャー)に対して俺の認識誘導(ミスリード)が効かない場合は、単純な物量で押しつぶされる。いくら俺が体のリミットを外したとしても限界はある。脚力のリミットを外したとしてもジャンプで宇宙空間に行けるわけではないし)

 こちらも駅周辺の宿泊施設やマンションを手当たり次第で探して催眠人間を増やしているが明らかに供給量が下がって来始めた。打ち止めが近い。


 補充という問題もあるがもう一つ。平原暁美と戸瀬奏音が飴奴隷(キャンディソルジャー)に襲われる可能性だ。

(なるだけ早く行きたいが…、もう少しで絶対に見つけられるはずなのに)

 ここで踵を返せば、今までのことが無駄になる。何のために逆探知をして府中まで来たと思っている。確実にドクターに繋がる何かを手に入れる!そのきっかけがもう手に取れそうなのに…



 何でも出来ると思っていた。

 認識誘導(ミスリード)は相手の認識を歪めて意のままにする能力。

 催眠、洗脳の能力。これがあれば億万長者もハーレムも夢ではない万能の力。

 だが実際はどうだ?

 探し人すら見つけられず、友人を危険な目に遭わせてしまっている。

 果たしてこれは万能なのだろうか?

(まだ、足りない。俺の認識誘導(ミスリード)では、まだ足りない。ドクターとやらにも、そのドクターが俺よりも重要視している神原とかいう男にも…)

 何が足りないのか。純粋に認識誘導(ミスリード)が打ち止めでこれ以上の成長はなく、後は応用でしかブラッシュアップが出来ないのだろうか。それとも、まだ辿り着いていないだけでもう一段階上の領域があるのだろうか?

(確かあの女どもが言っていたな。超能力(アビル)の成長だかなんだか。鍛錬、意識改革次第で超能力(アビル)は進歩する)

 脳を弄って生まれた力。より脳へ刺激を加えれば超能力(アビル)に影響を及ぼすのは道理。



(…ここで考え方1つ変えただけで性能が上がるわけもないか)

 だからと言って諦めるつもりはない。ゆっくり体に馴染ませるように変えていけば良い。

(超能力(アビル)について考えるのはやめだ。考えろ。何故見つからない。いや、是政駅を封じられた中、奴等はどう動くか。そこを考える必要がありそうだ)

 このペースで催眠人間に頑張って貰えば是政駅を正面突破されることはないだろう。されたとしてもこの数だ。すぐに突破出来るとは思えない。最悪神岐がここを離れて事が起こっても戻るまでの時間は十分にあるだろう。

 神岐が是政駅に止まり続ける必要はない。では平原暁美と戸瀬奏音を救出しに行くのか。いや違う。ケリをつけるのだ。

(…目に見える変化が欲しいな)


 ♢♢♢


 鬼束零は気付く。

 神岐義晴が動いた。


 鬼束零の超能力(アビル)隠れ鬼(インビジブルスナッチ)

 一度見た人物を3名まで監視する能力。目を瞑ることでどこにいても見ることが出来るようになる。弟達を見守り続けた結果が超能力(アビル)に反映されたのだろうか。

 鬼束零は神岐の姿を捉えたことで神岐をいつでもどこでも見ることが出来る。

 ただし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は能力を使って監視することが出来ない。


(是政駅を動いた?今更何故…、認識誘導(ミスリード)で手駒を増やしたから自身で陣取る必要がなくなったからか?)

 ではここからどこに行く。

 鬼束達からは平原暁美と戸瀬奏音が府中に来ていることは知らない。ここからの神岐の行動が全く予想出来ない。

(弟達は今……、大通りだな。甲州街道か?俺と時雨ちゃんの反対方向で仮面の集団を惹きつけてくれている)


 隠れ鬼(インビジブルスナッチ)の監視は人を見るだけであり、その人間がどこにいるかまでは分からない。人間のいる位置から見える周辺の情報を元に位置を予想する。

 足立区で神坂と交戦した鬼束実録をすぐに見つけられなかったのは、屋内にいてなおかつ時間帯が夕暮れで周辺の情報を得るのに手間取ってしまったからだ。

 なお、隠れ鬼(インビジブルスナッチ)は見るだけであり監視対象側の音を聞くことは出来ない。

 本当に見るだけに特化した超能力(アビル)である。


 神岐はどこに向かおうとしているのか。

 分からないが、神岐がもしもどこかを目指すのなら、それが東西南北どこであろうと全力で止めなくてはならない。

 例えそれで自分自身が神岐に捕まってしまうことになろうとも。

 最優先は萩原時雨を神岐・仮面の集団の魔の手から逃してドクターと合流させること。

(このままじっとしていて貰えたら良かったんだがな…)

 神岐は現状を打破した。

 別に是政駅を封鎖する事自体は間違った行いではない。

 鬼束零と萩原時雨は真っ先に是政駅を利用しようとしていたのだからその選択は正解だったのは間違いない。

 しかし神岐はその後の事を考えていなかった。

 是政駅を張っていれば鬼束達は府中から出られないと。

 鬼束零はその後の事を考えていた。

 そのための準備もしたし犠牲を払った。

 神岐義晴vs鬼束零であれば鬼束の負けだ。

 しかし、神岐義晴vs萩原時雨であれば、これは時雨の勝ちだ。

 どう転ぼうとも勝ちが確定した。

 神岐が是政駅に催眠人間を増やすために時間を労したと言うのなら、こちらも時間を労して確実なる勝利を掴むことが出来た。

 後は勝利の質を高めることだけだ。時間を稼ぐ。稼げば稼ぐほどにこちらに有利になる。

 それだけでいい。



 是政駅が使えないとなった時、どう動くだろうか?

 突破も選択肢としてあるが、別の手段を用いると考えた場合の話だ。

(単純に東西南北で考えるか……)

 北

 東京競馬場、府中駅方面

(1番ないな。北は鬼束達が飴奴隷(キャンディソルジャー)を誘き寄せて逃げやすいようにしてるんだからそこに近付くなんてことはしないだろう。合流して体勢を立て直すって線も強いがだったら鬼束達が南に向かってないといけないはず。報告によれば今もなお甲州街道を西に進んでるみたいだしな。誘き寄せるならおそらく北側に逃げていくはずだ。よって合流の線は消えるから北はない)

 西

 府中本町駅、分倍河原駅方面

(以下同文)

 東

 競艇場、西武多摩川線方面

(高速道路のインターチェンジや徒歩で歩き続ければ駅もある。だがどちらにしても逃走に時間がかかる。そっち方面にも催眠人間は手配しているがルートが多いから上手く撒かれている可能性も高い。有力候補)

 南

 多摩川越境、神奈川県方面

(調べたが、是政橋を渡ればすぐに駅がある。こんな近くに駅があるとは知らなかった。ここなら東ほど時間をかけずに電車に乗って川崎方面に行けば逃げられる。立川方面では鬼束兄弟の逃走経路と被ってしまう)

 東と南に共通しているのは都心方向へ逃れようとしているということ。

(南が1番あり得そうだ。けど南多摩駅に向かうとなると暁美と奏音を助けに行けない)

 鬼束達を捕まえようとすれば暁美達を助けられない。

 暁美達を助けようとすれば鬼束達を捕まえられない。

(捕まえようとすれば、か。じゃあ後で捕まえられるようにすればいいんじゃないか?)

 …………

 …………

 …………


 閃いた。それもとびっきりゴミクズのようなアイデアを。

(動けなくさせて後から捕まえればいいんだぁ。思いついたぞ!)

 最低中の最低。

 認識誘導(ミスリード)の完全なる悪用。

「おーい。お前らぁ?注もーーーく」


 ♢♢♢


 神岐が向かっていたのは是政駅より南側だった。是政橋方向。

 車に乗っている。

 操っている人間の車に乗っているようだ。

 その他にも何台もの車が是政橋に向かって進んでいる。

 向かう先は………

(南…多摩川を越える気だな)

 鬼束零は動く。

 とりあえずスマートフォンで時雨に連絡をする。

『返信不要』

『神岐が是政駅から多摩川を越えようとしている』

 これで良い。

 後はもう運命に任せるしかない。

 鬼束零は走り出す。

 向かう先は是政橋。

 必ず神岐を止める。

 もう身を隠す必要はない。弟達がやっているのと同じ。敢えて見つかって誘き出す。

 しかし鬼束零の隠れ鬼(インビジブルスナッチ)は戦闘には全く役に立たない能力。稼げる時間はそう長くはない。

 鬼束零は陸橋下したからようやく外に顔を出す。

(あのまま是政駅の近くに潜伏してたら間違いなく見つかってたな。移動して正解だった)

 神岐が車に乗っているのなら必ず是政橋を通らなくてはならない。

 すぐさま堤防を乗り越えて是政橋の歩道に出る。

 隠れ鬼(インビジブルスナッチ)で神岐を見ることが出来なくなった。

 つまり、神岐を見れる場所にいるか神岐に今見られているということだ。

 ご対面だ。


 一台の車が零の前方10メートルで停車する。

 中から1人の男が出て来た。

 是政駅でも見た。神岐義晴だ。

 神岐義晴にとっては一度会話はしているが顔を突き合わせるのは初めてだ。

(さぁ、ここからだ…)


 神岐が抱いた最初の印象は……

(似てんなー。やっぱ兄弟だな。三つ子じゃないから微妙に違うが、兄弟だと一目で分かる)

 鬼束三つ子と萩原時雨の顔しか知らないためこれが実質の初対面だ。

「初めまして、()()()()()()()()んで知ってはいると思いますが、神岐義晴です」

「………」

「まあ、聞こえないようにしてますよね。流石に耳栓もしないほど馬鹿ではないでしょう。丹愛に教えたのは良かったのか悪かったのか…」

 知られたところで小手先の対策しか出来ない。それもあるが、あまりにも見当違いな予想を立てていたから善意で訂正してしまった感じだ。だが、今思えば隠れ鬼(インビジブルスナッチ)で常に監視していたこの男が能力の性質を見誤るとは思えない。超常の扉(アビリティーパス)超能力者(ホルダー)を作り出しているドクターなら尚更。

(………もしかして、三つ子には敢えて情報を与えないようにしていた?)

 何故?


 …………


(勝ちを拾いやすくした?丹愛ではなく俺に。つまりドクターは最初から俺達を殺す気なんてなくて利用するつもりだった?()()()()()()())

 もしそれが事実だとしたら、いや、仮定する必要もない。

(俺の野球動画を見て考察したんだろうが、俺は動画で一度も顔出しをしたことがない。なのに考察結果が顔を見ることなんてどう考えたってオカシイ。明らかに違う事を丹愛達に言っていることになる。そしてドクターと零は分かっていてやったんだ!)

 とんでもなく舐められている。侮辱にも近い。

(俺をずっと見てたんだよな。なら俺が秒で終わらせずに敢えて丹愛の認識条件下で戦う事も想定していたんだろう。くそっ、全部。全部ドクターの掌の上だったってことかよ!?)

「お前、分かってたな。俺の認識誘導(ミスリード)を分かった上で!」(鬼束零を捕縛しろ)

 神岐が乗った車を運転していた運転手が車から飛び出して鬼束零に取り掛かる。

 認識誘導(ミスリード)で肉体の限界を超えさせている。明日から数日は寝たきりになるのは非常に忍びないがそんなことは目の前の男を捕えることに比べたらミジンコのようなものだ。

「……」

 鬼束零は何も発さない。発したところで耳を塞いでいるから会話が成立しないから意味のないことなのだが。しかし、奴が背負っているリュックサックから何か道具を取り出した。

(黒…くはない。黄色い球?超常の扉(アビリティーパス)ではない)

 色で連想出来るのは能力名だけ聞いた色鬼(カラースナッチ)だが、零は隠れ鬼(インビジブルスナッチ)のはず。

 何をしてくるか読めない。

 先陣を切らせて良かった。

 操られた男が零まで後少しまで近付いた。


 零は黄色い球を向かってくる男に向かって投げ付けた。

 操られている男は避けない。避けるという防御思考は失われている。

 球と男が接触……、と同時に中から茶色のロープのようなものが飛び出して男の周囲を包み込んだ。男の接触した胸部から広がっていくように、腹部、頭部、脚部、腕部、そして背部。ぐるっと取り囲んで、やがて紐の先端通しが複雑に絡み合い、男はそのまま地面に倒れ込んだ。

「なっ!?」

 流石のテクノロジーに神岐も思わず驚きの声を出す。

「何だそれ。手品やトリックじゃないな」

(純粋な技術力。あの小さな球に人1人を亀甲縛りのように拘束するだけの紐を収納出来るか。いや、出来るかどうかではなく実際に出来ている)

 ドクターとは何も人体を治す人間だけを指す言葉ではない。科学者もドクターと呼ばれる存在。

(超常の扉(アビリティーパス)を作るんだからクリエイティブな方だよな。すげぇ、マジですげぇ)

 それと同時に思う。ドクターにこれだけの技術力があるのなら、丹愛と戦った時に使って来ないわけがない。丹愛は武器を現地で調達していた。ナイフだけは特注だと言っていたからナイフしか渡されていない。そしてそのナイフも確かにチューニングはされていたが、今の拘束具ほどのレベルではない。つくづく下に見られている。もしかしたら神原とかにはちゃんとした準備を行なっていたのだろうか?

 拘束された人間は何とか拘束を解こうとしているが、ガッチリ決められている。解けそうにない。

(昔読んだ小説で、骨をへし折ってでも拘束を解こうとしている描写があったが、これじゃあ骨すら折れないな)

 骨を折らせる命令を出そうと思ったが、これでは骨折り損だ。

 だが鬼束零が出て来たことで確定したことがある。

 それは橋の向こうに萩原時雨がいるということだ。

(南で正解だったみたいだ。東にしなくても良かった。んじゃ、さっさと萩原時雨の動きを止めるかな)


「頼んだぞーーー」(さっき仕込んだ命令に従って動け!)

 神岐は後ろに控えている何台もの車両に向かって叫ぶ。認識誘導(ミスリード)で命令を仕込む。

 鬼束零が聞こえていないから一々命令対象をコントロールする必要がない。俺を見て声を聞いた奴は無差別に従わせられる。

 ブォォォォーンブォォォォーン

 何台もの車のエンジンを蒸した音。

 鬼束零が持つ捕縛玉が車を止められるかは知らないが玉切れを狙って進ませるしかない。こっちの玉は切れない。

 神岐の後ろには車が何台も控えている。その車両が南多摩駅方面の道路を完全に封鎖している。後ろに渋滞が発生する。球は際限なく増える。鬼束はあのリュックサックの体積がそのまま残量だ。

(まさか黄色玉だけなんてつまらないことはないよなぁ?)

 神岐の希望に応えるかのように、鬼束は再びリュックサックに手を突っ込んで、今度は灰色の球を3個取り出した。

(次は、何だ?何をする)

 ワクワクしている自分がいる。どこまで行っても未知に興味惹かれる少年心は残っているようだ。

 零は灰色の球を車道に向けて投げる。二車線ある車道に等間隔に3つの球が投げ込まれる。

 地面と接触する。すると…

 パンッという破裂音と共に中から何やら霞んだ黒色の物体が道路一体に撒き散らされる。

(何だ?地雷か?)

 小さ過ぎて判別が出来ない。ブラフの可能性もある。

(とりあえず先頭一台だけ走れ)

 エンジンを蒸していた車の中から1番前に出ていた車が全速力で是政橋を突っ込んでいく。

 時速60キロ以上は出ている。

 そして、鬼束零がばら撒いた地点を通過…………

 パンッパンッパンッポスン

 何かが弾ける音と共に60キロ以上は出ていた車が減速を開始した。

 車体もぐらぐら揺れている。明らかに制御出来ていない。

(……撒菱のようなもんか。アスファルトの凸凹にマジックテープのように絡みついてタイヤの勢いで吹き飛ばないようにしてるのか。車は通れそうにないか。撤去にも時間がかかりそうだ。この道は使えない…。使えるとすれば………)

 明らかに向こうの攻撃?防御?に翻弄されている。しかし、認識誘導(ミスリード)に小手先の力は通用しない。

 神岐は振り返り、鬼束から距離を取る。

 鬼束もちょっと目が見開いていた。意図が読めないと言ったところか。

 後ろに控えている車両はまだ発進していない。まだ待機中だ。そして車両は全て窓が全開になっていた。

 神岐の認識誘導(ミスリード)の発動条件には視覚と聴覚が必要。車内だと神岐の声が聞こえない可能性があるので窓は全部開けさせていた。最前にいる2台に声を掛ける。

 そして鬼束から離れていく。

 次の列にいる2台に声を掛ける。

 そして鬼束から離れていく。


(神岐め、何を仕掛ける気だ)

 どうにかこちらのペースには持っていけているが今だけの話だ。物量で必ずこちらは先に限界が来る。ドクターから事前に受け取っていた逃走グッズも数に限りがある。乱用は出来ない。

 距離を取っている神岐に近付きはしない。

 向こうから離れてくれるならそれだけで時間を稼ぐことが出来る。

 しかし…

(神岐の中で方向性が変わった。元より全力で探していたんだろうが、躊躇がなくなった。何が何でも、どんな手段を使ってでもというドス黒い意思を感じる)

 鬼束零は隠れ鬼(インビジブルスナッチ)で、そして間近で認識誘導(ミスリード)を見てきた。

 神岐は何かしらの線引きを行なって超能力(アビル)を使っていた。

 それは慢心にならないように、人間で居続けるために。

 そういった線引きがあっても認識誘導(ミスリード)は最強だった。

 ドクターがどんな能力を持っているかは知らないが、まず神岐には勝てないだろう。

 そんな奴が手段を選ばずに攻めてきたら?

(近付くのもリスキーだが後ろに下がるのもダメだ)

 どんどん神岐は下がっていく。

 何を仕掛けて来るかまだ見当も付かない。

 まず普通ではないだろう。

 こちらが見せた捕縛と車封じを見た上でどんな策を仕掛けるのか。


 …しばらくは何も起こらなかった。鬼束も動かなかったし神岐の姿は見えなくなったが何か変化があったわけではない。

 しかし、30秒後…


 ブォォォォーーーーーーーーーー

 先頭で待機していた車両が2台、加速を始めた。

(とにかく突っ込んで撒菱を片付けようって算段か?甘い!)

 撒菱はアスファルトに食い込んでいる。

 どれだけ走らせようとも、むしろ車の重量でより一層固定されてしまう。

 神岐も分かっているはずなのに。何故同じ事を焼き直すのだ。

 案の定、パンクして制御を失った車は歩道と車道を仕切るガードレールのような策に激突した。

 盛大な音が鳴る。前方から煙が立ち込め始めた。

 同じく、同じく。何台もの車が行動不能になっていく。

(……何だ。何がしたいんだ。…いや、車で道路を塞いで俺の退路を塞いだ。ドクターが来ていることを想定して?その上で足で是政橋を越えて時雨ちゃんを追うつもりか)

 人の足では間に合わないだろう。だが追っている事実が逃走者の正常な判断能力を鈍らせる。それは避けなくてはならない。

(まだ捕縛は出来る!)

 黄色い球は対仮面の集団を想定しているため数は多めに用意している。

 流石にここにいる全ての人間には足りないが、捕縛して地面に転がせばそれだけ障害物となって進行を阻害出来る。

 鬼束はリュックサックに手を突っ込んで一掴みで掴めるだけの捕縛玉を握り上げる。

 ブォォォォーーーーーーーーーー

 さらに一台が来たのか。

 関係ない。どうせ撒菱があるんだ。追いようがない。と考えていた。

 鬼束は車の動きを止めるために待機列の方は見ていなかった。来たところで撒菱によって動きは封じている。

 だが、その認識が甘かった。


 加速を始めた車はこちらに近付いていた。

 どんどん加速を始めて道路を越えようとしている。

 今までと違っているのは、走っているのが()()()()()()()()ということだ。

(!?馬鹿な!歩道だと)

 歩道に車が入れるわけがない。是政橋は歩道の幅も広く作られている。車一台分が走れるだけのスペースはある。しかし、歩道に入れないように歩道側には金属のアーチのような物があったはずだ。金属といえど絶対とは保証されないが、そんな簡単な作りにはなっていないはず。

(神岐が後ろに下がったのはそのため…)

 鬼束と車の間には最初に捕縛した催眠人間が未だ地面に転がっている。このまま車が突進してくるなら彼が最初に車に轢かれてしまう。

 そういう事実が道を突破してくるという考えを頭から消してしまっていた。

(全部が全部仕組んだことではないだろうが、現状から策を練り上げるのが上手い。即興でのアクションに迷いがない。逆に何も考えていないとすら思える…)

 車を止めようすれば是政橋を突破される。是政橋を渡る人間を捕縛しようとすれば車との衝突は避けられない。

 二者択一。

 丹愛から戦いの顛末は聞いた。しかし、聞くのと実際に見るのとでは厄介さの感じ方が桁違いだ。

(神岐と闘う時は周囲に人がいないところじゃないと手札の多さで確実に負ける)

 弟達にも警告していたが、人がいる場所で絶対に神岐と戦っちゃいけない。いや、人がいるいないに限らず戦ってはならない。

 殿を務めてなければ煙玉で一目散に逃げたいところだ。


 今回のことを教訓にしよう。

 そのためにもこのワンシーンを切り抜けなくてはならない。

 まず手に持っている捕縛玉。

 車を拘束しても勢いは止まらない。まずぶつかる。

 催眠人間を拘束したら普通にぶつかる。

 では撒菱は?

 すぐさま捕縛玉を捨ててリュックサックから撒菱玉を取り出して車に向けて投げる。

 パンクさせてもしばらくは走り続けるからダメージ軽減にしかならない。

(他の武器は……)

 リュックサックにはまだ何種類かの道具がある。弟達に渡したのと同じ黒煙玉。神坂から実録を回収するときに使用した閃光弾。音響弾、手榴弾、後は緩衝玉がある。それと市販のナイフ。大きい武器は逃走の邪魔になるので携帯していない。

(撒菱玉でスピードを少しでも落として緩衝玉で自分の身を守る。いや、出せるのは1種類が限界…)

 出来て3アクション。捕縛玉の処理、リュックサックから道具を取り出す、取り出した道具を使う。

 つまり新たに使えるのは1つのみ。

(避けられない……)

 詰んでいる。だがもう思考の時間はない。


 咄嗟だった。

 何も考えていなかった。

 後に振り返っても何故ここまでのことが出来たのか分からなかった。

 鬼束に許された3つのアクション。

 まず最初は、捕縛玉の処理。

 鬼束は立膝をついて捕縛玉を地面スレスレで転がすように後ろに投げた。

 なるだけ並行に、破裂しないように転がすように。

(捕縛玉は車が来ている今この瞬間は使えない)

 ならば紐が出ないように放れば良い。咄嗟に転がすという手法を選んでいた。

 そしてリュックサックに手を入れて取り出す。

 捕縛玉はなし、手榴弾はラグ、黒煙玉は無意味、閃光弾は自分自身が次を失う、音響弾は神岐に直に食らわせたい。

 なんてことを脳が瞬間的に回転して弾き出したのか。または、たまたまリュックサックの一番手前に収まっていたからなのか。

 鬼束は緩衝弾を2つ掴み取って立ち上がった。

 最後のアクション。緩衝玉の使用。

 鬼束は最初自分に緩衝玉を使って車の衝撃から身を守ろうとしていた。

 しかし、それでは次に繋がらない。

 ぶつかる前に止めなければならない。

 黒煙で視界を奪っても鬼束には歩道から脱出する時間がないし回避出来るスペースがなかった。よしんば端に行けても撒菱だらけの車道に出るか川に落ちるかだ。

 この場で動かずにギリギリまで引き付ける。

(タイミングは…………)


 ドバン

 最初に捕縛した催眠人間を轢いた鈍い音。

 催眠人間が宙を舞う。

 タイミングはここだ。

 鬼束は緩衝玉をサイドスローで投げる。投げた先は車。車の前方、タイヤ目掛けてだ。

 丁度タイヤとアスファルトに挟み込むように、絶妙な角度とバランス。オーバースローではコントロール出来ない。


 1コンマ、切る。

 緩衝玉がタイヤとアスファルトに挟み込むように入り込んだ。

 パンッ

 またも破裂音。しかしこれはタイヤのパンクの音ではなく緩衝玉が弾けた音。

 中から白い液体とも固体とも言える物体が飛び出した。

 不思議なテクノロジーだが、片手で複数個掴めるサイズのボールに一体どれだけの液体もどきが詰め込まれているのか。とんでもない圧縮率、密度で封じ込まれていた液体もどきがタイヤとアスファルトの隙間から抜け出すかのように斜めに飛び出した。投げ込まれた軌道に正確に戻って来るように見えた。

 同じ軌道であるならば……

 鬼束は再び腰を下ろした。今回は完全にしゃがみ込んだ格好だ。

 そして、不思議なテクノロジーは止まらない。

 飛び出した液体もどきの上をタイヤが走行しているのだ。

 斜め上に飛び出している液体の上をだ。左前輪だけが液体の上を進んでいるためどんどん車体が傾いていく。

 何故か液体なのに固体になっている。



「これはダイラタンシーという現象だ。通常は液体だが強い力が加わると固くなるんだ。掬うと液体だが握りしめると固形になるよ。衝撃を受けた時に瞬間的に固くなるから防弾チョッキなんかの技術に使われている。材料は水と片栗粉ってどこにでもあるモノなんだけどね。そしてこの緩衝玉はそのダイラタンシーの液体もどきが高濃縮されている。その圧縮によって固体で収められている。そして破裂して圧縮がなくなると液体に戻るんだ。小さく圧縮してるからより遠くへ飛び出す。水鉄砲の発射口が狭ければ狭いほどよく飛ぶのと同じ原理だ。遠くに飛び出しやすくして、なおかつここにちょちょっと手を加えると弾けている空気中の液体にも軽い力が加わるだけで固形にすることが出来るんだ。あまり使い道はないんだけどね。上手くいけば壁キックだとか空中ジャンプとか出来るんだけど、よっぽどうまーく液体が飛び出さないと出来ない芸当だね。水鉄砲みたいに発射される方向を限定すれば帯や線になって出来る幅が広がりそうだけどね。まあ玉にする必要はないね。防弾チョッキのような面の道具に使う方が絶対に便利だ」


(ドクターも絶対にこんな使い方は想像してなかったろうなぁ)

 ようやく咄嗟が終わった。道なき道を進んだ車は完全に片足運転になっていた。斜めになって出来た安全地帯に滑り込む。

 車は安全地帯をスルーして進んでいった。

 車は鬼束を通り抜けていった。

 液体の勢いが落ちるとようやく固形化が失われてただの液体となった。

 道を失った左車輪は重力に従って沈んだ。

 ドボッ

 という鈍重な音でようやく車は元の体勢に戻った。

 しかし、そのすぐ後に。パンッとまたも破裂音が鳴った。

 タイヤのパンク音ではない。

 先ほど鬼束が転がした捕縛玉を潰した音だ。中から紐がニョキニョキと飛び出して衝撃を加えた物体にまとわりつく。

 1個では車全体に張り巡らせることは出来ない。

 しかし、鬼束が蒔いたのは複数個。複数個であれば足りる。

 複数個全てを踏み潰したおかげでニョキニョキが生き物のように飛び出し、ニョキニョキ同士が相互連結するように絡み合い、車ほどのサイズを包み込むことが出来た。

 さながらスーパーマーケットで売られている網の中に入った蜜柑のようである。

 車はそのまま制御を失って、橋の歩道の手すり柵に激突して沈黙した。


「へぇ〜、飛び出た液体を上を……。ダイラタンシーか?普通じゃ無理だろうがメイドインドクターなら出来るかもな」

 敵とはいえ、こればかりはドクターと鬼束零に賞賛の言葉を言いたい。

 ダメージを絶対に与えるつもりで歩道を走らせたが見事なアンサーだった。しかし…

(見事!だが、ダメダメダメダメ)

 鬼束零は見落としている。

 歩道を走ってくることを見落としていたように、無意識の内に落としてしまっている可能性がある。

(まぁ、耳を塞いでくれているお前だから出来たことだが…、あぁ喧しくて敵わない。お前のリソースは突進する車の回避と催眠人間の捕縛程度で埋まっちまうのかよ)

 実際起こっているのだからリソースの割き方は間違ってはいない。だが、見落としている。突進する車と先に突進した車と催眠人間、()()()()()()()

 車はまだまだあると言うのに。

(もうここに用はないな)

 神岐は最後尾の車まで辿り着いた。

 最後尾の車だから神岐の認識誘導(ミスリード)の影響下ではない。

 コンコンと窓を叩く。窓が自動で下がって来た。

「前、渋滞なので別の道選んだ方がいいですよ」(府中駅まで乗せろ)

「えっ、でも仕事……はい、分かりました。どうぞお乗りください」

 助手席のドアを開けて神岐は車に乗り込む。


 神岐の目的は捕まえることというより後で捕まえられるように府中から逃がさないことだ。

 それはもう達成した。

 鬼束零はもう詰んだ。萩原時雨は府中を出て南多摩駅から電車で逃げようが、これも詰みだ。

 2人は後で回収すれば良い。

(ようやく、暁美達の救出か。クソっ、時間を大幅にオーバーだ。まだ大丈夫だろうな。護衛のやつ、まだ連絡寄越さないのか?こっちから最速すんぞマジで)


 神岐義晴vs鬼束零

 勝者:神岐義晴

神岐義晴

能力名:認識誘導

能力詳細:姿を見せた状態で声を聞かせた人間の認識を変える


鬼束零

能力名:隠れ鬼

能力詳細:3人の人間をいつでも監視することが出来る



え?

何で車を凌いだのに鬼束零の負けなの?

と思っている皆さん。

安心してください。ちゃんと鬼束零は捕まります。

そこら辺ちゃんと描写はするんで!

今回は認識誘導の凶悪さとドクターの発明品にスポットを当てました

ドクターの道具に共通する圧縮技術。大きい武器は持ち運びに不便だからと10年の試行錯誤の末に出来たものです。

萩原時雨ですが、府中からの逃げ切りには成功したと言って良いでしょう。

けど、誰が府中から出られたらクリアなんて言いました?

終わりのないのが1番最悪なんです。


さあ次回も府中動乱

鬼束三つ子vs飴奴隷&羽原のの

府中本町駅の騒乱

平原暁美と戸瀬奏音の安否

東京競馬場の舟木真澄と九重那由多

府中駅の久留間紗穂と能登八散

そして自由になった神岐義晴

所在不明のドクター


府中動乱はまだ続いていく………

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