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お前らだけ超能力者なんてズルい  作者: 圧倒的暇人
第1章 神原奈津緒
9/157

第9話 超能力者来襲①

(はぁ…今日から5連勤か)

 週明けの月曜日、神原は憂鬱になっていた。今日に限ってではなくここ最近の月曜日に対して同じ事を思っていた。

 平和とは程遠い生活が続いていて、一昨日には恋人が出来た。自ら平和を投げ捨てて戦場に身を投じている気がする。

(近場で授業料免除で公立よりも安く済むからこの学校にしたけど…徒歩30分が苦行だな。1駅分くらいは歩いてるだろ)

 バスを使えば15分くらいで通学できるが、学生定期券分のお金はかかるし時間通りに来ないバスは選択肢から外れてしまう。

(…自転車通学でもいいけど何か学校に申請しないといけないし………はぁ、帰ろっかなぁ〜)

 既に校門をくぐって下駄箱で上履きに履き替えながらめんどくさいという表情を一切隠せていなかった。今からUターンして帰るにしてもまた30分歩かなくてはならない。

(会社員は徹夜で会社に泊まり込みってあるけど、学生は出来ねーのかな?社畜ならぬ学畜だな)



 相も変わらずくだらない事を考えていた神原だったが、UターンもJターンもすることなく1年6組の教室の前にいた。

 だが帰る選択肢をミクロレベルで残しながらも、ドアを開けた。


 ガラガラガラ


「…….あっ、神原君」

 女子生徒の呟きを皮切りにクラスメイトの面々が一斉に神原の方を向いた。

(…はっ?なんだよこれ?今までこんな事なかったぞ?)

 先週と比べて明らかに見られる量が多過ぎる。何もしていないが悪い事をした気分だ。金曜日は普通だったし昨日はトレーニングしかしていない。人に注目されるような不祥事はしていないはずだ。


 トントンと右肩を叩かれた。振り向くとクラスメイトの女子がニコニコしながらコチラを見ていた。

「ねえねえ神原君」

「何だよ。後「ねえ?」って聞くのはトントンと同時の方がいいぞ。腹話術でもしてんのか?」

 物静かな性格 (物はいいよう)で話しかけられることが増えてきた。神原自身、人に好かれるような言動を取っていないと思っている。むしろ避けられている節さえある。だがそれを知っている上で話しかける人ら、特にクラスメイトにはぶっきらぼうで意味の分からないことを言っても会話が終わることはなかった。そのせいで平和がなくなっているのだ。


 〜〜〜


「神原はそういう変な人って思われてるんだよ〜。だから神原が変人晒してもそれがスタンダードだと思われてる〜」

 だから話しかけられるし会話が終わらないんだと麦島は続けた。


「…俺は()()()()()()けど変人ではないだろ」

「そういうとこ〜。受け入れられてるんだから良いんじゃない〜?周りの目を気にしてキャラ作ったり言いたいこと言えないよりは遥かに楽だと思うね〜。自然体って意外に出せないもんだよ〜」

(そういうもんかねぇ。そう疑問に思うのが変人ってことなのかもな…)


 〜〜〜


 現に目の前の女子も気味悪がることもなく気にしていないように神原のアドバイスを無視して続けた。


「聞いたんだけどさー、祥菜と付き合うことになったって本当?」

「………」

 俺ではないな。麦島と祥菜しか知らないはずだけど……川崎駅で2人きりでいるのを見られたのか?

「……そうだけど、何で知ってんの?」

 神原がそう答えた途端、女子からは歓声が上がり男子からは溜息のような諦めのような声が上がった。

 クラス中で何かしらの声が上がる中…唯一1人だけアウアウしている人がいた。

(あぁ…そういうことね…)


「祥菜が言ったのか?」

 現在アウアウしている伊武祥菜の方を見つつ目の前の女子に訊ねる。

「昨日の部活であまりにもニヤニヤしてて気持ち悪かったから理由聞いたのよ。そしたら一昨日のことを教えてくれたわ。……まったく、色々助言してたけどまさか本当に押しかけ女房するなんてね」

(祥菜ぁ……別に秘密にしようとか言わなかったけどダダ漏れはどうなんだよ…)

 恐る恐るこちらを見てきた祥菜と目が合うと、手をバタバタさせながら机に突っ伏してしまった。

(これはバレてもしゃーないな)


「そうか…同じテニス部か。なんか、すまんな」

 何に謝っているのかも分かっていないがとりあえず言わないといけないような気がした。

「ううん、それよりおめでとう。2人はとってもお似合いだよ」

「ありがとう。……にしても連中の反応は何なんだよ。アイドルの結婚に泣くキモオタみてぇなリアクションだぞ」

「アイドルね……まぁ気付かないか。祥菜があんなに露骨にアピールしてても気付かなかったもんね。祥菜って結構モテるんだよ。クラスでも祥菜って人気だったし。派閥って程じゃないけどみんな祥菜の応援をしてたんだから。そんな祥菜を射止めた神原君は凄いってこと。鉄壁の祥菜をどうやって落としたのよコノコノー」

 女子が神原の脇腹を小突いてくる。


「痛い痛い。俺は何もしてねーよ。…にしても派閥ねぇ。じゃあ一部ノーリアクションの女子は反祥菜派閥ってことか?」

「反ってよりはむしろ神原君を狙ってた人達だよ」

 その発言を聞いてガタガタと反祥菜派閥の連中が立ち上がって2人に詰め寄ってきた。

「ちょっと!変な事言わないでくれる!勘違いも甚だしいんだけど!」

 寄ってきたのはしつこく話しかけてきて給食の時間にも割って入ってきた女子達だった。

(なるほど…単なる興味に留まってなかったのね…)


「えぇ…でも祥菜に聞こえる声で「狙っちゃおう」とか色々言ってたじゃん」

 女同士のドロドロの断片を聞かされて男連中は若干引いていた。

「うるっさいわね!…ねぇ神原君〜、伊武さんじゃなくて私にしなーい?ほら、おっぱい大きいよ〜。伊武さんのペチャパイよりは楽しませてあげられると思うよ〜」

 同性の女子がドン引きしている。教室には祥菜もいる。祥菜がいると分かっていてわざと言っているのだ。

 叫んだ女子の声が大きく、隣のクラスの生徒も廊下越しに6組の状況を見ていた。

 女同士の言い争いに誰も割って入ることはなかった。

 そして誘惑を受けた神原はと言うと…。その女子がアピールしてきた胸元をじっと見て言った———



「ふーん、確かに祥菜より胸は大きいし、小さいよりは大きい方が好きだけどさ…」

 ガダンッと物凄い勢いで椅子を引いて伊武が立ち上がって神原の元へズカズカと歩み進める。


「でもお前はそんだけじゃん」

「……はっ?」

 言われた女子も意味が分からないようで頭の上にハテナマークが浮かんでいた。

 祥菜も足を止めた。祥菜も、クラスメイトも神原の発言の意図が読めなかった。


「どういう意味よ?」

「だから、お前はそんだけだっつってんの」

「それだけって……大きいのが好きなんでしょ。だから私にしろって言ってんの!」

「……はぁ、……おいあんた」

 隣の女子に訊ねる。

「な、何?」

「あんたが将来引っ越しをするってなった時、何を基準に住む物件を選ぶか教えてくれ」

 突然胸の話から不動産の話になった。まだハテナは消えないが、尋ねられた女子は答えた。


「え?引越しする時?そ、う、だねぇ。………日当たりの良さとか風呂トイレ別である事。大学とか職場に近いところでかつ大通りに面していないところ……後近くにコンビニがあると嬉しいな」

「まあそんなもんだよな」

「何が言いたいのよ!」

 痺れを切らして怒り気味になっている。


「今彼女が言ったみたいに、家を一つ選ぶのにも色んな条件が合わさって最終的に決まるんだよ。大学に近いだけで選んだら日当たり最悪でビタミンDも出ねーし、外干してるのに実質部屋干しになるみたいな失敗をするかもしれねーからな。色んな要因…多角的に物事を見て人は判断するんだよ」

 つまり…と神原は続ける。


「胸が大きいくらいで俺は女を選んだりしない。ルックススタイルだけじゃなく性格とか一緒にいてどう感じるか?考え方が近いかとかそういう色んな視点で見てんだよ。胸がでかいだけで他に秀でたモノがないお前と、胸はないけど他が俺の好みで一緒にいて気が楽な祥菜だったら、どっちを選ぶかなんて明白だろ?」

「なっ…!」

「第一お前…周りの取り巻きもか。お前らしょっちゅう話しかけてきてしつこいんだよ。俺と祥菜の時間(へいわ)を邪魔しやがって。俺の好みじゃねーからとっとと胸程度に釣られるチャランポランとよろしくやってろよ」

 質問に答えた女子がキョトンとしている。おっぱいちゃんは顔を真っ赤にしている。


「な、何よ偉そうに!最近チヤホヤされるようになったからって調子乗るんじゃないわよ!この根暗が!」

「……俺をチヤホヤしたのはお前なのに何を言ってるんだ?お前根暗が大好きなんだよな?」

「くっ……………」

 神原を下げれば下げるほど、それを誘惑した彼女自身も下がり続ける。言い返す程にブーメランとしてダメージが返ってきていた。

 悔しそうに睨み付けられていると、一旦足を止めていた祥菜がこちらに到着した。


「奈津緒君」

「おぅ、おはよう祥」ドンッ「菜ァ!」

 思い切り足を踏まれてしまった。

「何すんだよいきなり」

「胸が小さくて悪かったわね!」

 踏みつけたまま足をグリグリさせる。

「痛い痛い。()ぃ付くから()めろ。悪かった。でも今はダメだけどこれから次第だからまだ絶望しなくていいだろ」

「それは!励ましてるつもりなのかなぁ!」

 さらに体重を乗せて摩擦を発生させる。

「ちょっと待て、これ以上は穴開くから踏むな踏むな———」

 痛みを訴える神原を他所に伊武はおっぱいちゃんの方に向き直った。


「私、この変人と付き合ってるの。だから……()()()にチョッカイ出すの止めてくれないかな」

 最後の方はマジトーンで告げていた。弱々しいお願いではなく最早命令に近いものだった。

 完全に伊武祥菜を、ひいては彼女を始めとした半具象化の派閥を敵に回したと言っても良いだろう。

「ヒッ!」

 これには流石のおっぱいちゃんも旗色が悪くなったと思ったのか、はたまた本気の伊武祥菜に完全にビビってしまったのか、教室から逃げるように出て行ってしまった。

「ちょっと美代子!」

 取り巻きの数人も彼女を追って教室から出て行った———



 一難去ったがまだ別の一難が残っていた。



「……なぁ、祥菜……祥菜さん。そろそろ足を退けてくれねーかな」

 グリグリは止んだが、まだ踏みつけられている状態のままだった。

「……ふん!」

 ようやく足を退けてくれた。


「…奈津緒君」

「……何でしょうか」

 思わず敬語になってしまう。

「おっぱい星人」

(女の子が下品なこと言うんじゃありません)

 思わずお母さんツッコミしてしまった。

「…それを否定する気はないが、だったら祥菜と付き合ってないだろ。さっき言った通りだ。胸だけで選ぶほど俺は短絡的じゃねーよ。心配するな」

「じゃあここで同じこと言ってよ」

「同じことって………ここでか?」

「うん、言って」

「いや、あれは2人きりだったからであって…祥菜を思う気持ちに偽りは全くねーし…」

「私のこと好きじゃないの?」

「………はぁ…」

 言うしかないのね……



「……大好きだよ」

「うん、私も!」

 一昨日のように、伊武が神原に抱き付く。ここまでで完全に焼き直しだ。唯一違うのは外野(オーディエンス)がいることだ。


「ヒューヒュー」

「神原よく耐えたぞー」

「見直したぞー」

「浮気したら承知しないからね!」

 男女問わず色んなヤジが飛んでくる。


「も、もう良いだろ。もうすぐ始業のチャイムが鳴るぞ」

 抱きしめる祥菜を引き剥がす。

「あっホントだ。私ちょっとお手洗い行ってくる」

 祥菜が教室から出て行った。

 緊張や照れはなさそうだが、この空気感はどうにかして欲しい。1時間目も始まっていないというのに既に体が疲れてしまっている。

(週明け一番にこんな激疲イベントに遭うとは……平和はどこに行ったんだよ…)


「ふふっ、朝から暑いね」

「ん?まぁ6月は全く雨が降らなかったし今日の最高気温は34℃だっけか?昼はもっと暑くなるし、水泳の授業が待ち遠しいな」

「………ホントこんな変人のどこがいいんだか」

「人の好みにケチ付けるのは感心しないなー」

「神原君がヘンテコ言うからでしょ。"暑い"は気温じゃなくて2人の関係についてよ」

「何だそっちか。元はと言えばお前がいらんこと言っておっぱいちゃんを刺激したからだろ」

「そうだけど…あれは祥菜に頼まれたのよ」

「頼まれた?何を?」

(俺の足を踏むのを台本にしてたんじゃないだろうな…?)


「私と付き合ってるって分かっても神原君を狙って来る人がいるかもしれないから大々的に周知してもらうために協力してって部活の時に頼まれたのよ。さっきのあの人達みたいなね」

「…自分で言うのもなんだが、俺は普通じゃないと思うんだけどな」

「さぁね。相当の物好きか祥菜に迷惑をかけて陰でコソコソ笑うつもりだったのかもね」

(あれがアピール。あれがアピールって……あんなんで靡くと思われてたのかよ…。俺のこと下に見過ぎじゃねーか?)


「そうか…損な役回りをさせてすまんな」

「ううん、私もやりたいって志願したからいいよ。元々祥菜の恋愛相談には乗ってたから協力したかったし。神原君が祥菜のことをどう思ってるかを確かめられて良かったわ。……まぁ想像以上に相思相愛で砂糖を吐きそうだけどね」

「暑い時期の砂糖はちゃんと管理しないと蟻とか寄って来るから気を付けないとな。とにかく祥菜の力になってくれてありがとう。………えぇと、あんた名前何だっけ?」

「ちょっと!クラスメイト、しかも祥菜の友達の名前くらい覚えときなさいよ!」

「人の名前を覚えるのは苦手なんだよ」

「私の名前は柿山凛。祥菜と同じテニス部。覚えておきなさいよね」

「柿山ね……。ギリ覚えた、よろしく」


 キーンコーンカーンコーン

 授業の予鈴(よれい)が鳴った。丁度よく祥菜もお手洗いから戻って来たようだ。時間からして抱き付いたことで身だしなみが崩れていないかを確認するのが目的だったようだ。

 柿山の言う砂糖まみれの教室も授業を前にして空気感が元に戻ったようだ。


(こっから授業か…)

 精神ダメージでゴリゴリ削られたから身が入らない。

 帰りたい気持ちをどうにか抑え込みながら、先生が教室に入って来るのを教科書を開いて待つのであった———



 ♢♢♢



 朝の出来事は騒動を廊下から見ていた生徒によって瞬く間に学校中に拡散された。


 神原奈津緒と伊武祥菜カップルの誕生。

 教室で朝からイチャイチャ。愛の力で敵を撃退。

 神原奈津緒おっぱい星人説。

(最後のは……拡散せんでも良かっただろ…)

 敵というのはおっぱいちゃんのことだろうか。こんなのが拡散されたのだからクラスに居づらいだろうな。

 授業中は誰にも干渉されないが、給食は自クラスの中で食べるルールだ。だから給食は実質公開処刑となる。

 周りからヒソヒソされたわけではないが、明らかに腫れ物のように触れないようにされているのが居心地が悪かったようで、ラグビー部並みのスピードで給食を掻き込んでそそくさと教室から出て行った。

 彼女達がいなくなったことで、ようやく祥菜と2人きりで給食が食べられるようになった。

 元に戻ったわけではないが、ようやく平和が戻りつつあった。…………はずなのだが………



「…何でお前らまでいるんだよ」

 神原が嫌そうに2人に目を向ける。

「いや〜ね〜?アハハハ〜」

 麦島の歯切れが悪い。この時点で何か裏の意図があるのだと分かってしまう。

「私は祥菜の友達なんだから祥菜の隣で食べても良いでしょ。そもそも神原君が祥菜をずっと独占してたんだから偶にはいいでしょ。それとも〜2人きりの方が良かった?」

(あっ…ヤバい〜)

(それはダメだよ凛ちゃん…)


 柿山は神原のことを良く知らない。伊武から神原の人となりは聞いているが、神原とコミュニケーションを取っていない彼女には会話の機微が掴めていなかった。

 神原奈津緒は自分を攻撃されると全力で反撃する。麦島は()()()()()()()()し、伊武も麦島から聞いていてドッジボールの件もあって理解できるようになった。

 おちょくるような行為は神原奈津緒にとって攻撃に該当するのだ。


「そうか、独占しちゃ悪いもんな。今日は祥菜と一緒に食べたら良いよ。俺は向こうで鯖東達と食べるからさ」

「…えっ?」

 ガタガタと椅子を引いて給食が乗ったおぼんを持って移動の準備を始める神原。

「わーー待って待って!調子に乗ってごめんなさい。行かないでーーー」

「なっちゃん〜、柿山さんは祝福したいんだよ〜。だからね〜今日くらいは良いでしょ〜?」

「嘲笑が祝福か?」

「リア充爆発しろと一緒〜。ツンデレみたいなもんと思ってよ〜」

「……分かったよ。ほら、早く食おうぜ」

「うん」

 気難しい神原を何とか宥めて離席を防いだ。


「「「「いただきます」」」」

 4人で合掌して給食を食べ始めた。


 今日の献立は麦ご飯に八宝菜、ほうれん草の胡麻和えだ。子供受けしない料理ばかりだが、俺的には好ましい料理だ。

(そんなこと言ったら大人ぶってるとかって笑われるんだろうな……麦島と祥菜に限ってはそうはならないんだろうけど…。麦島は雑食だし祥菜とはインドカレー好きって共通点あるからもしかしたら舌の感性が似てるかもしれないからな…)


 祥菜と柿山は談笑しながら食べてる。麦島は黙々と食べている。食い意地かは知らないが、食事中はあまり喋らないみたいだ。話を振れば応えてくれるが自発的に話を振ってくることはない。

(麦島がうるさい時は食いもん与えて黙らせるのがベストってことか…)

 神原自身も祥菜から会話を切り出す事が殆どなので食事中はあまり喋っていない。

 4人で食べてるのに4人である必要のない食事会になっていた———


「ねえねえ、神原君っていつから祥菜のことが好きなの?」

 プフォッと誰かが吹き出した。

(祥菜……その調子でこれから大丈夫かよ…)

 話は学校中に広がっているのだ。これからもこういう話題が挙がるだろう。柿山の言う通りなら祥菜は人気者みたいでおっぱいちゃんみたいにやっかむ者が出てこないとも限らない。

 そんな連中がいるかもしれない中で一々そんなリアクションをしていたから体が持たないぞ…。


「…お互い名前呼びするようになってから少しずつ意識するようになってそっから段々と……だな」

「へぇ…なんかそれだと付き合うまで行かなさそうだけど……祥菜から告白したんでしょ?決め手みたいなのは何だったの?」

 決め手…ね…

「朝にも言ったが、給食の時間とかの2人だけの空間にいても…自然体というか、楽になれるから…だな」

 嘘ではないが秘密を抱えた俺を受け入れてくれたからと言ってしまえば秘密の詮索をして来かねないので片方だけ言うことにした。

 神原がそう言うと伊武が嬉しそうにモジモジし出した。


 この発言、一昨日のデートで言った時には彼女を不安にさせてしまうものだった。

 付き合うことになったけどこの発言だけは気掛かりだった彼女は、交換したばかりのラインで聞くことにした。

 神原から真意を聞くと喜び感激で電話越しだというのに大好き大好きと連呼してお互いが恥ずかしい思いをしてしまった。


「なんか…ちゃんとお互いを思い合ってるんだね」

 柿山から見た神原は何を考えてるか分からない、口を開けば変人。恋愛のれの字も見えない男だったのだが、見かけによらず相手を思いやって慈しんでいる。

(こうも愛されてると…祥菜は羨ましいわね。神原とは絶対にありえないけど、神原みたいな相手を思いやって口に出してくれる人と付き合いたいわね………『変人じゃないこと』は絶対条件だけど!)



 食事も終わり、4人は雑談に入った。麦島が神原に対してなっちゃんを連呼しているが、神原はそれを咎めていない。

 麦島がなっちゃん呼びして神原がそれに突っ込むのがお決まりの流れだったがそれがないことに柿山は訝しんだが、伊武と麦島も、言われている神原も何も言っていないことから、一昨日のデートで何かあったのだろうと結論づけた。



 ———昼休みの時間になった。


 やはり朝のことが衝撃的だったのだろう。俺に話しかけてくる人が増えて来た。6組ではなく知らない他クラスや2、3年まで教室に来るほどだった。

 その全てと相手するのは面倒だったのでトイレと言って教室を抜け出して、人があまり来ない中庭の隅のベンチで寝転がって休憩していた。


 ベンチに向かう途中で生徒指導の鋼音にも声を掛けられて祥菜と付き合ったことを軽く弄られた。何故知っているのかを聞いたら、朝の一件が教師にも伝わっているらしい。祥菜は他学年の教師にも認知されているらしく、噂が届いた時は職員室が軽くざわついたとのことだ。

(()()()()()()()()()()()()()()()なんて、祥菜は随分と人気者だったんだなぁ…)


 そんな会話を軽くしただけで、それっきりこのベンチに人が来ることはなかった。

 祥菜との時間も大事だが、久方ぶりの1人きりの時間だ。

 昼寝でもしようと神原は目を閉じてゆっくり意識を離していった———



 ♢♢♢



 ———それから2週間ほどが経過した。最初はザワザワしていたが、ようやくほとぼりが冷めたようだ。緩やかに平和が訪れて、変わり映えのない日常が帰って来た。

 あったことといえば、期末テストがあって体育祭の組分けが発表されたくらいだ。もうすぐ8月でますます気温は上がって日差しは強くなるだろう。

(…期末で麦島に負けたのはムカつくな…。結構頑張ったんだけどな…)

 打倒麦島を掲げて勉強に打ち込んできたがそれでも足りなかった。

 試験勉強を祥菜とやっていたおかげで、祥菜の方は自己最高順位を出せたと喜んでいた。

 麦島も順位を上げたようで学年4位に入っていた。対して自分は11位。クラスでは2位だが全体で見るとまだまだ勉強が足りていないようだ。


 学校ではそのような出来事だったが、学外の時事では大きな動きがあった。1番はユーツーバーのcomcomだ。

 6月末に投稿された野球動画、その動画がプロ野球界に激震を走らせていた。

 神原や麦島が130キロ出せるくらいに効果があるモノをプロ野球選手が実践した結果、170キロを出したようだ。

 170キロの球など普通打てない。これによりプロ野球連盟の会長は会見を開き、今後のプロ野球の試合では球威の出にくいボールを採用することを発表した。

 空気抵抗の大きいボールにすることで球速を10%ダウンさせられるとのことだ。


 たった1人の動画投稿者が野球のルールを捻じ曲げたのだ。これにはインターネット上でも大盛り上がりとなっている。

(反社会的でも暴力的でもない。タメになる教育的価値すらある動画を消せるわけないわな。消したらそれこそ問題になるし一度消した動画はインターネットの海に永遠に残り続ける。もうルール側を変えるしかないわけだな)


 だがこのルール変更は、comcomの動画を見ていない人には不利になる。見れば170が10%減でざっと153キロ。普通の速球ピッチャーが動画を見なければ……160キロと仮定しても144キロになる。10キロの差は大きい。

 よってプロ野球選手は今後必ず試合前にcomcomの動画を見なくてはならなくなった。安定した再生数によって広告収入もそれなりの額になることだろう。

 プロ野球のルール変更は夏の甲子園にも影響を及ぼし、今回のルール変更を適用するのかを議論するために甲子園の開催を延期すると発表した。


 この一連の騒動はニュースにも取り上げられて、comcomの知名度はユーツーブ界隈を飛び越えて全国的に知られることとなった。

 テレビ夕日の『話題のユーツーバー特集』にも音声のみではあるが出演を果たし、着実に地位を確立している。チャンネル登録者は400万人を超えて企業ではないユーツーブチャンネルの中では第5位にランクインした。


(後は……東京を中心にして未成年の行方不明者が増加しているのと、ここ最近雨が降らなくて水不足になるんじゃないかってことくらいか…。色々と物騒になってきたな……)



 ♢♢♢



 キーンコーンカーンコーン


 放課後になった。今日は終業式で明日からは夏休みだ。祥菜とも出かける予定を組んだし、今までで1番楽しい夏休みになることだろう。

 その祥菜だが、今日は部活があるため学校で別れた。待とうかと提案したが、気を遣わなくていいと言われてしまったため、真っ直ぐ家に帰ることにした。


「なっちゃ〜ん〜、一緒に帰ろう〜」

 1人で帰るつもりだったが、麦島に呼び止められたため、2人で帰ることにした。


「そういえば…ニュース見たか?またomcomのことが報道されてたぞ。影響力すごいな」

「見たよ〜。話題のユーツーバーでインタビューされてたからね〜。にしても〜野球のルールを変えるなんてやばいよね〜。ドッジボールでも効果を発揮してたからもう球技は根本からルールというか基準を変えないといけなくなったよね〜」

「ファンとしては嬉しい限りか?」

「うーん〜、知名度も上がったし嬉しいっちゃ嬉しいけど〜何せ方法がねぇ〜。スポーツの人達からはあまり良い印象を持たれてないんじゃないかな〜」

 麦島の言う通り、薄汚い老人がご意見番のようにcomcomに対して「スポーツの歴史を穢す蛮行」。「連盟はルール改正ではなくあの動画を世界から排除する努力をしろ」と言ってネットで炎上していた。その老害は極端な話だが、ルール改正までさせたcomcomに対してマイナスのイメージを持つ者は多い。さらに広告収入によってお金が入ることに対しても野球選手以外からはどうなんだと突っつかれている。

(あれは間違いなく超能力なんだろうけど…、超能力を駆使すればここまで出来るのは当たり前っちゃ当たり前だからな…。でも一番はcomcomの目的が分からないのが怖いんだよな。白衣の男に見つかろうとでもしてんのか?)




 帰り道、2人は館舟商店街から見て西側を歩いていた。comcomの話が終わって、夏休みのことを話している。

 連絡先は交換しているのに一緒に帰るということは、何か目的があるのだろう。


「そういや、今日は何かすんのか?」

 打算ありきな発言に対して前に咎められたことがあるから、ただ一緒に帰りたかったという線の方がありえるが、回答次第では目的地が変わるので聞くことにした。

(俺の家でゲームか食べ歩きくらいか?)


「お前を試しにきた」

「何だよ試すって、また野球動画みたいに検証でもすんのか?」

「………」

 何故か麦島から応答がない。

「おい、どうした?」


「…なっちゃん俺……何も言ってないよ〜…」

「はっ?でも今試しにきたって……」

 2人で顔を見合わせていると———



「神原奈津緒だな?」

 2人の後ろからだった。

 振り返ってみてみると、野生味ある八重歯が特徴的な男がそこに立っていた。

「はぁ?違いますけど?そんなダンディな名前じゃねーですよ」

「嘘は付かなくていい。怪しい者じゃないさ」

「はっ、人に名前を訊ねる時は自分から名乗るってお母ちゃんに習わなかったのか?随分ひでぇ親なんだな」

 神原が煽ると八重歯の男はイラついたような表情をした。

「両親は事故で死んだ。…が、お前の言うこともそうだな。俺の名前は鬼束市丸。お前と同じ超能力者だよ」

「!!」

 神原の顔が強張る。超能力者〜?と麦島が首を傾げているが、神原は麦島の方を見ていなかった。目の前の男に意識を向けていた。


(こいつ……超能力者か!?)

 初めて目の当たりにする超能力者に戸惑う神原だったが、狼狽えることなく冷静に頭を回していた。

(comcom……はこんな声じゃない。使者って線もあるが、comcomが俺のことを知る方法はない。俺がcomcomに辿り着けないように、向こうも俺に辿り着けないはずだ。それが適用されないのは……)


「お前……白衣の男の差し金か」

 そう訊ねると鬼束と名乗った男は驚いた表情をした。

「お前…ドクターのことを覚えているのか?」

(…決まりだな。こいつはドクター…白衣の男を知っている。白衣の男の関係者か…)


「俺に何の用だ」

「君に協力してほしいことがある」

「…の割には"試す"って最初言ってたよな?」

「…俺達はある目的のために力を蓄えている。君達もかつてドクターから直接能力をもらったんだろう?君達のことはずっと監視させてもらったが、君の能力だけは正体が掴めなかった。だから君の能力を見せてもらいたい」

 達…監視…君達も…

 聞きたいことは色々あるが向こうの目的はこちらの手の内を探ることのようだ。知られていない以上は伏せておいた方がいいだろう。


「貰ったというより保護者の同意なく勝手に与えられたが正しいけどな。それに俺の能力は大したことないよ。他をあたるんだな」

「謙遜するな。ドッジボールで大男を倒したと聞いているぞ。中庭で2人を殴り倒したことも聞いている。大方は肉体強化系の能力なんだろうが…確証が持てない」

(中庭?中庭で殴り倒したって何のことだ?)

 神原は茅愛と松草を再起不能にしたことを覚えていないため何を言っているのか分からなかった。しかしドッジボールの件は覚えている。そして体育館内のことを学外の人間が見れるはずがない。

(監視…ってのは嘘じゃないな。そして傍から見ると俺の能力は肉体強化に見えるのか。()()()()()()()()()()()んだけどな)


「聞いているってことは、あんたの能力じゃないのか」

「その通り。監視というより千里眼に近いんだろうが、それは兄貴の能力で俺は全く別の能力だ」

(千里眼の能力があるからこそこうして話しかけてきてるんだよな…。そしてこいつの能力は分からないと。逃げても意味ないが、かと言って近付かれてもマズいな)

 監視は出来るが、考えてることまで見えるわけではないようだ。読めたとしても、この使いにくい能力に攻略なんて考え自体が無意味なのだが……

(にしてもやっぱ白衣の男はずっと俺を見てたってわけか。監視によって居場所は筒抜け。ならなんで10年も泳がせてたんだって話だが……このタイミングである理由があるんだろうな…)


 もしもの時のためをと思って筋トレをしていて正解だった。神原の身体は高校生の平均以上に筋肉が付いていて体格も少しだががっしりしていた。本人には自覚はないが武道系の部活生とも遜色はない。

 トレーニングを始めてから期間が短いため発展途上であるが、いずれはアスリート選手にも匹敵する身体能力を得ることは確実だった。



「せっかくのお誘いありがたいが、お願いしたいなら本人が直接言いに来いって伝えとけ。俺は夏休みのことで手一杯なんだ。だから悪いな。…おい、麦島行くぞ」

「えっ〜、う、うん〜」

 そうして2人は歩き出した。

「ねぇ、超能力って〜」

「さぁ?精神疾患だろ。話聞くだけ無駄だ」

 完全に市丸のことを変質者と見做してその場から立ち去ろうとしていた。

 それを見て市丸は溜息をついた。



「…はぁ、交渉失敗か。まぁ期待していなかったけど…。ならば力ずくで能力を見せてもらうとしよう」

 そう言って市丸はポケットの中から黒い玉を取り出した。黒っぽいのではなく黒一色の何物も寄せ付けない禍々しさすら感じる黒さを放っていた。

 そしてその黒玉を神原奈津緒に向けて思い切り投げつけた。いない者として背を向けて去ろうとしていた神原には察知することも回避することも出来ず、背中からモロに当たってしまった。


 メキメキと音を出しながら背中の肉に食い込んでいった。


「ガハッ!」

 モロに食らったことで一瞬息が止まった。めり込みの衝撃がダイレクトに体を揺り動かす。

 神原は勢いのまま前傾で倒れた。

「なっちゃん!」

 麦島が突然倒れた神原を気遣ってしゃがみ込んで背中を確認する。背中の黒い鉄球のようなモノを虫を払うように車道の方に弾き飛ばした。


「ドクターから大したことのない能力だったら殺しても構わないと言われている。戦え神原奈津緒!死にたくなかったからな!」


(……(いて)えじゃねーかクソが!)

 足に力を込めて、そのパワーが足の先まで届いたのを確認した。

(背骨は大丈夫だな、半身不随にはなってねぇ。見たくはないが背中にクレーターが出来てるかもな)

 胸に当てられていたら心臓に影響が出かねないし場所次第では欠損もありえる威力だった。

 向こうは殺すつもりで来ている。監視されている以上、戦闘は回避できそうにない。ならせめて、無関係な奴だけでも逃すしかない。


「麦島、逃げろ!あいつは俺が狙いだ。お前が逃げても狙われることはない」

 麦島は超能力者ではないし超能力とも無縁の男だ。これは超能力者同士の問題で麦島は絶対に巻き込むわけにはいかない。

 だが麦島は素直に従わなかった。


「何言ってるのさ〜、なっちゃんが逃げないなら俺も逃げない〜!」

「ざけんな!今見ただろ!小さい物体で俺を吹っ飛ばしたんだ!どんな能力か分からねぇけどあれが超能力だ!能力を持ってないお前は無関係だから帰れって言ってんだよ!!」

「嫌だ!俺も残る!なっちゃんを1人置いて行ったりはしない!」

 いつもの間延びした口調はなくなっていた。麦島も切羽詰まった状態で言っている。


「はっ、良い友達を持ったな神原。お前ら全員良い仲間がいるようで安心してるよ。だがよ部外者。神原の言う通り能力を持たないお前がいたって一緒に死ぬだけだぞ?」

 死に言及されて麦島は体をビクッとさせたが、倒れ込んでいる神原を労わりながら発言した。


「……超能力なんて信じられないけど〜、もしあなたの言うことが正しいのなら〜、なっちゃんは肉体強化?の能力を持ってるってことだよね〜?ってことは攻撃手段は素手(ステゴロ)の肉弾戦になる〜。そうなれば1人で戦うより2人で戦った方があなたを倒すのに都合が良い〜」

「……」

 市丸は何も言わない。図星だったから黙っていたわけではない。このぽっちゃり体型の喧嘩も超能力も無縁そうな男を見くびっていたからだ。


「驚いたな。超能力の存在を受け入れて、死の危険すらある中で尚ここに残るのか。確かに2人に攻撃されたら俺の能力の隙をつけるかもしれないな。だが良いのか?能力なしで能力者を倒せるほど、超能力は甘くないんだぞ。それに……こっちに足を踏み入れたらもう引き返せなくなる」

「………ははっ、良いんだよ〜。なっちゃんの秘密を知れて嬉しいし〜。ここでなっちゃんを見捨てたら俺は()()()()()()()()()()〜。それに〜、なっちゃんならお前なんかイチコロだよ〜」

「おい!結局は俺任せかよ。鯖東と言いお前ら俺に期待しすぎだっつの!」

 立ち上がれず蹲りながらツッコミを入れる神原。だが、見捨てずに一緒に戦ってくれることに対して、助かる気持ちと申し訳ない気持ちが入り混じってよく分からなくなっていた。

 だがこれだけは先に言わないといけない……


「ただまぁ…ありがとよ。お前も色々聞きたいこととかあるんだろうけど、まずは後ろのこいつを倒す!だが危なくなったらすぐ逃げろよ。殺す発言は脅しじゃねーぞ絶対」

「分かってるよ〜。うぉぉ頑張るぞ〜!」

 命に触れられるかもしれないというのに緩い雰囲気を崩さない麦島。だが正直心強い。

 麦島は数的有利の話をしていたが、神原が助かっているのはそこではなかった。

(俺の能力は発動まで時間がかかるからな…。麦島が少しでも気を引いて時間稼ぎをしてくれたら十分だ。……俺の問題に巻き込みたくなかったが、仕方がない。こいつをぶっ倒して白衣の男のことを聞き出してやる!)

鬼束市丸

能力名:不明

能力詳細:不明


神原奈津緒

能力名:不明

能力詳細:肉体強化?


麦島迅疾

能力なし


ついに始まった超能力者vs超能力者

市丸の能力は?

そして本人から散々な評価の神原の能力は如何に?

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