第89話 府中動乱⑤
神岐はコンビニのパンを齧りながら捕縛した若い女児と20代の成人男性の顔を確認する。
変装する超能力者に顔を変えてもらっている、という限りなく低い可能性を考慮して、認識誘導で尋問を行なっている。
が、未だ収穫はない。
(変装能力はないか…。いや、もしかしたら記憶改竄の能力も考えられるか。認識誘導はあくまで誘導するだけだから『ドクターについて知っていることを教えろ』と命令してもそもそも知らなかったら効果が出ない。感覚だが、俺が是政駅に配備したのと鬼束零と萩原時雨が是政駅に着いたのはほぼ同じタイミングのはずだ。催眠人間を警戒して付近に潜伏しているかもしれない)
だが、長時間の潜伏は神岐側が有利に働いてしまう。催眠人間をどんどん増やせるしローラーで総当たりされたら逃げ場はどんどん減っていく。
(必ず動くはずだ。単純に催眠人間に捕まるかもしれない。そう遠くはない未来だ!)
少し時間が出来た。
今一度状況を確認しよう、と神岐は催眠人間から来る連絡に目を通していた。
マーキングは5つ。
府中駅内、府中駅西部、府中駅南部、府中本町駅、そしてここ是政駅だ。
(府中駅内では謎の女が2人、何かするでもなく駅にいる。府中駅の守備なのか後方支援タイプか。日帰り旅行と治癒活性だっけか?どんな能力かは分からないが後方支援だから攻撃系ではなさそうだな。名前的に移動系と回復系か。なら問題なし。だが府中駅を抑えられているのと同義だから府中駅には行かない方がいいな)
京王線には乗りづらいが一駅歩けば良い話だ。問題ない。
(府中駅西部、鬼束三つ子だな。逃げているな。黒煙が出る煙玉を使ったみたいだ。ここからじゃ視認出来ないが道具を駆使しているようだな。高鬼もそんな感じだったしな。追っかけているのは飴奴隷と女が1人、能力は不明。追ってはいるが先頭にはいないから遠距離でも発動する超能力の可能性あり。飴奴隷を使っているから捕まえることに適した能力ではない可能性がある。近距離、もしくは接触しなければ発動しないかもしれない。敵同士で潰しあってくれるのはありがたいが、三つ子経由でドクターから超常の扉をあの女達に取られるのはマズい。飴奴隷を能力者にされたら厄介だ。萩原時雨を逃すために反対方向に逃げてるから俺から1番遠いところにいる。逃げる方向は府中駅北部か。そこまで催眠人間は配備していない。奴等を助けるというよりあの女どもから色々情報を聞き出さないといけないな)
となると府中駅にいる女かもしくは……
(府中駅から南に向かっている女2人組。1人は飴玉を作り出す『甘魅了』ともう1人、能力は不明だが待機要員ではないから攻撃手段は持っているな。既に飴奴隷を先に走らせているからこれもまた遠距離もしくは接触発動型か。能力が分からないのが厄介だ。目立った攻撃能力者はいないが、俺のような精神系の能力だと一度ハマれば即詰みだ。こいつらも先に潰しておきたいな。奴等がどこに向かっているのか。飴奴隷を増やすためなのか是政駅に当たりを付けている…はなさそうだな。別の目的がありそうだ。ドクターと因縁があるならドクターを誘き出しているかもしれない。鬼束達を人質に使って…ってのもありえる。飴奴隷を増やすためなら人を厚めに置いている府中本町駅も危ないな。飴奴隷の速度的にギリギリ発車するかぐらいか?催眠人間が足止めすれば府中からは出られる。用心に越したことはないが…)
円状に広がっているのなら確実に府中本町駅も被害に遭うだろう。
(そして是政駅。ここが1番アクションが早いであろう場所。時間と共に追い込まれるんだ。必ず動く。ここでの仕事が終われば催眠人間を府中本町駅に回して俺はこちら側に向かっている女2人に接触する。顔を確認して白だと分かった女児と成人男性も認識誘導で駒として増やしていく。増やした分捕獲量も増えてこれまた認識誘導で量産。生産ラインは整ってきたな。さてさて、どうなることやら…)
(くそっ、動くに動けない)
是政駅を視認出来る距離に鬼束零は隠れていた。
すぐさま駅に入ろうと思ったタイミングで同い年くらいの男性と小学生くらいの女の子が成人女性に捕まっているのを見て零は神岐の認識誘導がここまで迫っていることを知った。
(おそらく時雨ちゃんと俺の特徴に似た人物を手当たり次第捕まえてるんだな)
今捕まえている人間を振り切ることは可能だろう。だが、その他の歩行者が神岐の能力影響下にあるかの判断が付かない。
(前に相対した仮面の集団は気持ち悪い挙動をしていて如何にもヤバい雰囲気を醸し出していた。だが、神岐に操られている奴にはそういう特徴が見られない。認識誘導、気付かぬ内に操るなんて悪魔じみてやがる)
このまま歩行者が捕まりまくればこの場にいるのは神岐の操り人形と零だけになってしまう。
(時間が経つほどに不利になっていく。必要なアイテムは揃えた。後はタイミング。是政駅で捕まえているってことは神岐はここに当たりをつけている可能性がある。神岐は俺の顔を知らない。顔ではなく自供させなければならない。丹愛が聞いたという認識誘導の発動条件だと奴は俺に奴自身を見させなきゃいけない。ここで俺が捕まって神岐の支配下に落ちたとしても…、時雨ちゃんだけは絶対に逃すことが出来る)
勝つ策ではなく勝てないが負けない策。勝負に負けても試合には負けない策。
(来い。神岐義晴!)
♢♢♢
鬼束三つ子は飴奴隷を引きつけて北府中駅を目指していた。
三つ子の速度と飴奴隷とでは大きな差がある。少しずつ距離を離していた。
だが、離れすぎてはダメなのだ。付かず離れず、巻いてしまわないが捕まりもしない絶妙な距離感をキープしなければならない。
左折した道を進んで次は右折をする。右折した先を真っ直ぐ進めば府中駅の北側に出る。このまま何の障害もなく北府中まで進めば良い。可能な限り北上して西国分寺駅に向かうのも選択肢としてはありだがそれにはリスクがある。
(時雨ちゃんが是政駅から逃げるなら行き先は武蔵境駅か白糸台駅になる。白糸台は府中に近付きすぎるから武蔵境駅一択になるな。あまり同じ路線には行かない方がいい。時雨ちゃんが敵の裏を読んで西国分寺行きの電車に乗る可能性もあるからだ)
ただ真反対に進めば良いというものではない。逃げ先も慎重に決めなければならない。
(となると、北府中駅で電車に乗るのも危ないかもしれない。第一走りで負ける以上閉鎖空間に行くのは勿体ない。俺達の目的は逃げ切ることではなく時雨ちゃんの逃げる時間を稼ぐこと。ならこのまま府中近辺でうろちょろする方が敵を釘付けに出来る。西武多摩川線、中央線、京王線を回避しつつ可能な限り逃げ続けるならどこを目指すべきだ………)
選択肢は自ずと絞られる。まず北府中駅から西に向かわなければならない。そこから中央線と京王線を避けながらとなると…
(ふっ、懐かしい場所が目的地になるとはな…)
スマホを持っていないから記憶の地図を頼りにしなければならないが、答えは簡単に出た。
それは鬼束兄弟にとっては所縁のある場所だったからだ。
(目標は八王子周辺。だが八王子駅には行かずのらりくらり。路線を避けるならモノレールも良さそうだが、それは最終手段だ。日没まで逃げ切れれば時雨ちゃんも流石に遠くに逃げるだろうから、モノレールで立川スルーの上…なんだったっけ?とにかく終点を目指そう)
三つ子の中では地理に詳しい市丸はそう結論付けた。
聴覚を封じている以上丹愛と実録に伝える手段はジェスチャーとアイコンタクトのみ。先導するしかない。
道を間違えて行き止まりにでも行ってしまえばそれで捕獲されてしまう。
緊張する。走っている以外の要因で汗が流れているのを感じる。
(零兄もさっきこういう気持ちだったんだろうな)
時雨を逃すため最前線に身を投じている兄に惜しみないエールを心の中で送り、市丸は後ろの敵に細心の注意を払っていく…
「はぁ、早いわね」
羽原ののは小走り気味で3人を追いかけていた。
飴奴隷は気持ち悪い走法で3人を追いかけていく。しかし、気持ち悪いから動きに無駄があるため追いつけないでいた。
(車で先回りするのも悪くないけど…、そう都合よく来るわけないわよね)
駅前だというのにここはいやに静かだ。のどかとはまた違う、異様な静けさがあった。
(飴奴隷に悲鳴をあげる人がまだ現れない。ちゃんと動いてないのかそもそも人がいないのか…)
何か妙な気分だった。
気のせいと片付けるには早過ぎる。何かある。それは彼女達が追っている白衣の男なのか、はたまた別の要因なのか…
「考えても仕方ないわね。あーあ、これで3人組を逃したら大目玉になるわね。全く、もっと攻撃系の超能力者が欲しいわね。シンプルな肉体強化でいいのに…」
仕方のないことだが、もうちょっと汎用的な能力が欲しかったなとののは考えていた。
(これなら駅周辺で自転車でもかっぱらえば良かったわ)
手っ取り早いのは、飴玉を持たせて捕まえた奴の口に無理やり突っ込むことなのだが、飴玉を手にすると理性が抑えられなくなって食べてしまうのだ。食べるのを待たせることは調教で出来るのだが誰かに渡すのは調教よりも欲が大きくなるためその方法は実現出来なかった。
「っていう背景があるからねぇ。強すぎるのも考えものね」
舟木真澄は隣にいる九重那由多に話す。
黒煙発生源を調べると、中が空洞の球が見つかった。
おそらくこの球の中に黒煙が詰まっていて、球を破裂させたことで黒煙が立ち込めたのだろう。
つまりこれは自然災害ではなく意図的に起こされたもの。
「黒煙から逃げたのか、黒煙で逃げたのか。判断はつきそうにないわね。ののに追わせたのは間違ってなかったわ」
「後者だった場合、我々の存在を知っていたことになりますが…、となると業君から私達のことを知らされていたことになりますね」
「業君も昔はおっちょこちょいだったのに、警戒心が強くなっちゃって、ヨヨヨ」
(絶対この人悲しいとか思ってないだろうなー)
「…それで、私達は東京競馬場の方へ向かっていますが、人が集まるところで仕掛けるということですよね?」
「行きがてら…、って思ったけど妙に人が少ないわね。それに、何か見られてるような…」
「…駅では見られてないって話してませんでしたっけ?」
ののと真澄は見られていないことを不思議だっていた。地域性だろうと結論は出たはずだ。
「んん〜そう言ったけど、何か、いつもの舐め回すようなのとは違うのを感じるのよねぇ〜」
「…場所は分からないんですか?心地良い刺激で動きを止めますけど?」
「わかんない。大抵は分かるんだけど、散ってるというか飽和してるみたいに溶け込んでる感じかなー。掴めないのよねぇ」
「私は何も感じませんけどね」
那由多はキョロキョロと辺りを見渡すが、前方を気持ち悪く走っている飴奴隷以外にそもそも人がいないので視線があるはずがない。真澄が過剰に気にしているとさえ思っている。
「まあいいわ。何かあったらすぐそれで動き止めちゃって頂戴」
「了解です。では急ぎましょう。ペース遅いですよ」
「えぇーだって暑いしー、タクシーとかバス使いたくないし、牛歩で行きましょうよ。どうせ彼等が暑さを感じさせない破竹の勢いで暴れるんだから」
ブーブーと不平不満が溢れる。
「ワガママ言わないでください。みんな頑張ってるんですから」
「駅構内で涼みながら待機してる八散と紗穂は頑張ってるのかしら?」
「………せめて中間で行きましょう、今日はレースがあるので人も場内に溜まってるでしょうから」
不平不満は言わないが、妥協点を出すことで不満を抑えた那由多。
「よろしい」
真澄も牛歩ではなくなるが汗がとめどなく流れるほど動かされないことでグロッキーの波は落ち着いた。
「あれ、あれは何でしょうか?」
府中本町駅で電車を待っている平原暁美と戸瀬奏音は北東の方角から黒煙が立ち昇っているのを確認した。
「火事じゃない?やっぱり物騒なことになりそうね」
(電車はまだかしら、火事で電車が止まるのがヤバいわね。家の人が来るまで待つのもリスキーだし足の移動はもっと危ないわ。火事で車が渋滞になって動きを止められると尚のこと。くっ、早く脱出しなきゃいけないのに…!)
「私ちょっと見てきます」
「あーうん。いってらっしゃい」
「……えっ、ちょっと待って!」
あまりに突然のことに思わず体を翻したが暁美は既に走り出しており改札の外に出ようとしていた。
(ちょっ、足、速い。あずさ弓タイプじゃないのね。どうしよう。そういえば改札入ってそのまま出る時は駅員に頼まないと出来ないんじゃなかったかしら?普通に改札通れないはずだからそこで捕まえるしかないわね)
同じ改札を通ることは出来ない。電車に乗っているかどうかが分からないためだ。
電車には乗らず改札内だけの用事の場合は入場券を買う必要がある。
つまり平原暁美が手持ちのMelonで改札を通過することは出来ない。有人改札、または駅員に手続きをしてもらわなくてはならない。
だが、愛の暴走列車にはそのようなことは頭に入っていない。
知識として知っているかどうかではない。そんなことを考える頭を、今の暁美は持っていない。
それはさながら……
ピコーン
バタン
ズガンッ
『愛の暴走列車』である。
「ちょっ!」
(何考えてんのあの子!?改札を強引に突破しちゃってるじゃない!)
改札には赤いランプが点いたままである。駅員室にいた駅員が飛び出してきた。
何事かと猛スピードで駆け出している暁美を視界に捉えると、手に持っていた無線機のようなもので何やら早口で連絡を取っている。
何を話しているかは聞こえないが、キセルを報告しているのだろう。
すぐに暁美を追いかけたい奏音だが、奏音自身も入場券で改札を通っていないので外に出るには駅員に手続きをしてもらうしかない。
だが駅員は暴走列車の対応でずっと話し込んでる。このまま足で追いかけ始めたら駅員が不在になってしまう。流石にそんな無防備なことはしないだろうが、単純に人が減れば仕事量は倍になり手続きまで時間がかかる。
(神岐に連絡…はダメ。そうだ、私達に話しかけてきた人を介して神岐に取り次いでもらおう)
暁美は全く気付いている様子はなかったが、常に2人の近くには先ほどの男性が控えていた。
おそらく府中から脱出するのを見届けるのだろう。
(どこにいるのかしら?さっきまでいたはずなのに)
♢♢♢
ワァァァァァァ
歓声が上がる。
今日は東京競馬場でG1レースが行われている。
誰もがレースを観戦していて会場は熱気に包まれている。
新聞を握りしめた見窄らしい爺さんやカメラを回している若い人、友達とどの馬が一位かゲームでもしているのだろうか?予想して盛り上がっている。中には猫耳のように頭の上に耳がついている女の子が映っている画面をじっと見つめているチェック柄の男性もいる。
色んな人がいる。
そう、
仮面を付けた謎の集団もまた……………
府中競馬正門前駅
東京競馬場正門
甲州街道寿町一丁目交差点
ギコーナ府中店
FIRIS府中
小国魂神社
府中市役所本庁舎
府中市立飛丸中学校
旧甲州街道
府中市葉東公園
わずか数分の間に、疲れを知らない薬漬けの終末人間共は、ここまで拡散した。
時間が経てば経つほどどんどん広がっていく。
彼等には理性はない。
快楽を求めて与えられた仕事を全うする。
全うするが真っ当な方法ではない。
ひたすら暴れ、殺人すら厭わない人の形をした何か。
力のリミッターもない。拘束されたら骨を折って関節をぐちゃぐちゃにしてまで拘束から逃れようとするだろう。
府中に動乱の時代がやって来る。
神岐義晴、催眠人間、鬼束三つ子、鬼束零、萩原時雨、謎の女達、平原暁美、戸瀬奏音、平原家、戸瀬不動産、そして……
最後まで立っていられるのは果たして誰なのか?
現在の状況
・神岐義晴
是政駅で鬼束零と萩原時雨の捜索
・平原暁美
府中本町駅を飛び出して黒煙の方へ走る
・戸瀬奏音
平原暁美を追い掛ける
・平原家、戸瀬不動産
ヘリコプターを府中へ出動中
・鬼束三つ子
仮面の集団を何人か誘導して北府中駅を目指している
・鬼束零
是政駅近くに潜伏して脱出の機会を窺う
・萩原時雨
???
・羽原のの
飴奴隷と共に鬼束三つ子を追いかける
・舟木真澄、九重那由多
東京競馬場目指して進行中
・能登八散、久留間紗穂
府中駅で待機
・催眠人間
府中本町駅3是政駅2その他5
・飴奴隷
鬼束追跡2その他8
・ドクター
???
戦闘ある言うたけどなかったですw
ただ、全ての登場人物を配置出来たと思います。
もう後は戦闘だけです、よね?
未だドクターは出て来ないし神坂雪兎は事務所だからともかく神原奈津緒は宙ぶらりんになってますね。
ただ、偶然だろうか、平原達が乗ろうとしていた南武線には神原奈津緒が現在いる川崎駅があるんですよね。
絡んでくるんでしょうか?神原サイドの動向もお見せしないとですね。
さあ次回はいよいよ飴奴隷が暴れ出します。
府中本町駅、東京競馬場、府中駅北西部
是政駅にはまだ飴奴隷は及んでいませんが、飴奴隷の混乱に乗じて鬼束零が動くことになりそうです。
神岐は2人を捕まえ、2人を逃すことが出来るんでしょうか?




