第85話 府中動乱①
8月6日
神坂雪兎は府中駅に来ていた。
府中には東京競馬場があり、ギャンブル紛いのことが好きな神坂としては押さえておきたい場所ではある。未成年なので自重し、ゲームセンターで留めているが…
そういえば馬を擬人化したゲームが製作されているとか聞いたが、結局リリースされたのだろうか?
賭け事の要素があるのならプレイしてみても良いかもしれない。
「ん?」
府中駅に着いた神坂が最初に気付いたことは、小さな違和感だった。
(なんか、変だ。なんだ?初めて来た場所だから不慣れな感覚が出てるのか?何かが違う気がする)
何かが変。駅から出て街を眺めた時のシコリ。
人の往来はあるし駅直結のお店も営業していた。
匂いも特段変なものではない。ただ違和感がある。
(気のせい…でいいよな)
府中駅での散策は府中から東京競馬場、府中本町までのホームレスがいそうな場所をしらみ潰しにだ。賭場周辺は往々にして治安が悪い。治安が悪ければ警察の手が回らない場所が生まれる。
駅のそばのホームレスが立ち退かされないように、そこにいてもしょうがないという環境であれば定住することも普通の場所よりは可能だろう。
(大井競馬場とかもそういう意味ではいそうかもな。ただ、あそこは海が近いから整備がしっかりしてる。まだ川崎の方がいるかもしれないな)
妙な感覚を抱きながら、府中の街を散策する。
♢♢♢
8月5日
神岐義晴は府中駅に着いた。
高速でタクシーを飛ばして運転手に認識誘導を使って法定速度を無視してもらった。
そのおかげでナビアプリの到着予想時間よりも5分以上も早く到着することが出来た。
さて、あれから40分。鬼束達はどう動く。
(あの変態は府中駅と東京競馬場の中間から半径100メートルと言っていた。瞬間移動がいれば陸で追っても意味がない。ならば瞬間移動される前に認識誘導であの子供を封じれば良い。奴ら兄弟の能力で厄介なのは監視能力だが、逃げに回られる前に手を打てば大丈夫だ。一度能力が発動出来ればそれだけで俺の勝ちだからな)
そう考えると…
(速攻であの子のテレポートを封殺すれば陸路での逃走になる。ならば手段は徒歩、電車、バス、車か。だが瞬間移動がいるのに車を持つ理由がない。奴等が逃げている時にそんな大きいものは逃走の邪魔にしかならない。よって車は消える)
行動を見切る。最適解まで絞り込んでいく。
(厄介なのはバス電車の公共交通機関だな。一本出遅れれば追いつくことは難しいだろう。ならば…)
「よし、こんなもんか」
神岐は手当たり次第に声をかけて認識誘導を使用していった。
掛けた催眠は『「鬼束、市丸、丹愛、実録、零、ドクター、萩原、時雨、色鬼、高鬼、氷鬼、隠れ鬼、瞬間移動、仮面、神原、神岐、comcom、神岐義晴」、これらの中からいずれかでも口に出した人間を尾行して状況を逐一報告すること。一定時間神岐からの連絡がなかった場合、捜索中の記憶を失い、連絡の痕跡を削除すること』である。
特定の単語の一致検索だ。複雑になればなるほど認識誘導の効果が下がってしまうが、分岐が多くなく個人の裁量判断を減らせばこのような形でも催眠をかけることができる。
既に府中駅を歩いていた60人にこの催眠をかけた。順次量産していく。
(他人を利用して俺は高みの見物か。能力の性質上これが良い方法なんだろうが、刺激が強いなこりゃ)
催眠をかけられた人形達は命令に従って行動を起こしていく。
各バス停、駅の入り口に配備していく。だが60では抜け道が出来るだろう。まだ増やさなければならない。
(さて、これらはあくまで二手目の対策だ。一手目を確実に達成するためには、俺自身はバス停、駅以外でしらみ潰しだな)
「ふぃー、やっとタクシー止まったわ。にしても府中なんて初めて来たわ。私競馬なんてしないし」
「そうですねー。でも興味はありますね。パチンコとか」
「…あんた、知らないことに興味惹かれるのは分かるけどやめときなさいよ。ホイホイ行ってあんたに何かあれば明日そのパチンコ屋が更地になってるんだからね」
「もう、奏音はいつも大袈裟なんですよ。そんなヤクザみたいなことを私の家の人間がするわけないじゃないですか」
(……知らない方が良いわよね。知ってたら存分に利用しかねないわ。現に運転手を秋葉原から府中まで走らせてるし。『法定速度度外視で絶対に前のタクシーを見失わないように』なんて、切符切られたら平原家に多大な迷惑を被るってのに、家よりも自分の欲なんだもん)
「まあそれはいいわ。問題はここで神岐が何をしようとしてるかってことね。見たところ秋葉原の時と同じく手当たり次第に声を掛けまくってるわね。ナンパならまだ理解出来るけど男とか子供年寄り関係なく声を掛けてるわね。声を掛けることに意味があるのかしら?」
「むぅ、軽薄な男性はちょっとご遠慮願いたいですが、追々矯正すればいいかな」
「矯正て……」
(愛が重い。ヤバいわね。この調子で変な勘違いしたら好き過ぎて神岐を殺しちゃうなんて病み病み案件になっちゃうわ)
これはひとえにちゃんとこの手の教育をしなかった平原家に問題があると思う。箱入りで大事だからって多少なりともの慣れは経験させておくべきだったと思うと戸瀬は平原を見ながら考えていた。
府中市役所本庁沿い
府中駅から線路沿いに歩いて今は府中本町駅へ向けて南下中。
「おっ、美味そうな唐揚げ屋みっけ!今度行こうー」
さて人探しとは?勿論覚えているとも。
言ってしまえば定期テスト前の小テストで満点を取っているような、『別に結果が出るって分かってるから無理に頑張んなくてもよくねー』という状態である。
ここに至るまでにも声をかけまくって人数は3桁に達した。人を増やせば増やすほど、自分がここまで出張る必要があるのかという気持ちが強くなってくる。
(自分でも適当な人間だとは思ってる。が、それはどうしようもないだろ?)
こんな何でもありの力。力をなるべく使わないようにしてようやく普通の生活だ。そして一度使えば簡単にミッションウルトラスーパーデラックスコンプリート。
(正解が載った紙を裏に伏せながら馬鹿正直に問題を解いているような感覚)
こんなことを考えながらもどんどん諜報員は増え続けていく。最早俺自身も把握しきれていない。
人の数なんて唐揚げ屋を見つけた時点で食欲に負けて忘れた。
(これじゃあ催眠が切れずに明日以降もひたすら探し続ける奴が残るのかもな。リミットは1日に設定したが、ちゃんと切れるよな?日を跨ぐほどの長時間の催眠はやったことがないんだよなー)
♢♢♢
「あー、そうかぁ」
神坂は謎の違和感の正体に気付いた。
口数、喋ってる人が少ないのだ。立川では人の数ほど喧騒とでも言うのか。音がそこら中から聞こえていた。
おばさんのお喋り、女子高生のキャピキャピ、サラリーマンのビジネス電話。カップルのイチャイチャ。何かしら喋りがあり、それが街を様子を形成していた。
だが、府中ではそれがない。皆んなが静かに淡々と歩いている。全くないわけではない。電話の声もあるし、一部は立川の時のように普通に話している。
ただそれが少数派になってしまうほどには皆が黙々と歩みを進めていた。
(地域特有の風習みたいなもんか。全員がこれくらいだったら集会とかは楽なんだけどな)
全校集会、学生が一堂に会して校長の話だったり表彰を受けたりする行事。
放送室のスピーカーからやればいいものをわざわざ集まってギュウギュウになってそれでダラダラと教室に帰る非常に効率の悪いクソイベント。
30人程度の教室ですら全員が黙ることなんて出来ないのにそれが×学年全クラス×3だ。まとまれるはずがない。
神坂も学期の始めと終わり以外の全校集会は全部サボっていた。それぐらい神坂にとっては無意味で忌み嫌うものなのだ。
(んなことは置いておき。明らかに不自然だな)
彼等に聞いて話を聞くべきか。だがあの軍隊のような人達に話しかける勇気は流石になかった。
(この違和感を感じてるのは俺だけじゃないはずだ。SNSとかで誰かが呟いているかもしれない)
そう思い神坂はスマホにインストールしている短いメッセージを発信するツイスターというアプリを立ち上げた。
神坂自身が何かを発信することはないし幌谷の白ウサギのアカウントだとバレたら100%面倒臭いことになるので、自分自身のことは伏せてニックネームを付けてツイスターをやっている。最近始めたものだ。
見る専とでも言うのか。
(『府中駅』で検索と…)
♢♢♢
鬼束達は神岐に居場所を探知されたことに気付き、隠れ家を後にしていた。
だが、萩原時雨の瞬間移動は精神が不安定になっているため使用が出来ないため、徒歩で府中から離れようとしていた。
「なあ零兄、時雨ちゃんとは離れた方がいいんじゃないか?」
「俺だってそうしたいさ。だが、神岐が時雨ちゃんの瞬間移動を知っている以上離れるわけにはいかない。女性しか入れない場所に逃げ込めば問題ないが神岐の認識誘導で周囲に自身を女性と錯覚させれば性別の篩は意味をなさない。少なくても時雨ちゃんを安全なところまで逃がさないと」
つくづくチートな力だ、と鬼束零は辟易する。
味方になれば心強いが敵になればこうも厄介なのか。神岐と相対した丹愛には感服する。
「でも電車なんて100%抑えられてるだろ?神岐の能力を掻い潜って時雨ちゃんを電車に乗せるなんて出来るのか?」
「俺達が囮にでもなってやるしかない。最悪俺達が捕まっても時雨ちゃんなら俺達を助け出せるしドクターのためにも逃走に長けた超能力者は残しておいた方が良い」
(問題はどこに逃すかだ。瞬間移動が使えない今、時雨ちゃんはただの少女。ドクターも俺達もいない。府中には勿論戻れない。神岐以外の2人、神原と神坂か。彼等もドクターを探している以上時雨ちゃんは人質にもなりドクターに対する交渉カードにもなり得る。2人と無事接触出来ればいいが、隠れ鬼がリセットされている今2人の動向を探れない。何で隠れ鬼でこっそりドクターを見ておかなかったんだ。能力を使うなとは言われたが素直に聞くべきじゃなかった……)
「駅と言ってもどの駅に行くの?」
現在鬼束達はアジトを離れ東京競馬場の近くまで来ていた。
「ここの周辺なら、府中駅、府中競馬正門前駅、是政駅、府中本町駅か」
「神岐は確か中目黒に住んでるから、南武線で府中本町駅か京王線で府中駅、府中競馬正門前駅だな。一番安全なのは是政駅だが…」
「競馬場をぐるっと回らないといけないね。今の場所からだと一番離れてるし、一番離れてるから安全てのもあるけど徒歩移動の時間が増えるのはリスクが高いな」
「神岐が来る3つの駅は同時にドクターが電車で来るかもしれないぞ。合流するなら是政よりもリスク承知でそっちを目指すべきだと思う」
4つの駅は一長一短。逃走に特化するか合流に特化するかで行くべきところが変わる。
ドクターはまだ連絡をして来ない。停滞は危険だ。残れば残るだけ危険度が増してくる。
(くそっ、失敗出来ないってのによ!)
(さて、交通機関に配備は完了したか)
神岐は府中本町駅前に来ていた。
既に神岐が催眠をかけた人間達が府中市街にうじゃうじゃと沸いていた。
(名前だけで写真がないのが辛いな。顔だったら一発なのに。単語検索だと相手がその単語を言わないと反応出来ないからなー)
駅、バス、タクシー乗り場、レンタカー、レンタサイクル全てを掌握した。
(後はローラーですり潰していくのみ…。奴等がもし俺が追ってきてることに気付いたとしてももう逃げる手立てはない…はずだ。見落としがなければ)
「ふぁぁぁぁぁ」
良い欠伸だ。寝足りない。ちゃんとしてなきゃいけない時に限って眠気が襲って来る。
授業中に寝てしまい、休み時間には元気ではしゃぐ餓鬼のような。
「あんたねぇ、これから何するか分かってるでしょう」
「分かってるわよ。にしてものの。あなた昨日もお嬢様の命令で動いてたのに、連勤なんて殊勝なことね」
虹色ネイルの女に話しかける。
「真澄、それはあなたもでしょう?あなたを呼んだってことはいよいよここで業君を確実に殺すつもりってことよね?」
「私、のの、那由多。復讐を兼ねた後方支援ヒーラー八散、荷物アッシー紗穂。隙のない陣形ね。超常の扉を奪って製造まで漕ぎつければいよいよね。お嬢様のためにもここで決めなきゃね」
「お嬢様も来るのかしら?お嬢様自身が出陣されたら敵なしだけども」
「お嬢様が出るのは超常の扉を奪ってからよ。業君が作った超能力者も中々に危険だからね。特に神岐義晴には絶対近づけちゃダメよ。奴の力を削ぐ算段がつくまでは逃げに徹しろとの命令よ」
「もし神岐がここに来てたら面白いことになりそうね」
そんなことになったら大惨事だ。
「…ののあなたね、怖いこと言うんじゃないよ。もし神岐が府中に来てたら飴奴隷は引き払わないとね。あぁ、ホント憂鬱だわ。せっかくの日曜日なのに…」
能登八散
能力名:治癒活性
能力詳細:波動を当てた箇所の活動を活発にする
のの(苗字不明)
能力名:不明
能力詳細:記憶を消す事ができる
那由多(苗字不明)
能力名:不明
能力詳細:微弱な電気を生み出し、機械を操作する
真澄(苗字不明)
能力名:不明
能力詳細:不明
紗穂(苗字不明)
能力名:不明
能力詳細:不明
お嬢様(正体不明)
能力名:不明
能力詳細:不明
※登場人物が多いので謎の勢力だけ記載しました
府中に集う超能力者達
鬼束サイドと神岐は同時進行のように見えていますが鬼束サイドは数十分前の行動を描写してます
現在の状況
神岐サイド 12:10
神岐:府中本町駅
平原:神岐を尾行して府中本町駅
戸瀬:神岐を尾行して府中本町駅
催眠にかかった府中市民:府中中に配備中
ドクターサイド 11:55
鬼束達:4つの駅のどこに進むかを検討中
ドクター:不明
謎の勢力サイド 12:10
虹色ネイルの女達:府中駅に降り立つ
少なくても12人の超能力者が府中に集まりそうです
サッカー出来そうだね(+監督?)
この街で何が起こるのか?
次回も府中動乱です
府中動乱の先には何が残っているのでしょうか?
第4章も終わりが近づいて来ている
次回、新しい超能力を披露します
誰かな〜?




