第84話 電話の相手 鬼束視点
8月5日 日曜日
昨日はパンケーキ作りで盛り上がった。
必要な機材がなかったり足りない材料を手元にある物で代替したりと、破茶滅茶ではあったが楽しい時間を過ごすことが出来た。
ドクターこそいないがこんな団欒は両親を失ってから初めてかもしれない。
ドクターからは依然として連絡は来ない。
ドクターと別行動を取ってから10日が経つ。
待つ身にもなって欲しいと思う。
協力関係なんだから、使役すればいい。
放任だとか自由を重んじるとかではない。
資金調達を命じられるしこの前では弟達は神原達と戦った。
ドクターからしたら現状把握と成長促進のためのかませ犬だったと申し訳なさを感じているのだろうが、あの人なりに焦りがあったのだろうか?
焦りといえば、以前仮面の集団に襲われた時に奴等を束ねていた白衣の男。神原に接触した女。
どちらもおそらく研究所時代の知り合いなんだろう。
全員殺したつもりが生き残りがいるのならそりゃ驚くよな。
5人は隠れ家でのんびり過ごしていた。
隠密なのだから出かけるわけにもいかず、三つ子は目立つから集団でも迂闊に動けば死活問題だ。
時雨は昨日のパンケーキ作りが余程楽しかったのか、パンケーキの写真を見ながらニコニコしている。
(時雨ちゃんの心の問題もだいぶ良くなってきているな。このまま穏やかに事が運べばいいが…こういう時に厄介なことが起きかねないってのが相場だ)
何も起きなければ良い。
こんなあからさまなフラグ。回収されないわけがない。
プルルルルルル、プルルルルルル
音が鳴っているのは零がドクターから支給されたスマートフォン。
このスマホの連絡先を知っているのは鬼束兄弟と萩原時雨、そしてドクターのみ。
スマホを持っているのはドクターと零と時雨の3人のみで時雨は写真を見ていて電話をかけていないし同じ空間にいる。
つまり……
プルルルルルル
(ドクター!!)
急いで通話をオンにする。
「もしもし、ドクターですか。無事なんですか!?」
10日ぶりのドクターからの連絡。アジトへの襲撃はあったのか?今無事なのか?聞きたいことが沢山ある。
他の面子もようやくのドクターからの連絡だ。写真を眺めていた時雨も含めて意識はこちらに向いていた。
「もしもし、俺だ」
だがスマホから聞こえてきたのはドクターでもない男の声。初めて聞く声だった。
「……誰だ。お前は?何故この番号を知っている」
(誰だ?まさか仮面の集団の誰かか?)
「塀島体育館の緊急連絡先にご丁寧に記入してたじゃないか」
「なんだ塀島体育館って」
(体育館、俺はそんな場所には行っていない。体育館で遊んでたのは市丸達だ。遊ぶ上で何かあった時のために連絡先を書かなきゃいけなかったとは言っていたが…あんなのは適当書いても問題さえ起こらなければ確認なんてされるはずがない……)
「…まさか」
そんなヘマするわけない。と感情の矛先は電話の相手から兄弟達へ向かう
「市丸、丹愛、実録。お前ら馬鹿正直に本当の番号を書いたのか!?」
「だって怪我した時しか使わないって言ってたから。俺らスマホ持ってないから電話番号とか持ってなかったしぃ」
(くそ、油断した。誤魔化しとく手段をちゃんと伝えておくべきだった!)
「ちゃんと弟の面倒は見るもんだぜ、お兄ちゃん」
「!俺らのことを知っているな!まさか仮面の集団か!なにもんだ!」
(俺達兄弟を知っている。それでなおかつ連絡先を知れる程の人間、そんなの奴等ぐらいだ。アジトの場所を知っているのは現状奴等だけだから)
「何のことだがさっぱり分からないな。お前ら、今どこにいる?俺はお前らの言うドクターに用があるんだよ」
「誰か知らないが教えるわけがないだろう」
「そうか、残念だ。あの後丹愛に殺されてないか知りたかったんだけどな」
丹愛のことを知っていて殺されていないかを案じている…
「っ!そうか、お前。神岐義晴か」
なんて事だ。よりによって神岐義晴。
(この電話も催眠…、いや、丹愛の話によれば姿を捉えた上でってはず。声だけじゃ催眠にはかからない)
「ご名答。認識誘導、名前ありがとうって丹愛に伝えといてくれ。というか俺の動向を把握できてないみたいだな。もしかして今は超能力が使えない状態か?インターバル?」
「...答える気はない」
(隠れ鬼が発動しないことがバレたか…。いや、問題ない。住所は分かってるからもう一度視界に収めれば隠れ鬼は発動する)
「それで、何が目的だ?」
「目的?決まってんだろ。ドクターに会うためだよ。超能力を生み出す黒い棒とか俺を超能力者にした理由とか聞きたいことは山ほどあるからな」
(ドクターの予想通りか。だが……)
「俺達は今それどころではない」
(タイミングが悪すぎる)
これが何もない平時であれば良かったが。いや、平時であればそもそも接触などしていないから考えるだけ無駄だ。
「みたいだな。仮面の集団とやらのせいでドクターに何か起こったみたいだしな。どうやら俺とお前らだけの問題ではないらしい。ドクターが強い超能力者を集めて戦おうとしてた相手がそいつらってことか。じゃあこんなのはどうだ?そいつらを倒すのに力を貸す代わりにドクターへの面会チケットをいただこうか」
「……」
(協力してくれるのか……。乗るべきか?乗るにしても危険過ぎる。認識誘導の術中にハマればドクターに危害が及ぶ。だが奴以上にこの状況を、仮面の集団やドクターのかつての仲間達を退けるのに適した超能力を持った人間は居ないんじゃないのか?)
「よーく相談して決めるんだな」
プツン
神岐は返答を待たずして電話を切った。
(こちらの返事を聞く前に切りやがった。時間を与えたのか。いや、あの焦りはこれ以上の電話が難しい状況にいるということ…)
電話が出来ない状況とはなんだ。他の着信があった場合、電車や病院などの電話が出来ない場所に着いた場合、スマホの充電が切れそうな場合。
1つ目はない。我々への電話以上に優先されることなんてないはずだ。仮にそういう状況にいるのなら今電話はしないはず。同じ理由で2.3つ目も消える。
(他の状況は何がある?)
「零兄。大丈夫か?」
市丸が動かない兄を心配して声を掛ける。
「あぁ、大丈夫だ。電話は切られちまったがな」
「神岐はなんて?」
「俺達に力を貸す代わりにドクターに会わせろだとよ」
「力を………」
皆が黙る。神岐の認識誘導は強力だ。その圧倒的力を目の当たりにした丹愛と時雨は、少し表情が固くなる。
「時雨ちゃん。大丈夫か?」
「……大丈夫。また対面した時どうなるか分からないけど。大丈夫。力を借りても良いと思うよ。大丈夫」
(何回も繰り返すのは自分をそうだと思い込ませたいのだろう。時雨ちゃんのメンタルだけで決断するわけにはいかないが…)
「ドクターの判断を仰ぐべきだ。ドクターとしても俺達にとっても神岐の力は有用だ。神岐が奴等に取り込まれる危険性もある。俺達が最初に協力を要請したようにな。ならばこちらに引き入れるべきだ。だが俺達には神岐と交渉出来る能がない」
実録の意見。
「乗るべきだろうな。ドクターの持ってる超常の扉は1つで使える回数は残り4回だ。4人手駒を増やせる機会があるわけだがそれが仮面の集団に対抗出来る攻撃的な超能力になるとは限らない。超能力の詳細が分かっている神岐で戦力を増やすべきだ」
市丸の意見。
「あいつの力がどこまでの範囲、効力があるかは分からないが戦った俺が保証する。リスクはあっても手を取るべきだ。ドクターの目的は仮面の集団達の抹殺であり神岐はむしろ仲間にするために俺が向かったんだ。戦力確認もあったが当初のルートに戻るだけだ」
丹愛の意見。
(弟達の考えは同じか。ドクターに聞くかどうかが争点だな。一番最悪なのは神岐がドクターに接触して超常の扉を奪って仮面の集団に取り込まれることだ。奴を監視してた時、日本に革命を起こすみたいな主旨の本を読んでいたことがある。神岐が奴等の世界征服に賛同して行動を共にするかもしれない。あくまでかもしれないだ。だが………)
神岐の手を借りれればドクターの計画は達成されるかもしれないし大失敗に終わるかもしれない。
実録の言った通り、判断が出来るだけの能がない。
(ドクターは今どこにいるんだ。居場所さえ分かればこちらからドクターのいる場所に向かうことが出来るのに)
こちらには瞬間移動がいる。ドクターのいる場所にピンポイントに瞬間移動出来なくても一番近くのマーキングポイントから足で向かえばいい。
(発信機みたいなので互いの居場所が分かる状態にしておけば良かったか?他には電波を逆探知とか…………)
「逆探知???」
(神岐が電話をすぐに切ったのは、逆探知していることを知らされないため。ドラマで良く聞く逆探知は30秒あれば場所を絞る事が出来たはず。警察がやってそれならただのパンピーの神岐にそれを行うのは難しい。場所を絞る作業というよりこっそり場所を絞る作業そのもので電話会社やプロバイダーにバレることを恐れているのなら……)
「市丸、丹愛、実録、時雨ちゃん!ここを引き払う。神岐にこの場所がバレた可能性がある!!」
「えっ、どうするんだ。ドクターは府中に向かう可能性があるんだろ?ここからどこに向かえば良いんだよ」
「分からん。だがとりあえずこの場からは離れる。まずはここに痕跡を残さないようにだ。どこに行くかは作業中に考える。急げ。神岐が来るぞ!」
「神岐の手を借りるって話じゃ……」
「だったらこんな強引な方法を使うわけがないだろう。話の呑むにしてもまずはドクターを待つ。それより前に神岐達に会うわけには行かない。時雨ちゃん。飛べるか?どこでもいい」
「………」
(しまった!神岐が来ることを言うべきではなかったか)
時雨の顔色が悪い。また精神が不安定になってしまっているかもしれない。
(無理に飛べと言うわけにはいかないか)
「…まずは撤収作業だ、速攻で終わらせるぞ!」
♢♢♢
8月5日 早朝
男は眠っていた。
いや、目は覚めている。ただ、目を瞑って体を動かさず、意識を持ちながらその意識を目の前の暗闇に投じていた。
ガチャリ
扉が開く。
「おい、ここは俺が寝るためのオアシスだ。狸はお呼びじゃねーよ」
「……別に狸寝入りをしていた訳じゃないさ。今起きたんだ。もう出て行くよ」
「さっき着信音みたいなのが鳴ってたが、それか?」
「あぁ、毎度毎度すまないな」
「そう思うのなら来ないで貰えると助かるねぇ。無関係の人間を会社に入れてるなんてバレたら俺がクビになっちまう」
「悪いな。これが最後になることを祈っておいてくれ」
体を起こして服の皺を整える。
「ったく。まだ覚えてるぜ俺は。十数年ぶりに会いに来たと思ったら匿えだとか、随分な言い草だったな!」
「だが手を貸してくれたろ?感謝してる」
「それはーーー、アレだ。昔のよしみだ。とにかく、これっきりにしてくれ。それからホレ」
男は手に持っていたビニール袋を渡す。
「クリーニング出しといたぞ。にしてもお前が白衣の格好が好きとはな。研究者になったってのは聞いてたが、今は働いてないんだろ?過去への感傷か?」
受け取ったビニール袋から白衣を取り出す。
汚れのないシワのないピカピカ。これに袖を通すたびに、己の無力さと復讐を発起させる。
「そんなところだ」
「ふーん。そういえば、お姉さんは元気か?」
服を触っていた男の手が止まる。
「お前のお姉さん美人さんだったもんなー。確かお姉さんも研究者になったんだっけか」
「………」
…………
…………
「あぁ、元気だよ。残念ながら姉さんは既婚者だ」
「かぁーーー」
男は頭を抱えて天を見上げる。
「そりゃそうだよな、30代後半だもんな。流川がよろしく言ってたって伝えておいてくれな」
「あぁ、伝えておくよ」
服装を整え準備が終わる。
「じゃあ、行ってくる」
「……その言い方だと近いうちに「ただいま」って言ってまた戻って来そうだな」
ケラケラと流川という男は笑う。
「いってらっしゃい業。次来たら俺の研究の被験者になってもらおうかな?」
「はは、お前の腕は認めるが研究内容には付き合いきれんな」
だったらもう戻って来るんじゃねーぞー、と流川は白衣の男を見送った。
「さて、零君達は府中だったな。電車で一本か。瞬間移動がないのが普通なのに、電車なんて何も感じず乗ってたのに、億劫になってる。便利さは人から大切な何かを奪っていくんだな」
♢♢♢
「奏音、義晴様はどこに向かっているのでしょうか?」
「知らないわよ。にしてもアンタ。神岐にバレたら絶交されるわよ。こんな尾行だなんて」
「だって、好きな殿方のことをもっと知りたいんですもの。先日義晴様が自ら私に会いに来られたんですから、完全に脈がないわけではないですわ。それに義晴様が誰を探しているのか気になります。奏音は気にならないの?」
「…気にならないと言ったら嘘になるけど、でも私達が誰探してるのか聞いた時はぐらかされたじゃん。踏み込んでほしくない領域に勝手に入るのはどうかと思うわよ。神岐の興味よりも暁美のストッパーとして私はここにいるんだからね」
「分かってます。ただ知るだけです。流石に越えてはいけないラインは守りますよ」
(どうだが…)
「奏音、義晴様を乗せたタクシーが高速に乗るようですよ」
(電車でなく首都高に乗るのね。車から見てた感じでは急いでた風だったけど、どこに向かうのかしら?)
神岐がタクシーで府中向かっている中、お嬢様2人が神岐の後ろを追いかけていた。
平原暁美と戸瀬奏音。
以前神岐が参加した合コンで知り合った2人。
鬼束の手掛かりを掴むために2人の手を借りた神岐だったのだが、それがこのような事態になってしまっていた。
(神岐、秋葉原に来るなんて案外そういう風な趣味も持ってるのね。手当たり次第に聞き込みをして怪しい店に入って行ったけど…。かと思えば店の前にたまたま停まってたタクシーに分かってたかのように乗ってるし……。むむむ、気になる!)
かくして、府中に向かい出した3つのグループ。
彼らと鬼束兄弟が府中に集った時、どのような化学反応が起こるのだろうか……
神岐義晴
能力名:認識誘導
鬼束零
能力名:隠れ鬼
鬼束市丸
能力名:色鬼
鬼束丹愛
能力名:高鬼
鬼束実録
能力名:氷鬼
萩原時雨
能力名:瞬間移動
ドクター
能力名:確実達成
流川
能力なし
平原暁美
能力なし
戸瀬奏音
能力なし
いよいよ第4章も佳境に入ってきました。
府中動乱
事務所見学で物理的に府中に行けない神坂はともかく、現在川崎にいる神原は府中動乱に関わることが出来るのか!?




