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お前らだけ超能力者なんてズルい  作者: 圧倒的暇人
第4章 消えたヒロイン
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第80話 彩プロダクション③

 月城が果敢に攻める。

 臼木はサイドに移動する。

(なるほど、月城がちょこちょこ攻撃してプレッシャーをかけつつ視界の外から臼木が気を窺う。シンプルだが有効な2vs1だな)

 月城の攻撃を受け止めながら保谷秀人は考える。

(白ウサギは滝波さんと観戦か。本当に戦いに参加しないんだな。『出しゃばったら戦わせてやれない』…か。塚原が動けなくなる何かを仕掛けたからな。威圧感かトリックか。金縛りを受けたら私とて打ち破れるかは分からないな。どの道負けるならこの2人に集中するべきだな)

 月城の攻撃は決して緩くはない。臼木と日々切磋琢磨している。間違いなく強者だ。

 だが……

(この野郎。意識が俺に向いてねぇな。だが俺のパンチをご丁寧にいなしてやがる。スピードでは翻弄出来ないか…)

 保谷が何か考えている。それには腹は立たない。問題はそんな中でも戦えているということだ。

 これだけ見ても実力差は歴然だ。

(2人がかりでも倒せないか。雪兎君の言う通りだな。ここからどう打破するか…)

「どうした月城?そんなものか?臼木涼祢。気を伺ってるようだがそれでは月城はワンパンで沈むぞ。せっかくの数の有利を生かさないでどうする」

「分かっています」

 分かってはいても上手く攻められない。これは…

(強過ぎて孤高になったが故に連携を知らないのか。強過ぎる弊害か…)


 神坂達は3人で行動している。戦闘においても同じだった。だが一緒に戦ってたかと言われればそれは否だ。各々がチームでありながら個の戦いしかしてこなかった。共闘しなければ勝てない相手に出会ったことがないからだ。99.9%の敵が臼木1人で片付くし、臼木でも手に負えない相手は神坂1人で片がつく。

 そして、今。0.1%の敵が目の前にいる。

 1000分の1の事例だ。0.1%の準備をする暇人などいない。

 だからこそこの例外が発生した時に人間は脆くなるのだろう。


 保谷の回し蹴りが月城の顔面を襲う。両手で防いだが振り抜いた力で吹き飛ばされた。

(筋肉マンでこの身のこなしはスゲェ。んでもって威力!)

 一回転して着地する。空中で回転して体勢を立て直すなどやったことがないが、無意識の内に出来ていた。

 無意識なので次も出来るかどうか分からない。そもそも月城自身が回転していたことに気付いていない。

「ヒュー」

 中学生らしからぬ見のこなしに思わず称賛の意を込めた口笛が出た。

(まだまだだが、ポテンシャルはかなり高い。当時の俺には出来ない芸当。おそらく無意識だろうが、10年もすれば私は負けるだろうな)

「月城」

「分かってる。俺一人じゃ無理だ。おそらくふゆの力を借りても太刀打ち出来ない」

「雪兎君は関与して来ないみたいだしな」

 神坂姉弟は動きを止めていた黒服をパシリにしてあれこれ指示を出しているようだ。何をしているかは分からないがこちら側には全く関係ないようだ。こちらを見る様子もない。

「挟み撃ちにしよう。あの手練れぶり、タイマンじゃ勝てない。数の優位で押し切る」

「………」

(月城のプライドとしては1人で勝ちたいんだろうな)

「…分かった」

 昔の月城ならタイマンに拘っていたのかもしれない。

 しかし、鬼束実録になす術なくやられ、鬼束零に言われた事が、月城を冷静に考えさせた。

「お前、大丈夫か?」

 らしくない様子に臼木が戸惑う。

「目先の事に囚われたらダメだ。ステゴロで勝てても超能力なしなら1人じゃ絶対に勝てない」

 実録戦でも最後の方は3対1だった。月城と臼木を動かずに倒せる超能力者の神坂ですら、相性が悪い相手には何も出来なかったのだ。今後相手が個人とも限らない。小さい拘りが身を滅ぼすことを、自分が如何に無力であることを知らされた。

 そして、無能力者相手にも劣勢になっている。

 これを打破する手段を獲得する事が成長に繋がる。

 そして、それは1人で勝つ事ではないのは確実だ。

「アジリティーのある俺が背後から行く。りょうはさっきの俺のポジションでやっててくれ」

 臼木が先程思うように攻められなかったのは臼木のスピードでは2人に介入する余地がなかったからだ。要は役割が逆だったのだ。それを直せば何か変わるかもしれない。どの道今のままでは何も出来ないのだ。変化を与えてその影響度を見るのが今出来ることだ。

「…分かった」


 臼木が保谷と対峙する。

「次は臼木涼祢か。『高校生半殺し』と手合わせ出来るだなんて。全く、滝波さんには感謝だな」

「ドリームマッチみたいな興奮ぶりだがだからって気が抜けてるんじゃないのか。あなたの蹴りなら月城にもっとダメージがあってもおかしくないはずだ」

「決して手を抜いたわけじゃない。回し蹴りってのは隙が多いんだ。不安定にジャンプしてるもんだからね。足技は使う頻度が低いから練度も不十分なんだ。だが君相手には回し蹴りは使わないよ。大道芸でどうにかなる相手じゃないしな。フィジカルもタフネスもウチの黒服に匹敵している。君のような相手には足を崩すのが定番と決まってる」

(ちっ、パワー系の脳筋なら楽なんだが、レンジャー出身はそんな甘くないか)

「さぁ、来るんだ」

 自身からはいかず臼木からの攻撃を誘っている。

 余裕と見ているわけではないだろうが臼木の出方を見て力量を測ろうとしている。

「なら、お言葉に甘えてッ!」

 臼木は図体がでかいから動きが鈍重だと思われているが、そんなことはない。神坂や月城などと比べると鈍いがあの2人と比較するのは無理ってものだ。

 臼木は見た目に似合わず、速い。


「うぉ!」

 臼木の鋭い右ストレートが保谷の顔面を襲う。

 スピード不意をつかれたが、難なく躱す。

(スピードは予想以上だが、膝への負担も大きかろう。だが、別の思考をしながら捌くのも難しいな。臼木が止めて月城が外から攻める。役割を入れ替えるだけでここまで噛み合うとはな…)

 背後から猛スピードで攻撃を仕掛ける月城。思考の余裕はない。正面から強烈な一撃が襲いかかり、背後からは敏捷性に物を言わせたヒットアンドアウェーが押し寄せる。

「良いチームワークだ。だが!」

 月城の裏拳を片手で止める。そして掴んだ手を振り回して臼木めがけてぶん投げた。

「おわぁ!」

 成長期の男子を片手でぶん投げる。相当の腕力だ。月城と臼木が衝突する。臼木からしてみれば60キロ近い物体が正面から飛んで来たのだ。瞬間的に60キロを受け止め切れるほどの反応は出来ず、受け身も取れず、エントランスの床がバチーンと鳴り響いた。


「ちっ!」

(着地で手に体重がかかりすぎたか。捻ったような痛みがある。拳が上手く作れねぇ)

 臼木は倒れた時、反射的に手で体を支えてしまった反動で右手首を捻ってしまっていた。

 月城は反対に左手首を抑えている。

「月城、大丈夫か?」

「…………いや、左手を捻っちまった。ぶん投げられたせいで左手が変な方向に持ってかれたみたいだ」

 月城も左手をグーパーグーパーと握り拳を作る動作を行うが完全に拳が出来る前に痺れと震えで手に力が加わりづらくなっていた。

「りょうもだろ?お前が舌打ちするなんて滅多にないからな」

「そうだな。俺は右手だ。にしても保谷秀人、ワンアクションで俺ら2人の片手を封じるとは…」

「気休めの連携じゃ歯が立たないか。周りの物に頼るなって指示だが、生身で出来ることなんて他にあるか?」

「私としては、君達にさっさとリタイアしてもらいたいんだがね」

 保谷が倒れている2人に近寄っていく。

「それぞれ片手が殴れない状態。いや困った困った。ここから逆転の一発が狙えるのかい?」

「あのシチュエーションを狙ったのならポジションを入れ替える前でも出来たはずだ。何故入れ替えた後に行った?」

「臼木涼祢の力量を見るためだよ。月城同様10年もすれば私を超えるだろう。それだけのポテンシャルはある。だが、今は話にならないな。所詮は子供の域だ。事務所の道場破りなんてことをするには実力が全く足りていない」

 悔しいがその通りだ。彩プロダクションのマネージャーが武に精通しているというのは事前に知っていたがそれでも自分達と良い勝負は出来ると思っていた。事実、それは黒服4人を倒していることからも間違ってはいない。この男が規格外すぎるのだ。

「君達でこれなら、幌谷の白ウサギも大したことはないんだろうな、ってウォ!」

 保谷は思わず後ずさる。月城が殴りかかってきたからだ。

「何をするんだ。人が話しているのに」

「お前はふゆを侮辱した。俺達は良い。だがふゆのことを悪く言うのは許さない」

「ふん、大した忠誠心だ」

 神坂雪兎は強い。それは超能力込みでの話だが超能力がなくても強い精神力と覚悟を持っていると一年にも満たない付き合いの中でも感じる事は出来た。

 そんな強い親友をこの男は嘲った。それは到底看過出来るものではない。

「鬼束零の言った通りだな」

「鬼束?」

「なんでもない。こっちの話だ」

(あの男は俺に言った。俺の弱さがふゆの足枷になるって。その通りだ。俺が弱いからふゆが軽んじられた。俺達が強ければそんなことにはならなかったのに…)

 どうにか一発ぶちこんでやりたい。だが両手があっても何も出来なかった男に片手でどうこう出来るはずがない。


「存外苦戦してんなあ」

 神坂は呑気にこちらにやって来た。

「白ウサギ君、やる気になってくれたのかな?」

「加勢するのはそうですが、主役はこいつらですから。私としては負けると思ってますがね。大事なのはここでの経験をどう次に繋げるかです。彼等は目先のことに囚われる馬鹿ではもうありませんから」

 そう言って神坂は倒れている月城と臼木に合わせてしゃがみ込んだ。

「それぞれ手首をやったか」

「情けないことにな。ふゆは何してたんだ?」

「ん?俺?塚原さん……、俺が動き止めた黒服な。その人に色々と事務所のことを聞いたりしてた。お前らの戦いが終わったら事務所の中を案内してくれるってよ。まずは社長さんに会うらしいから流血はしてくれるなよ」

「…だが、もう俺達はまともに戦えないぞ」

「だな。けどここで俺が代わりにやっても意味がないしな」

(うーん。俺がやると1分かからないからなぁ。保谷さんの肺活量が俺以上だったら呼吸を止める方法は使えないけど動き止めちまえばあとは2人が倒せばいいしなぁ)

 あくまで2人に実践経験を積ませるのが目的。ここで勝利を代行は出来ない。アシスト程度なら吝かではないがどうしても自分が出張ってしまう。


「なあ、ふゆ。この手首の痛みをさ。ふゆの力でなくせないのか?」

「痛みを消す?それは無…………いや待て」

(痛みを与える事は実録の件で可能なはず。俺が負った傷を押し付けた。ならば、その逆も可能。つまり、傷を負ってない状態を押し付ける…。だがこれは…)

 神坂が無傷である限り、止まることのないゾンビになるのではないか。痛みを感じなくなってもそれは強制平等(イコール)の発動中のみ。解除してしまえばそれまでに蓄積されたものが対象者に振りかぶってしまう。

(おそらく出来る。だがこいつらの負担がデカくなる。それをやってしまっていいのか?)

 今まで強制平等(イコール)でやったことは敵への攻撃と味方の援護。今回は後者に当たるが解除後のことを考えるとこれは味方への攻撃に当たるのではないのか。


「今言った通りだ。痛み止めにはなるが一時的なもんだ。後のことは知らないぞ」

「俺は構わない。痛みも乗り越えてこそだ。今は連携を上手く成功させることが最善」

「俺もりょうと同意見だ。頼っちまうことにはなるが視力強化とは感じが違うしな。問題ないっしょ。ふゆの言う経験を積むにうってうけの相手がいるんだ」

「そうか。後悔すんなよ」

(強制平等(イコール)、痛み・傷の状態を平等にする!)

 神坂の肉体の状態を平等にした。

 これによって神坂が攻撃を負わない限り2人にダメージを与えられない。

 与えられないがダメージがないわけではない。

 一瞬の無敵状態、痛覚無効というより痛覚無感。

 戦闘後にのし掛かるダメージは計り知れない。

「やるぞ、月城」

「よっしゃ、痛みも引いて負ける気がしねぇ」


(白ウサギが何かしたか…。塚原の動きを止めたことといい、奴には何か特別な力を持っているようだ。その力、彩プロダクションに必要になるかもしれない)

 不思議な力。SFだ。

 通常なら漫画の読みすぎだと鼻で笑うのだろうが保谷は違う。

 レンジャーとして危険な現場に身を置き続けた。日本の一自衛隊員である以上戦闘は訓練の中でしか行わなかったが、あらゆる現場を通して肌で学んだことがある。

 それは、人間の可能性だ。ボタン一つで世界を滅ぼせる爆弾を作り上げる人間。氷点下の世界に身を投じる人間。思想が違うだけで国家単位の争いを繰り返してきた人間。

 哲学にも近いものだが、人間には不可能はないように思えてくる。

 宇宙空間の酸素のない世界でも宇宙服を作ることで宇宙空間での活動が可能になった。そんな具合に。

 だからこそ、保谷は神坂の不思議な力を受け入れた。

 彼はそういう力を持っている人間なのだと。

(そしてそれをあの2人も、滝波さんも知っている。そもそも何で滝波さんの弟を事務所に呼んだのか。いや、それよりも何で滝波さんのご両親は白ウサギの存在を隠してきたんだ。そこら辺の因果関係がおそらく今の状況につながっているのだろうな)

 不思議な力を持った男と戦える。超人とは戦ったことがある。自分よりも一回りも大きい人間、中国武術を極めた武闘家、実践派剣術使いなどなど。

 それらはあくまで人間の肉体で再現出来るものだった。

 だが白ウサギは違う。催眠にも近い手法。

 催眠などはオカルトチックに存在しているがその精度が桁違い。

(面白い。非常に面白い。滝波さんに感謝しなくては)


「ふゆ君、大丈夫なの?」

「何が?」

「手、怪我してたでしょ。あの2人。保谷さんは私の前で力を振るったところを見せたことがないけど、周りから保谷さんの話を聞く限り化け物クラスなんだよ」

「あいつらにも言ったが俺は2人が保谷さんに勝てるとは正直思ってない。単純に中学生がプロの大人に勝てるわけがない」

 俺達が敵にしたのは精々プロ未満まで。超能力者はプロ以上。ならば、プロに勝てる実力をつけなきゃならない。荒療治だろうと実践を通すのが近道だ。今みたいなゾンビ戦術も有効だろうが俺が怪我してたり目潰しされたら無力化する。強制平等(イコール)に頼りきりも良くないしな。

「でも、さっきより動きがいいね」

「ダメージが0だからな。俺の能力で怪我をしないんだ」

「…あんまりそういうの分からないけど、無茶だけはしないでね」

「分かってる。もう油断はしない」


(先程よりも思い切った行動が多い。数打ちゃ当たるか…。ガムシャラにも思えるがこういう輩ほど型にハマらず危ない)

 月城と臼木の動きが良くなった。保谷の動向を窺いながらではなくとにかく攻めて手数で圧倒する方法に。

 変わらず、臼木が至近距離でやり合って月城が死角から襲う。

 同じはずだが思い切りの良さが大違いだ。

(特攻にも似たものだな)

 月城の攻撃を片手で止めて、臼木の腹部に一発お見舞いしても止まることはない。

 ゾーンにでも入ったかのように目の前の自分だけを見据えてる。

(怪我しないってんなら、こういう派手なことも出来るよな!)

 月城は大きく跳躍した。

(飛びかかって殴りに来るか。臼木はローキック。バックステップさせようとしてるか)

 後ろに下がっても、その場でジャンプしても月城は避けられない。かと言って動かず耐え凌ごうとしてもそれが出来る相手ではない。

(ならば!)

 臼木のローキックに合わせて蹴りを合わせる。巨漢の蹴りだ。無傷では済まないが同じだけのダメージを臼木も受ける。事実、衝突の際に痛みで臼木は顔を顰めたように感じた。

(臼木はすぐ動かない。これなら月城に集中出来る)

 月城が迫る。正面から受けて立つ。1vs1なら負けない。


(手数いっぱい貰ってるのに、全然痛みが来ない。疲れてない)

 第二ラウンド。何分か経過しているが未だ戦えている。

(これがふゆの強制平等(イコール)の力。つくづく、恐ろしい)

 この恐ろしいものを持っていながら正義の心を持ち続けるふゆは凄いと思うし、恐ろしい力をごく普通に享受している自分やりょうにも恐ろしさを感じる。

(だがこの力で、己の守りたいものが守れるのなら、悪魔にだって魂を預けられる)

 俺達は守護者(ガーディアン)。超能力者を守る人間が普通であってはならない。

(超能力を手に入れる。それと同時に、超能力者に負けない力を身に付ける)

 痛みがないのなら無茶が出来る。だからこそ月城は跳躍した。

(さっき、体が自在に動いたような感覚があった。自分でもよく分からなかったけど、今ならそれを意識して出来るかもしれない)


 だから飛んだ。あの空中で体を動かすために。これを身に付けられれば、漫画のようなアクロバットな動きが出来るかもしれない。

 飛んでいる中、呼び起こす。

(無意識を………再現する!)

 無重力のふわふわした、映像でしか見たことのないアレ。普通に腕を振り回すように、体を曲げる。全体で、曲げる。

 月城の体が前のめりに回る。跳躍の時間は2秒もない。その短い時間で体を回転させる。

 保谷も真正面から見ていたので気付いていた。

「これは……」

 この角度、この向き。空中踵落とし…。

(上からの攻撃ってのは受け流すのが難しい。避けようにも臼木の蹴りを相殺したせいで動けない。足を潰し、踵落としで腕を潰す気か。そうはいかん)

 腕を頭の上でクロスする。無傷ではいかないがあれをまともに受けたら気絶すらあり得る。

(これを止めれば白ウサギも出ざるを得ないだろう)

 おそらくこれが最後の攻撃。ならばここを乗り切る!


「あなたは、受け入れている。だからこそ、測り損ねた」

 ズドン

「グッ!」

 猛烈な痛みが保谷を襲った。鈍い音がした。

 臼木の中段蹴りが保谷の脇腹にめり込む。

(馬鹿な!ありえない。あの状態から攻撃が出来るはずがない。私でさえ動けずに腕で月城の攻撃を受け止めざるをえないのに…)

 お互いにローキック。鍛錬度合いに優劣はあれど人間の全力の足蹴りが交差するのだ。何もないわけがない。

 現に臼木は痛がるそぶりを見せたし蹲っていた。

「まさか…月城に専念させるためにわざと……」

 気付いた時にはもう遅い。脇腹への強烈な蹴りでバランスを崩した。足を負傷した保谷に立て直す力も時間もない。

 何故なら……

「ウォーーー!!!」

 金髪の全力の踵落としが、保谷の肩に落雷した。


 ♢♢♢


「凄かったね、ふゆ君。2人ともカッコよかったよ」

 戦いが終わり、月城と臼木を労う雪華。

「これ見ちゃうとドラマの格闘シーンがチープに見えちゃうかも」

「いやいや、俺達もガムシャラのまぐれみたいなもんなんで。ふゆがいなかったら傷一つ負わせられなかったと思いますよ」

「でも凄いよ。私、保谷さんが倒れたところなんて見たことないもん」

 保谷は月城の踵落としをくらってうつ伏せに倒れた。だが意識までは断てなかった。

 まだ粗があったようだ。

「やるなお前ら。臼木も頭使ったな。月城も良い動きだったぞ。反動が凄そうだけどな」

「いや、俺も月城も全部雪兎君の力ありきだよ。何もしてなかったら蹴りの時に痛みで涙が出てたかもしれない」

「なんだ、りょうのお涙シーンが見れたかもしれねーのか。そりゃ勿体無いことしたなぁ。俺も今は平気だがふゆの力がなくなったら怖いな。体力や疲労感も0になってるはずだから解除した瞬間に気絶しちまうかもな」

「今解除すると危ないかもな。言いつけ通り事務所内の物は何も壊れてないし出血もないな。黒服を倒したのは向こうの実力不足ってことで片付くだろう」

「全くもってその通りだ」

 保谷が塚原に肩を借りながらこちらに近付いてきた。

「見事だった。臼木涼祢。月城泰二。1vs2とはいえまさか私が中学生に敗れるとは」

「いや、通常なら保谷さんの圧勝でしたよ。我々は反則まがいのことをしてましたから」

「反則というは……白ウサギの不思議な力のことかな?」

「「「「!!!」」」」

「やはりそうか。仮説だったんだが」

「不思議な力ってのは何のことですか保谷さん?」

「いや、こちらの話だ。ありがとう塚原。もう1人で歩ける。お前は倒れているあいつらを医務室まで運んでおいてくれ」

「承知しました」

 黒服、塚原は倒れている黒服3人の介抱に向かった。

「滝波さんも知ってたんですね」

「う、うん。私も目の当たりにするのは今が初めてだったけど」

「あんたは否定とかしないんだな」

 超能力を自然と受け入れていることに神坂は疑問を隠せない。

「あらゆる可能性を考慮し、あらゆる危険性に怯えることの出来る人間が強者だ。現実は小説よりも奇なりとも言う。実際にあるかどうかではない。あるという想定で動かなければ柔軟には動けない」

 自動車のかもしれない運転のように、あらゆるケースを想定した行動に心がけていればどんな状況にも対応が出来る。

 理解はしても実践するのは難しい。

「なるほど、これは根っからの強者だ」

 神坂は納得と尊敬が混じった風に言って。

 神坂がそう言うと保谷はノータイムで神坂にジャブを仕掛けた。

 予備動作が全くなく滑らかに、どういう歩法で近付いたかも分からなかった。

 月城も臼木も反応が出来たのは攻撃が止まった後だった。


「なるほどなるほど。おおよそのことは分かった。これは勝てない。遠距離か不意打ちだな」

 保谷の拳は神坂の鼻先数センチのところでビタリと止まっていた。

「ふゆ!」「雪兎君!」

「大丈夫だ。どうやら俺の力を試したかったようだ。お気に召していただけましたかな?」

「大いにな。腕が全く動かない。催眠ではないな。因果律を変えているのか。いやはや、現役の頃に手合わせ願いたかったな」

(この野郎…今の速度、あいつら相手に全力を出してなかったな)

「そう睨まないでくれ。今のは限界を超えた動きだ。そう乱発は出来ないし複数相手にやる技ではない」

 神坂の視線の意味に気付いたのか釈明をする。

「………まあいいや。力量を見るって目的は達成したから。バトルが終わったんならいよいよ見学か。姉ちゃん、まだ?」

「もうすぐエントランスに来るって、オンライン会議が少し長引いたみたいでちょっと遅れるってさ」

「ようやくかふゆ!」

「あぁ、事務所見学と武術の手解きを受けるってのが本来の目的だったからな。ワンクッション入ったがようやく本筋に戻せるな」

「…楽しみだ」

「うんうん、いいねえーいいねえーその好奇心!きっと楽しめるものになってると思うよ」

「武術の手解きと言ったな。丁度15時から訓練があるからそれに参加すると良い」

「ホントですか?良かったなお前ら。練習に混ぜてもらおうぜ!」

「ああ」

「俺は声優の方が気になるぞー」

 分かってるって、と月城を宥め、神坂達は事務所の社長を待つのだった。

神坂雪兎

能力名:強制平等(イコール)

能力詳細:相手を自身の土俵に引き摺り込む


月城泰二

能力なし


臼木涼祢

能力なし


神坂雪華

能力なし


保谷秀人

能力なし


声優事務所編はひとまず終わりです

えっ!と思うかもしれませんが、構成の都合上後の章で描写したいと思います

次はいよいよ彼らの視点で物語が進みます

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