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お前らだけ超能力者なんてズルい  作者: 圧倒的暇人
第1章 神原奈津緒
8/157

第8話 譲らない気持ち

 ピンポーン

 誰もいない家のチャイムが鳴る。

 シングルマザーの母は休みが不安定で今日は土曜日だというのに家にいない。

(大方受信料払えとか宣う銭ゲバの回しもんかくだらんセールスだろうな。無視だ無視無視。休日くらいのんびりさせてくれよ全く…)


 ドッジボール対決からの一連の環境の変化に神原奈津緒は精神的に参っていた。

 今日は学校に行かなくても良い休日。部活動にも所属していない神原にとってはこの日はスローライフを送ると心に決めていたのだ。



 ピンポーン

 またもやチャイムが鳴る。室外機が稼働してるから居留守を使ってると思われたのかもしれない。

(…しつけえな。『引き際が分からない営業は四流』って会社でレクチャーされねーのかよ…)


「神原さん〜、回覧板です〜」

 粗大ゴミではなく隣人のようだ。それならば居留守を使う理由はない。ここで無視をすると母さんに迷惑が掛かってしまう。

(ドアに引っ掛けといてくれれば良いのに…、生真面目だなぁ)

 近所付き合いとはそういうものなのかと思いながら玄関に向かう。


「はーい、今出ます」

(にしても隣の家の人ってあんな間延びした話し方だったっけ?子供が届けに来てくれたのかもな。なら引っ掛けなかったのも納得だな)




 ガチャッ




「おはよう〜。神原〜遊ぼ〜」


 バンッ ガチャッ

 咄嗟にドアを閉めて鍵をかける。




(……危ない危ない。どうも最近の粗大ゴミは自分がゴミカスであることを理解しているようで、尖兵に高校生を使うらしい。募金とかのパフォーマンスと一緒だな。回覧板を装うとは中々に教育が行き届いてやがる…。四流じゃなく三流くらいはありそうだな)


「ちょっと〜。何で閉めるの〜!」

(悪徳商法もタチが悪い。これを美人とかにやらせてたらコロッと行っちまうのかもな。嘘付いてる時点で会話の余地はないだろうに…)

「神原〜、開けてよ〜」

(同級生の姿をするなんてな。もしかしたらメタモルフォーゼの超能力かもしれねぇ。となればすぐに扉を閉めた判断は正しいな。声から体格まで麦島迅疾にそっくりだった。危うく騙されるところだった……)


「出てきてよ〜なっちゃ〜ん〜」

(…………はぁ、出るしかないか。麦島(あいつ)はアポなしなんてことはしないと思ってたんだがな…)

 ガチャッとドアを開けた。


「何だよこんな休日に。あとなっちゃんって言うんじゃねーよ」

「顔見て閉めることないじゃんか〜」

 扉を閉めずに確認すると正真正銘麦島迅疾だ。こんな休日にまでこいつの顔を見ることになるとは思わなかった。さてさて、撒けるだけの塩はキッチンにあっただろうか……


「どうせ今凄い酷いこと考えてるでしょ〜」

 勘付かれた。こいつ能力者か?

「それで、何の用だよ。休日にまでお前の検証に付き合うつもりはないぞ」

「あはは〜でもcomcomのおかげでドッジボール勝てたんだから良いじゃん〜」

「あれのせいで色々おかしくなってんだっつの」

 全てドッジボールのせいだ。あれに参加しなければ良かったと後悔することが日に日に増えてきている。


「まあまあ〜、今日はcomcomじゃないよ〜。純粋に街に行こうよ〜」

 結局外に行くのは変わらないのかよ…

「どうぶつの森をする気はねーよ。悪いが今日は母親に宅配便を受け取るように言われてんだ。クール便だからなんとかってな。だから出掛けられねぇ」

 これは全くの嘘だ。宅配便が届く予定なんてない。あくまで外に出ない理由付けだ。ただの配送物ならブッチしろよと言われるが、クール便でそれを推奨することは出来ないだろう。してきたら人として最低だ。


「でもさっきピンポンした時出なかったじゃん〜。宅配便を受け取るつもりなら普通出るでしょ〜?クール便なら尚のこと急ぐだろうし〜」

(………ちっ、やっぱこいつにはどうも押し負けるな)

「しかも今回は俺だけじゃないよ〜」

「はっ?まだいんのか?」

(鯖東か?だったら塩の量を3倍にしないといけなくなるぞ…)

「ほら〜、隠れてないで出て来なよ〜」

 神原からは死角になっているところに向かって声を掛けると、そこからひょこっと人が姿を現した。


「お、おはよーう。制服を着てない奈津緒君始めて見たよー」

「さ、祥菜?何で…」

 現れたのは同級生の伊武祥菜であった。神原奈津緒の唯一と言っても良い異性の友人である。


「えっとね、最近奈津緒君とゆっくり話せてないから学校じゃないところで話したいなー、なんて///」

 最近は雨も降らず気温も上昇している。だからか頬が赤くなっている。

「そんなん…電話でいいじゃん。普通に俺に連絡を……って、俺誰とも連絡先交換してないのか…」

 誰からも交換を求められることもなかったし自分から言うこともなかった。麦島とさえ交換していないのだ。母親以外は商業アカウントのみだ。


「え"っ?()()()誰とも交換してないの?いつもどうやって2人は遊んでるの?」

「ん〜?神原が放課後学校に出るまでの間に誘うんだよ〜。大抵は断られるけど〜、運が良ければ一緒に帰ったり家でゲームしたりしてるよ〜」

「別に学校で会えるしわざわざ家でダラダラとチャットする必要もないしな」


 友達がいないことに何も感じていない神原に驚く2人だが、神原奈津緒に数ヶ月触れてみると実に神原らしいとも感じていた。

「だったら交換しよ!クラスのグループラインとか入っといた方がいいよ。今は家電(いえでん)の連絡網とかじゃなくて生徒同士で直にやり取りするのが主流だし!」

(情報共有……まぁないよりはマシか。それにこうして家に来てもらうのもアレだしな)

 今日はたまたま家にいたがもし俺が不在だった場合、2人は気まずくなっていただろう。今こうして連絡を取ることの重要性に気付いたんだ。断る理由はない。


「分かった」

 既に了承を見越して差し出されていたQRコードを読み取って祥菜を追加した。………………ついでに麦島も。

 祥菜から招待してもらい、1年6組のグループラインに参加した———




 ♢♢♢




「おい、……こんなに騒ぐほどなのかよ?」

 神原が2人に問いかける。

「神原だけが入ってなかったからね〜。それに今の神原ならこうなるのは当然なんじゃない〜」

「……グループラインは参加しなくて良かったかもな」

 既にクラスの3分の1から申請が来ている。全くもって嬉しくない。全員ブロックしたいくらいだ。

「無視とかブロックとかダメだよ。関係が拗れちゃうからね!」

(…麦島が心読むなら分かるけど何で祥菜?俺って結構単純だと思われてんのか?)

「分かった分かったしないしない」

 気迫に押されて了承する。

(素っ気なくしてりゃ興味をなくしてくれるだろ)

「良かった…これで無視されてたら———」ゴニョゴニョ

 祥菜が本心を漏らしているがそれは神原に届くことはなかった。



「……じゃあ連絡先も交換したしもういいだろ?じゃあな」

 神原が話を切り上げてドアを閉めようとするが、ガンッと麦島が足を割り込ませてドアを閉じないようにさせた。

「待ってよ〜。だから街に行こうってば〜」

「はぁ…お前ら2人で行ってこいよ。別に俺がいなくたって2人で家まで来たんだから問題ないだろ」

 面倒くさいというより行く意味が見出せなかったから思ったままに口にしただけだったが、麦島の表情が険しくなった。


「…なっちゃん〜、流石にそれは可哀想だよ〜」

「だからなっちゃんて呼ぶn……可哀想?何がだよ」

 そう言って祥菜の方を見ると今にも泣きそうな顔をした彼女がいた。しゃくり上げていていつ泣き出してもおかしくなかった。

「祥菜!?どうして泣いてるんだ!?」

「泣いてないもん!!」

(えぇ……どう見ても泣いてるじゃん)

 思うところはあるがここで泣いてる泣いてないの問答をしていると近所の目がある。それに俺が行かないことで祥菜を悲しませているのなら、行くしかない。


「……はぁ、泣くなよ。確かに祥菜とはゆっくり飯も食えてないからな。遊びに行くのはありかもな」

「ホントに!?」

 パァァっと祥菜が目を輝かせる。涙目だったせいかより一層輝いて見える。

「祥菜といるのが一番気が楽だからな」

 はぅぅぅ〜と涙目の祥菜が顔を真っ赤にしてアワアワしている。

「良かったね〜伊武さん」

「うん、麦島君もありがとう」

「んじゃ、同伴ご苦労。お前はもう帰っていいぞ」

「うぇぇ!俺とも遊んでよ〜」

「お前とはしょっちゅう遊んでるだろ。今日は祥菜と……………いや、お前がいた方がいいか」

「???。分かんないけど〜ほら〜準備して〜。というより玄関に入れてよ〜。外暑いよ〜」

「…別に準備するって言って鍵閉めねーよ。まぁ暑いのはその通りだから玄関で待っててくれ。すぐ着替えるから」

 そう言って2人を家の中に招き入れて神原は着替えるために自室に入って行った———



 ♢♢♢



 2人の話し声が聞こえる。待たせてしまっているから早く着替えないと……

 着替えながら神原は伊武祥菜について考えていた。










 伊武祥菜のことをどう思っているのか?











(……俺は祥菜のことを…好きなんだと思う)

 だがそれが恋愛的な好意なのか、友人に向ける好意なのかは神原自身がはっきりしていなかった。なにぶん恋愛なんてしたことがないからだ。

 最近になってようやく伊武から向けられている好意に気付くことが出来たくらいに鈍感な男だ。それでも神原の中ではまだ確信がなく「そうなのかな?」という程度だ。


 下の名前で呼んでもらいたがって、給食の時間に他の女子が来てからの彼女を見ていればいくらニブチンの神原でも好意に気付くことが出来た。それと同時に好意なんて抱いたことも抱かれたこともないからどうしたらいいのか分からないのだ。


(それに俺は超能力者だ。……普通の人間じゃない。もし祥菜が俺の正体を知ったら……気味が悪いと思うよな…。白衣の男と俺の関係に祥菜を巻き込ませるわけにはいかないんだ…)

 そういうことを心の中で溜め込んでいるせいで最近ではコミュニケーションの取り方が分からなくなりそれが原因で祥菜と話す機会が減ってしまっていた。それによって神原は一層ストレスを溜めることとなっていた。







 ストレスを溜めていたのは神原だけではない。伊武もまた神原と話す機会が減ったことに不安感を抱いていた。

 神原に好意を持たれていることに気付いていない伊武は、他の女子に盗られてしまうのではないかと不安を加速させた。その結果、神原が強引な手が好きじゃないと分かっていても麦島に頼んで遊びに誘うという決断をさせたのだ。

 それは数日前———




 〜〜〜



 ———数日前


 ピコン

 通知が来た。


「………ん〜?伊武さん〜?」

 送り主は伊武祥菜だった。

(……なっちゃん絡みかな〜?)

 通知には「電話していいですか」と表示されていた。

 電話ということは重要そうな話になりそうだ。


 プルルルルル———



「もしもし〜」

『もしもし、伊武です』

「電話なんてどうしたの〜?」

『突然ごめんね。麦島君てさ、奈津緒君の連絡先知ってるかな?』

(やっぱりか…なっちゃん〜、俺はともかく伊武さんとは連絡先交換しなよ〜。()()()()()()()のは嫌ってほど見てるけど〜、流石に伊武さんは大事にしなよ〜)

「ごめんね〜、実は俺も知らないんだよ〜。グループラインにも入ってないしたぶん学校の誰も知らないと思うよ〜」

『…そっか』

「なっちゃんに何か用があるの〜?」

『えっ?いやー別に。何となく私奈津緒君の連絡先知らないなーって思ってね』

(…………)

 どうも自分の周りは素直じゃない人だらけだなとしみじみ思う。


「…隠さなくてもいいよ〜。なっちゃんのこと好きなんでしょ〜」

『な、何言ってるの?別に好きじゃないよ!』

「じゃあ嫌いなんだ〜」

『そんなわけない!』

「…………」

『………うぅ』

 その言い方が答え合わせになっていると気付いた伊武が自己嫌悪に陥った。


「…正直言ってクラスのみんな気付いてるよ〜。それこそなっちゃんくらいだよ気付いてないのは〜」

『嘘っ!そうなの!?…そんなに分かりやすかったのかな…。でも肝心の奈津緒君には伝わってないのか……。他人に興味のない奈津緒君らしいけど…気付いてよね…』

(それは確かにそう〜、あれで察せられないってもう人としてどうなのって感じだよね〜)

 画面の向こうの伊武には同情を禁じ得ない。思わず溜息が出る。

(でも最近〜、妙に伊武さんとチグハグな感じがするんだよね〜。邪魔が入ったからではなくなっちゃんから伊武さんに関わってないっていうか……。もしかして〜気付いたのかな〜)

 ようやくなんかいと突っ込みたくなるが、それでもようやく前に進んだみたいだ。伊武がこうして神原絡みでアクションを起こそうとしてるのと同じタイミングというのは、案外2人は相性が良くてお似合いなのかもしれない。


「それで〜なっちゃんの連絡先を知ってどうするつもりなの〜?」

 連絡先を知らないので教えることは出来ない。…ないとは思うが悪用するつもりなら2人の友人として止めなくてはならない。

『……最近ゆっくり話せてないし2人きりでも話さなくなっちゃったから、誰も邪魔して来ない休日に一緒にいたいなぁって…。向こうからアクションする気配全くないから私から告白しようかなって思ってたの。……気持ち悪いかな?』

「ううん〜、良いと思うよ〜。多分だけどなっちゃんも伊武さんとゆっくり話すタイミングを探してると思うから〜」

『え、ホントに!?』

「うん〜、給食の時間に伊武さんの方を見て申し訳なさそうにしてたからね〜」

『そうなんだ…。奈津緒君が……嬉しいな…』

(ん〜尊いな〜。なっちゃんの好意(ベクトル)の色は分からないけどこれって両想いだよね〜。くっついて欲しいけど学校じゃ話せないみたいだし〜……ここは人肌脱ぐか〜)


「連絡先は知らないけど家の場所は知ってるから次の週末にでも遊びに誘ったら〜?」

『えぇっ!?でも奈津緒君ってグイグイ来る人苦手そうだけど大丈夫なの?』

「大丈夫だよ〜。俺も同伴するからさ〜。いつもみたいに悪態はつくだろうけど追い返したりはしないと思うよ〜」

『休日にお出かけ……、うん分かった。このままだと先に進めないし他の人に盗られちゃうもんね。私頑張る。麦島君、力を貸してください』

「いいよ〜。じゃあ次の土曜日にやろうか〜」




 〜〜〜




「———ここまでは予定通りだね」

「ね〜、俺1人だったら門前払いくらってたろうから瀬戸際感はあるけどね〜」

 神原の着替えを待っている2人。どうにか神原を外へ出す運びとなった。


「……この前伊武さんから告白するって言ってたけど〜本当にやるの〜?俺〜なっちゃんに探り入れたりも出来るけど〜?」

 神原は変人で神原から告白される機会はほぼないだろう。だが一般的には男性から告白するものだ。伊武が無理をして自分から告白しようとしているのなら少しでも助力になろうと思っていた。前に伊武のことで神原と会話実績があるから、伊武に関する話を振って情報を引き出すことは麦島には可能だからだ。

「ううん、気持ちだけでいいよ。この場を用意してくれただけで十分助かってる。ここからは私個人に掛かってる。こればかりは()()()()でやらなくちゃいけないの!他の誰にも左右されずに私自身でね」

「……そっか〜、頑張ってね〜」

(本来なら俺はフェードアウトした方がいいんだけど〜、今の2人だと上手く場が回る気がしないからな〜。それになっちゃんにも残ってくれって言われたし〜……。なっちゃんも俺がいないと気まずいと思ってたのかな〜?でも告白しようとする時に残れって言わないよな〜…)

 神原の考えが聞きたいが今日の2人に対して強く踏み込むと関係が悪化するかもしれない。あくまで友人としての距離に徹しようと決めたのだった。



 ガシャガシャガシャと向こうの部屋から音がした。準備が出来て荷物をまとめているようだ。

「…すまん、ちょっと時間が掛かった」

「待ってないよ〜。……にしてもなんか…制服と大して変わんないね〜」

 神原の服装は上が白、下が黒という地味でもオシャレでもないフォーマル寄りの配色になっていた。

「母子家庭にオシャレなんて文化は存在しねーよ。公然猥褻罪がなければ服代も浮くんだがな」

「俺も親に買ってもらった以上はないからね〜。どう伊武さん?俺ら以外は絶対に見ることの出来ない私服なっちゃんだよ〜」

「うぇぇっ!えっあっ、うん…。なんか新鮮だね」

「…ありがとう」


「「………」」

 2人は沈黙してしまった。これはやはり自分がいないと場が回らないようだ。

(なっちゃんも伊武さんの服も可愛いねぐらい言えよ〜。「新鮮?まぁあんまし外行の服着ないから色褪せや汚れは全然ないからな」って言うよりはマシだけど〜……。これ伊武さん告白できるかな〜…)


 スタート前からギクシャクしているが、神原の準備も整ったので3人は外へ出ることにしたのだった———




 ♢♢♢




 ———ここは川崎駅


 館舟高校は川崎市中原区にあり、休日の学生達は「とりあえず川崎駅」というまでに川崎駅を利用している。去年(2017年)の東日本の駅利用者数ランキングでも20位以内にランクインしている。

 東京方面へのアクセスも良く京急川崎駅は羽田空港まで直通していて、京急から接続している都営浅草線は列車によっては成田空港まで直結していて空の便へのアクセスも可能な便利な街である。

 反面治安の悪さは指折りで()()()()()が裏で暗躍していて便利故の弊害も発生している。

 そんな川崎だが、神原奈津緒も休日ふらっと出掛けたい時などは川崎駅に赴いて駅近くのブックオッフンでよく立ち読みをしている———



「……川崎駅に来たは良いけど、何するか決まってんのかよ?」

 川崎に行くまでは電車に乗る際に聞かされたが、目的地は教えてもらえなかった。俺が誘いに乗るか分からなかったから具体的なプランはないのかもしれない。

「時間も時間だしまずはお昼にしようか〜」

 2人が来た後、着替えや川崎駅までの移動時間で着いた時には時刻は昼の12時を回っていた。

「じゃあ……すぐそこのラジョーナにしよう」

 ラジョーナ川崎のフードコートで3人は昼食を取ることにした。



 〜〜〜



「「「ごちそうさまでした」」」

 給食制度のせいで未だに「いただきます」と「ごちそうさま」を言う習慣が染み付いている。

 無意識に全員が「いただきます」と言った時は麦島と伊武が思わず笑い出してしまった。神原の表情は動かなかったがフッと息を漏らしていたのでちょっとは面白いと感じているようだ。


「…まさかインドカレーの店が閉まってたなんて…。好きだったのにな…」

「私もたまに食べてたよ。私インドカレー好きだから残念だったな」

「へぇ、俺も好きだよ。カレーライスよりも好きかもしれん。そういえば館舟駅の近くに新しくインドカレーの店が出来るの知ってるか?オープンしたら食べに行くか?」

「えぇっ、館舟に新しく出来るんだ!行く行く!オープンしたら教えてね!」

 神原と伊武がカレーの話で盛り上がっているのを麦島はニコニコしながら眺めていた。


(どう見たってカップルにしか見えないな〜。なっちゃんも自分から誘うなんて…俺には絶対にあり得ないのに…趣味嗜好が同じ人がいると仏頂面のなっちゃんでも嬉しいのかな〜。絶対好意持ってるよねこれ〜…)

 次のデート?の約束が交わされていることに2人は気付いていない。神原も誘った自覚はなくて同じ嗜好を持った人にお店を紹介したぐらいの認識だろう。

 そして数秒後にようやく誘われたことに気付いて伊武がアワアワし出した。どうしたんだ?と間抜けな当事者が質問するが、「にゃ、なんでもにゃいよ」と伊武が返すが舌が回っていない。動揺しすぎである。



「お腹も膨れたしそろそろ行こうか〜」

 会話が弾んでいる2人には申し訳ないが次がある。

「ん?あぁ、そうだな。なんかようやくゆっくり祥菜と話せた気がするな」

「うん、そうだね。最近は奈津緒君話しかけられてばかりで喋る時間なかったもんね」

「ホントだよ。ああやってガツガツされるのペース乱されて嫌なんだよなぁ…。俺は平穏に暮らしたいってのに…」

 神原がそう言うと伊武はしょんぼりした。

「…やっぱり、家に行ったのは迷惑だった…?」

(……あぁ、そういうつもりで言ったんじゃないんだけどな…。アポなし訪問を気にしてんのか?押しに負けて嫌々付き合ってるとか思ってんのか?そうじゃないだろ。麦島だけだったら俺は外に出てねーよ)

 また泣き出してしまいそうだ。自分の発言のせいなのでどうにか宥めないといけない。


「迷惑なんて思ってないよ。驚きはしたけど、祥菜と一緒だと気が楽なんだよ。他のガツガツ来られる奴らなんかよりすげぇ話してて落ち着ける。こうやって話せて俺も安心してるよ。……麦島はいらねぇけどな」

 ちょいちょーい〜と麦島が叫んでいるが、それを聞いて伊武は安心していた。

(そう…なんだ…。安心してるんだ……。でも気が楽って……私のことをどう思ってるのかな?安心感があるから気が楽?それともいてもいなくても変わらないから気が楽?…どっちなんだろう…)


 神原は当然前者の意味で言ったのだが、説明不足のせいで後者の選択肢を与えてしまった。素直に祥菜と一緒が良いと言えば良いのに…それを言わない。

 決意したわりに奥手な伊武もだが、神原の言葉足らずのせいで2人の距離が中々縮まらない。だが休日に一緒にいられるのは柿山や麦島の協力の賜物だろう。



「次はどこに行くんだ?家か?」

「それ帰るってことじゃん〜。映画でも観に行こうよ〜」

「賛成〜」

 こうして腹ごしらえを済ませ、3人は映画館へ向かった。



 ♢♢♢



 ———映画館


「何見るんだ?」

 特に観たい映画がない神原は2人に委ねることにした。

「これなんてどうかな?昨日から公開されてるらしいよ」

 伊武が指差したのは昨日公開された恋愛アニメ映画だった。その映画はその手の情報に疎い神原でも知っているものだった。


 事故で記憶喪失になった主人公とその事故で助かったヒロインが記憶を取り戻しつつ紆余曲折ありながら互いを愛し合うようになるという内容だ。

 神原が知っているのは映画の中身ではなくその映画のヒロイン役の声優の方だ。

 名前は滝波夏帆。見た目の可愛さと演技の実力から人気急上昇中の声優だ。これで高校1年生なのだから驚きだ。


「…ちゃんと見たことなかったけど…マジなんだな」

「あっ、ポスターのこと〜?凄いよねぇ〜。滝波夏帆を売り出そうとしてるのをひしひしと感じるよね〜」

 アニメーション映画のはずなのに、ポスターの一面には滝波夏帆がデカデカと載っている。滝波が演じたヒロインではなく滝波夏帆自身がだ。

 中々にインパクトが強いポスターとなっており、麦島の言う通り売り出し…というより滝波夏帆のルックスで動員を狙っているようにも見える。本人が納得してるなら良いが、人によっては反感を買いそうな戦略だ。


「じゃあそれにするかぁ」

「そだね〜」プルルルルルルルル

 誰かのスマホの着信音だ。

「あっごめん〜俺だ〜」シュカッ「もしもし〜。………うん〜………えっ?…………うん〜」

 送り主ではないが麦島の驚きからして良い話ではなさそうだ。


「うん〜……分かった〜。じゃあ〜」

 通話を切ってスマホをポケットにしまった。

「…ごめんね〜お父さんからだった〜」

「…内容は何だったんだ?」

「今お母さんが入院してるんだけど〜、お父さんが急に仕事が入って病院に行けなくなったから代わりに着替えとかを持って行ってくれだってさ〜」

「………」「それは……なんだ…」

 入院と聞いて伊武は無言になり、神原は歯切れが悪くなる。

「重い病気とかじゃないよ〜。仕事場の階段から落ちて足を骨折しただけだから〜」

 少なくても着替えを持って行くということは意識はあるようだ。そもそも重病だったら遊んだりも出来ないだろう。心配させないための嘘ではなさそうだ。

「そうか…、お大事にな」

「うん〜、それじゃあ俺は帰るね〜。また3人で遊ぼうね〜」

 去り際に伊武に「頑張ってね〜」と伝えて麦島は川崎駅の方へ走って行った。

(頑張る?飯食ったばっかで上映中寝るとかそんな感じか?)


「そ、ほれびゃあいきょうかー」

「発音できてないぞ。大丈夫か?」

「だ、だいりょーぶだよー」

 大分呂律が回っていない。実はかなり無理をしているのではないか?

「調子悪いんならタイミングいいしお開きに「それはダメ!」…急に大きい声出すなよ…」

「ご、ごめんなさい。…奈津緒君は私と2人きりは嫌?」

「……そうじゃねーよ。女子は調子崩しやすいんだから無理はさせられねーだろ。男が親身になりづらいところだしよ…」

(親身?………あぁ、月のものだと思ってるんだ。…なんか、そういう心配もするんだ。男子には口を出しづらいことだと思うけど…、それだけ私を気遣ってくれてる…)

 確かに調子がコロコロ変わっているのはそう受け取られてもおかしくはない。しかし、嫌悪感を抱かずに寄り添おうとするのは初めてで困る。同級生の女子に生理のことなんて普通は聞かないしセクハラになりかねない。

 奈津緒君が恥を偲んでくれたおかげで冷静になれた。2人きりで動揺していた自分が馬鹿みたいだ。


「…心配してくれてありがとう。もう大丈夫だよ。ほら、早くしないと映画始まっちゃうよ」

 伊武が神原の手を取ってチケット売り場へと歩いて行く。手を握ったことで上映開始までアワアワしたり、飲み物を麦島の分まで余計に買ってしまったりと空回りは収まることはなく、神原にさらに疑念を抱かれるのてあった———



 〜〜〜



「良い映画だったねー」

「…あぁ、感動したよ」

(ホントかな…。嘘を吐く人じゃないけど、顔に出ないから分からないなぁ)

 2人は映画の感想を述べ合っていた。映画の内容はテレビの紹介では伏せられていた展開もあって終始楽しむことが出来た。

 神原的には、主人公が記憶を取り戻しつつも記憶を失う前の自分との比較で葛藤しているシーンが、誰にも超能力のことを言えない自分に重なって見えていた。

 ヒロインの子も滝波夏帆の演技力も相まって視聴者の感情を揺さぶって来た。葛藤する主人公に寄り添いどんな主人公であっても変わらぬ愛を捧げる姿は、表情が死んでる神原でも心に響くものがあった。

 2人は映画館入り口側のベンチでしばらく感想を語り合っていた。





 ———時刻は17時半


 その後、祥菜の買い物に付き合ったり近くのカフェで小休止したりと夕方になるまで川崎で遊んでいた。


「もうすぐ18時だしそろそろ帰ろうか」

 伊武は明日は朝早くから部活があると言っていた。それに彼女の家には門限があるようで完全に日が沈みきる前には家に帰る必要があった。

「そうだな。送るよ」

「え、あ、ありがとう///」

 お互い館舟駅が最寄駅だ。それに最近は()()()()()が多いため、家まで送り届けることにした。

 最寄駅こそ同じだが線路を挟んで地区が異なるため、小中では同じになることはなかった。

 電車の中、館舟駅から祥菜の家に到着するまでたわいもない話を続けていた。それは最近のゆっくりとした時間を埋め合わせるように、そして………お互いがまだ一緒にいたいという気持ちの表れでもあった———



 ♢♢♢



 ———伊武祥菜宅


 表札にしっかりと"伊武"と書いてある。一軒家で隣家と比べても一回りくらい大きい。中々良い家庭で育っている。俺の家はアパートなのにな……



「送ってくれてありがとう」

「気にすんな。そんなに遠くないし」

 嘘である。2人の家は線路を挟んで対称になっている。さらに神原の家は駅から徒歩15分離れているため決して遠くないとは言えない距離だ。

「それに1人で帰したら麦島に何言われるか分からんからな」

「うん…」

 かれこれ6時間以上も一緒にいたと考えると不思議なものだ。

 もしこれが麦島と2人きりだったら、映画を見て即解散となっていただろう。そして麦島がゴネて俺の家でゲームをするのがお決まりの流れになっていただろう。

 麦島でそれなのに、女子と2人で長い時間いるというのは、神原自身も信じられなかった。自分は普通ではないと分かっているから人と接することを望まなかった。異性なんて尚更だ。

(これが好意があるからなのか…どこか気を許しているのかもしれない。唯一の安心どころなのが大きいんだろうな…)


 …………これが恋愛感情なのかもしれない。昼に見た映画のように寄り添い合いたい。そう思ってしまうのは、友人以上を相手に求めているからに他ならないだろう。


(けど……俺は超能力者だ。人間じゃない。誰かと恋愛をするなんて絶対にありえないあってはならない。バケモノが彼氏なんて周りから気持ち悪いと思われるに決まってる)

 そんなのはお伽話の中だけの話だ。


 絶好の状況。向こうの好意も自分の好意も分かっている。一歩踏み出せば成就する。

 ………普通になりたかった——



「……それじゃあ、俺は帰るよ」

 言ってしまえば良いのに。踏み出せない。

 別に今生の別れでもないのだ。週明けに学校に行けばまた会える。……だからいいんだ……


「あっ、待って!」

 踵を返そうとした神原を伊武が引き留めた。

(……おい)

 嫌な予感がした———

「あのね、伝えたいことがあるの!」


(……止めてくれ。言わないでくれ…)

 揺れる。揺さぶられる。背景が分かっている中で、このシチュエーションで何が起こるか理解出来ないほど馬鹿ではない。

 律して、言わないようにしていたことを彼女は言おうとしている。そしてそれを言われると自分の律した心が揺れてしまう。それは直感で分かる。

 踏み込まないようにしていたところに、彼女から踏み込んできた。


「私は……奈津緒君のことが…………」


 ……遮ってしまえば良い。手段はある。大声を出すでも良いしこのまま足を止めずに走り去って行くのもいいだろう。



 ………出来るはずだ




 だが、口が動かなかった。


 だが、足が動かなかった。



 分かっているのに。言われたらいけないのに、言わせないための行動が取れなかった……






「奈津緒君のことが好きです。私と付き合ってください!」





 ………言わせてしまった。何も出来なかった。



(言われることを望んでいたのか…)

 所謂逆告白。祥菜が自分で言ったということは俺の好意に気付いていないということ。気持ちに気付いていながら行動しなかった俺よりも勇敢だ。葛藤があっただろう。勇気を得るためにたくさん悩んだだろう。


 祥菜が手を差し出している。この手を取れば、晴れて交際することになる。取らなければ……拒絶したことになる。

 俺が望む方であれば、この手を取らなければ良い。さっきはアクションを起こすことで否定出来てそれが出来なかったけど、今回はアクションを起こさないことで否定することが出来る。

 このまま何もしなければ、祥菜は気持ちを切り替えて、俺は人外としてこれまで通り過ごせる。今は平穏には程遠くなったけど永久に続くものでもないしむしろ祥菜を巻き込まなくて済むようになる。それが祥菜が望んでいなかったとしても、それが俺たちにとっては一番良い形じゃないのか?



「………………」

「………………」



 神原は無言を貫いている。祥菜が手を戻してくれるまで黙っていれば良い。しかし祥菜は引く様子はない。


(……好きってのは、人をここまで突き動かすんだな)

 どうやら俺の返事を待っているようだ。一言も喋らずあくまでこちらの反応を待つところが最近群がる蠅よりもやりやすくて……気が楽だ。

(……敵わないな祥菜には。…麦島と言い、()()()()()()は我が強くて困るな)

 ……これだけで揺り動かされたが、それでも諦めて貰うために動く必要がありそうだ。



「…ありがとう。でもな、祥菜と俺じゃ釣り合わないよ」

「えっ、どうして?」

(…………)


「俺は、祥菜が思っているよりも良い人じゃない。ドッジボールの時の俺が本来の性格なんだ。前に誰かから聞いたことがあるけど、祥菜は物静かな人が好みなんだろ?俺の本来の姿とはマッチしていない。席が近くで話す機会があったから生まれた関係。そして俺が人と関わることを避けていたからそれが物静かに見えただけだ。もっと祥菜好みの人がどこかにいるはずだよ」

 言っていてずっとチクチク心臓に針が刺さった痛みが走る。

 分かっている。逆のことを言っている。全てを理解し、自分の気持ちを分かっていてなお逆のことを言って断ろうとしている。

 分かっている。好きなんだ、祥菜が。でも…


(でも俺は超能力者だ。それだけは絶対に拭えない。10年間捨て去ることも出来ずなるべく使わないようにするので精一杯の()()()()。超能力に祥菜を巻き込んじゃいけない。祥菜だけじゃない。麦島もだ)

 辛いが、これが最善なんだ。



「違う!」

 祥菜が叫んだ。何についての違うなのか分からないが祥菜は続けた。

「私は確かに大人しい人が好きだった。馬鹿騒ぎしたり自分の立場で物言ったりしない無欲で静かな人が好きだった。でも今は違うの!奈津緒君が好きなの!口は悪いし気性は荒いし何考えてるか分からないけど、私は奈津緒君を知ってる。奈津緒君がいいの!」

(俺を…知ってる?)


「お願い!私に気を遣ったりせず奈津緒君の気持ちを教えてよ!」

「…………」

(幻想を見ているわけではなく、俺を見て聞いて知った上でか……………………くそっ)

 そんなことを言われたら…


 思わず下唇を噛む。反対側に触れてしまった針が、元に戻って来れなくなる。あんなに自分は人外だと言ったのに、言葉一つでその決意が揺らいでいる。

(こんなことなら能力を使って気持ちを固めれば良かった。『恋愛に関する感情を失う』。これをしていれば良かったんだ)

 今気付いたところでもう遅い。


 今まで我を通すために超能力を使って来た。邪魔をする奴、難敵には超能力を使って対処してきた。

 だがこれは我を通すケースではなかったのか。こうなることが分かっていたのに、さっきの無言の時間で発動させることだって出来たはずなのに……


(………無言でも諭してもダメか……。ならもう正直に言おう。……全く、厄介な女の子に惚れたもんだ)




「祥菜、俺も……祥菜のことが好きだ。でも、俺には誰にも知られたくない秘密を抱えてる。麦島も母親も知らない秘密だ。この秘密は、いつか絶対に祥菜に迷惑をかける。俺に近付けば近付くほど、それが祥菜に牙を剥く。だからこそ祥菜を巻き込むようなことはしたくない。普通の人間と普通の恋愛をした方がいい。俺は……普通じゃないから」


 超能力とは言っていないが、伝えてしまった。もう俺から打ち出せるボールはない。全ては祥菜の判断に委ねられる。

 だが同時に……自惚れている自分がいる。

 俺が惚れた女は、()()()()()で諦めてくれるほど柔な女ではない…と。




「……やっと、少しだけ奈津緒君に近付けた」

 ずっと、この距離を詰めるのに苦労してきた。奈津緒君と両想いなのが分かって凄く嬉しいけどそれ以上に、やっと奈津緒君の本心に触れることが出来た。曝け出してくれた。

 それを聞いてもなお、答えは変わらない。



「そんなの気にしないよ。秘密があっても、奈津緒君なのは変わらないんだから」



 これだ。これが伊武祥菜だ。真っ直ぐに俺を見ている。ただ気が楽だから好き?違うな。伊武祥菜だから好きになったんだ。

 強い人だ。超能力者である俺にも気後れせずに受け入れてくれている。

(ますます釣り合ってないな。こんな良い女の子と付き合うなんて….)

 祥菜は受け入れてくれた。ならば答えは一つしかない。



「ありがとう。俺と、付き合ってください」

「っ…はいっ!」

 祥菜の手を取った。この会話の間も決して手が下がることはなかった。それだけの強い意志と覚悟を持った告白だ。告白された時点で負けることは確定していたみたいだ。いや、それよりも前に止められなかった時点で、いつからだ。ずっと前から負けていた気がする。我を通されてしまった。

(……祥菜には一生勝てないな)




 ———こうして2人は付き合うことになった。


 祥菜が嬉しそうにニヨニヨしてる。

「大好きだよ。奈津緒君!」

 堂々と言ってのける。恋人に言うのは当たり前なのか。気持ちを抑える必要はないがこんなに堂々と言える勇気はない。

「あぁ、俺も好きだよ」

 散々悩んだというのに、口に出すことに躊躇はなかった。抑える必要がないとここまで滑るように出るものなのか。


「…へぇ〜」

 好意を伝えたというのに、祥菜は不機嫌そうな平坦な声だ。

「な、何だよ」

「私は"大好き"って言ってるのに奈津緒君は"好き"なんだ〜。あー悲しいな〜」

「うっ…」

 悲しいと言いながら凄くニコニコして言っている。俺が恥ずかしがって敢えて言わなかったのを見透かしているようだ。……やはり勝てる気がしない……


「.............俺もだ………大好きだよ」

「うん、私も!」

 そう言って伊武は神原に盛大に抱き付いた。

 普段から鍛えているのが功を奏したのか、祥菜の勢いに負けることなくしっかり祥菜を受け止めて神原の方からもしっかりと祥菜を抱きしめた。

(……ほんのりスパイスの香りがするな)

 俺がそう感じたということは祥菜も感じているはずだ。好きな相手から自分の好きなものの香りがする…………悪くないな。


「じゃあまた月曜日学校でね」

 抱擁が解かれる。祥菜の顔は真っ赤で昼間見た時と同じだ。

「あぁ、今日は楽しかった。今日みたいなことを、今後もやって行こう」

「うん!」










 家までの帰り道、徒歩圏内でバスを使うほど裕福ではない。自然と自分だけの時間となる……


(………付き合うことになった。…いや、後悔はない。幸福感は今まで感じたことのないものだった。自然と頬が緩みそうになる。後悔はないが、自分の意志の弱さが露呈した気がする。こんな調子じゃダメだ。白衣の男が祥菜を人質に利用する場合だってあるかもしれないのに……)

 もしそうなったら……超能力で何とかするしかない。毛嫌いしている力を借りてでも、祥菜を守り抜く———


 ブーン、ブーン、ブーン

「……電話……麦島か」



「…もしもし、お母さんはどうだった?」

『もしもし〜、大丈夫だったよ〜。病院食が味が薄いって文句言われた〜。それ聞くと入院したくないよな〜』

「そうか、だったら痩せることだな。健康でいることが一番病院から遠ざかることだからな。じゃあな」

『ちょいちょいちょい待ってよ〜。俺の方よりそっちの方でしょ〜。結局どうなったの〜?』

「どうって〜あれから普通に映画見てショッピングして、さっき家まで送って帰宅中だ」

『……伊武さんから何か言われなかったの〜?』

(祥菜を家に連れてきたってことは…連絡先を持ってねー俺のために橋渡しをしたんだろう。実際麦島が強引にセッティングしなかったから今日の会はなかったしここまで進展することは出来なかっただろうからな…。祥菜に相談させてた口だな)


「付き合うことになったよ。悪いな、祥菜の相談に乗ったりしてたんだろ?」

『…あはは〜、何のことかな〜?』

「…お前嘘下手だな」

『そんなことより〜、おめでとう。2人はお似合いだと思うよ〜』

「ありがとう。お似合いかは知らんが俺に付き合ってくれるのは祥菜だけだろうな」

『そう思うんならさっさと告れば良かったのに〜。なっちゃんがニブチンだから伊武さんが頑張ったんだからね〜』

「なっち……………俺だって祥菜への気持ちがどういうものか分からなかったんだよ……って、何で知ってんだ!」

『今日のやり取りを見てたらそうなのかな〜って〜、伊達に一緒にいないよ〜。なっちゃんの中の秘密(ナニカ)とかもね〜』

「………」

 祥菜には自分からカミングアウトしたが、まさか言わずに気付いているとは……

『もちろん詮索はしないけどね〜。その感じだと伊武さんにも言ってなさそうだし〜。何かあってもなっちゃんはなっちゃんだからね〜』

(こいつも祥菜と同じようなことを言いやがる。………良い友人を得ることが出来たな)


「あぁ、そうしろ。いつか話せる時が来たら祥菜には話すよ」

『そっか〜楽しみに待って……………えぇぇぇえ〜、大人になったら酒でも交わしながら教えるよって流れだろうが〜!』

「うるせぇ、とにかく色々感謝してる!じゃあな!」

 麦島のレスポンスを待つことなく強引に通話をぶった斬った———



 ♢♢♢



『もしもし麦島君』

「もしもし〜、さっきなっちゃんと話したよ〜。付き合えたみたいで良かったよ〜おめでとう〜」

『うん、ありがとう』


 今日の功労者は間違いなく麦島迅疾だろう。

「なっちゃん〜少しだけど嬉しそうだったよ〜」

『そうなの?好きとか言ってくれたけど私が抱き付いた時も特にリアクションなかったよ…』

(ず、随分大胆なことしたんだな〜)

 これが恋愛パワーか〜なんてことを考えていた。


「なっちゃんは仏頂面だけじゃなくてツンデレっぽいところもあるめんどくさい人だから素直に表現したくないんじゃないの〜?」

『……確かに素直ではないかも』

「心配なら電話で聞いてみたら〜?伊武さんなら無視したりしないでしょ〜」

 つい先程強引に切られたばかりだが、出来立てホヤホヤの恋人にそんなことはしないだろう。

『えぇっ!は、恥ずかしいよ〜。何話して良いか分かんないしー』

 電話を挟んでいてもオロオロしているのが分かる。付き合う前から名前呼びしてアピール兼牽制してた人が何を言っているのだと麦島は溜息をついた。


「じゃあ週明けに学校で聞くといいよ〜。なっちゃんの平和のためにもちゃんと宣言しとかないと〜」

『そ、そうだね。まだ脅威が残ってるもんね。来週聞いてみる。じゃあ電話ありがとう。また奈津緒君の相談に乗ってね』



 〜〜〜



(2人とも面倒だな〜w。付き合えたみたいだから良かったけど〜。そういえばなっちゃんって連呼してたのに何も言われなかったな〜。一瞬「なっちゃんて呼ぶな!」って言いそうなタイミングがあったけど結局言わなかったし〜)

 指摘されないということはそういうことで良いのか?



「来週それとなく言ってみよ〜」

というわけで、2人は無事結ばれました

恋愛小説でもないし恋愛模様を書く時間もないのでささっとくっつけますよー

神原の懸念通り、恋人になったことで伊武祥菜も狙われるだけの価値を持った存在になってしまいましたが、神原がなんとか守ってくれるでしょう

そして麦島に対しても距離を詰めたような感じがありますね。麦島からしたらまだまだ距離がありますが、前進は進んでいるので満足しているようです


次回は第1章の山場へと突入します

超能力者同士の戦いが始まるかも!?

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