第77話 大島総合病院
伊武祥菜は病院に運ばれた。
と言っても大怪我をしたとかではなく男に襲われて気を失ったので一応の措置だ。PTSDなども考えられる。
神原奈津緒は祥菜が眠っている病室にいた。祥菜の隣に座ってその様子を見ている。
ここは川崎駅の近くにある大島総合病院。事件現場付近では最も大きな病院で祥菜は個室を充てがわれている。
なぜ個室なのか?それは祥菜を襲った相手に起因する。
伊武は半グレ組織、駄愚螺棄の幹部に襲われたのだ。そして駄愚螺棄に祥菜を襲うように指示したのが虹色のネイルを付けた女。この女はドクターとは敵対関係にあると睨んでいる。この女、おそらく組織だと思うがその組織に対抗するために俺を勧誘したと見ている。
半グレに襲われてそれを撃退した以上、彼等の敵に回ったのは間違いない。復讐や報復が来るかもしれない。撃退した神原もだがその恋人である祥菜も危険な状態だ。
だから警備しやすいように個室に入院している。
(けど警察は信用出来ない。豊橋刑事にも信用するなと暗に言われたしな。あの人はおそらくこちら側であると信じたいが。誰が味方で誰が敵かも分かりゃしない。そういえばあのメンチ切ってた若い刑事はあの場にいなかったな。別行動でもしてたんかなー)
個室の入り口には警察官が2名見張りをしていた。
麦島に連絡を取ったのは病室を伊武1人にしないためだ。自分がトイレに行っている間に何か危害を加えられないとも限らない。心労なので後数時間で目を覚ますと思われるが気を抜けない。そして、祥菜の家族にも連絡を入れた。幸い電話番号は連絡網に載っているし祥菜自身からも何かあった時のためにと互いの家電を登録している。おかげで簡単に連絡が取れた。繋がったのは祥菜の母親で搬送されたことを伝えると父親を病院に向かわせると言っていた。
祥菜のご両親にはまだ会ったことがない。家の前までは行ったことがあるがその時は会わずじまいだったからだ。
祥菜をこんな目に遭わせたのは実質自分だ。父親に追及されても何も言えないな。
この待つ時間が長い。麦島も豊橋も祥菜のお父さんもまだ来ない。ガラスに人影があるから警護はいるようだ。実は護衛は既に倒されていて扉の向こうにいるのはドクターかドクターの敵組織なのかもしれない。
(ダメだ。疑心暗鬼になる。こんな小さいことで悩んでたら精神が保たない)
麦島から着いたと連絡が来た。病室を伝えてある。もうじき来るだろう。だがあの護衛が素直に通すだろうか?麦島が来ることは伝えていない。門前払いをくらいそうだ。何なら若いってだけで駄愚螺棄の構成員と思われそうなもんだが平気だろうか。
三者による病室競争。最初に辿り着いたのは、まさかの2名だった。
病室に向かって誰かが走ってくる。ドタドタとした走り方と、俊敏な素早い走り。片方は分かったがもう片方は誰か。
病室の前で何か護衛と話をしている。ヒーヒー言っているのは麦島だろう。警護と話が出来るってことはおそらく豊橋刑事と推理した。
ドアが開けられる。チラッと警察官が敬礼をしているのが見えた。ドクター側の人間ではなかったようだ。
「はあ、なっちゃん〜。ふぅ、ごめん遅くなって〜、はぁ、はぁ」
「……なるほどな」
麦島は肩で息をしながら謝罪をする。豊橋の方は何か思案している様子だ。
「休みだってのに悪かった。それと、お疲れ様です豊橋さん。警護や個室の件ありがとうございます」
「配慮などではない。駄愚螺棄の襲撃に備えてだ。奴等のことは何も分かっていないんだ。アジトも規模もトップの名前もな。既に病院にいるかもしれない。被害者を守るのは当然のことだ」
「そ、それで〜。なっちゃん、一体何があったの〜?」
「あぁ、その前に…」
神原は豊橋に目を向ける。
豊橋もその目配せの意味を理解した。
「…麦島君も関係者ということで良いのかな?」
これから話す内容に麦島が関わっているのかという問い。商店街の事件と今回の事件の両方に神原が関わっている。それは神原だけの問題なのか。それとも麦島も関わりがあるのか?それを聞いているのだ。
「あります。俺が巻き込んでしまったせいですが、麦島も自らの意思でここにいます」
麦島は神原がこれから超能力の話をするんだと理解した。神原が豊橋を信頼するに値するということ。先日嫌がっていた警察に関わらなければならないほどの事態が起こっているのだと悟った。
「…分かった。まず、君が倒した3人だが、意識を取り戻した。今回の犯行を認めたよ。だが………」
「君が言っていた虹色ネイルの女については知らないと供述したよ」
「っ!そんな馬鹿な。あの場で俺と駄愚螺棄両方に関われるのはあの女しかいないはずだ!」
「君は嘘をついていない。それは分かる。だが奇妙なんだ。伊武祥菜の誘拐を200万円で請け負ったのは認めているが依頼主を覚えていないんだ。黙秘ではなく本当に知らない風なんだ。俺はあれが嘘だとは思えない。男か女かも覚えてなかったんだ。これはあまりに不自然だ。すっぱり記憶が抜け落ちているらしい」
記憶がない。そんなことありえない。現に会話したし依頼主の存在は仄めかしていた。その大金で口止めされていたとしても捕まっているなら守る必要もないはずだ。
「それだけじゃない。女島……俺と一緒にいた若い奴だが、何者かにスタンガンで気絶させられていた」
神原と麦島はギョッとする。
スタンガン。それは超能力者を生み出す道具。それを女島に使ったということか…
「…その反応を見ると、麦島君の頭の火傷は同じスタンガンのよるもののようだな」
「……その刑事も頭に?」
「いや、脇腹だった。そして、女島も何も覚えていなかった。周囲の歩行者の証言ではバンに乗り込もうとしていた青年に質問をしていたところ背後から女性に…ということらしい。その女が虹色ネイルの女だろう」
(頭じゃない?確かドクターは頭に電気を流すと言っていた。ならそのスタンガンは普通のスタンガンってことか)
やはりドクターとは違う組織の人間が関わっていたということか。何も覚えていないのはその女の能力か。記憶操作?だが何故俺は覚えているんだ?
「何も覚えていなかったというのは、駄愚螺棄と同様にその女のことだけを忘れていたんですか?」
「いや、全部だ。怪しい車を見つけたところまでは覚えているがそれ以降の記憶が全くないらしい」
俺と駄愚螺棄と歩行者と刑事で記憶の喪失具合が違っている。何かを満たすことで消せる記憶の量が変化するのか?
「車の青年というのはおそらく駄愚螺棄の染節という男です。電話の後から姿が見えていないのでおそらく女へ接触して行動を共にしたかと」
「そうか、1人逃してしまったのはしょうがないがそれ以上のリターンはあった。神原君のおかげで駄愚螺棄メンバーの携帯を入手することが出来た。感謝する。グループチャットは退会されているがそれまでの会話のやり取りは記録されている。これで駄愚螺棄を組織ごと潰すことが出来る」
「いえいえ、祥菜への配慮に比べたら些細なことです」
「だが駄愚螺棄は君に報復をするだろう。彼女さんもだが君にも駄愚螺棄から何かしらの攻撃が来るはずだ。用心していてくれ」
「覚悟の上です。祥菜は俺が守り抜きます」
「……俺を呼んだのはそういうことね〜。いいよ〜、俺も伊武さんとなっちゃんを守るよ〜。暇だからねぇ〜」
「いや、お前はあっちの捜索の方を続けてくれ。駄愚螺棄の染節が奴等と合流したなら手を組んでるかもしれない」
「でもそうなるとなっちゃんと伊武さんはどうするの〜?警察だってどこまで信用して良いか〜」
「それをこれから豊橋さんがプレゼンしてくれるんだろ?おそらく商店街の件で色々動いてたはずだ」
この少年はどこまで見据えているんだ。豊橋は恐怖する。麦島君も順応しているがもっと子供らしく動揺して良いはずだろうに。警察を信じないという判断が物語っている。あらゆるケースを想定して考え行動しているんだ。はっきり言って異常だ。
「…ここからはオフレコだ。大丈夫。まず、警護しているのは警察官じゃない。私個人の知り合い筋の人間だ」
「………」
神原は何も言わない。次の言葉を待っている。
「はっきり言おう。警察を信用するな」
「…それを、警察官のあなたが言いますか?」
「私と女島のことは信じて欲しい。信じられないかもしれないが。代わりに捜査状況を君達に話す」
そして豊橋は一連の捜査のこと、上層部からの圧力を受けたことを2人に話した。
「やっぱりか〜」
「護衛が警察官じゃないのもそういうことか。警察も敵ってなると面倒だな」
「正直今ここで君と接触しているのもかなり危ない状態だ。私のクビが飛びかねん。だがここではいそうですかと縮こまるわけには行かない。教えてくれ。君達を襲ったのは誰なんだ?何故神原君ばかりが狙われるんだ?」
神原は麦島の方を見る。麦島は少し悩んでいたがやがて首を縦に振った。
「…豊橋さん。今から話すことはとても信じられないことかもしれません。ファンタジー、現実性は全くないです。それでも私達を信じて話を聞いていただけますか?」
「…無論だ。君達の口以外からの情報は信憑性がない。これでクビを切られても文句はない。目の前の犯罪から目を背けることは私の刑事としての矜持が許さない!」
「分かりました。それではお話しします」
そして神原も語り出した。超能力のこと。商店街で何があったのか。ドクターと鬼束兄弟のこと。虹色ネイルの女達のこと。知っている限りを話した。
「……確かにファンタジーだ。漫画の世界に迷い込んだみたいだ。だが、超能力なしには今回の一件は片付けられないな」
頭を抱えながらだが神原の話を信じるようだ。
「虹色ネイルの女が記憶消去の能力を持っているのだとしたら、最近ニュースにもなっている子供の失踪事件とも関わりがあるかもしれません」
「そうか、その女が容疑者かもしれないのか。記憶を消せるのなら君の力を推し量るために近付けるわけか。だが君はその女のことを覚えている。君の能力はそういう力なのか?」
「いえ、そんな万能なものではないです。何か回避出来た理由があるんでしょうね」
豊橋はまだ整理が追いついていなかった。とんでもファンタジーだが話の筋としては通っている。ドクターという男と虹色ネイルの女。この2つの争いに彼らが巻き込まれたということ。構図は出来上がった。連続失踪事件にも関わりがあるのなら追わない手はない。商店街の事件は捜査打ち切りだが失踪事件からその連中を叩く事が出来れば神原達も平穏な生活が送れるはずだ。
「誘拐の瞬間が防犯カメラに全く映っていないのもその力のせいということか」
記憶を消す能力者が存在するのなら可能かもしれないが、電子データに細工を施せるものなのか?
「多分それは他の能力者だと思います。鬼束の話だと生物、非生物の境界があるみたいな話だったので。いくらなんでも万能過ぎるからもう1人いるのかもしれません。勿論全部虹色ネイルの女の能力で出来る事なのかもしれませんが」
「機械操作みたいな別の能力の線が強いかもね〜。鬼束も人は操作出来なかったらしいし〜。でもその女の人も誤算だろうね〜。まさかなっちゃんに記憶消去が通じないなんてね〜」
「俺の記憶も消されてたら何も分からずじまいだったからな。鬼束市丸の色鬼の攻撃は当たったわけだから何かフィルターみたいなのがあるのかもな」
「けど実際どうする〜?伊武さんになっちゃんがぴったり付いてると、俺1人では限界があるよ……あーーー〜。そうだそうだ〜思い出した〜」
麦島は川沿いを歩きながら思いついた事を神原に説明する。
「支援施設?孤児院みたいなのか。まぁホームレスよりはありか。だがそうなると都内だけじゃなくもっと捜索範囲を拡大しないといけなくなるぞ」
「でも〜、ほら〜」
そう言って麦島は豊橋の方を見た。
「…あぁ、警察の権限で捜査出来ないかってことか。いいだろう。失踪事件の捜査と言って色々と手を伸ばせるはずだ。その鬼束兄弟達のことなら私に任せると良い。君達は当面伊武祥菜のことを考えていなさい」
「分かりました。このことはくれぐれも内密にお願いします。女島刑事には齟齬がないように我々の口で言いたいので無闇に豊橋さんから伝えることはないようにお願いします」
「分かった。君達も気をつけ給え」
今後の方針について3人は話し合っていた。
しかし、何やら病室の外が騒がしくなって来た。
「奴等か?」
「いや〜、にしては行動が早過ぎるよ〜。伊武さんのお父さんじゃないの〜?」
私設警備員が何か話している。父親は通していいはずだが何か問題があるのだろうか。
ガラガラ
そして扉が開かれた。
入って来たのはスーツ姿の清潔感溢れるおじさんだった。如何にもクリーンですよ感がありありと伝わって来た。
「神原という男は誰だ?」
娘のことよりもそっちか、と神原は思ったが素直に名乗り出ることにした。
「僕が神原奈津緒ですが…」
祥菜の隣にいたのを身を出して対面する。
「君がか……」
するとスーツの男が突然神原に殴りかかってきた。
麦島と豊橋は突然のことで反応が数瞬遅れてしまった。麦島のお父さん発言で警戒心が緩んでしまったのだ。
麦島が距離的に神原に近かったがずっと歩き走っていたことや瞬発力のなさで間に合わなかった。
しかし、神原奈津緒は突然襲い掛かる男にビクッと反応はしたがすぐに心を冷静にした。
振りかかる右腕を簡単に躱し、スーツの男と距離を詰める。人1人入る余地はない程に。
反射的に男は仰反る。前に走り出していた勢いが0になって重心は後ろに下がる。その刹那で神原は男の足を踏む。重心が後ろに下がり体が傾き始める。足を半歩下げて体勢を立て直したいが神原に足を踏まれて足を動かせずスローモーションの動きのように緩やかに男は仰向けに倒れた。
頭に当たっていれば脳震盪一直線だが咄嗟に頭部を両手で守っていた。
「…あんた。何もんだ。祥菜のお父さんじゃないのか?」
「君にお義父さんと言われる筋合いはない。君といる時に娘は襲われたのだからそれは君のせいだ。だから一発殴らせろ」
「んなメチャクチャな…」
あまりの暴論に呆れてしまう。
「もしかして…、いや、伊武というのはまさか…。伊武議員ですか?」
豊橋は驚いた表情で尋ねる。
議員?と思ったが生憎政治には疎いので目の前の男が議員であるかも分からなかった。
「あなたは…、豊橋刑事か。何故あなたがここに?さっきの警備員といい、まさか祥菜を人質に私に脅しをかけようとしている連中の犯行なのですか?」
「…可能性はないとは言い切れないでしょう。娘さんを襲ったのは駄愚螺棄という半グレ組織です。名前は聞いたことあるのではないですか?」
「ッ!!!…………そうですか」
(知ってる…にしては驚き過ぎだな。狙われる理由という名の爆弾を持っているみたいだ。議員なんてのはそんなもんか…)
「あの〜、この人は〜?」
麦島も誰か分からないようで豊橋に尋ねる。
「2人とも同じ学校なのに知らないのか。この方は伊武三成。神奈川県議会議員でいずれは国会議員になると言われているほどの人だ」
(議員か。そういえば祥菜の家は立派な一軒家だったな。議員の家ならなるほど納得だ)
「伊武三成だ。高校生には早いだろうが政治への関心を深めることも大事だぞ」
「暴力を振るう議員なんて知らない方が良かったですよ」
なっちゃん!と麦島が諫める。
「すみません伊武先生。こちらは娘さんの学友の麦島迅疾君。そして彼が娘さんの恋人である神原奈津緒君です。子供故大目に見て貰えばと…」
「いや、今回は私が悪い。いきなり殴るのは良くなかった。だが君への恨み節はある。娘を守ってくれたことへの感謝はするがだからと言って付き合いを認めるわけにはいかない。娘には身分相応の男を用意するつもりだ」
「神原奈津緒です。娘さんとお付き合いさせていただいております。娘さんを危険に晒してしまったことはお詫び致します。責任を取ってこれからも娘さんのそばに付き添わさせていただきます」
「………」
(なっちゃん、強気だな〜)
(おいおいおい、冷静かと思ったが思ったよりも感情的な性格なのか?)
病室がピリッとする。この静寂が逆に怖い。
ガラガラ
「先生。お時間が」
扉の方からこれまた身なりの良い男が2人入って来た。
「娘の見舞いもオチオチさせてくれないのか」
「後援会の方々が事務所に来ているようで、何でも娘さんがいたショッピングモールに居合わせたみたいでして」
面倒だな、と三成は舌打ちしたくなったがこれ以上議員としての格を落とすわけにはいかないしなにより親として議員としての説明責任がある。
「分かった。すぐ向かう。車をまわしといてくれ。それと隠岐、君はここに残って豊橋刑事から詳細を聞いておいてくれ。事務所に着くまでに報告書としてまとめ上げておけ」
「「御意」」
1人は病室を出ていき、もう1人は豊橋刑事に事のあらましを聞く。
「神原君」
部屋を出る前に立ち止まる三成。
「私は私と娘だけを守る。君のために割く時間も人員もない。自分の身は自分で守れ。傘に入っても安心するな。もし駄愚螺棄から何かあっても君を保護の対象には入れない」
「…祥菜の心配だけでいいですよ。自分より弱い奴に守られても邪魔なだけです。娘さんにボディーガードを付けるなら、傭兵ぐらいの実力者を用意することをお勧めします」
「…肝に銘じておこう。君とそこの彼以外の面会は断るように病院に伝えておく。どうやら警察にも何か裏がありそうだからな」
そう言って三成は病室を出て行った。
(病室前の一悶着だけで護衛が普通の警察官ではないと見破ったのか。議員は見極める目が肥えてるのだろうか)
「なっちゃん〜、傘ってどういう意味〜?」
「祥菜のそばにいれば祥菜のボディガードに守ってもらえると思うなってことだろ。んで病室に入っても良いってことは俺の心配してるんだろ、口には出さないだろうがな」
「…あ〜、なっちゃん1人だと襲われるからせめて伊武さんと一緒にいろってことね〜。でも自己責任と〜」
「これで俺を見捨てたなんて知られたら議員としてのイメージが悪いからな。仕方なくって感じだな。認めてないってのがビンビン伝わって来たよ」
おそらく後援会の人に娘を見られた=俺も見られていると思ったのだろう。俺の方へのアフターケアをしなければ非人道と揶揄されるかもしれないしな。
「にしても祥菜がまさか議員の家系とは思わんかったな。一言もそんなこと言われなかったよ」
母子家庭の俺を気遣って家族の話はしないようにしていたのかもしれないがにしても初耳だ。
「議員さんの家は大変なんじゃないの〜?」
「かもな。スキャンダルなんか御法度だろうし」
それに何か裏がありそうだしな。まぁ議員が敵に回ることはないだろう。裏で手を組んでいたとしても娘に優るものはないはずだから。
この場には俺、麦島、祥菜、豊橋刑事、そして伊武議員の秘書?の隠岐の5名がいる。隠岐には超能力のことを知られていないので麦島と豊橋刑事と混み入った話はやりづらくなっている。
豊橋刑事達が話し込んでいる内に麦島を伴って病室を出る。
「豊橋刑事は伊武さんを守れって言ってたけどどうするの〜?」
「ご厚意には甘えるべきなんだろうが、鬼束探しをしないってのも足踏みしてるみたいで嫌なんだよな」
「民間警備、議員の警護が付いてるからね。あまり多過ぎるとここにいますよって教えてるようなもんだし〜。けど病院を離れるのはな〜。なっちゃんが納得できないでしょ〜」
「駄愚螺棄、ドクター、虹色ネイルの連中、警察上層部。こりゃ大盤振る舞いだな。俺個人のために随分と力を注いでくれる。納得は出来ないが。
祥菜にやり返したいと考えてるのは駄愚螺棄だけだ。他は俺を誘き寄せる餌として祥菜を利用するつもりだろう。ならば勢力を2分させた方がいい」
伊武議員は病室に来てもいいと言ったが、それでは祥菜を騒乱の中心地に招いてしまうことになる。
「お前が狙われることはない。だからお前は祥菜の病室に出入りしろ。俺は警戒されているんだ。まだ祥菜のことが知られてないことを祈って俺は病院には近付かない」
そばに着いてやれないのはもどかしいが仕方ない。
「…分かった〜。伊武さんのことなら任せて〜」
「任せた。あの隠岐って秘書と警護の人間にも注意しろよ。味方と思ってたら敵でしたってのが1番厄介だからな」
「OK〜。なっちゃんはどうするの〜?」
「そうだな、鬼束探すにも手掛かりがなさすぎるし。病院には近付けないし。お前がやってた川歩きでもやってみるかな。能力で無理矢理動いたから……って。そういえばまだ自己暗示解除してなかったな」
「えっ?それ大丈夫なの〜?」
「鬼束の時は気絶して自然と解けたから体調不良もなかったが、どうだろうな。もう3時間は経ってる。今解除したら気を失うかもな」
冗談ぽく言っているが実際そうなってしまったらたまったもんじゃない。
「自己暗示の性能チェックだ。長時間使えば変化に体が順応していて解除時に負担が軽減する…かもしれない。俺はこの力を極力使わないようにしてたからな。もっと使いこなせるようにならんと。ラッキーパンチでの勝ちが多過ぎる。そんな賭けみたいな戦い方じゃ大事な局面で勝利を掴めなくなる」
鬼束戦では麦島、駄愚螺棄とはネイルの女。神原は誰かのサポートなしに独力での勝利を掴んでいない。
「無理はダメだからね〜」
「分かってる。お前も気を付けろよ。能力者って言ってもお前は能力が不明なんだから」
「分かってるって〜。病室は狭いから大きい規模の能力は使いづらいだろうし。近接向きの能力ならフィジカルで往なせるだけ往なせば援護が期待出来るからね」
そこまでの判断が出来ているならいいかと納得する。麦島の能力が分かっていないのは相手としても未知数でアドバンテージがあるかもしれないがこちらとしては純粋な戦力不十分だ。
(こればっかりは実戦でしか能力は分からんか。俺じゃ麦島と勝負にならないからなぁ)
いくら体を鍛えていてもタフネスさで麦島に勝てない。そういう意味では俺も実践経験を積む必要があるな。ボクシング大会に誘われたのは運がいいな。
♢♢♢
「………」
伊武三成はメールで送られた報告書に目を通している。
後援会事務所に向かうまでの短い時間であっても仕事は出来る。このメールが来るまでにも 2件ほど電話での打ち合わせを済ませていた。
「先生、大丈夫ですか?」
隠岐と一緒にいたもう1人の秘書兼運転手の佐渡が三成を労るように訊ねる。
「…不本意ではあるが、祥菜を守れるのは彼等ぐらいだ」
手合わせというにはあまりに短い出来事。三成は空手の心得がある。あの瞬間は本気で神原を殴るつもりでいたし躱されたとしてもカウンター、追撃両方に合わせられるように次に備えていた。だが神原は強引に間合いに入ることで選択肢を奪い、反射的に三成を後ろに下げたのだ。
(安直に足を狙っていた。転ばせることに焦点を当てたやり方。通常時ならば躱せただろうが後ろに翻させたことで足を半歩下げる必要が出来た。そこに合わせて踏んで転ばせると…。ふっ、不意打ちでダメだったんなら真剣勝負でも勝てないな。娘は見どころがあるみたいだ。交際相手として認めるわけにはいかないがボディガードとしてなら優秀だな。そばに控えていたポッチャリの彼、麦島君だったか。咄嗟に神原君を守ろうとしていた、大した忠誠心だ)
三成は神原達のことを聞かれたと思っていたが佐渡の意図は違っていた。
「いえ、彼らではなく、駄愚螺棄の方です」
その名前を聞くと体がブルリと震え上がる。タブー、触れられたくないし自身も名前に出したくない連中。
「問題ない。隠岐の報告によれば犯人は一幹部だったらしい。情報は渡らないだろうしわざわざ弱点を増やすようなことはしないだろう。問題は祥菜の誘拐を指示した女だ。駄愚螺棄とは無関係らしいがその女は要注意だ。ショッピングモールの防犯カメラ映像を手に入れろ。警察より早く見つけ出せ!」
「?駄愚螺棄はともかく女については警察に任せた方がよろしいのでは?」
「いや、あの敏腕と名高い豊橋刑事が祥菜の存在を同じ警察に隠しているくらいだ。裏がある。あの場で私の娘だと知ったということは一般人の祥菜に対してのあの待遇だ。駄愚螺棄を警戒しているだけなら神原君達を病室に入れたりはしない。警察に頼らず高校生に助力するなんてことがありえると思うか?」
「…つまり警察よりも神原君達の方が信用出来る。ということは警察は信用出来ないと。しかし県警からなら情報を引っ張ってこられるのではないですか?」
議員ともなれば警察との繋がりは深いはず。
「いや、私は妻からの電話で始めて事を知ったんだ。しかも妻も神原君から電話で知らされたらしい。警察よりも先に連絡が来るということは警察も伊武三成の娘が被害者だと把握していなかったということだ。伊武の名を聞いて上層部が私との繋がりを想定しないはずがない。ということは豊橋刑事は祥菜のことを伝えていないということになる」
「…祥菜嬢と警察を近付けると危険ということですか?」
「おそらくはな。そういう意味では神原君を使う判断は間違ってはないのかもな。だが今回の事件だけでここまでの関係を築けるとは思えない。神原君についても調査をしておけと隠岐に伝えておけ。抜かりなくとな」
「御意、仰せのままに」
(神原奈津緒。お前は一体何者なんだ?)
三成はいっぱい食わされた男に興味を抱いた。親としてだが一個人としても彼には何かがあると睨んでいた。
神原奈津緒
能力名:自己暗示
能力詳細:自身に都合の悪い暗示を掛ける
麦島迅疾
能力不明
豊橋寛治
能力なし
伊武祥菜
能力なし
伊武三成
能力なし
未来のお義父さん?との対面ですね
いやぁ、まさか議員の娘だったとは
ここから神原は鬼束&虹色ネイル女探し、麦島は伊武の護衛に周ります
この麦島が護衛というのがミソなんですよぉ
さあさあ、これで3主人公の8月4日が終わりました
次はいよいよ、声優事務所です
神坂サイドの3人が集まると、何やら問題の香りがするような……




