第75話 市民の味方
豊橋寛治と女島泰造は館舟商店街で発生した謎の事件の捜査から外されて、関東を騒がせている未成年連続失踪事件の捜査にあたっていた。
2人は川崎一の繁華街である川崎市中心部で聞き込み調査を行っていた。
「豊橋さん、見ましたか今朝の新聞」
「テレビのニュースで見たよ。さらに5名の行方が分からなくなっているらしい。これでもう何十件目だ?裏の思惑があれどこっちにリソースを持ってかれるのも頷けるな」
「豊橋さんは誰の犯行だと思ってるんですか?」
ほう…と少しばかり感心する。女島からそのようなことを聞かれるなんて。
(あの破天荒が、それだけこの事件を解決したいと思っているのか。いや、…警察の汚い部分を知ってしまった以上少なくても私ぐらいにしかこういう話が出来ないのだろうな)
「テレビだとオカルトで騒いでいるが、組織的犯行だろう。それが国内の組織なのか海外のマフィアや政府の犯行かは分からない。未成年だけというのも気になる。子供でなければならない理由があるのだろうな。洗脳しやすいとか、か。警察も馬鹿じゃない。外国組織の犯行なら渡航手段は1番警戒しているはずだ。日本は海に囲まれた国。出国に徒歩や車は使えない。船と飛行機だ。子供を密輸出来るほどの甘い管理はしてないはずだ。となると少なくても被害者はまだ国内にいると思われるな」
「国内ですか。てことは犯人もっすよね」
「同じ時間帯に失踪してるから複数犯だしな。だがここまでカメラや人の目を誤魔化して連れ去るとは…余程の力を持った連中なんだろうな」
某国の拉致問題が霞むぐらいの騒動。しかも未だ被害者が増え続けている。所謂モンスターペアレントが子供を送迎してくれと学校に詰め寄っているらしい。学校からしたらお前がやれよ、何だろうが。マスコミは最初こそはオカルトだのだとか言っていたが今では犯罪を防げない政府、警察への攻撃に変わりつつある。民衆もそれに流されてネット上で攻撃している。簡単にメディアの望むままに流されている。馬鹿馬鹿しい。
「俺達はまた聞き込みっすか?」
「聞き込みと監視カメラに何か情報がないかだな。カメラを見つけ次第管理人に掛け合うしかない。これまた地道な作業だよ」
「最近はこう地を這うような地味で苦しい捜査が多いっすね。交通警ら隊とかちょっと憧れますよねぇ」
「白バイか?あれはあれで大変だぞ?神奈川は治安が悪いから犯罪件数も多い。川崎はまだいいが横浜の方はもっとだからな。ほら、早く次行くぞ」
「へーい」
尻尾一つ掴ませない謎の組織の犯行。犯行の瞬間もその痕跡も全くない空気を掴むような無謀。
だがそれで無理でしたなんて警察は言ってはならない。
悪を許してはならない。市民の平和を守るために、警察組織は存在するのだ。
♢♢♢
『緊急連絡緊急連絡。西宝川崎ショッピングモールにて腕に刺繍、耳にピアスをした男がナイフを持って暴れているとの通報。付近の捜査員は現場に急行されたし』
突然の無線連絡。ナイフを持った男。犯人の制圧もだが人質を出さないようにしなければならない。
「こちら豊橋。直ちに向かいます。詳細をお願いします」
女島、と呼ぶ。
ここからショッピングモールまでは300メートルもない。走れば2分ちょいで着くだろう。
『ショッピングモール2階中央エスカレーター付近で男が暴れている。同じ通報が数件来ている。襲われている女性からの通報あり。緊急性ありと判断。危険な状態ならば拳銃の発砲を許可する』
拳銃の発砲。普通であれば拳銃を使うことなど凶悪犯罪以外ではほとんどない。それなのに許可が降りるということはよっぽどのことということだ。
「了解」
プンと無線を切る。
「失踪事件ですかね?」
女島が走りながら訊ねる。
「ないとは言い切れないな。だが失踪事件に偏りすぎるなよ」
「はぁはぁ、了解っす。はぁ、豊橋さん。速いっすよ」
「むしろ何でお前の方が遅いんだ。まだまだ若いだろう」
「はあ、それヤングハラスメントですよ、先輩」
「何だそれは?」
「若いからってそうやって言うことですよ。うっ、セクハラパワハラの若い人バージョンみたいなやつ、はぁ。です」
「今はそんな造語も生まれてるのか」
そういえばテレビの特集でこういう行為もハラスメントだと言っていたな。お酒のアルコールハラスメント、パワハラ。臭いで迷惑をかけるスメルハラスメントなんてものもあるらしい。
(くだらないな。なにかれに付けてハラスメントハラスメントだなんて。悪質な物を取り締まる目的もあるだろうが小さいことでも声高になっていたら何もできなくなるだろうに)
「いや、今考えました」
「おい!」
「でも若いからって雑用押し付けたり何かを強要したら立派なハラスメントっすよ。派出所勤務の時にハラスメントで悩み相談されたことありますから」
「その方がヤングハラスメントの被害者だったのか」
「そんな感じっすね。豊橋さんも気をつけた方がいっすよ。先輩はそこまでじゃないっすけど飯に誘って断ったらキレる人とかいますからねぇ」
「はは、俺が若い頃はしょっちゅうだったよ。そういう人に限って割り勘だったな」
「豊橋さんはあんまりご飯に誘わないっすね」
「自分が受けた仕打ちを後輩で鬱憤ばらしするほど人間腐ってないんでな。まあこれからはお前と何かと飯を食うことになりそうだがな」
「え?それってどういう意味っすか?」
「話は後だ。着いたぞ。俺は先に行く。お前は他に仲間がいないか周囲を警戒しながら来い」
豊橋は女島をおいて先を走って行った。
「うわ、速いなあの人。心技体完璧かよ!そりゃ県警や警視庁からスカウトされるわけだな」
女島は感嘆しながらも言われた通りに周囲を警戒する。
(ナイフ持ちが複数犯なんてないだろうに。やっぱ失踪事件の絡みを気にしてるじゃないっすか。俺も気を抜けねぇな。不自然にここから去ろうとしてる人物。川崎を担当してた刑事は他にもいたはずだ。そいつらが応援に来るまではここで警戒しとこう)
♢♢♢
豊橋は猛スピードでエスカレーターを駆け上がっていた。
(急げ、急げ)
40近い老いた肉体に鞭を打つ。普段から鍛えているがそれでも年々衰えを感じている。
豊橋は2階に到着した。そしてすぐその惨事に気付いた。
男がベンチに寝そべっている。それだけではない。床にはその他に2名の男が倒れていた。そしてその先には男女が抱き合ってその場にへたり込むような姿勢で座っていた。
豊橋は拳銃を構える。安全装置を外しておく。
ナイフの男がどこに潜んでいるか分からない。男が女を襲おうとしている瞬間かもしれない。
「警察だ!!!動くな!!そこの君。顔をこちらに向けなさい」
女が、「警察だ…」と安心したような声を上げて、そして体を横に倒していった。
「祥菜?祥菜!」と抱き合っていた男が体を揺らす。
そして、男がこちらを振り向いた。
「お、お前は……」
「あんた———あの時の刑事さん」
そして、豊橋寛治と神原奈津緒は再び出会った。
「ん?」
女島はとある一台の車を見つけた。ショッピングモールの出口からすぐそばに幅寄せしているその車。誰かを乗せるつもりでここで停車しているのか。エンジンはかかっている。
女島が違和感を感じたのは窓が曇りガラスということ。そしてワンボックスカーだということ。誘拐でよくある大きめの車。偏るなと注意されていたがタクシーでも普通車でもないボックスカーが気になってしょうがない。
そして、その車に近づく男女のペアがいた。カップルか?いやそれにしては女に比べて男が若い。2人はカップルというより姉弟という関係に見える。
男は汗をかいていた。ショッピングモールの中から出てきたのにだ。冷房が効いていないわけがない。
(となると。走った。走る理由があった。…逃げるためか!?)
怪しい。状況証拠だけでも十分怪しい。
女島はペアが車に乗り込む前に声を掛けた。
「すいませーん。警察なんですけど。少しお話いいですか?」
女島は警察手帳を2人に見せる。
「け、警察……」
男の方は明らかに動揺している。咄嗟に後ろのポケットに手をやった。何か見られたくないものを反射的に触ったかのような。
「あら、警察の方がどうしたんですか?」
もう1人の女は落ち着いている。虹色のネイルが目立つ。サングラスをしているせいで顔がはっきりと見えない。
「先程ここの2階でナイフを持った男が暴れていると通報を受けまして。今モールから出てきたみたいだったので何かご存知ないかと」
「い、いえ何も見てません」
「残念ですけど、私達はエレベーターで1階に降りたので2階の様子が分からないんですよ」
「そうですか。そちらの男性は汗をかいてらっしゃいますがもしかして熱中症ではないですか?」
心配を装って男の方に近づく。男のズボンの後ろポケットを確認するためだ。
「え、いや」
男は明らかに近付かれることを嫌がっている。
女島は男に近づく。だが女にそれを阻まれてしまった。女は体を捩って2人の間に入り込む。
「弟には急いでもらったんです。これから予定があるもので。けど汗をかかせてしまったのは申し訳ないですね。車の中に飲み物がありますので熱中症対策はバッチリですよ」
「……そうですか。余計な気遣いでしたな」
「いえいえ、心配してくださってどうも。ほら、早く車に乗って」
女が男に車に乗るように急かす。
「あぁ、じゃあ最後に1ついいですか?」
「何でしょうか?」
「近頃未成年の失踪事件が発生してますので、お名前の確認をしてもよろしいですか?」
女がピタリと止まる。男の方ではなく女の方がだ。
(おっ、これは予想外。まさか、当たりを引いたのか!?)
「最近知ってますでしょ?失踪事件。どうも子供を狙った犯行みたいでここらで聞き込みをしていたんです。見たところ18.19歳ぐらいですよね彼。疑うようで申し訳ないんですが、身分が分かるものを見せていただけませんか?」
(んんー。どうも敬語ばかりだと気分が落ち着かない。暴対課なら般若みたいな顔でも警察出来るのに。まあ危ないのは嫌だから多少マシな刑事課を希望したが、ニコニコしなきゃならんのはキツいな)
女は最初こそ驚いたような素振りをしていたが今は普通の反応だ。逆に男の挙動がますます怪しくなってきた。天敵に見つからないように怯える小動物のように。小さくまとまって端に縮こまっていた。車内に乗った男に追い打ちをかける。
「顔を、見せてもらえませんかね?証明されればすぐに終わりますので」
男が縋るような眼差しを女に向ける。
女はその視線に気付いているようだが見て見ぬふりをして放置している。
「とても心外ですね。似てないからと言って兄弟かを疑うなんて」
「すみませんね。刑事は疑うのが仕事なんで。ならあなたのお名前から確認してもよろしいですか?」
「…えぇ、いいですよ。免許証出しますのでちょって待ってもらえませんか?」
女は提げていたバックのボタンを開いて中から財布を取り出した。
「えぇと、確かここらへんに………」
ガサゴソと財布の中を探している。
チンタラチンタラとカードポケット一つ一つを取り出して確認している。
「自称弟君。お姉さんが探している間に君も何か身分が分かるものを出しなさい」
待つのも面倒なので弟の方にも出すよう命じる。
「えぇ、いやぁ。忘れました」
「なにも持ってないのかい?後ろのポケットにはなにが入っているだい」
男はビクンと言い当てられた子供のような反応を示す。
「そのポッケにはなにが入っているんだ?見せなさい」
(もしかして、ヤクの売買をしてたのか?ならポケットの中身を見せようとしないことにも納得が行く。発汗もまさか禁断症状の一つである悪寒か?)
「君、もしかして薬ぶ、グワァッ!!!」
女島が突然大声を出したかと思えばそのまま地面に倒れてしまった。
「へ?何が?何で急に?」
男、染節は突然倒れた刑事に戸惑っていた。
「遅かったわね。那由多」
「ケーキ持ってる時に走れないですよ。しかも1番近いエスカレーターは神原達がいますから奥のエスカレーターを使わなきゃいけなかったですし。にしても不思議ですね。周りの客は平常運転でしたよ。ナイフを持った男が高校生とバトってるというのに…」
那由多と呼ばれた女性は白いパッケージを片手に現れた。
「あの、あなたは?」
「ののさん。私の事まだ言ってないんですか?」
「どうせ会うからいらないかなって。でもまあ助かったわ。まさかこの刑事。この数の歩行者の中から私達を最初にロックオンするなんてね。話した感じ馬鹿そうだったけど、見た目で判断するのは良くないわね」
ののと呼ばれた女は女島の頭に手を当てる。そして触れるとしばらく黙り込んでしまった。
「何を…」
「ののさんの超能力よ。自身に関わる痕跡を消せるの」
「超能力?さっきもこの人言ってたんですけど。超能力ってのは何ですか?」
「…あなたののさんから何も言われてないのに私達の仲間になろうとしてたの?こりゃののさんが興味を持つわけだ」
那由多と呼ばれた女は何故か納得した風だが染節は何も分かってない。
「ふぅ、これで私達に遭遇してからの記憶は失われたわ。えぇと、あなた名前は?」
「染節、裕太です」
「そう、染節君。あなたのことも彼は忘れてるから安心なさい。捕まることはないわ」
「それに今あなた記憶を消すって。そんなこと出来るわけがない」
「……なんか昔の自分を見てるみたいね。未知の現象を受け入れられない感じが特に」
「誰だってそうですよ。私は今でもフワフワした気分ですよ」
「でもいいじゃん。電気を生み出す能力なんて。私は痕跡を消すぐらいの安い能力よ」
「子供の拉致がスムーズに進んでるのはののさんの超能力のおかげじゃないですか?」
「那由多がカメラを操作してるおかげでもあるんだけどね」
「にしてもお嬢様も誘拐そっちのけで神原奈津緒の調査だなんて。どうしたんでしょう?」
「ドジっ子業君にまた逃げられたから穏やかじゃないのよ。業君も昔のまんまだったら超常の扉の奪取も簡単なのに。業君の超能力は分かったのかしら?」
「逃げてばっかりで何も。攻撃もトラップや銃が主なので攻撃には使えない能力なのではとは言われてますが」
「精神系能力ねぇ。どうも大人が超能力を身に付けようとすると精神的な能力によるのかしら。逆に子供は多種多様な能力を覚えられるのに」
「まあまあ、その話は帰ってからしましょう。私達今人を気絶させてるんですから。早く行きますよ」
「………そうね。この男のこと忘れてたわ。ほら染節君、奥に詰めて。那由多まで乗らないでしょ!」
「いや、1人前に乗ればいいんじゃ」
染節のそんな言葉はお構いなしに2人が定員の後部座席に3人で座り込む。染節はドアとののの体に挟まれる形になってプレスされながら女達の目的地までサンドイッチすることになったのだった。
♢♢♢
「神原君、久しいな。先週退院したと聞いたが…。これは君がやったのか?」
恐る恐る質問する。向こうの敵意がとんでもないからだ。それはそうだ。私が来た途端に気絶したんだから、私を憎むに決まってる。
「正当防衛だ。そこの刺青の男。こいつが俺と祥菜に襲い掛かったから返り討ちにした」
神原の指差す先には無線で言われていた特徴のまんまをした男が気を失っていた。ナイフはその男のすぐそばに落ちていた。
「君が?」
神原が頷く。
豊橋は神原の体を凝視する。
(そこまで鍛え上げてるようには見えないが…。恋人を守るので夢中だったってことか)
「こいつら…」
神原が続ける。
「駄愚螺棄って半グレ組織の一員みたいなんだが、何か知らないか?」
「駄愚螺棄だと?何で駄愚螺棄が君達を狙うんだ!?」
ここらの警察で駄愚螺棄を知らないやつはいない。
駄愚螺棄は川崎、横浜を中心に活動する半グレ組織だ。
「知らねぇよ。誰かに依頼されたんだとさ。そんで依頼主はおそらく女だ」
「女?何故分かるんだ」
「……」
神原は一連の騒動を振り返った。
稀中を倒した後、抱き合いながら神原は考えていた。駄愚螺棄に祥菜の誘拐を依頼した真犯人について。
(ドクターか。それ以外か。あの言いぶりだと鬼束達ほどドクターには近しくないんだろう。依頼主という言い方、ドクター以外の何者かが俺を狙っていると見ていいだろう。市丸が言っていた強い超能力者を探してるってのはその何者かとやりあうためか。そうだとして連中が俺を狙った理由は一体…)
考えられる選択肢は2つ。
俺とドクターがグルだと思って戦力を削ぎに来た。もう1つは、俺を見定めて自分らの仲間に引き入れるため…
(俺と祥菜が別れてから10分の間に稀中達は祥菜に声を掛けたわけだが、タイミング良すぎないか?俺が狙いなら一緒にいる時に声を掛ければ身動きが取れずに上手くいったものを。1-4なら自己暗示を使ってない俺に勝ち目はなかった。あいつらの主目的は祥菜の誘拐だった。そのための障害となる俺を排除してから悠々と祥菜を捕まえる魂胆だったんだろう。捕まることも厭わない半グレ連中ならチケット購入の待機列にいる時に襲えばよかったんじゃ無いか?人に挟まれて身動きが取れず、サイドは誘導線で逃げられなかった。2.2に人を振り分けても良かったはず。だがそれをしなかったということは俺の存在は知らされていなかったということになる。いや……)
混乱する。くたばってる奴らを問いただせば早い話だがこれ以上体を酷使すれば後々の活動に悪影響を及ぼす。警察はいずれやって来るからここで下手に動かない方がいい。
(だが、警察が味方とは限らない。逃げたら立場が悪くなって鬼束捜索はこれまた困難になる)
駄愚螺棄という半グレ組織も敵に回してしまったからこれは四面楚歌状態だ。
警察、ドクター、謎の組織、駄愚螺棄。
これに加えてcomcomや鬼束達も含めると勢力図は混沌を極める。
1番まともなのは警察か。あの豊橋と女島って刑事をどこまで信用していいのかにかかってる。麦島には信用しない方がいいと言ったが敵勢力が2つに増えてしまった以上は味方が必要だ。
整理しよう。
俺と祥菜は映画を見るために西宝ショッピングモールに来た。
そこで一旦離れた時に祥菜は駄愚螺棄にナンパ(という誘拐行為)されて逃げた。
俺は10分ぐらいしてから女性にその出来事を言われて祥菜を探し始めた。
結果、祥菜を見つけて駄愚螺棄の4人中3人を倒して1人はどこかへ消えた。
(あの女性が声を掛けなかったら俺は祥菜の身に何が起こったかも分からなかったんだよな———)
神原はそこまで考えて思考を一旦止めた。
(そうだよ。あの虹色ネイルの女性が俺に教えてくれたおかげで祥菜に何があったかを知れたし稀中に隙を作れたんだ。よく考えたらそっちの方がタイミング良すぎないか?祥菜のことを案じてたなら列に並んでる俺を呼び止めないのか?俺と祥菜が一緒にいたことを知っていたのに。俺が入口まで戻ってきてしばらく経ってちょうど良く来た理由は……)
「祥菜、おい祥菜」
「なに?どうしたの?」
まだ祥菜は怯えている。命の危機に晒されたんだ。平常心を保っている神原の方が異常だ。
「俺と別れてからまた合流するまでのことを教えてくれ」
俺の視点からだと分からない。祥菜が俺よりも奴等に接していた。言葉の端から何か手がかりが見つかるかも知れない。
「う、うん。まず奈津緒君がチケットを買いに行ってから————」
「俺の存在を知らなかった?」
「うん、彼氏いるって言っても信じてくれなかったよ。ねぇ、腕緩んでる。ギュッてしてぇ」
恋人のおねだりに応えながら聞かされて話を振り返る。
(そういえば、あいつ俺の顔を見てすぐ彼氏って気付いてなかったな。あいつらは何も聞かされてなかったってことか)
神原は一つの流れに思い至った。
(まず誰かが駄愚螺棄に祥菜の誘拐を依頼した。そして駄愚螺棄には俺の存在は伏せられていた。依頼をするならその障害になり得る俺のことは言うはず。それを言わなかったのは——俺が速攻で潰されるのを防ぐため。つまり、俺に戦闘行為を行わせることを目的としてる。さしづめデータ採集ってところか。市丸の時に麦島をセットにしたり祥菜を人質にしたり。どうも敵さんは俺の神経を逆撫でするのが大好きらしいなクソ)
神原は感情の抑制を得意としているが唯一抑えきれない感情は怒りである。ドクターに対する怨みかしらずか。この感情だけは心のブレーキが制御を効かない。
祥菜の身柄を拘束されたと知った途端に躊躇なく蹴りを入れてしまうぐらいには喧嘩っ早く血の気が多い。簡単な挑発に乗ってしまうぐらいの単純な性格だからなのか、怒りの感情には真っ直ぐなのだ。
だからこそここまでの補正を受けてもらわされているのが腹立たしくてならない。
(ドクターの敵って勢力の目的は俺の力を見ること。そのために駄愚螺棄を使って祥菜の身を危険に晒すことで俺の手の内を見ようとした。タイミングよくアナウンスが流れたってことは、敵はネイルの女を含めて最低2人以上いたってか。あっこまで都合よくアシストしたら怪しいっての。それすらも織り込み済みなのかもしかして。祥菜を攫うことが理由なら自分達でやればいいんだからリスクが高くなる人を介することをする必要はない。自分達の手は汚さないで利益を得ようとするクソ野郎、いやクソ女ってことか。ますます腹立つなあ)
抱きしめる力が少しだけ強張る。慌てて緩めたが祥菜はそれすら気付かない程に精神的疲労が大きいようだ。
(見るからに怪しいやつなら警戒出来るが、女ってだけで無関係じゃないか?って疑問から入っちまう。そういう隙で最悪の事態すらありえるんだ。これじゃあデートすらもホイホイと出来ねーな。互いの安否確認がいつでも取れるようにせんと心配で堪らんわこれじゃあ)
そして、エスカレーターから何者かが物凄い音を立てて登ってきたのだった。
♢♢♢
「つまりその虹色のマニキュアを付けた女に頼まれてこいつらが君達を襲ったってわけだな」
「おそらくですけどね。このモールで俺と祥菜を知っているのはそいつらとその人しかいないはずですから自ずと」
「分かった。各隊に伝える。だが期待はするな。ネイルはすぐに落とせるものだからな」
豊橋が無線で応援を呼ぶ。その際に救急車を呼んでいた。おそらく祥菜の思ってのことだろう。このゴミ共は大きな怪我を負ってないからな。
「君にも事情聴取を受けてもらうよ。君が過剰防衛とみなされることはないだろうが一応ね。駄愚螺棄が絡んでるとなればこの事件はただの男女トラブルの域を超えるものとなる。なにより、君達が駄愚螺棄の連中に狙われるかもしれない」
「……お断りします」
「…何だと?」
「俺は警察には協力出来ない。祥菜を1人にはさせられない」
「ゔゔーーん」
(まぁそうなるか。信用されてないみたいだし。どうしたもんか。おそらくだがこの現場に神原がいたことと前回のは何らかの繋がりがあるんだろう。こんな平凡な高校生にこうもトラブルが起こるんだから余程のことだ。だが圧力を掛けられている以上迂闊なことは出来ない。私だけでも信用してもらうことは出来まいか……)
「救急車には俺も同乗します。なので警察署には行けません」
(警察がシロと決まってないんだ。まんまと人質を渡すなんて出来るか!だが、俺と麦島だけでは祥菜を守りきれない。麦島にも守りたいものがあるはずだ。それを俺の恋人に傾注させることは出来ない)
お互いがお互いを頼ることに決め手を欠いていた。信頼を得るためには手持ちのビッグカードを渡さなくてはならないからだ。
神原は超能力を。豊橋は警察の闇の側面を。
それは簡単に言えるものではない。これによって被害を受ける者がいるのだ。特に神原においてはカードを渡す相手は絶対に間違えられない。豊橋が黒幕ということもありえるからだ。この現場に最初に駆けつけたのが豊橋ということも、警戒の成分の一部になっている。
神原からは話せない。豊橋から切り出すしかないのだ。だが豊橋の話を鵜呑みにするほど神原も馬鹿ではない。結局のところ、膠着状態というわけだ。
豊橋もここで慌てて弁解をしても信頼を得るには気持ち一つ足りない。
(警察内部の機密事項を一般人に話すわけにはいかない。しかしなー)
もうすぐ他から応援が来る。ここでの説得はひとまず置いておくことにした。
「…神原君、君は彼女さんに付いていきなさい。私が何とかしよう。君と家族以外の面会が出来ないように取り計ろう。君が守ってあげるんだ」
(守る?警察の警護が付かないってことか?いや、警護すらも疑えと…。なるほど、どうやら俺の読みは当たってたみたいだな)
下から別の足跡が聞こえてくる。
(時間はない。いや、これは丁度いいか。ここで一度打ち切って日を改めた方が都合が良い。警備の問題も実際に祥菜を病院まで送らないと分からないしな。たぶんだが、豊橋さんも人に聞かれるとまずいことを言うつもりだったんだろう。守れってのは、『警察を信用してはいけない』ってこと。この人が敵だろうと味方だろうと、次会う時までに流れが変わってるはず)
「分かりました。ご配慮感謝します。豊橋刑事も、お気をつけて」
祥菜を乱れた髪を戻しながらスマホである人物に連絡をする。神原がこの場面で連絡を取る相手は1人しかいない。
(気を付けて、か。私の言いたいことは伝わったみたいだ。素晴らしい、頭の回転が早い。彼を敵に回したくはないな。彼を納得出来るだけのカードをこちらで揃えなくては。警護が心配だ。あの女の子もだが、神原君と麦島君のボディーガードも行わなくてはな。仕方ない。培った人脈でも使うことにするかな。警察はおそらく深入りせずに揉み消すつもりだろう。警察の領分から外れるなら一般人が護衛に携わっても問題はない。奴等の裏をかいてやる)
豊橋は無線で状況を説明しながら倒れている3人の身柄を拘束する。
丁度そのタイミングで応援が来て、駄愚螺棄の3人は逮捕、伊武と神原は救急車で病院まで搬送されたのだった。
神原奈津緒
能力名:自己暗示
能力詳細:自身に都合の悪い暗示を掛ける
伊武祥菜
能力なし
豊橋寛治
能力なし
女島泰造
能力なし
染節裕太
能力なし
羽原のの
能力名:不明
能力詳細:自身に関わる記憶を消せる。直接頭に触れれば自身が関わった時間帯の全ての記憶を消せる
九重那由多
能力名:不明
能力詳細:微力ながら電気を生み出せる。機械の操作が可能
謎の勢力、少しずつ構成員が明かされてますね
今のところ女性ばかりですが、男性も勿論います
謎の勢力は染節君視点で明かされていくことでしょう
次回も神原サイドです
この騒動にいない、あののんびり野郎にフォーカスを当てます




