第73話 電話の相手 神岐視点
神岐は平原と戸瀬との食事を終えて自宅へと帰って来ていた。
(まともに喋る異性は中田ゼミとあの2人ぐらいか)
comcomとしての立場がある。下手に交友関係を広げて神岐=comcomだと知られてはならない。
メディアの目があるところでは必ず顔を隠してきた。
神岐がcomcomだと知っているのは親友の竹満宗麻のみだ。これは絶対に崩してはならない。
女を欲する時もある。恋愛には興味ないが神岐とて男であり雄なのだ。未だ女性との経験はないが、飢えてしまう欲してしまう。
それは決して恥ずかしいことではないと思っている。ただ、ユーツーバーであり超能力者である自分にはそれを受け止めてくれる人はいない、そういう諦めもあった。
(女の影がないのは女性視聴者的には嬉しいだろうけども。視聴者のために俺が生活に縛りを設けるのも違うよなあ)
神岐は自身の女性経験のなさを改めて自覚した。
(…違う違う。俺が童貞なのは関係ない。今は電話のことを考えよう)
神岐は1日かけてようやく鬼束達に繋がる情報を手に入れた。
03から始まる電話番号だ。
これから分かることは、携帯の番号ではないということは、拠点があるということ。
(今日はもう遅いな。盗聴とか位置情報捕捉に詳しい奴も思い出せないし。やるとしても明日かなー。隠れ鬼で見られてる割にはこうして番号をゲットすることが出来たな。今は能力を使ってないのか?それとも使えないのか…)
隠れ鬼はとある事情で使っていない。いや、使えないというべきか。ある男がギリギリのところで能力を使ったおかげで監視能力を使えなくすることに成功した。
鬼束達と遭遇してから今まで何事もないのは鬼束零が機能しなくなったことが大きい。
萩原時雨を精神的に追い込んだのは偶然だ。しかしこれもまた鬼束達を瞬間移動の女の子に釘付けにしたことで行動を制限したことに変わりはない。
鬼束達は自分達の電話番号を知られてしまったことにまだ気付いていない。住居はドクターの指示で撤収していた。
この電話番号がどこに繋がるかは分からない。鬼束達か、ドクターか。それとも全く別のところか。
8月5日、日曜日
神岐は秋葉原駅に来ていた。
電気のことならここしかないと思って秋葉原にやって来た。少し歩けばテレビ夕日があるがそれは来週の土曜日に行くので今行く必要はない。
親衛隊に聞けばいいのだが既に神原、鬼束探しで動いてもらっている中で仕事を増やすのは申し訳ないと思ってだ。
(さて、とりあえず来たはいいが。誰が詳しいのか。大手の店はないだろうな。アンダーなお店を。個人経営のお店が狙い目か。行った店がハズレでもそこから詳しい人を知らないかと聞いていけばいずれこの街一番に会うことも出来るだろう。日曜日も営業してくれればいいが)
レディオ会館の屋上で瓶のコケコーラを飲みながら計画を立てていく。
(ここビックリ動画のスペースがあるが中の様子が分かんねーよなぁ。営業してんのかねぇ)
瓶のコーラ自販機のすぐ近くに中国の動画投稿サイトのビックリ動画のテナントがある。
何度かレディオ会館に来ているが未だどんな場所なのか分からない。
一度ビックリ動画を見てみたが、かつてのニッコリ動画を思い出させる盛り上がりだった。流石は13億人市場というべきか。今のニッコリは正直目も当てられない。去年の大型アップデート発表会はユーザーの要望をガン無視した改変で放送が大荒れしてしまったくらいだ。
かつてはユーツーブ以上だったのに今はグラグラの地盤の上に成り立っている現状だ。
最近ではVtuberに力を入れているみたいだがニッコリでVtuberを推してるあたりでもうなんというか…。四天王だとかくじじゅうじ、ピョロライブとか新規勢力がどんどんユーツーブ界隈に流れ込んできたな。
まあ、俺には勝てないだろうけどね。
小さいマウント。新興勢力に警戒を怠らないのも上級の者としての在るべき姿だと神岐は考えている。競合の激しいユーツーバーは流行やトレンドに敏感である。すぐさま動画に流用出来るほどのフットワークの軽さがなければ戦っていけない。
流行りに塗れた物も飽きられる。プライドや自身の力に過信して作ると視聴者との乖離が生まれる。
上に立つ者とは、先を見る力と程よいプライドを持つ者を指す。
手当たり次第に声を掛けまくって聞いた結果、この店、俺の眼前にあるこの階段。ここを下った先に俺の求めている人間が働いている店がある。
広島電機と斜め下の矢印が書かれているプレートが壁にあった。雨晒しで色が褪せていてとても中に入ろうとは思わない。しかし聞き込みをしている中で盗聴機器やICレコーダーなどに詳しいオタクほどこの店を激推ししていた。
(ただ、店長は変な人だから気を付けたほうがいいって言ってたけど。それは良い方なのか悪い方なのか)
良い方であることを願って、神岐は薄暗い階段を降りていった。
ドアノブ式の扉を開けて中に入る。
中は普通の家電量販店と変わりない。無駄に白くて眩しい電気、値札が二重三重に重ね貼りされていてどんどん値下げをしているのが分かる。
(でっかいカメラ、本格的なやつだな。あっ、こっちにはドローンもある。撮影や記録するメディアに特化してる店なのか?エアコン洗濯機みたいな白物家電は見当たらないな)
USBやSDカード、ユーツーバーなら持ってるであろうHDDやSSDも会社や容量に応じて細かく陳列されている。
(へぇ、ここを薦められる理由も頷けるな。初見では見つけられないからその道のオタクや通だけが知るマニアックな店だ)
ユーツーバーとしてその手の機材をいくつも購入してきた神岐にはこの品揃えはかなり興奮するものがあった。
(店員は———いないのか?裏で品出しでもしてるパターンか?)
人の気配がない。個人で切り盛りしてる店なら来店に気付かずに作業してることもあるあるだ。
「すいませーん」
レジがある方へ向かいながら尋ねる。
向かう途中に『秘密結社』と書かれたプレートが天井から糸で吊るされていた。
「秘密結社?」
秘密結社と言われるブースには双眼鏡や小型カメラ、スタンガンなどの用途を誤れば犯罪行為にも使われる商品が置かれていた。そこには神岐が探していた盗聴に関する物も置いてあった。
(これは、このセンサーがある場所と周囲の音をこのトランシーバーで傍受するものか。通信範囲は30メートルほどだから一軒家の1階2階とか公園でスパイごっことかでも使えそうだ。こんなのじゃなくてもっと範囲が大きいものはないのか)
色んな商品を物色するがお眼鏡にかなう物は置いてなかった。
「いらっしゃあい」
一つ一つパッケージの裏のスペックが記載されているところまで細かく読み込んでいた神岐は背後から近づいて来る人物にすぐに気付けなかった。声を掛けられて初めて気付いた。
「あぁ、すみません。お店の方で……」
後ろを振り返ると同時に声が出なくなった。超能力でも息が切れたわけでもない。純粋に驚きで言葉が出なくなっていた。
振り返った先にいた人物は、肌が見えるところだけで見ても、筋肉隆々で彫りの深いマッチョマンが、セーラー服を着て立っていた。
「………」
情報処理が追いつかない。声掛けられた時点で身震いしてしまう野太くも甘ったるい声で気付くべきだったか。
「いらっしゃあい、良い男ね。こんな色男が来るなんて、今日はラッキーデイかしら。とりあえず熱い抱擁でもする?」
「…………いや、結構です」
「んもう!遠慮がちなボーイね。私は飢えてるの。あなたはイケメンだから食べ放題かもしれないけどね、ここに来るのはゲテモノ料理ばかりよ。不潔とかデブとか汗だく最悪じゃない?」
(いや、オネエも最悪だと思うんだが…。別にLGBTを毛嫌いしてるわけではないが……しかもなんでセーラー服?)
ようやく思考が出来るようになった。なるほど、これはたしかに疑いようのなく変な人だ。
というか変態だ。
ボディービルダーの体型をしたおっさんがセーラー服を着ているのだ。ゲイバーのコスプレサービスタイムでもなければこんな地獄は生まれていない。
「あの、お尋ねしたいことがあるんですが…」
「うん?何かしら。何か探してるの?お姉さんが手取り足取り隅々まで教えてあげるわよ」
「いや、あの。電話先の相手の位置情報を調べることって出来ますかね。そういう機械を探してるんですけど…」
「………何。ストーカーでもしようってわけ」
(しまった。あまりの驚きで認識誘導を使わずに聞いてしまった)
「いや、そうではなくでですね」(俺のことを疑わずに従え!)
「被害が出る前に私が飼って………調べる機械ね。あるわよ。ついてきて」
オネエ店長が関係者以外立ち入り禁止と書かれた暖簾を潜ってお店の裏に入る。
(今飼うって言ったよな。捕まえて警察に突き出さずにペットにされるところだったぞ!危ねぇ!体格差で勝てるわけないから能力使ってて良かったー)
下手したらあったかもしれない未来に怯えながらも店長の後を追って暖簾を潜って行った。
♢♢♢
「いい?あんまり通話時間が長過ぎると電話会社にバレるからね。通話可能時間は1分までよ。それで半径100メートルまでなら絞れるわ」
「ありがとう。じゃあさっき言ったことを頼んだぞ」
「まっかせなさーい!オネエからオタクから裏の人間まで私のコネクションは強いわよ」
「助かる。今度ここに来た時はおすすめの商品を紹介してくれよ。買うかもしれんからさ」
「うふふ、報酬はナニで払ってくれるのかしら?」
「それはノーセンキューだ。じゃあ頼んだ」
「つれない男、でもいいわ。恋は簡単に実ったら面白くないものね。このドギマギとした時間を味合わないと乙女は軽くないんだから!」
この際乙女だとか恋だとかは全部スルーだ。
(とにかく、こうして手段を手に入れた。詳しいやつが誰だったか思い出せなかったがこんな面白い物が多い店を知れただけでも成果はある)
神岐は自分のスマホをとある機械にセットする。アンテナが斜め上8方向に拡がっているこの機械。店長の自作の位置情報捕捉ツール。相手の電話番号さえ分かれば電話を掛けるだけで大まかな位置情報を掴むことができる最強道具。一歩間違えればサイバー犯罪にもなり得る危険な爆弾。
だがこういう荒技を使わなければ1000万人の中から6人を探すなんてことはできない。
ポケットの中からメモ用紙を取り出して、そこに書かれている電話番号をスマホに打ち込んでいく。
プップッ。ブルルルルルルルル ブルルルルルルルル ブルルルルルルルル
ガチャ
「もしもし、ドクターですか。無事なんですか!?」
ビンゴ。
神岐は手でOKサインを作る。それを見た店長が何やらパソコンに何か打ち込み出した。
「もしもし、俺だ」
「……誰だ。お前は?何故この番号を知っている」
「塀島体育館の緊急連絡先にご丁寧に記入してたじゃないか」
「なんだ塀島体育館って。…まさか」
塀島体育館を知らないということはドクターか鬼束零かテレポート少女。だが第一声がドクターに向けた言葉、そして男の声。つまり電話の先にいるのは、鬼束零。監視能力を持った超能力者か。
「市丸、丹愛、実録。お前ら馬鹿正直に本当の番号を書いたのか!?」
だって怪我した時しか使わないって言ってたから。俺らスマホ持ってないから電話番号とか持ってなかったしぃ。
小さい声だが電話の先には零以外がいる。三つ子か。一緒にいるのは確定だな。ドクターは別行動で安否不明ってところか。
「ちゃんと弟の面倒は見るもんだぜ、お兄ちゃん」
「!俺らのことを知っているな!まさか仮面の集団か!なにもんだ!」
(仮面の集団?何だそれ。神原かもう1人の超能力者のことか?)
「何のことだがさっぱり分からないな。お前ら、今どこにいる?俺はお前らの言うドクターに用があるんだよ」
「誰か知らないが教えるわけがないだろう」
「そうか、残念だ。あの後丹愛に殺されてないか知りたかったんだけどな」
ここまで言えば分かるだろう。
「っ!そうか、お前。神岐義晴か」
「ご名答。認識誘導、名前ありがとうって丹愛に伝えといてくれ。というか俺の動向を把握できてないみたいだな。もしかして今は超能力が使えない状態か?インターバル?」
「...答える気はない」
ということは使えないのはマジなのか。知ってたら先回りして妨害してるものな。
「それで、何が目的だ?」
「目的?決まってんだろ。ドクターに会うためだよ。超能力を生み出す黒い棒とか俺を超能力者にした理由とか聞きたいことは山ほどあるからな」
「俺達は今それどころではない」
「みたいだな。仮面の集団とやらのせいでドクターに何か起こったみたいだしな。どうやら俺とお前らだけの問題ではないらしい。ドクターが強い超能力者を集めて戦おうとしてた相手がそいつらってことか。じゃあこんなのはどうだ?そいつらを倒すのに力を貸す代わりにドクターへの面会チケットをいただこうか」
「……」
(即答しないってことは人手に困ってるのはマジみたいだな。………チッ!時間がない)
「よーく相談して決めるんだな」
プツン
神岐は返答を待たずして電話を切ってしまった。
(1分ギリギリだった。だが選択肢を与える形にはなったな。ドクターへ確認の電話をするなりするんだろう。その間に俺は鬼束達の潜伏場所に向かえばいいからな。折り返しが来たらそれで時間を稼げば良いしな)
神岐はダッシュで暖簾を潜る。
「店長。場所は?」
「府中駅と競馬場の間の周囲100メートルね。これ印刷したわよ。あとこれはさっきの注文の品よ」
神岐は店長からプリントアウトした紙と封筒に入れられた何かを受け取る。
「手配と連絡は?」
「とっくに終わってるわ」
(たった1分でここまでの仕事ぶり。服のチョイス以外は完璧だな)
「金は後で持ってくる。じゃあな」(20分前から現在に至るまでの記憶を失う)
神岐は認識誘導を使うとすぐにお店の外に出て階段を駆け上がって行った。
「分かっ…………あら、私何してたっけ?もう、ドアが開きっぱなし!私のおっちょこちょい!」
神岐が外に出ると丁度目の前にタクシーが1台止まっていた。
ラッキー、などではない。オネエ店長に事前に手配するように頼んでいたのだ。
神岐に気付いたドライバーが後部座席左のドアを開ける。
神岐はすぐさまそれに乗り込んだ。
「府中駅まで、高速を使ってもいいから最速でお願いします」
「かしこまりました」
神岐を乗せたタクシーは秋葉原から府中駅を目指す。
神岐義晴
能力名:認識誘導
姿を見せて声を聞かせると相手を催眠状態に出来る
鬼束零
能力名:隠れ鬼
能力詳細:監視能力
神岐サイドはまさかの急展開!?
あっさり鬼束に辿り着きました
これは残りの2人は苦戦するでしょうね
神坂は過去の形跡から少しずつ迫ってますけど、神原は別の事件に巻き込まれてますからねぇ
次回は神坂サイドです
零の通っていた大学に向かいます




