第71話 真夏の聞き込み③
「ここも外れ…」
スマホのリストの×印は既に6個目。
臼木は渋谷区を任されていて繁華街から聞き込みにあたって職安所やホームレスの生息場などを巡ったが全てシロだった。
次の目的地は原宿だった。
原宿駅から徒歩10分、線路沿いを歩いたところにホームレス達が物乞いをしているスポットがあるらしい。
(こんなローカルなところまで調べたのか。雪兎君、ちゃんと寝たんだろうか?)
これでは昨日とポジションが逆になっただけだ。
しかも神坂は明日予定があると言っていた。こんなところで力を出し尽くして明日万全の状態で望めなかったら申し訳ない。
そもそも用事とは何なのだろうか?後で聞いてみることにしよう。
現在臼木は渋谷駅にいる。原宿駅までは一駅。
(150円払って電車で移動するか、20分くらい歩くか。……)
23区南部のチェック場所を全て網羅するには何日もかかる。スピード重視でサクサク行くことは正しい選択だ。こっちは命懸けだから。
(だが、雪兎君のサーチで漏れた場所もあるかもしれない。そもそもネットには載ってないディープ中のディープはやはり自らの足で探すべきではないか)
例えばホームレスの溜まり場。ネットに情報が載っていたとしてもその情報が東京都のホームレスの住処を100%示しているかは分からない。その情報が間違っているとは思わないがそれを鵜呑みにして他の選択肢を切り捨てるのは間違っている。
時間もある。今載っているソース元を辿ればそれがいつの記事なのかは分かるだろう。
ただ、4年前のホームレスに関する情報が今も残っているとは限らない。最新版と称して上書きされて過去の情報が消えてしまっているかもしれない。
(雪兎君のリストを巡りながら自分の足で、聞き込みの一環で怪しいところを探して回ることにしよう。2週間でリストは全部回れるように時間管理はしっかりとな)
こうして臼木は徒歩で原宿を目指すことにした。
たった1.2キロだ。金をかけて冷房の効いた列車で2分ほどで着くのはそれは楽だろう。
だが今回は楽をしたいからという理由は違う。電車を使う理由に最もな理由がない限りは徒歩で行くべきだ。
「真夏日に歩くのはキツイな」
ここ1ヶ月か雨は一切降っていない。水不足が深刻な問題になっていて政府は節水をするように注意喚起している。そのせいか販売水の需要が高まって水の買い占め問題が起こっている。公園の水道水をタンク一杯に入れるというモラルのなってない輩も増えていると朝のニュースで言っていた。
熱中症対策だと買い占めしている主婦はインタビューで答えていた。真っ当な理由だ。買うなとは強く言えない。
台風などは学生が喜ぶものだが今は大人達も雨を望んでいる。貯水にも限りがある。湧水では関東の何千万人の飲み水を確保するのは難しい。
これがあと2ヶ月進めば水の奪い合いが発生するかもしれないと警鐘を鳴らす専門家もいる。
(こんなにも雨が降らないなんて、超能力者が天候操作でもしてるのか?)
超能力の存在を知ってから日常の異変には超能力者が絡んでいるのではないかと疑ってしまう。
数年前に妖怪のせいだーーなんて言葉も流行ったくらいだ。
人は何かのせいにしてそれを糾弾することで安心を求めようとする。
(天候操作能力なんて、被害が甚大だな。ずっと曇りや雨にすれば作物は育たずに凶作になって昔で言う飢饉になる。雪を降らせ続ければ交通網は麻痺して経済活動に甚大な被害が発生する)
それを1人の人間が引き起こせるのだから超能力というものは甚だ恐ろしい。
そんな超常の力を持った人間を果たして人間と言っていいものだろうか?
臼木自身も超能力を身をもって体験している。
筋力を弱らせてオーバーワークで肉離れを起こすなど普通には出来ない。自分ではないが呼吸も止められた。
それほどのことが出来ることに恐怖を感じるがそれほどのことが出来る力に魅了されてしまっているのも事実だ。
欲しい。超常の力が。
弱っちい神坂雪兎を東京最強にしてしまうほどの力。その力が自分にも備われば……
徒歩で検索漏れしたホームレスの溜まり場を探すという臼木の考え。
それは、正しかった。
「ビンゴ」
そこは神社の裏にあった。
5組ほどのトタンブルーシート小屋が並んでいた。
神主さんの温情なのか無許可なのかは分からないがリストにないその居住区に足を踏み入れることにした。
社の奥。境内からは見えない場所にそれはあった。木々に囲まれて端からは見えない。
何となくで入ってみた神社だったがまさかいるとは思わなかった。
こんなに分かりづらいなら目撃証言などあるはずがない。見事神坂の漏れを見つけることが出来た。
小屋はまさに、という具合のオンボロさだった。貧しい小屋というお題で絵を描かせたら大体の人がこんな感じの家を描くだろう。
人は見えない。この暑さだから小屋の中に引きこもっているのか。それとも夜型で日中は眠っているのか。
小屋に近付く。
ここに滞在していた可能性は極端に低いだろうがホームレス達のコミュニティがあるかもしれない。ネットに引っ掛からなかった人達にしか知らないことは同じく引っ掛からない可能性が高い。
眠っている場合を考えて足音をなるべく立てないようにゆっくりと歩みを進めていった。
「すみません。どなたかいらっしゃいますか?」
小屋といえどその人にとっては家だ。いきなり中を覗くのは失礼なのでピンポンがない代わりに昔ながらに声で訊ねる。
すると左から2つ目の小屋からガサゴソと音が立って中から白い髭に黒い帽子、汚れきったシャツを着た老人が顔を出した。
「なんじゃい」
「すみません。少しお聞きしたいことがあるのですが」
「聞きたいこと?」
老人は上半身だけを出してこちらを窺っている。
「私、今人を探していまして。鬼束という三つ子なんですけども」
「三つ子……知らんな。この人生で見たのは双子までじゃよ。それに、人探しならここの神主に聞くといいぞ。ワシらみたいなもんに居場所と職を提供してくれとるからのぉ」
「職ですか?おじいさん働いているんですか?」
「と言ってもお手伝いみたいなもんじゃ。この神社の掃除や近所のゴミ拾いなんぞをやっとる。その代わりに少しばかりのお金を貰って生活してるんじゃ。神主さんなら多分中におると思うぞ」
じゃあワシは寝る、と言っておじいさんは引っ込んでいった。
ここの神主。慈善事業をしている人なら何か知っているかもしれないと思って境内まで行くことにした。
♢♢♢
さっきも通った場所を戻る。
神主はお守りなどを販売している社務所にいた。
神主は何人かの巫女さんと話をしていた。
仕事の邪魔をしてはいけないので話をしている間に参拝をすることにした。
(鬼束達が早く見つかりますように)
私利を願っても良かったが今の優先度はこっちの方が高い。鬼束達を見つければ流れで自分の願いが叶うかもしれないから結果ではなく過程をお祈りした。
社務所を見ると巫女さんは俺をお客さんと思って持ち場に着いているようだ。神主は裏にいるのか賽銭箱の前からは見えない。
臼木は御守りを買う目的で社務所に向かった。
「学業成就を1つ」
「600円になります」
電車賃の4倍だが必要経費だと思い込むことで割り切った。
「丁度で。あの、神主さんいらっしゃいますか?」
「神主ですか?お呼びしますね」
渡会さーんと後ろを振り向いて呼びかける。
すると如何にも神社に携わっていそうな出立ちの男が現れた。
「手嶋さん。どうしたの」
「こちらの方が渡会さんに会いたいと」
臼木は丁寧にお辞儀をする。
「臼木と言います。森のおじいさんからあなたを紹介されましてお話をと」
「へぇ、この時間はいつも寝てるんだけどね」
渡会という男は一旦後ろに引っ込んで従業員口から社務所を出て来た。
「渡会です。それでお話とは?」
「この人を探してるんですが…」
臼木は実録の写真を渡会に渡す。
「4年前にホームレスをしていた鬼束実録という男なんですが。お爺さんからあなたはホームレスの方に手を差し伸べているとお聞きしたのでもしかしたらホームレス達の居場所とか知ってるのではないかと思いまして」
「確かに私はここ以外にもホームレスをしている人達のことは知っているが。見たところ若いね。若い子のホームレスは私は知らないね」
写真を返してもらう。
「すまないね、大した協力が出来なくて」
「いえ、そんなことないです。ありがとうございました」
(ホームレスではなくどこかで住み込みで働いてるって線もあり得るな。そうなると……いや。下手に可能性を広げても3人で回れるのは限界がある。多少を絞ってもそこに望みをかけるしかないか)
まだ1区目。まだまだリストには沢山の地名が記載されている。
臼木は神社を後にして原宿を目指す。
臼木は原宿駅から少し歩いたところにある物乞いスポットに到着していた。
通り道で竹下通りの活気を見た後だとここはディストピアかと錯覚してしまいそうになる。それほどの落差。
さっきの神社のトタン小屋が立派だと思えてしまうぐらいに、ここは廃れていた。
トンネルが屋根がわりになっているが格好が先程の彼の比ではなかった。
(あのじいさんは神主さんからの収入があったからな。これが本当のホームレスってところか)
調理器具のボウルを前に置いてブルーシートで区割りをしている。家というか縄張りというか。
このボウルはお金を入れる箱のようなものだろう。
臼木はトンネルの外から中の様子を伺っていた。
(持ち合わせは……あるな。浮いた電車賃を募金と思えば痛くない出費だ)
中学生は働けない。よってお金は無駄に出来ない。それは悪ガキ達の共通の考えだ。
おそらく情報の対価としてお金を要求されるだろう。力ずくで聞き出してもいいが問題は起こすなと言われている。
ホームレストンネルは片側にホームレスが滞在していても平気なくらいの横幅がある。
通れるには通れるがホームレスのそばを通るのなら300メートル離れたところにある歩道橋を使った方がマシだろう。
原宿方面は歩道橋を通った方がむしろ近い。
ここを通るのは新宿方面に行く人か階段が辛い高齢者くらいだ。
「ウェーイ!!」
トンネルの向こう、臼木の反対側。はっちゃけている男達が何やら騒いでいる。
何かを構えている。
(あれは、カメラか?)
男達はトンネルの中に入って行く。
「つーわけでー。今日の企画はー。ホームレスの爺共の住処荒らしてみた、でーーす」
「「ウェーーーーイ」」
気持ちの悪いノリがトンネルの中で反響する。
ユーツーバー
これはユーツーブで動画を投稿するクリエイターを指す。
その中にも様々なジャンルが分けられる。
商品紹介、ゲーム実況、教育、美容、実写、歌、踊り、演奏
今では芸能人もユーツーブで動画を投稿する時代だ。これがユーツーバーが流行り出した5年前では考えられないだろう。
そして彼らがどこに分類されるかというと…
炎上系
敵を作ることで再生数を稼ぐ括り。
アンチ動画や喧嘩を売る、暴露系などなど。好き嫌いがはっきり分かれている。
ちなみに臼木は炎上系などは大嫌いだ。
幼馴染を傷つけた連中が正にああいうタイプだからだ。
複数いるということはグループだろうか?
顔もはっきりしないので分からない。声は聞き覚えはないってことは全く知らない人なのだろう。
臼木はどちらかというとゲーム、アニメや声優の方面をよく見るためこういう輩の動画はあまり見ない。そっち方面は月城の方がよく知っている。
その集団は、先ほどからホームレスを恫喝したりみすぼらしい住処をひっちゃかめっちゃかにしている。それを見てゲラゲラ笑っている。
こんな非常なことをやって楽しんでいるあいつらにも腹が立つが、無関係とばかりにそれを見て楽しんでいるこいつらの視聴者にも腹が立つ。
(すまん、雪兎君。俺はこれを黙ってみれるほど心は広くないみたいだ)
臼木は駆ける。
己の嫌う物を排除するため。情報を持っているかもしれないホームレスを守るため。
♢♢♢
「すまんのお、若い人」
ボロボロの住処をバックにホームレスのじいさんが頭を下げる。
ユーツーバー達は、もういなかった。
臼木がボッコボコにして持っていたビデオカメラも破壊した。漏れがないように中に入っていたSDカードも真っ二つに分断した。これではデータの復元は100%出来ない。
涙を流しながら手や足を抑えて逃げるように去っていった。彼らはこれも動画のネタにするのだろうが構わない。非難されても事情を説明すれば納得してくれる。
「いえ、ムカついたからとっちめただけです」
「それでもじゃ。ワシらはこんな汚い場所でしか生きていけない。ここを失ったらワシらに生き場所はないからのぉ」
他のホームレス達も口々にお礼を述べる。
中には比較的若い人もいた。30代前半といったぐらいか。最近入った人なのか格好はお爺さん達よりは汚くなかった。
その若いホームレスが前に出る。
「ありがとう。これ、少ないが受け取ってはくれないかな。助けてくれたお礼だ」
差し出されたのはボウルだ。
差し出す動作でジャラジャラと高い音が鳴る。
1円玉、10円玉の山。
彼が物乞いをして集めたお金なのだろう。
これを集めるのにどれほどの時間を要したのか。そして全て足し合わせても5000円程度にしかならないお金を、ただの中学生に渡そうとしている。
「受け取れません。これはあなた方の生命線です。私はお金を貰うために助けたわけではありません」
「じゃあ何が欲しいんじゃ?ここには何もありはせんよ」
「少しお聞きしたいことがありまして、それに答えてくだされば私は何もいらないです」
「ほう、聞きたいこととな」
「ありがとうございました。お辛いでしょうが頑張ってください」
臼木はトンネルを後にする。
(ここでも有力な話は得られなかったか。次は代々木上原か。流石に歩きでは遠いな。電車かバスで移動するか)
臼木は代々木上原を目指して西を行く。
「あれは一体何だったんじゃ?カメラを持っとったからテレビの人かいな?」
お爺さんが若いホームレスに尋ねる。
「あれはユーツーバーと言いまして一般人が映像を作ってお金を稼いでいる人達です。彼等はその中でも迷惑をかける非常識な連中ですね。ユーツーバーみんなが悪い人というわけではないですよ」
「ほいじゃ、ワシらがドキュメンタリーでも撮って普段の生活でもすればお金が稼げるんかいな?」
「可能ですが必要な機材を揃えるのに沢山お金がかかりますよ。ここにあるお金を全て使ってもカメラ1つ買えないでしょうね」
各ホームレスが乞食をして貯まったかすっぱの小銭の山。
蔑まれてもプライドを殴り捨てても生きようともがいている人もいればふざけて遊び倒して他人に迷惑をかける人もいる。そして後者の方が裕福な暮らしがあるのにそれにかまけて怠惰な生活をしている。頑張っている人にも救いの手を差し伸べて欲しい。
不平等すぎる。
「いいのぉ、あんなに騒いでて。30年前を思い出すのぉ。あの頃は日本全体が盛り上がって騒ぎまくってたなー」
30年前。日本はバブル景気の時代。
金に物を言わせてブイブイアゲアゲだった過去の煌めき。
このホームレスもバブル期は社長をしていたがバブル崩壊、失われた20年で会社は倒産。家族には捨てられて借金を返すことが出来ず逃げた結果がここだ。
ピークから落ちるのは容易い。
登るまでが険しければ険しいほど落ちるのは簡単。崖は垂直。落ちる時は重力に身を委ねるだけ。岩壁に捕まる腕力も死と隣り合わせを乗り越える精神力もいらない。
たった一歩踏み出すだけで90度下に加速する。
「私は生まれたばかりなのでバブルのことは分かりません。政経の授業やニュース、昔のことを振り返るバラエティー番組でしか知り得ませんでした」
「そうか、お主はまだ20代だったか。若いのに大変だのー。仕事とは言えこんな老ぼれ達と生活を共にせにゃならんのやから」
若いホームレスは荒らされたボロボロの家のような何かからある物を引きずり出す。
ホームレスだからか。家もどきの枠組みしか大きい物はないので目的の物を探すのは大したことではなかった。
取り出したのはホームレスが持たないであろう、必要なはずがない物。
「今時のケータイは凄いのぉ。スマホというんだったかな。電気屋のテレビで眼鏡掛けたアメリカ人が何か喋っちょった」
電気屋という言葉が時代を感じさせる。電気屋でも意味は伝わるが今な言葉で言うのなら家電量販店か。漫画喫茶もネットカフェも言われるようになった。
年月が経っても抜けない癖なのか、新しい物を知らないから変わらないのか。
「ジョーブンですね。もう故人ですが。このスマホを作った世界的偉人です」
彼が亡くなったのは数年前だがこのおじいさんはまるで先週見たかのように語る。スマホを見ることが非日常すぎて月日が経っても記憶が色褪せないのだ。
「何でも知っとるな。流石記者は博識じゃのう」
若い男はホームレスではなかった。
男は所謂ジャーナリスト。東京のホームレス問題に切り込む記事を作成するために自ら彼らの暮らしを体験することで、ホームレス達の不遇を訴えかけようとしているのだ。偽りを嫌い、そのため大手に属することが出来ず個人ブログに記事を投稿してサイトのアフェリエイトで生計を立てている。
ホームレスなので電気が通ってない場所でスマホは使い物になるかと思うが、太陽光で蓄電出来るモバイルバッテリーを携帯しているのでスマホの充電が無くなることはなかった。ここでの生活を文字に纏めて世界中に発信している男。
(これはアクセス数が伸びるトピックスだな!)
そして今回のユーツーバーの出来事。それを助けてくれた伝説級の男、臼木涼祢のことも記事にした。
もちろん本人の許可は取っている(ユーツーバーには無許可)。
この記事によって、鬼束探しがスムーズに進むことになった。
そして神原奈津緒と神岐義晴の両名が、同じく鬼束を探す男がいることを知るきっかけになったのだった。
臼木涼祢
能力なし
臼木視点も終了です
現時点での鬼束捜索の進捗状況
共通認識
鬼束三つ子の部活動。出身中学校の判明
神原奈津緒
鬼束三つ子の通っていた高校と5年前の顔写真入手
神岐義晴
失踪直前の住居、大まかな行動範囲、鬼束に繋がる電話番号の入手
神坂雪兎
鬼束三つ子が通っていた高校、鬼束零の通っていた大学の判明
鬼束実録の顔写真 (目を閉じている)の入手
こんな感じです。
神岐が能力もあってリードしてますね
次点で神坂サイド。こちらは神原よりも上って感じですね
目は閉じていますが写真は現代ですし神原は高校のみですが神坂は大学まで判明しました
全く進んでないですねw
ホームレスのおっさん達がやけに協力的ですね
たまたまかな?
次は神原サイドです
神岐の動向はもうちょっと後です
神原サイドではあのコンビが登場します




