第7話 ドッジボール対決③
内野の残り選手
5組
新城友善
久保井達史
矢継早飛鳥
6組
鯖東イツキ
茅愛方助
外野
5組
枕崎奏多
菜花七彦
万都敏嗣
棺呑破
橋下勝太
6組
松草知尋
麦島迅疾
道駅悠太
行灯航平
松毬拾
???
神原奈津緒
ドッジボール対決最終回
現在6組ボールで茅愛が持っている。だが5組はボールを避け続けて茅愛の体力を削りにかかってる。
松草も時間があったから回復して本調子で投げられるだろうが、やはり避けられては敵わない。避けられないスピードで投げればいいが、そんな速球を投げれる奴は6組にはいない。
「くそがっ、ちまちま避けやがって」
茅愛が投げるがやはり避けられてボールが6組外野へ行った。道駅がキャッチして投げるが当てられない。外野に出たことで投げっぱなしにならずに体力を回復できたが、5組は道駅のボールには一律触らないことに徹底していた。
茅愛も息が上がってきた。鯖東が投げても事態は好転しない。
「膠着状態……いや、手詰まりだな。このまま行けば体育は終わる。決着が付かなかった場合の決まりはないが、内野の数を見れば誰もが5組の勝ちだと思うだろうなw」
新城の勝利宣言。内野の数で見ればそうだが、手詰まりではない。
「そっちこそいいのか?早くボール取って俺と茅愛を潰さないと神原が帰ってくるぞ」
神原さえ戻って来ればどうにかなると、鯖東は予告勝利宣言をした。
「お前は神原に賭けてるみてぇだけど、大した奴じゃないだろ。棺は騙し討ちだし現に今の今まで出てこない。一発屋止まりさ」
「だからお前はミジンコなんだよ。神原がただ騙し討ちをするだけの奴だと思うなよ」
「はっ、……で?そのご期待の神原は何処だ?お前の期待がデカすぎて自信無くして逃げたんじゃねーのかよ?」
「心外だな。俺が逃げるわけないだろ」
コートの外、体育館の扉に手を掛けている男。外野陣ではない。いや、外野だけど外野にいなかった男がそこにいた。
———神原奈津緒だ。
「神原!おせぇぞ!」
待ち侘びた相手だが怒りが込み上げてきた。どうにか踏ん張ってる茅愛はヘロヘロだ。もう投げられないだろう。
「マジでお前…待ってたぞ」
茅愛も期待の男が戻ってきて体の力が抜けていっていた。
「すまんすまん。トイレ用具の吸盤みたいなので遊んでたら遅くなったわ」
絶望的状況だというのに神原は平常運転でヘンテコなことを言っている。体育館の空気に合っていなさすぎてツッコミを入れることすら憚られる。
神原が両陣営の内野の数を確認した———
「何だよ2-3で負けてんじゃねーか。もっと頑張れよ」
「無茶言うな、お前が途中退出したからだろうが。6組はお前ありきのチームなんだからよ」
神原をドッジボールに参加させたのは鯖東だ。ドッジボールをすると決まった時から鯖東は5組と6組の戦力差が絶望的に離れていることに気付いていた。
向こうには新城がいる。新城が鯖東への仕返しとしてガチガチのメンバーで蹂躙することは想像に難くなかった。
6組にも投げるのが得意な野球部員がいるが、それ以外の運動部は正直大した差はない。
だからこそ神原を誘った。かつての苦い経験から、神原ならこの戦力差を物ともしないと確信したからだ。副次的に体付きの良い麦島も呼び込むことが出来、スポーツを一切していない帰宅部を入れたことで表面上ではより差が顕著になったように見えるが、鯖東からしたら戦力差を限りなく詰められたと思っていた。
「…まぁいいや。俺ありきって言うんなら、内野に戻れる権利を俺が使っても問題ないよな?」
「元々お前用に残してたんだ。構わねーよ。だが、勝てよ」
「お前も貢献しろよ。俺に全任せすんじゃねえ」
「いや、でも俺が当てられる自信ねえし…」
「…はぁ、しゃねーな。四ツ矢サイダー奢れよな…」
ジュースの約束を取り付けると神原は自陣と相手の内野、そして6組外野を一通り確認する。
6組で投げまくった連中はみんな息が上がっているようだ……。
「5組の復帰はまだか」
「あ、あぁ。でもお前が戻って来たから棺が使うと思うぜ。何でかまだ使ってねぇけど…」
神原が戻って来たというのに、棺は内野に戻って来ない。すぐに戻らなくても人数差で負けることはない。外から神原を観察するつもりなのかもしれない。しかし神原は5組外野の棺は一切気にしていないようだった。
「復活込みでも後4人か。時間もギリギリだな。だがまあ何とかなるだろ」
どういうことだ?と聞こうとした鯖東だったがそれを寸前で引っ込めた。さっきも説明しなかった奴のことだ。聞いたところでいいから見てろと言われるに決まってる。
そしてそういう時は大抵が神原の描いた通りになる。さっきもそうだったのだから、今回もそうなるはずだ。信じていれば良い。
「残りがラグビー部とサッカー部ね…」
そう呟いて神原はボールを外野に渡した。てっきり自分で当てると思っていたのは鯖東だけではない。全員が神原が奇策を披露すると思っていた。だがまさかのパス。ラインギリギリまで下がっていた5組内野陣は驚いた顔をしながらすぐに中央へ退避する。
神原のボールは松草がキャッチした。揺さぶりだろうと思ってそのまま神原へリリースしようとした松草だったが……
「待て!投げるな松草!」
神原がそれを止めた。
「はぁ?何でだよ。お前が当てるんじゃねーのか!」
物理的に距離が離れているため怒っているように聞こえる。
「麦島ぁ!お前が投げろ!」
「えぇ〜!何で俺〜?」
突然の指名に麦島は驚いていた。
「おい神原!何で麦島なんだ!確かに体は大きいし棺みたいな感じのポテンシャルがあるかもしれねぇけど…、それだけで麦島に任せるのか?」
神原が手を出さず麦島がやる…。麦島を軽んじているわけではないが、ふくよかな体型でドッジボールが得意という印象が見受けられなかった。
それに麦島は神原を参加させるための要員であり、麦島が参加せずとも神原を引き入れられたのならおそらくメンバーに加えることはなかっただろう。それぐらいの期待と優先度なのだ。
「…この試合で麦島はボールを投げたか?」
「えっ?いや…投げてない。基本的に野球部とか茅愛が投げてたから…」
むしろ本人が捕ったボールを松草や道駅に渡して投げようとしなかったくらいだ。
「なら麦島に一回投げさせてみろ。多分面白いことになるかもな」
分からない。こいつはいつも本当に分からない。中庭の時も今回も全く予測がつかない。頭の中を覗きたくなる。
「なっちゃん〜、本当に俺が投げるの〜?」
野球部を差し置いて投げるのが嫌な様子だ。縋るような声で神原に訊ねる麦島。
「この前のキャッチボールを思い出してやってみろ。あとなっちゃん言うな!はよ投げろ!」
「うぅ〜、分かったよ〜」
あんなに献身だった麦島だが神原の命令には逆らわないようだ。
…あの2人の関係は知らない。麦島が一方的に神原に構っていて神原は邪険にしながらも相手をしている。かと思えば麦島もオールウェイズでベタベタしているわけではなく適度な距離感を保っている。友達というよりは熟年夫婦とも言える関係性だ。そんなことを言おうものなら中庭以上の報復が待っているから口が裂けても言えないが……
麦島が投球モーションに入る。それを神原はニヤニヤしながら見守っている。
((本当に大丈夫だよな…))
鯖東と茅愛はまだ半信半疑だ。
ブンッ
バーーーーン
トーントーントトトト
自分のところへ転がって来たボールを拾い上げた。麦島本人も驚いていた。
「や、やった〜、当たった〜」
久保井 OUT
「「「「「はっ?」」」」」
鯖東、茅愛、新城、久保井、矢継早の内野陣の声がハモった。神原は驚いた声を出さず変わらずニヤニヤし続けている。周囲も事態を理解したようでザワザワし始めた。
「久保井、当たったのか!?」
新城が久保井に詰め寄る。
「…当たった……痛ぇ……えぇ…」
当たった久保井自身が受け止められずに戸惑っていた。
何故なら麦島の投げたボールは、棺よりも遥かに速かったからだ。
(やっぱりな、思った通りだ…)
神原はこの前麦島と遊んだ時のことを思い返していた———
♢♢♢
「神原〜」
放課後、家に帰ってゲームをしようと思っていた神原だったが、教室を出る際に麦島に呼び止められた。
「何だよ?」
「今日さ〜、暇〜?」
「はぁ?クソ忙しいに決ま「暇なんだね〜」おい聞けよ」
麦島は強引に話し始めた。
「俺さ〜やってみたいことがあるんだけど〜、2人いないと出来ないからさ〜、ちょっと協力してくれないかな〜って〜」
いつもの遊びの誘いではなく麦島プレゼンツで何かするつもりらしい。
(無視して帰っても明日やろうとか言ってきそうだし…この前話聞いてもらった分があるから無碍には出来んか…)
「……はぁ、分かったよ。んで、何すんだよ?」
「わ〜い〜。キャッチボールだよ〜」
〜〜〜
———ここは麦島の家の近くにある公園
広い平地があるため子供が野球やサッカーなど様々なスポーツをする時に利用していることが多いようだ。
「お前なぁ…。高校生が公園でキャッチボールってどうなんだよ?」
「そう言いながら家に寄ってグローブ持ってきてるじゃん〜」
「うるさい黙れ」
(楽しみにしていたと思われるのは心外だ。早く帰りたいから準備しただけだ)
「てか、何でキャッチボールなんだよ?」
「うん〜、えっとね〜。comcomが球威を上げるっていう動画を投稿しててね〜、俺も速くなるか試してみたくなったんだ〜」
「…またcomcomか。好きだなぁお前」
comcom
麦島が好んで視聴しているユーツーバーの名前だ。鯖東や祥菜も知ってるみたいで動画を見てるらしい。
(薦められたから見てみたけど…アレだな。人から紹介されたもんはやたら過剰なバイアスが入って正常に評価できねーな)
面白おかしくゲーム実況してたし一般人の出すお笑いだから大爆笑とはならないが、つまらなくはなくしゃべくりながらゲームをし続けられるのは尊敬に値する。
(というか、コメント欄が怖かったわ。熱狂的なファンの持ち上げというかヨイショというか…。あれも正当な評価を妨げる要因だな。ファンが過激だと本人も?ってなっちまうんだなぁ…)
顔を隠しているからイケメンかも分からないというのに随分な入れ込みようだ。
そんなcomcomだが、最近地上波のニュースで取り上げられている。
comcomの作った動画の真似事をした結果、全国で怪我人が発生して救急車が出動しまくったという騒動だ。そのニュースが放送された翌日はクラスがザワザワしてたのを覚えている。
(速球が何とかって………あぁ麦島がやりたいのはそれかよ!怪我人が出る奴だよな?俺大丈夫か?)
追っかける程入れ込んでいない神原、該当の動画は未視聴だった。
「球速を確かめるだけなら壁にキャッチボールしててもいいんじゃねーか?俺に証人をしてもらいたいのかよ」
「打算すぎるな〜。一緒に遊びたいだけだよ〜。最初は1人で試そうとも思ったんだけどね〜。壁当てとかそういうのが厳しい家が増えてるみたいだからさ〜。そんなんでクレーム来て親呼ばれたくないからさ〜」
「あぁ…そういう…。公園の遊具があぶねーからって撤去させてるっていうやつね。くだらねぇ、狭っ苦しい世の中になったな。お前らだって昔遊んでたろうに…」
「ホントだよね〜。だから神原が乗ってくれて良かったよ〜。検証のためにスピードメーターを買ったのが無駄にならずに済んだね〜」
「用意がいいな」
どんだけやりたかったんだよと突っ込みたくなったが、ニュースで報道されて危険ですなんて言われたら逆にやりたくなるのは仕方ない。
(一球くらいなら全集中で捕球出来るだろ)
パンッパンッとミットの中で拳を叩く。
「よしっ麦島、とりあえず投げて来い!」
神原がグローブを構えた。
(距離は約15メートル。少し近いけど…まぁ…大丈夫だろ)
———そう思っていた
「いっくよ〜、それっ〜」
麦島が放った球は真っ直ぐ神原目掛けて飛んで………………………大きな音を立てて神原の右上に飛んでいった。
「あれれ〜?コントロールミスっちゃったな〜、ごめんなっちゃん〜」
そう言って自己責任と自分でボールを取りに行った麦島。
いや、違う。麦島のボールは俺のところに真っ直ぐ飛んで来た。
(…はっ、嘘だろ……)
真っ直ぐ飛んで来たボールを俺が取れなかったのだ。グローブに収められず外側に当たって弾かれたのだ。
(速すぎる。目で追えたけどグローブの位置を調整する時間がなさすぎた…)
「そ、速度は?どうなってる?」
神原がスピードメーターのところまで駆けていく。そして測定結果を確認した———
「ひゃっ……135キロだと……!?確か高校球児くらいだよな」
「えぇ〜135〜!そんなに出てたの〜?」
当人も驚いている。
「おい、どうやって投げた?」
「どうって〜、comcomの動画を見てその通りに投げただけだよ〜」
確かにさっきスマホを食い入るように見ていたけど、comcomの動画を見てたのか。
(…パネェな。マジで何もんだよcomcom…………まさか、俺と同じ超能力者か?身体能力を上げる能力……いや、人間の成長を促す能力かもしれねぇな。俺のより遥かに便利すぎる。羨ましすぎるなちくしょう)
麦島は動画を見ていた。ということはその動画を見た人は全てそれぐらいの速度を出せることになってしまう。
もしも…プロ野球のピッチャーが見てしまったら160キロを軽く超えて日本記録を更新してしまうかもしれない。
(comcom、こいつは危険すぎる。もしも超能力者だとしたら白衣の男にバレるだろ。自ら正体晒すようなことして何をするつもりなんだ?)
「おい、動画見てねぇからそ俺にもその投げ方を教えろ」
神原は比較のためにcomcomに頼らない状態で球威を測り、その後麦島にcomcomの動画の要点を教えてもらった。
……しかし、神原の球速が上がることはなかった。
「なっちゃん覚えが悪いんじゃないの〜」と小馬鹿にしてきた麦島に対して蹴りを入れて家に帰り、ちゃんと自分自身でcomcomの動画を見て、翌日試してみたら、前日よりも明らかに球速が上がっていた。
(麦島の教え方が壊滅的で奴に教職を薦めるわけにはいかない…っていう現実的な話じゃなければ……おそらく自身の言葉や仕草を見聞きした人間を成長させる能力ってところか…?)
都合が良すぎる。俺の能力よりも圧倒的に便利だ。
(こいつも俺と同じように白衣の男に何かされた男なのか……?一度会って話を聞いてみたいな)
神原は仲間?であるcomcomに会いたいと思うようになった。
しかし相手は顔も本名も分からない。しかも今回の動画の件で知名度は爆発的に高まっている。有名人になった男を探すなんて高校生には至難すぎる。
(……白衣の男すら見つけられてない俺が見つけ出すのは無理だよな)
神原は速攻で挫かれることとなりどんよりした気分になった。
神原奈津緒とcomcom
そんな2人はいずれとある場所で出会うのだが、それはまだしばらく先のお話———
♢♢♢
「よしっ後2人だ。おい、さっさと片付けろ」
「うん分かった〜」
神原麦島以外は完全に置いていかれてる。
のほほんとしている麦島から棺以上の球が出たことに選手もクラスメイト達も驚いている。
久保井はまだ飲み込みきれていないのか外野へ移動しないため試合を再開することが出来ない。それを新城が指摘してようやく久保井が外野に移動したことで試合は再開された。
先程の変わらない驚異的な威力で矢継早にボールを当てた。
「ぐっ、避けれねぇ…」
矢継早 OUT
もう誰も何も言わない。矢継早も悔しがりながらも無言の雰囲気に耐えきれずそそくさと外野へ移動した。
これで残るは新城1人だけだ。とてもではないが新城にあの球を捕れるわけがないと鯖東は考えていた。
これで勝ち……となればいいが、まだあの権利を5組は行使していない。
「内野に戻ろう」
5組外野からスッと手を上げて棺が宣告した。まだ5組には内野に戻れる権利が残っている。新城が当てられたら負けなのだから戻るタイミングとしてはベストだろう。
(松草のボールも捕れてたし、棺なら麦島のボールもキャッチするかもな)
現在の内野の数は、5組が2人。6組が3人だ。
麦島というダークホースのおかげで数でこそ勝っているが、ここでダラダラとパス回しで時間を稼いで勝ってもそれは勝利とは言えないだろう。棺にボールを取られたら蹂躙されて終了だ。
棺をOUTにする。6組の完全勝利にはこの条件を満たす必要がある。これを達成できる可能性を持っているのは、麦島と神原だけだ。
実質この3人による最終局面。棺に取られたら負け。つまり一撃で沈めなくてはならない。
現在ボールは麦島が持っている。棺が麦島に集中し捕球の体勢を整えるが………
「麦島、俺に寄越せ!」
「何?」「はっ?」
「分かった〜」
声に出した棺と新城を他所に麦島が神原にボールを渡し、それを神原はキャッチした。
「おい、まさかお前が投げるんじゃないだろうな?」
先程復帰宣告をした時は落ち着いているようだったが、また神原にペースを乱されたことによってイライラが再燃したようだ。不機嫌そうな声で言った。
「言っとくがさっきみたいな小細工はもう通用しないからな。お前帰宅部だろ。まさか真正面から俺をOUTに出来ると思ってるんじゃないだろうな?」
「そ、そうだぞ神原。お前が喧嘩強いのは知ってるけど、それがイコール球の速さとは限らないだろ?」
策があれば棺に一泡吹かせられそうだが、神原が投げても棺は倒せない。てっきり麦島と2人で撹乱でもするのだと思っていたからこそ余計にそう感じている鯖東だった。
体格ががっしりしていない神原では棺、麦島クラスは出せないだろう…。
「…確かに、さっきはルールもまともに理解できない情弱を釣っただけだからな。いくら馬鹿でも高校生なんだから学習能力はある。同じ方法は使えない……俺がまともに投げても当てられないって、お前も情弱も周りもそう思うよな…」
だから.......と神原は続けた。
「だからこそ今度は正々堂々とOUTにしてやるよ。お前みたいなゴリラは麦島でも簡単に潰せるけど、俺が直接OUTにする。小馬鹿にした根暗野郎に出し抜かれるなんて貴重な経験だろ?」
棺に対しての予告OUT宣言。棺が戻って来たことで勝負の終わりが見えている中でのこの発言だ。5,6組のギャラリーがお通夜モードから一転して最高の盛り上がりを見せ始めた。
「じょ………クソが!!もうお前の口八丁には引っかかんねーぞ!」
棺も最高の煽りを受けた中でどうにか暴力に身を任せる感情を抑え込んで神原の投球に備えた。腰を落として絶対に取りこぼさない構えだ。
「…おい神原、本当に大丈夫か?さっきみたいに俺が必要なら手を貸すぞ」
「…いや、大丈夫だ。言ったろ?正々堂々、俺1人で十分だ。それに…ちゃんと試してみたいからな」
「試す?」
何をと続けたが神原からの返答はなかった。ただじっとボールを見つめてその場で動かずにいる。
そして、神原は目を瞑った。
ゾワッッッッ
そばにいた鯖東と茅愛、そして外野の松草は突然の悪寒に身震いした。
この状態の神原を3人は見たことがあるからだ。そしてこの状態になった後の神原も……。
「松草君〜、どうしたの〜」
冷や汗をかいて震えている松草を心配して麦島が声を掛けた。
「だ、大丈夫だ。ちょっと思い出しただけだから…」
明らかに大丈夫じゃないだろうと麦島は訝しむが本人が否定している以上突っ込めない。
「……大丈夫だよ〜、なっちゃんは棺君ごときに負けないからね〜」
(…麦島、お前も神原絡みで何かあったのか……?)
そして残りの外野である道駅、行灯、松毬は2人のやり取りを聞いて、鯖東が言っていたことがこれから起こるのだと確信した。何故鯖東や麦島が神原に肩入れしているのか。それを見てみたいと純粋に思った。
「…ねぇ、行灯君」
神原がじっと黙って直立している間に伊武祥菜が行灯に声を掛けた———
(..................................................................ふぅ、こんなもんかな。やりすぎると死ぬかもしれないし。comcomとトイレ掃除が良いヒントになったな)
今までやったことのない挑戦だ。この使い勝手の悪い能力、対人で試すなら今ほど絶好の機会はないだろう。これでこの巻き込まれ試合を終わらせられる……
「…待たせたな」
神原が白線のギリギリまで踏み込む。
「どうした。チャージは終わったのかよ。さっさと投げろ。捕ってお前のふざけた宣言をへし折ってやる」
「急かすなゴリラ。こっちは今体のバランスが悪いんだ。エサくれてやるから黙っておすわりしてろ」
ピキピキと苛立ちが募るがここで挑発に乗るわけにはいかない。棺も白線ギリギリまで下がって待ち構える。それだけ真剣に受け止めるつもりなのだろう。
「んじゃ、行くぞぉー」
神原が棺目掛けてボールを投げた———
グズッグズッと新城が泣きじゃくっている。
蹲って泣いている新城を、神原はただじっと見ていた。呆れているのか引いているのかただ目の前の事実に対して表情を変えずに観察するように見ていた。
しばらく見てボールを鯖東に渡した。
(俺が当てろってことか?何で俺に投げさせるんだ?)
新城との確執をサッカー部でない神原が知るはずがないが、神原が戻って来た前後のやり取りから何か思うところがあったのかもしれない。動かずに捕る気もないモノになら俺でも当てられる。
ポーン、ドッ、トトトトト
万が一に外してしまうことを回避するために下投げで新城に当てた。アレの後では落差が酷いが、勝利を掴むのが優先だ。
新城 OUT
俺が新城をOUTにして試合が終わった。
6組の皆んなはまさかの大逆転勝利に歓声が湧き上がっている。外野の連中もそれぞれハイタッチを交わしている。
「お疲れイッチャン」
茅愛が俺を労う。疲労度で言えば俺が労わなくてはならないのに茅愛はそれに何も言わなかった。
「あぁ、ありがとう。茅愛もお疲れ様。……間近でアレを見た後だと、素直に喜んで良いのか分からないな」
「アレはな……やっぱ神原ってヤベェな。喧嘩売られなかったらアレをしなかったのかな?小細工なくても棺倒せてただろ?」
「神原の心情を述べよなんて現代文満点でも取れねーよ。出版社の回答に合わせるのが関の山だ」
神原のボールを棺は正面からキャッチしようとしたが、それは叶わなかった。
神原の球は麦島の球よりも速かったからだ。この日の最高速度。実質初見のボールだ。検証しようがないが、もし麦島が投げていればどうなっていたか分からない。棺の球を誰も取れないように、それ以上のボールを棺は取れなかったかもしれない。
だが既に麦島は何球か投げている。MAXは出せないし棺も速度に目も体も慣れてしまっている。もしもキャッチされていれば、負けていただろう。
(さっき「試したい」って言ってた。試合開始時点では思い付かなかった方法を実践したってことか。最初から使ってれば楽に勝ってたからな。乱発できるか分からねーけど、復活権や慣れ防止って観点で総合するなら今がベストなタイミングだったな。小細工の突破が必須だったって、棺も大概の性能してやがるな。神原がいなかったら間違いなく負けてたぞ)
そして神原の投げた球を棺はキャッチしたが、勢いが強すぎて棺を突き飛ばしてボールは離れていった。その勢いに負けて棺は白線を超えて6組外野の領域にまで侵入してきた。
棺 OUT
仮にキャッチ出来たとしても体が6組外野に入ってしまっているので場外OUTになっていたことだろう。宣言通り正々堂々と棺を倒したのだ。
弾かれたボールは見事神原のところへ戻って来た。5組ボールになっていれば外野の棺が暴れていただろうが、神原がどこにいても一度ボールが渡れば新城に止める手立てはない。復活権がない以上1-3で内野の数でも6組の勝利は確定した。
そして神原が新城を狙おうと構える。だが元々大したことのない男だ。棺を吹っ飛ばした神原の球を見て自分の未来を想像したのだろう。急に「止めてくれ」と泣きじゃくった。
(結局俺が当てて終わったけど、あんな無様な姿を晒したんだ。もう5組での新城の立場はないだろうな。…ざまあみろ!)
「誰が何考えてるか分かんねーだ。そんなミステリアスキャラでやってねーよ」
近くにいた神原にばっちり聞かれていた。しかし、自分が意味不明な人間だと自覚していないのはやはりこいつの意味不明さを象徴している。試してみたいって言って棺を倒せる奴が普通のはずがない。
「どの口が……とにかくお疲れ様。大活躍だったな」
クラスメイトがゾロゾロと神原に近付いていく。プレイヤーへの労いと単純に話しかけたいのだろう。
伊武さんに好かれる変人という見方をされていたが、誰もが勝てないと思っていた棺を2回も倒したのだ。興味を持つなという方が無理な話だ。
クラスメイトが寄って来ていることに神原も気付いたが、どこか嫌そうな顔をしていた。人気者になれること間違いなしなのにそれをむしろマイナスに見ている神原はやっぱりどこかおかしい。
「…何言ってんだ。最後にOUTにしたのはお前だ。鯖東がMVPだ。良かったな、前に貰った飲み物くらいならご馳走するぞ」
目立ちたくないのだろう。俺に賞賛の言葉を向けさせるつもりのようだ。
(これを拒む奴がいるか?やっぱこいつおかしいわ。…絶対にお前に向けさせてやる…)
「奢るのは俺のはずだろ。…にしたって、棺を一度OUTにするためにあんな名演技をするとは思わなかったよ。お前がトイレ掃除に行った時クラスの連中ドン引きしてたぞ」
「…」
今の言い回しでやり返されていると気付いたのだろう。こちらを睨んできた。
「…だろ?両方やらなくちゃならないから苦労したよ。にしても鯖東、お前も俺の意図を汲み取って行動してくれるとは…。逆の立場なら俺は出来なかったと思うぞ」
すかさずやり返してくる神原。自分を下げることはせずこちらを持ち上げてきた。武功を受け取りたがらないというのは不思議なものだ。
(神原が変人であることを差し引いても…自己評価低くないか?)
こんなやり取りをしてたら外野の連中が戻ってきた。
「…神原」
道駅が神原に声をかける。
「…お前のことを見くびっていたよ。まさか棺を2回もOUTにするなんて、今までお前のことを軽んじてたのかもしれない。すまなかった」
道駅が頭を下げる。
「「すまなかった」」
行灯と松毬も続いて頭を下げる。
「……別に直接何かしてこなければこれからも下に見て良いんだけどな。みんな陰口大好きだろ」
「好きじゃねーよ。みんなお前を見直してんだから素直に受け取れよな」
「そうだよ〜なっちゃん〜。むしろそういう人だって見られれば煩わしいことはなくなってなっちゃん的にも助かるだろ〜?」
鯖東と麦島から言われて神原も考えを改めた。
「……ふーん、そういうもんかね。ま、これで落ち着くなら良いか。ありがとう。そしてオイコラ、なっちゃん呼びしてんじゃねーよ!」
キーンコーンカーンコーン
授業の終わりを告げるチャイムだ。
「あ、わりぃ。俺生徒指導の所行かないと行けねぇから」
「トイレ掃除の件か。次からは計画的にしろよな」
「鯖東君〜、そこは先生に怒られないようにしろよ〜だよ〜」
「こいつにそれは無理だろ」
「「うん」」
「…見直してねーだろお前ら」
鯖東、茅愛、松草から見直された形跡が感じられないが、時間がないので足早に体育館を去ることにした神原なのであった———
♢♢♢
「神原君凄かったねぇ」
「最初は怖かったしやばい奴かと思ったけど、5組のゴリラを吹っ飛ばすなんて別の意味でヤバいわ」
「よく見たら顔も悪くないし、私ちょっとアタックしてみようかな〜」
「えぇーマジ〜、強いのはカッコいいけど彼氏にするのはどうなのよ?」
「それに伊武さんが神原好きなの知ってるでしょ?伊武さんの派閥に目を付けられるよ?伊武さんとトラブったら後々面倒になるよ絶対」
「別に伊武さんの片思いを応援してるってだけでしょ。むしろ寝取るみたいで面白そうじゃん。まだ付き合ってないみたいだから告れば頷くでしょ。告白耐性とかなさそうだし〜」
「あ、あいつら…。わざと祥菜に聞こえるように言ってるわね」
「大丈夫だよ凛ちゃん。無視しよう」
「でも…」
「ありがとう。私は大丈夫だから」
…行灯君に奈津緒君のさっきの言動の理由を聞いてみた。途中何か変なことを口走らないように言葉を選びながらだったが、要は5組の大きい人を外野に追い出すためにわざとああいう演技をしていたらしい。それはさっきの鯖東君と奈津緒君のやり取りからしても本当なのだろう。
(……にしても、迫真がかってて怖かった。あれが演技だとしたら上手すぎて本心かと思っちゃうなぁ)
それにしてもさっきのあれは私への牽制なのかな?奈津緒君がああいうタイプに靡くのかな……
「はぁ?好き?隙だらけって言いたいのか?常に気を張っておくとかお前は敵陣突入中の歩兵かよ」
(…こういうことを言う……気がする)
「なっちゃん〜、攻め込まれている兵士だって気が気じゃないよ〜。スナイパーの射線を考えながらなんていくら頭あっても足りないよ〜」
(…これも言いそう。それでなっちゃん呼びを怒られるまでがワンセット…)
告白の場面で麦島君がいるのもおかしいが、屋上に呼び出しても想像が足りなくてめんどくさいからここで教えろって言う。それが私が好きになった神原奈津緒という男だ。
(……周りが止めろっていうのも分かる。奈津緒君のことを知らされなかったら好意なんて持たなかったもん)
靡くことはないと分かっているがそれは自分も同じ条件だ。告白のタイミングを逃して奪われることだって0ではない。脳内の神原奈津緒は正確にシミュレーション出来ているが、精度は100%ではない。
…向こうが告白してくることは絶対にない。だからこそ先に告白する。
(告白は男がするものなんて考え方を奈津緒君に当てはめちゃダメだ。奈津緒君には奈津緒君にしか適用できないやりかたをしないと!そのためには———)
「ちゃんとやったみたいだな」
生徒指導の鋼音がトイレ、そして神原の目を見て言う。
「もう授業中に寝るなよ」
「分かりました…」
「ところで何でお前はそんなに顔色が悪いんだ?」
「ちょっと軽い貧血気味でして…」
能力解除による体調不良と先程の能力による影響でいつも以上に体調が悪くなっている。
「そうか… 無理をするなよ。保健室に行ってもいいからな。教科担任の先生には俺から言っておくぞ」
鋼音は寝たぐらいでトイレ掃除させる面倒くさい先生だが根っこは優しい。だったら処罰をもっと軽くしろと言いたいが立場上甘えを出せないのだろう。
「ありがとうございます」
トイレを後にする神原。
(やっぱ今回のは体への負担がデカかったな…。下手したら死んでたかもしれなかったからな………はぁ、本当に不便だ)
次の授業は数学だ。得意な科目だし授業を欠席するのはプライドが許さない。無理してでも出てやる……
ドッジボール対決から神原奈津緒の高校生活は大きく変わった。鯖東達の仲裁をして認識を改められた時以上だ。
男女問わず話しかけられることが一層増えたのだ。
そのせいで常に神原はピリピリしていた。平穏な邪魔されない生活を望んでいる神原にとっては正反対の状況になったからだ。どこに行っても視線を感じてゆっくり休む場所も時間もない。
給食の時間も伊武以外の女子が同席することが増えた。神原と伊武は示し合わせて集まっているわけではなく席が縦で隣同士だから自然と一緒に食べているのだ。
つまり介入される余地があるということだ。神原にちょっかいをかけている女子達が神原のそばに座って食事するようになった。
伊武の恋愛成就を応援している者達にとって2人の場所は不干渉地帯となっていた。そんなオアシスにズカズカと入り込んでくる。そして神原に話しかけまくるのだ。
神原もめんどくさそうだし伊武も物凄く嫌そうな顔をしている。伊武の嫌そうな顔に味を占めてさらに神原に踏み込んでくるのだ。
休日に遊びの誘いも来るようになったが、そんなのに神原が参加するわけはなく、全て断っている。
そんな生活が続いていくと神原は平穏、これまでの伊武とのゆったりとした時間を強く望むようになった。
その結果、伊武との時間を心のどこかで望んでいることに気付き、伊武に対して好意を持つようになったのは、彼女達にとっては完全な誤算なのは間違いないだろう———
♢♢♢
———路地裏にある錆びた廃ビル
そこに5人の男達が集まっていた。
「…奈津緒君の様子はどうだい?」
白衣を着た30代くらいの男性が目を瞑っている男に問いかける。
「神原ですか?……普通ですね。ドッジボールで目立った活躍をしてからクラスでも人気者みたいになってますね。トップカーストってやつですね」
問いかけられた男が答えた。白衣を着ていない者の中では1番年齢を強く感じる。
「他の2人はどうだい?」
「同時に複数人見れないのは知っておいででしょうに…ちょっと待ってくださいね…………………他2人も変わらずですね。…もう1人もcomcomの野球動画を見たようですね」
「そうか…まぁ超能力者ならあの動画で勘付くだろうな。おそらくあれをみた全員が同じ推察をしているはずだ」
「にしてもそいつらも変だよな。せっかく超能力があるんだから存分に使えば良いのに。神原は縛り入れてんのかってくらい普段使いしないよな」
同じ顔の3人組の1人が口を開いた。
「目立ちたくないとかそんなところだろ。自制が効いてるのがすげぇよ。3人とも使ってはいるけど犯罪臭することはしないよな。神原はともかく他2人はすげえ便利なのにな」
「悪事には使ってないけど神原以外は名声を手に入れてるからな。ガッツリ恩恵を受けて今やその異名を知らない人はいないくらいだ」
男によく似た顔が同じ3人がそれぞれの意見を述べる。この4人は兄弟だ。
「ドクター、こいつらの能力って分からないんですか?監視してますが能力の片鱗さえ掴めないのですが?」
「…君の隠れ鬼だって傍から見ても分からないだろ?おそらく肉体強化や精神系の能力なんだろう。特に彼は間違いなく催眠術の類いの能力だしな」
「確かに、直接対面しなくても映像を通して発動するなんて便利というか……凶悪な能力ですもんね」
「こっちも中々いやらしい能力だよな。相手を弱くする能力だと思うけど…」
「けど一番分からないのは神原だな。肉体強化みたいに自分自身に変化を与える能力に見えるけど……なんかそうじゃない気がするんだよな」
「…神原は毎回ぐったりしてるから副作用というか何らかの制約があるんだと思うぞ」
「………」
兄弟達が各々能力の特定をし始めたところでドクターが間に入った。
「特定は続けると良いがそろそろ頃合いだ。零君は引き続き能力による監視を続けてくれ。3人は前に話した通りにコンタクトを取るんだ。大したことのない能力だと分かれば殺しても構わない。君らに合った道具は私の方で作っておく。道具支給後に各自調整をしてくれ給え」
「「「「分かりました」」」」
能力考察を続ける3人。そして能力使用のため目を瞑って動かない零を眺めながら考える。
(……ようやくこの時が来たか。10年前のあの日……あの時に思い描いたことが手に届くところまで来た。3人とも能力を自覚し行使してる…。鬼束兄弟にやられるようでは、この先の戦いについて来れない……)
……俺の願いに協力して欲しい。そして一緒に世界を守って欲しい———




